第9話・・・猛特訓_交換_ボクも・・・
書籍化願望強過ぎて気が付いたら本を作る動画を観てました。
本編楽しんで下さい。
亜氣羽・綺羅星桜と接触した翌日の休日。
獅童学園・学年主任室。
「来たか、二人共」
主任であるひょろりとした姿勢の男性・猪本圭介は二人の生徒を迎えた。
紅井勇士。四月朔日紫音。
昨日、亜氣羽という少女を助けようとして、綺羅星桜率いる一味に敗北した二人だ。
二人共表情が沈んでいる。
「紫音ちゃん、怪我は平気か?」
まず猪本は紫音に声を掛けた。
「……はい。痣は何ヵ所もありますが、骨や神経は無事でした…」
紫音は尻すぼみに声をか細くしながら、最後に振り絞るように続けて。
「………手加減、されたんでしょうね…」
「その通りだ」
猪本が即肯定すると、紫音がビクッと肩を震わせた。
「今、漣が後日行うバトルイベントのすり合わせをしに綺羅星桜・亜氣羽という確実にA級以上の力を持つ二人と会っている。……学園側としてはあまり野外勝負してほしくないが、学園長はこれを二人の〝成長のチャンス〟と捉え、あと幾つかの条件を出して、了承した」
「成長の…チャンス…ッ」
紫音が顔を強張らせた。
「そうだ。…全く、一日の内に中々おかしな展開引き起こしやがってよ。お前らトラブルメーカー過ぎるだろ。淡里みたいに慎ましくできねえのか」
猪本は呆れつつ「だが、」と続けて。
「まあ学園長の許しも出た以上、精一杯やってもらいたいが……、できるか?」
猪本の問いかけに、先に反応したのは紫音だ。
「……はいっ! やらせて下さいっ!」
紫音の力強い瞳を見て、猪本は一抹の不安を覚えた。
《慢心はなく、覚悟は決まってるが、焦り過ぎて空回りしてるな…。こういうところも戦う時までに直さなきゃ、か》
猪本はそう考えつつ、勇士に視線を向ける。
「紅井もOKってことでいいか?」
「…それは構いませんが…、一つだけいいですか?」
勇士も戦う意思は見せるが、何か気になることがあるようだ。
猪本が「なんだ?」と聞くと、勇士は少しの哀情を滲ませた笑みで、言った。
「……今言った〝成長のチャンス〟って、学園長じゃなくて湊の言葉ですよね?」
「っっ」
猪本が息を呑んだ。紫音も「え?」と驚いている。
「湊ならあの土壇場の交渉でそこまで考えててもおかしくないって思ったんですけど、違いました?」
「……いや、当たりだ」
猪本は素直に認めた。
「漣の意向でな、自分より武者小路学園長の発案と言った方があまり二人のプライドを刺激しないって。……まさかこうも早く気付かれるとはな」
「勘ですよ。勘。……やっぱ、湊には敵わないなぁ」
勇士に言葉に、猪本が納得する。
(なるほど、紅蓮奏華家の天超直感か。……それにしても、紅井も見るからに意気消沈してるな…)
「さて、今のままではお前達は確実に勝てない。それは理解してるな?」
「「……はい」」
二人は異論なく頷いた。
「ちなみに、自分の敗因はなんだと思う?」
猪本が心に矢を刺すが如く、聞く。
こういうところは教師らしい。
「……俺は、相手の司力を正確に分析せず、いつも通りに力と直感任せに戦ったこと…です。……あと、湊の忠告を聞き入れなかった……ことです…っ」
勇士が悔しさと情けなさを抑え込むように歯を食いしばりながら答えた。
「私は、……精神的にも、物理的にも、全く敵いませんでした…。……その、色々と最近思うことがあって焦っていましたし、その所為でB級士にも勝てると無謀に挑んでしまいました…」
紫音も拳をぎゅっと握り締めて乾いた唇で述べた。
猪本が頷く。
「そうだな。紅井の方は聞いた感じ、綺羅星って士はクーラーボックスに貯めた氷粉で拘束しつつ、打撃する変則的な近接戦闘型で、その特殊な司力を回転の速い頭で巧みに使いこなしてる。考え無しに突っ込んで勝てる相手じゃないな。
紫音ちゃんも、『御十家』の令嬢として悩みは抱えていると思うが、相手の実力を見誤っちゃいけない。入学前、『玄牙』のリルーというB級士の幹部を退けたことはあるが、そいつは戦闘狂で慢心や油断があった。その隙をなんとか突けたからだ。そして勝てないと悟ったら逃げることも忘れちゃならない」
「「……はいっ」」
二人の返事を聞くと同時に、猪本が「そこで、」と声を少し張り、続けて言った。
「これから二人には猛特訓してもらうわけだが、一人じゃ限界があるからな。……指導官を付けさせてもらう」
「し、指導官…!?」
紫音が驚き、思わず復唱した。
猪本が肩を竦めて。
「仰々しく言ったが、アドバイザーみたいなものだと思ってくれ。……それで二人に誰が付くかだが、」
一拍置いて猪本が、息を呑む二人の生徒に告げた。
「紫音ちゃんには速水愛衣、紅井には……蔵坂先生が付く」
「ッッッ!?」
勇士が驚きのあまり目を見開く。
それはそうだ。勇士は蔵坂鳩菜が憎き『聖』なのではと疑っている。
そのことは猪本や武者小路源得も知っているはずなのに、宛がってくるとは思わず、勇士は言葉を亡くしている。
「…勇士さんに担任の蔵坂先生が付くのはわかりますが……私に愛衣さんですか…?」
横並びで勇士の表情が見えていない紫音が首を傾げて言う。
猪本は勇士を鋭く一瞥して制し、紫音に説明した。
「速水や漣のようなタイプは潜在能力を引き延ばす天才だからな。情けない話だが、おそらく獅童学園の教師よりその点は優れている。忙しい教師が相手するより、速水に付いてもらった方が良いと判断した。これは昨日、漣・速水・学園長が話し合って出した結論でもある。異論はあるか?」
「いえ! 確かに愛衣さんなら知的な方法で私の力を引き延ばしてくれそうです」
紫音に不満がないことを確認し、猪本は頷いた。
「よし。それじゃあ早速紫音ちゃんは速水さんの部屋に向かってくれ。……紅井はもう少し詳しく説明したいことがあるから残ってくれ」
紫音は「はい!」と引き締まった返事をして、部屋を後にした。
……紫音がいなくなり、猪本と勇士の二人きりになる。
「どういうことですか? 俺に、蔵坂先生って…」
不満と怒気を纏う勇士に、猪本は落ち着き払った姿勢で告げた。
「はっきり言うが、俺は蔵坂先生は『聖』ではない可能性が高いと思っている」
「ッッ!? ど、どうして…ッ」
「そもそも疑う根拠はお前の直感と、試験の時の行動だけだ。『天超直感』を軽んじるわけじゃないが、それだけで断じれるはずもない」
「……っ」
猪本の最もな言い分に、勇士がたじろぐ。
以前は勇士が紅蓮奏華家の人間だと確定した直後というのもあって深く信じたが、冷静に考えれば猪本の言う通りである。
「しかし可能性がゼロだと言えないのも事実だ。……だから小手調べの一つとして、紅井には蔵坂先生の傍にいてもらい、探ってほしい」
「探る…ッ。俺が…ですか?」
「探ると言っても能動的に調べろ、という意味ではない。これは彼女の傍で過ごして、紅蓮奏華の『天超直感』が働き、不審な点が炙り出せるか、という意味だ」
猪本の言葉を必死に理解した勇士が、要約する。
「つまり…むしろ俺は何もせず、直感が働くのを待つってことですか…?」
「そうだ」
猪本は頷きながら、罪悪感も少しあるのか、目を少し伏せる。
「……普段は生徒をこんな扱いはしないんだが、これはお前を生徒ではなく紅蓮奏華家の人間として見てお願いしていることだ。……無論、本来の目的は綺羅星桜に勝てるようになることで、蔵坂先生もそのつもりで訓練を課す。……お前と『聖』の間に何があったか、話せないようだから聞かないが、……どうだ? 頼めるか?」
勇士は考えこむように目を瞑り、そして静かに開きながら、質問を投げかけた。
「……あの、俺が蔵坂先生の傍にいると、どうしても本人に〝自分が疑われている〟と気付かれてしまうんじゃないでしょうか…? ……その、俺はポーカーフェイスとか得意ではありませんから…」
妙な自信を張らず、素直に認める勇士に、猪本は少し感心しながら答えた。
「例え疑われてると悟られても、そこから武者小路家や紅蓮奏華家に結び付けられはしない。……その場合、紅井だけに色々リスクを背負わせることになるが…」
「いえ、わかりました」
勇士は自分のリスクは気にせず、了承した。
「……ありがとう」
「いいんです」
猪本の感謝に片手を上げて応えながら。
「………ちなみに、俺に蔵坂先生を付けるよう提案したのも、湊ですよね?」
このような方法を猪本や武者小路源得から提案されるとは考えにくい。
となると、先程の成長云々の時のように、発案は湊だと考えるのが妥当だ。
「違うぜ」
しかし猪本は即否定した。
「あ、違いましたか…」
勇士は得意げに言ったことをすぐ後悔した。恥ずかしい。
……だが、猪本の言葉はそこで終わっていなかった。
「提案したのは、速水だ」
「えッ!」
勇士は驚きこそしたが、湊と同レベルの知能を持つ愛衣なら納得できる。
猪本が肩を竦めながら。
「学園長が言ってたんだが、今後の策について話し合った時、漣も速水も常に笑顔で色んな方法を考え付いてたらしいぜ。二人の頭の回転の速さに付いていけないって苦笑いしてたよ。………ほんと、ある意味最強だよな、あのコンビ」
その何気ない言葉に、勇士はなんとも言えない複雑な気持ちに駆られた。
■ ■ ■
勇士と紫音が猪本と話していた同時刻。
湊は琉花と共に隣町にいた。
「もしもし? 愛衣? ちょうど今すり合わせ終わったところ。…うん、200万はばっちし振り込んでもらったよ。決まった内容は今から送信するから、確認して学園長に伝えといて。よろしくねー」
愛衣の『おっけー』という返事を聞いて、湊はピッと通話を切った。
隣を歩く琉花が「はぁ」と溜息を吐く。
「よくもまあ、あの二人と対面した後なのにそんな元気な声出せるわね。……あの二人がその気になったら、私達なんて一溜まりもないのに」
湊はたった今、亜氣羽・綺羅星桜とバトルイベントについて対談した直後である。
A級以上の実力者である二人と全く怯むことなく話し合う湊に、琉花の肝が冷えたのも仕方ない。
「そんなびくびくしてたら舐められるよ?」
「勇士が勝てなかった相手と勇士を不意打ちとはいえ突き飛ばした相手なのよ? ……特になんか今日の亜氣羽って女は昨日とまた様子が違かったし」
琉花の言葉の後半に、湊は「ふーん?」と視線を向けて反応を示した。
「どう違かった?」
「え…どうって……昨日は好き勝手する印象だったけど、今日はすごい大人しかったっていうか…ほとんど漣と綺羅星桜が内容を決めて、頷いているだけだったじゃない」
琉花の言う通り。
今日の亜氣羽はほとんど喋らなかった。
それがまた琉花には不気味に映った。
湊も心の中で(ほんと、びっくりするぐらい何も読めなかった)と呟いている。
「まあそんなことよりも、」
湊は聞くだけ聞いといて話を一旦置いておき、「おいっ」と突っ込む琉花をスルーして言った。
「ちょっと寄り道するよ?」
「……え?」
湊に流されるまま、琉花は共に路地裏へ入り、その先で待ち合わせてしていた人物を見て、驚愕した。
「ッ! 貴方は…!」
「やっほ~! さっきぶりね。湊くんに琉花ちゃん」
野太い声でギャルのような挨拶をするのは、先程まで対談していた綺羅星桜だ。
……そしてもう一人。
「初めまして。乙吹礼香と申します」
落ち着き払った冷静沈着な雰囲気の女性がいた。
暗い路地裏で、綺羅星桜と乙吹礼香。緊張感が高まる。
「さ、漣! これは一体どういうことなの…!?」
琉花が責めるように聞くが、湊がくすりと笑う。
「ほら、さっき一応連絡先交換したじゃん? その後風宮の目を盗んで俺から連絡したんだ。情報交換しないかって」
「なんで私の目を盗むのよ!」
「気付くかなって、なんとなく」
「気付けなくてごめんなさいね! もう!」
琉花はこれ以上何を言っても意味がないと悟り、大きく溜息をついた。
「痴話ゲンカは終わったかしらん?」
「ふんっ」
綺羅星の茶々に、琉花は相手をしても無駄だと無視を決め込み、湊に聞いた。
「それで、情報交換って?」
「俺達は亜氣羽さんのことも、この人達のことも何も知らないからね。学園長にも言われたんだ。せめて綺羅星桜の方の正体だけでもはっきりさせてくれって。じゃないと野外勝負は認められないって」
「な、なるほど…」
武者小路源得が野外勝負を認めるにあたって幾つか条件を出したとは琉花も聞いていたので、そこに疑問はない。
だが、こうして本人と直接会うとは思わなかった。
「そろそろ話を進めてもよろしいでしょうか?」
乙吹礼香がタイミングを見計らって冷静な声を挟んでくる。
「こちらも暇ではありませんので、早速情報交換に移りましょう」
乙吹が話を進めてきたことに、湊はやりがいのある笑みを浮かべる。
「いいね、話が早くて助かる。情報内容はさっき送ったのでいい?」
「ええ。構いません」
こうして、両陣営の参謀同士の情報交換が始まった。
■ ■ ■
一方。
亜氣羽はと言うと。
(え!? ボクに隠れてなんか会ってる! ……あ! これが裏工作!? 密談!? 暗躍!? ヤバイヤバイヤバイ! ほんとに物語みたいになってきたッ!! …………………待って。じゃあボクも湊くんに会いに行っていいのかな?)
いかがだったでしょうか?
今回は特に起伏無く物語が進んだ感じです。
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