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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第5章 トレジャー・ガール編
114/155

第5話・・・ブルート・テイマー_裏組織の_イケメン主人公・・・

 久しぶりに長くなってしまいました。

 適当に休憩挟んで頂けると幸いです!


 テナント募集中で誰もいない雑居ビルの一室。

 眼鏡を掛けた冷静で怜悧な乙吹礼香おとぶき れいかは自身が操る〝はち〟を通して、目当ての少女と、行動を共にする学生(勇士達)を監視していた。

 

 乙吹礼香のジェネリックは協調系雷属性。

 司力フォースは『索連蜂ブロード・ホーネット

鬼獣使士ブルート・テイマー』である乙吹礼香は、エナジーを宿す蜂と感覚を〝協調〟することで、B級でありながらS級(フォーサー)をも超える超広範囲の索敵を可能とする。

 鬼獣使士ブルート・テイマーとしてはありふれた司力フォースだが、索敵に特化したこの能力はシンプルが故に有用性が高い。


 乙吹に取っても自慢の司力フォースだが、その自信が今は薄れてきていた。

(私は蜂一匹一匹を光による迷彩操作と絶気法オフ・アーツで完璧に姿を消してる…。だから気付かれるはずがない……けど、これまで何度もあの娘を肝心なところで見失ってきた…。偶然を装うように撒かれてきたけど、完全に気付かれてるわよね……はあぁ)

 と、心の中で溜息を吐いていると。


『ちょっと! 礼香! 監視は大丈夫なの!?』


 首元の小型通信機から野太い大声が響いた。

 乙吹礼香は至って冷静にその声の主へ返事をする。

「落ち着いて下さい、綺羅星さん。まだ大丈夫です。私が送る位置情報に向かって移動して下さい」

 綺羅星、と呼ばれた野太い声で女口調の男が真面目なトーンになる。

『わかってる? ここが私達の正念場よ。気合入れなさいッ』

「だからわかってますって。………私も、尭岩も、肝に銘じていますよ」

 綺羅星の喝に、乙吹は静かに、力強い言葉で答える。

『それならいいけれど』

 一拍置いて、綺羅星の声が再度響いた。


『それで、尭岩の方は終わった? ……まさか、負けてないでしょうね?』


「既に結界で閉じられたので中の様子はわかりませんが、大丈夫ですよ。中学生に負ける男ではありません」



 ■ ■ ■


 

 住宅街の広い道路に張られた結界の中。

「『飛雷突(エレキ・スターブ)』!」

 紫音がレイピアを素早く振り、間合いより遠くの柄が悪い男・尭岩涼度へ向けて雷を飛ばす。

 レイピアを象っていた雷は、そのまま細く鋭い形を保ったまま飛来している。

 紫音のジェネリックは協調系雷属性。

〝雷〟と〝レイピア〟を協調することで、飛来する雷はレイピアの鋭さと硬度を併せ持つ物理的な刺突と変わらない。

「『土の壁(アース・ウォール)』」

 身の丈以上の巨大な槌を持った尭岩は一歩も動かず、土の壁を張る。

 紫音と尭岩がいるのは広い一本の道路。そこを結界で囲っているので大きな壁を立ててしまえばある程度の攻撃は防げる。

(壁を張ると思いましたよ!)

 尭岩が壁によって視界が遮られた瞬間、紫音は予め脚に溜めていたエナジーを用い、加速法アクセル・アーツで一気に駆ける。

 駆ける紫音の視界には、土の壁(アース・ウォール)とその右側に少しはみ出て見える大きなハンマー

(あの男の武器であるハンマーが動かない内に回り込む!)

 心中で宣言した直後、槌を見失わないよう、敢えて武器が見える右側から姿勢を低くして回り込み、槌を持つ人影が見えた瞬間、その体の中心目掛けて雷を纏った突きを放った。

 ……しかし。

「ッ!? これは…!」

 紫音のレイピアが貫いたのは、尭岩と瓜二つの土砂の塊だった。

「ほらッ!」

 その土砂の塊が崩れ、次の瞬間に紫音の脇腹が真後ろから横蹴りされて真横に吹き飛ばされる。

 紫音はぐっと顔を歪ませるが、咄嗟に脇腹にエナジーを集中した防硬法ハード・アーツで致命傷は避け、なんとか衝撃を抑えながら受け身を取る。

 脇腹に手を添えつつ、レイピアを構えて再び尭岩と向かい合った。

 尭岩はというと、地面に落ちたハンマーを隙だらけなようで隙のない動作で掴み上げる。

 そして紫音と目を合わせて。

「駆け引きが甘いなぁ。…今のは『砂案山子すなかかし』。具象系には遠く及ばないが、五属性の中で唯一物体の〝土〟はこういう搦め手を使うのが結構得意なんだぜ。……まあ、よく見れば偽物なんて一目瞭然なんだけどな」

 紫音は呼吸を整えながら、目の前の男・尭岩の認識を改めた。

(……人相と武器のイメージに反して、意外と頭を使うんですね。あの巨大なハンマーを手放して『砂案山子』に掴ませ、武器も囮にするとは)

 正確に戦力分析し、今一度、気を引き締める。

(自信を持つのよ、紫音。『玄牙』のリルーとの戦いを思い出して。例え実力が上の相手でも、やりようはいくらでもある!)

 獅童学園、入学前。

 紫音は密売を行っていた裏組織『玄牙』の幹部・リルーと偶然戦うことになった。B級であるリルーとの激戦の末、リルーを逃走させる程に紫音は追い込んだのだ。

(私なら出来る! ……そして、功績を積み重ね、紅蓮奏華家とパイプを作り、お母様の余計な行動を抑え、九頭竜川家との婚約を自分の手で抹消する!)

 強い信念を胸に、紫音は己のエナジーを高めた。

 淡い橙色のエナジーが紫音に纏う。中学生とは思えない量である。

「おーおー、やる気になっちゃって」

 尭岩に怯みは見られない。

 所詮は自分より下のC級だと侮っているのだろう。

「一つだけ忠告申し上げます。子供だからと油断していると、痛い目見ますよ!」

「……油断、ねぇ」

 尭岩は紫音の言葉を反芻しながら、目を細めた。

「さてさて、どっちが()()なんだろうねぇ」

 紫音は尭岩の言葉を無視し、服裏に忍ばせていた五本の小さいナイフを取り出し、結界に沿うように地面に刺した。

「『陽光領域ライト・アウト・テリトリー』!」

 周囲のナイフが眩い光を放ち、視認が不可能の空間に誘う……はずだった。

 しかし、光が覆うことはなかった。

「なぜ…ッ!?」

 そこで紫音は気付いた。

 五本のナイフが土に埋れていることに。土の隙間からナイフの光が漏れている。

「『岩砕き(ロック・スマッシュ)』」

「ッ!」

 紫音が自身のナイフを確認するため一瞬目を離した隙に、尭岩は巨大な岩を作り出し、その岩目掛けてハンマーを横振りで破壊する。

 そして、その瓦礫がまばらな大きさで紫音目掛けて飛んでくる。

 ただ岩を作り出して操作するより、こうして破壊の反動で飛ばした方が断然速い。

(『雷の壁(エレキ・ウォール)』で防ぐッ? いや! ここで防御したら攻め入る隙になる!)

「『雷壊鳴エレキ・ロアー』!」

 紫音はレイピアから雷を広範囲に放った。

 レイピアの鋭さと硬度の協調率を更に上げ、雷に物理強度を上乗せした攻撃だ。

 広範囲に広がる『雷壊鳴エレキ・ロアー』と尭岩の『岩砕き(ロック・スマッシュ)』がガキンッ!と硬い音を鳴らす。

 威力は『岩砕き(ロック・スマッシュ)』の方が上だが、これで岩の軌道を自分から逸らすことはできる。

(あの巨大(ハンマー)が直撃したら一巻の終わり。あれだけ大きな武器を扱う者はどれだけ鍛えようともスピードが格段に落ちるものですが、それは実力が拮抗した者同士の話。エナジー量も筋力も下の私が小回りが効くからと迂闊に近付いたら危険! 遠距離攻撃を主体に攻める!)

 紫音はレイピアに雷を纏い、その場で勢いよく連続で振った。

「『飛雷連突エレキ・スターブ・スプレッド』!」

「『岩砕き(ロック・スマッシュ)』」

 紫音が連続して放った刺突の雷に、尭岩は再度砕いた岩で迎え撃つ。

 威力は当然『岩砕き(ロック・スマッシュ)』の方が高く、刺突の雷を蹴散らした岩々が紫音に向かってくる。

「ッ!」

 紫音は咄嗟に目の前の岩をレイピアで割るが、既に尭岩は紫音との距離を半分以上詰めていた。

(まずい! あと数歩での部分が長いハンマーの間合いに入る!)

 身の丈以上のハンマーの間合いを正確に見切り、紫音は横へ加速法アクセル・アーツで跳ぶ。

 しかし尭岩も並外れた反射神経と筋力で紫音が跳んだ方向へ加速法アクセル・アーツを強める。

「『雷の壁(エレキ・ウォール)』!」

 紫音は瞬時に雷の障壁を立てて進路を塞ぐ。

 だが一秒も経たない内に巨大(ハンマー)で薙ぎ払われる。

 ……が、しかし、その薙ぎ払った『雷の壁(エレキ・ウォール)』のすぐ裏には、雷を溜め込んだレイピアを構える紫音がいた。

(巨大(ハンマー)を振り切った直後であれば動きは鈍くなります! それにこの男、よくよく観察すれば体の線が細くて力型パワー・タイプではない! スピードも思った程ではなかった!)

 紫音が、渾身の力を込めた刺突を繰り出す。

 ハンマーを振った反動でコンマ数秒は体が言うことを聞かない。

 B級の防硬法ハード・アーツであれば、C級の渾身の一点集中攻撃で突破できる。

「これで、終わりです!」

(私の未来は! 私の手で掴む!)


「雑念が混じってんなぁ」


「ッッッ!?」

 ……しかし、紫音の攻撃は尭岩まで届かなかった。

 ガキンッ、と音が鳴り響く。

(な…! ハンマーで……ッッ!?)

 紫音が目を見開いた。

 そう。尭岩は巨大(ハンマー)の持ち方を素早く変え、長い柄を利用した杖術のような捌きで、紫音のレイピアを横に逸らしたのだ。

 逸らされ、尭岩の横をすり抜ける形になってしまった紫音の腹に、「おらっ」という掛け声と共に強烈な蹴りが入った。

 渾身の刺突で前進していた紫音の全体重が乗っかり、紫音は耐えきれず吐血し、そのまま今度は受け身も取れないまま吹き飛ばされてしまう。

「ぐッッ!」

 紫音は地面をバウンドしながら強引に体を捻って靴を地面に擦り付けながら体勢を整える。

「『砂砲撃サンド・エミッション』」

 そこへ畳みかけるように砂の砲撃が紫音を追撃する。

「ああああああああぁぁっ!!!」

 紫音はその直撃を受けてしまい、全身を殴打されるような衝撃波に晒されながら、更に真後ろに吹き飛ばされる……かと、思いきや。

「『土の壁(アース・ウォール)』」

 紫音の背後に土の壁が顕現し、体をそこへ叩きつけられる。

 まるで磔になり、そこへ未だ放たれる『砂砲撃サンド・エミッション』が全身に注がれる。

「アアアアアアアアアアァァァァアアアアアッッ!!」

 激しい痛みが、紫音を襲う。

 数秒して砂の砲撃が止み、ずさりと紫音が力無く膝を突く。

 四つん這いになるが、その体勢ですら辛く、腕の力を抜けば倒れ込んでしまう。

(なんで……! どうして…!? こんな…こんなはずじゃ……ッ!)


「そーら、いくぞ」

 

 ……そして、気が付けば尭岩が目の前で巨大(ハンマー)を振り上げていた。

 全身の骨が折られる……それで済めば、万々歳。

 最悪…、死ぬ。

「ま、待っ  」


 紫音の言葉に耳を傾けるはずもなく、尭岩の巨大(ハンマー)が振り下ろされた。


 ……紫音は、死を覚悟した。



 ■ ■ ■



 広い道路を区切った結界内に、大きな破壊音が轟く。

「………へ?」

 しかし紫音は無傷のまま、気の抜けた声を出した。

 座り込んでいた紫音はぎゅっと閉じていた眼を開くと、尭岩の巨大(ハンマー)は紫音ではなく……後ろの土の壁(アース・ウォール)を壊していた。

 外した? 見逃された? ……そんなことを考える余裕もなく、紫音は眼前で槌を振り下ろした姿の尭岩を見上げた。

 ……次の瞬間。

「ぐほッ!」

 紫音は思いっきり腹を蹴り上げられた。

 再度吐血しながら、後方へ蹴り飛ばされる紫音だが、大してエナジーも込めていないのか、先程並みの威力はなかった。

 ただ、とてつもなく痛いのに変わりはなく、地面に蹲ったままなんとかして顔を上げる。

 尭岩も紫音を見ていたので、目と目が合った。

 だが紫音は何も言葉が浮かばず、自分の信念を挫かれてしまったショックで涙腺が熱くなっている。

(うぅ…こんな……こんなところで…!)


「その目、マジでムカつく」


 そこで、尭岩がようやく言葉を発した。

「え…」

 予想していなかった尭岩の発言に、紫音が目を丸くする。

 その声と、表情からは尭岩の根底から滲み出たドス黒い感情が見て取れるようだった。

「なんで、どうして、こんなはずじゃなかった。そういう目をしてやがる」

「…ッッ!」

 それは、図星だった。

「自覚してるか? お前最初から俺のこと舐めてたぜ。なーんか目をキラキラさせてよ、これから〝先〟のことを考えて俺のことなんて眼中になかった感じ」

「ッッ!」

 それも図星だった。

 しかしなんだ、こうして他人の口から言われると、醜く聞こえる。

 尭岩はゆっくり歩いて紫音に近付きながら、怠そうに言葉を続けた。

「まあそうだよなぁ。俺みたいなチンピラ染みた奴なんて、栄えある『御十家』の御嬢様からすれば路傍の石に過ぎないよなぁ」

 

 尭岩は倒れる紫音の前に辿り着き、躊躇なくその腹を蹴り上げた。


「ふざけんじゃねぇぞッ!!」


「ぐはッッ!」


 尭岩の怒号と、紫音の呻き声が響いた。


「自分を中心に世界が回ってるとでも思ってんのかッ!? 俺は脇役か!? 雑魚キャラか!? 俺の存在をお前らが決め付けてんじゃねえッッ! 上流階級の英才教育では平民の命は道具かただの数字って教わるのか!? ……お前らと俺は同じ人間ッッ! どれだけ立派な家に生まれようと! どれだけ高貴な人生を歩もうと! お前らに俺の命を軽んじられる覚えはねえんだよ!」


 尭岩は更に容赦なく、紫音の背中を蹴り上げた。

 紫音は「がはッッッ!」と吐血しながらまたも地面を転げ回る。

 全身を強く打ち付けながら、紫音は薄れる意識の中で尭岩に言った最初の台詞を思い返していた。

『どなたか存じ上げませんが、貴方を捕えます』

 最初から、どうでもいい存在だと突き付けていた。

(………この人の…いう通りです……っ。私は……いつの間にか………こんな醜い考えを……っ)


 魂に響く尭岩の言葉が胸に刻まれた紫音は、地面にずるずると擦られながら、意識を失っていく。


 完全に意識を失う直前、尭岩の吐き捨てるような声が届いた。



「けっ、良かったな。俺が裏組織の人間じゃなくてよ。……でなきゃ、死んでたぜ、お前」



 ■ ■ ■



『乙吹、終わった。そっちの状況は?』

「お疲れ様です。……こちらも、もう最終局面ですよ」



 ■ ■ ■



(………あ、負けた)

 亜芽羽は離れたところで、先程まで一緒だった少女の敗北を知り、心中で呟いた。

(え、負けたんだけど。あんなにカッコよく行って。負けたんだけど。こういうのダサいっていうのかな? …………まあいいや。そんなことより…、)

 正直でドライな感想を一先ず置いておき、亜芽羽は切り替え、眼前の光景を見据えた。


 亜芽羽、勇士、湊、琉花の四人の前に、一人の男が立ちはだかっていた。

 

 濃い化粧をした大男だ。筋肉質で胸元が大きく開いた戦闘服。胸毛は肌が見えないほど生え、股間がもっこりとしている。


 一言で表すなら、変態。


「んっふっふ~。この〝極上の美の化身〟たるこの綺羅星きらぼしさくらが相手よ! 坊や達!」


 その男性オカマが、自分の体を見せ付けるようなポーズを取りながら、亜芽羽達に言い放った。




(さて、どうする? イケメン主人公!)


 亜芽羽は勇士に期待の視線を送った。


 いかがだったでしょうか?

 実は一番最初の構想では紫音を勝たせる予定だったんですけど、気が付いたら敗北しかありえないってなってました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 特別なバックボーンがないと、そりゃ名家の優秀な中学生程度じゃ荒事に精通した相手には勝てないよね、と [一言] 仮にもメインキャラクターよりぽっと出の敵の言動の方が好感度高いw
[良い点] 「さてさて、どっちがそうなんだろうねぇ」 油断。本当にな。相手を功績としか見てなくて最初から勝った気でいるからそうなる。とはいえ裏組織の人間達じゃないのか…。 [一言] さぁオカマ参上!そ…
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