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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第5章 トレジャー・ガール編
110/155

第1話・・・朝_勢力構図_「だまらっしゃい!」・・・

 文字数コンパクトにできた気がします。


 朝五時。

 獅童学園の男子寮の一室で、一人の男子生徒が目を覚まし、素早い動作で手洗いうがいを済ませて運動着に着替えていく。

「……毎朝早くから頑張るね、勇士」

「あ、悪い、湊。起こしたか?」

 その運動着に身を包んだ男子、紅井勇士あかい ゆうしに、二段ベッドの上段から顔を覗かせて漣湊さざなみ みなとが声を掛ける。

「気にしないで。二度寝って意外と健康にいいから」

「そっか。……それじゃ、走ってくる」

「いってら~」

 そう言って勇士は一分一秒を争うように部屋を出ていった。

 湊はもう一度布団に潜り込んで、眠りにつきながら少し頭を回した。

(……一週間前にレイゴ…紅蓮奏華登の始末を『聖』が発表してから毎日あの調子だな…。恵まれた体格の勇士だからいいけど、普通の中高生なら過剰運動オーバー・ワークだぞ…。まあ、それだけ心が複雑ってことなんだろうけど)

 勇士と風宮瑠花かざみや るかは紅蓮奏華家が掛けた暗示の所為で『超過演算デモンズ・サイト』でも紅蓮奏華に関する深い情報を探れないようにされている。

 レイゴこと紅蓮奏華登が殺されたことで揺さぶりを掛けられるかと思ったが、簡単に思い通り心が読めるということはなかった。

 下手に仕掛け過ぎると速水愛衣はやみ あいに勘繰られる可能性も出てくる。

 ついでに言えば、勇士の『天超直感ディバイン・センス』による勘も忘れてはならない。


(……はぁ、むっず。………寝よ……)


 取り敢えず考えるのは後にして、湊は静かに二度寝に就いた。


 

 ■ ■ ■



 紅井勇士は校内を一定のリズムとスピードでジョギングしていた。

 既に一時間走りっぱなしだが、汗は掻いているものの疲労している様子はない。

(……焦るな…俺。例え『聖』が何をしようと、焦っちゃダメだ…。すぐカッとなるのは俺の悪い癖だ…。とにかく今は基礎体力を極めること。それに専念しろ…)

 今にも頭を覆いそうになる邪念や雑念を取っ払いながら、勇士は走った。

 余計なことを考えず走り、学園内の木々に囲まれた道に差し掛かった時。


「私に構わないで下さい!」


 馴染みのある声が聞こえた。

紫音しおん…?」

 そう。それはいつも一緒に行動している四月朔日わたぬき紫音のものだった。

 穏やかな紫音の珍しい気迫の籠った声音に勇士は只事ではない雰囲気を感じて声の方へ向かう。

 紫音はすぐに見付かった。

 運動着の紫音と対峙していたのは、ラフな服装の来木田くるきだ岳徒がくとだった。

『御十家』の中でも冷酷で厳格な九頭竜川くずりゅうがわ家の傘下、来木田家の人間だ。

「っ! 何をしてるんだ!」

 危機感を覚えた勇士は迷わず大声を上げて紫音を守るように来木田岳徒の前に立つ。

「ゆ、勇士さん…!」

「おっと」

 来木田は勇士を前にしても怯むことなく余裕の表情を浮かべている。

「おはよう、紅井くん。なんだいその顔は。まるで俺が悪者みたいじゃないか? ただ雑談してただけだぜ」

「嘘だ。だったらなぜ紫音はこんな顔をしている?」

 紫音の切羽詰まった顔だ。不穏さがひしひしと伝わってくる。

「そりゃ『御十家』に関係する者同士の話なんだ。少し踏み入った話題に触れてちょっと紫音様を困らせちゃっただけだよ。それについては謝る」

 来木田があっさりと頭を下げたが、そこに謝罪の気持ちは少しも感じなかった。

 勇士の剥き出しの疑念を見て取った来木田が呆れた様子で肩を竦める。

「納得いかないなら紫音様に直接内容を聞いてみてはどうなんだ?」

 言われ、勇士が紫音に視線を向けた。

 勇士の純粋な心配の気持ちは伝わっているはずだが、紫音は思い詰めた表情で言おうかどうか迷っている様子になっている。

「……紫音…」

 打ち明けてもらえないことを寂しく思い、つい声が漏れてしまう。


「おやおや、まあ最近紅井くんも紫音様に隠れて武者小路家とコソコソしてるらしいし、それほど仲良くもないのかな?」


「ッッ!? な、何を言っている…っ」

 来木田に不意を突かれ、勇士の顔が強張る。

 確かに、先日の学園試験を経て武者小路家と紅蓮奏華家は『終色』に対抗する為に協定を組んだ。

 そして紅蓮奏華家の関係者である紅井勇士と風宮瑠花かざみや るか、そして類稀な頭脳を持つ漣湊と速水愛衣はやみ あいにも協力を仰いでいる。

 本当なら紫音も仲間に入れたいが、そうなると四月朔日わたぬき家の問題も関わってくるので、そう簡単に巻き込めないのだ。

(紫音に隠し事をするのは申し訳ないけど、こればっかりは友情優先というわけにはいかない……でも、まさかコイツに悟られてるなんて…!)

 試験後、武者小路源得と話す時は来木田岳徒や彼と通じていそうな生徒に監視を立て、その他の生徒にも見られない休暇などのタイミングを見計らっているのに、それでも誰かに見掛けられたということだろうか。

 動揺を隠せない勇士に、来木田が馬鹿にしたように苦笑する。

「おいおい、こんな簡単なカマかけに引っかかるなよ」

「っ!」

 来木田に言われて勇士は初歩的なミスをしていることに気付いた。来木田の言葉はハッタリだったのだ。

 それにまんまと表情に出して反応してしまった。

「言ってる意味がわからないな…っ」

 しかし認めるわけにはいかない。バレバレでも、しらを切り通すしかない。

「こっちも何の根拠もなく言ってるわけじゃないが……根拠としては薄いのも確かだ。これ以上は追及しないでおいてやるよ。武者小路源得も、息子を含めた精鋭が殺されて実力のあるフォーサーが枯渇したから、実力だけはA級と噂のお前を申し訳程度に仲間に引き入れただけだろうしな」

 興味などないように来木田が苦笑する。

 来木田の口振りから、勇士が紅蓮奏華家の人間であることまでは悟られていないようだ。

「……しかし今この学園で何が起きてるんだろうなぁ?」

 だが来木田はまだ話を終わらせる気はないようで、おもむろに来木田がTシャツを捲り、上半身を晒した。

 その体には胸から腹にかけて切り傷の跡が刻まれている。

「……その傷…っ」

「先日の試験で俺が負わされた傷だ。見た目ほど深くはないが、失血多量で意識を失ったんだ。この学園に潜む何者かの手によってな」

「知ってるよ。……そしてそれが試験の中ではなく、リタイア後にお前がルール違反を犯そうとした時に負った傷だということもな」

 そう。来木田岳徒は試験をリタイアした後、武者小路源得の企みを探る為にもう一度試験に紛れ込もうとした。

 そしてリタイアスペースから試験会場に転移する為の『転移乱輪セット・リング』を備品室からルールに反して盗もうとした時に、何者かに斬られたのだ。

 来木田の行動を察知して咎めた風宮瑠花や、嫌な予感がして駆け付けた猪本圭介いのもと けいすけも同様に斬られ、失血多量で意識を失っていた。


 これは『憐山』だった時の淡里深恋あわり みれんが起こした事なのだが、勇士達は獅童学園に潜入した『憐山』のスパイの仕業である可能性が高いということ意外は何も知らない。

『憐山』のスパイの一人は非常勤講師の尾茂山和利おもやま かずとしだと判明しているが、ジストは念の為に尾茂山に淡里深恋の正体を伝えていなかったので、彼から深恋に辿り着くことは不可能である。


 来木田は勇士の言葉を受け、面白そうに苦笑した。

「ルール違反とは人聞き悪いな。別に試験の結果を捻じ曲げようとしたわけじゃない。ただあの時武者小路源得が何か良からぬことを企んでいたんじゃないかって監視しようとしただけさ」

「屁理屈ばっかり言いやがって…」

「それよりも、紅井は今この学園で何が起きてるか知ってるのか?」

「知らないし、知っていても教える筋合いはない」

 勇士の凛とした意思に、来木田は溜息を吐いた。

「決まり文句でシャットアウトかよ。……少しは駆け引きの余地を見せたらどうだ? 漣だったら言葉を使って多少探りを入れてくるぜ?」

 その言葉は、来木田が思う以上に勇士の心に突き刺さった。

「……何を言われても、話すことはない…っ」

「はいはい。そう睨むなって。じゃあ俺はこの辺でお暇するよ。……それじゃあ紫音様。また、後ほど」

 来木田は空気を掻き乱したままその場を離れた。



「………」

「………」

 来木田の後ろ姿が見えなくなっても、勇士と紫音が気まずい空気の中、黙ったままだった。

 期せずして隠し事があることを知り、なんと喋っていいのかわからないのだ。

「……勇士さん」

 先に口を開いたのは紫音だ。

「実は私、九頭竜川家の跡取りから婚姻を迫られてるんです」

 紫音はあっさりと、秘密を告白した。

「えっ!?」

 勇士が目を丸くする。

「母が断ってまだ成立はしていないのでおおやけにはされていませんが、武者小路学園長など一部の人は知っています」

「……だから来木田の奴、妙に紫音に慣れ慣れしいのか」

「はい。さっきもその話題で少し口論に…」

 紫音の『私に構わないで下さい!』という言葉の意味を理解し、勇士は来木田に対して敵愾心を募らせた。大切な友達を軽んじられて怒りが湧いてくる。

 しかしここで来木田を問い詰めても仕方がないので、勇士は落ち着かせる為に軽く首を振って、紫音に聞いた。

「話してくれてありがとう、紫音。……でも、喋ってよかったのか?」

「ええ。あまり他言はしたくありませんが、口止めされているわけでもありません。……勇士さんなら、むしろ知っておいてほしいです」

 紫音が信頼に満ちた笑みを浮かべる。

 この笑みに、勇士は尚更隠し事をしているのが申し訳なくなった。

「あ、安心して下さいね。私の秘密を話したからそっちも話してほしいとか、そういう意味ではないので」

 紫音の心遣いに、勇士は罪悪感に圧し潰されながら、目を伏せて応えた。

「本当に申し訳ない…」

「いいんです。それよりも一緒に走りません? 勇士さんと一緒に運動しようと思って早起きしたんです」

「ああっ。もちろんだ!」

 二人はいつも通りの空気に戻り、並んで走り始めた。


 走りながら、紫音は思った。

(……紅蓮奏華家と武者小路家が手を組んだ。四月朔日家も、遅れを取るわけにはいかない…っ。それにやっぱり、仲間外れは嫌ですっ)


 

 先日の学園試験で紅井勇士と武者小路源得が戦った場面を、紫音は()()にも監視カメラ映像をハッキングすることに成功して、四月朔日家にも紅井勇士が紅蓮奏華家の人間であること、そして武者小路家と協定が結ばれることを知った。

 その情報を使い、四月朔日家も水面下で行動を始めているのだ。


 ………ちなみに、紫音が()()監視カメラ映像をハッキングできたのは漣湊の誘導があったからなのだが、それを紫音が知る由はない。



 ■ ■ ■



 獅童学園が建つ都市。

 隣町。

 

 とある雑居ビルの屋上に、三人のフォーサーがいた。


「逃走ルートから考えて、次はこの町で潜伏する気でしょう」

 冷静な女性が言う。

「かーっ。またでっけー町だな。こりゃ探すの骨が折れるぞ?」

 柄の悪い男性が言う。


 …そして、最後の一人。

 筋肉質で胸元を大きく開いた戦闘服を着た男性が、野太い声で叫んだ。


「つべこべ言わないの! 早くあのガキを探し出して私の前に連れてきなさい! この〝極上の美の化身〟たる私の宝を奪おうなんて、キツイ灸を据える必要があるわ!」



「………元々私達の物ではありませんけどね」


「だまらっしゃい!」


 冷静な女性の冷静な意見に、男性オカマがぴしゃりと言い放った。


 いかがだったでしょうか?

 前々章のおさらいを挟みつつって感じです。


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[一言] オカマは最強だからな.....
[良い点] 更新頻度があがって嬉しい [気になる点] 更新頻度を上げすぎて作者が倒れないか心配 [一言] 湊はこの章でどんな暗躍をしてくれるのか楽しみすぎる
[一言] その言葉は、来木田が思う以上に心に勇士の心に突き刺さった。 湊と比べられると愛衣の事が脳裏を過るんだな。近くに想ってくれる人が居るのにな。 次の敵はオカマですか。オカマキャラは一筋縄じゃい…
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