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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第4章 激闘クロッカス直属小隊編
100/155

第18話・・・「許さないよ?」_練習台_改め・・・


 


「な、何を……言っているんだ……!?」

 ジストが急な動悸に息を乱れさせながら、声を荒げる。

 たった今、クロッカスの口から飛び出た言葉。


『聖』に入らない?


 …………その言葉の意味を、ジストの脳が理解することを拒絶している。……いや、恐れていると言うべきか。


「そのまんまの意味だよ」

 クロッカスが愉快げな声音で告げる。

「ジストさん。貴方を独立策動部隊『聖』に勧誘します」

「……ッッッ!!」

 顔は見えないし、少しふざけた雰囲気でもあるが……本気だ。


   ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………自分が『聖』………?


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………全く想像がつかない…………。



「わ、私は……」

 ジストが、動揺と驚愕で回らない口を必死に動かして、言った。

「私は……これまで…数えきれない程の人間を殺した…。悪人だけじゃない…。老若男女、数多の全員も…この手に掛けてきた……殺してきた…ッッ! 『聖』が裏組織の人間も取り込んでいるという話は聞いている…だから娘も任せられる…………でも! 私は罪を犯し過ぎた! 悪に染まり過ぎた! ……人を殺しても何にも感じない殺人鬼なんだッッ!」

 キッ、と力強い視線をクロッカスに向けて、ジストは吠えるように叫び言う。

「ふざけたことを抜かすなッッッ!!!」

 ジストの獰猛な野獣も怯ませるほどの威圧を受け、クロッカスは…。


「その話は追々するとして、とりあえずあっちの三人片付けていい?」


「……………………………………………?」

 ジストのみならず、口も出せず成り行きを見守っていたレイゴやイーバ達ですら、そのクロッカスの言葉に、疑問符を浮かべた。

 そんな空気感の中、クロッカスはけろっと。

「だってその三人凄い待たせてるからさ、相手して上げなきゃ可哀想でしょ?」

 そう言ってのける。

「……………………………………………い、いや! いやいやいやいやいやいやいやッッ!」

 状況理解が追い付いたジストが、目を丸くして叫ぶ。

「な、いや、その…! 私は今お前が言った戯言について話を…ッ!」

「え? レイゴ達を倒すのが先決じゃない?」

「それはそうだが…ッ! なんッ!? …………おい! これは一体どうなっているんだ!?」

 クロッカスでは埒が明かないと思ったのか、ジストは近くにいるスターチスに振った。

「すまんのう。これが儂らの隊長じゃ」

「ふざけるにも程があるだろうッッ!?」

「それは否定せん」

「なんだというのだッッッ!?」

 スターチスも話が通じない雰囲気を感じ、ジストはクロッカスに向き直って、核心的な部分に触れた。

「そもそも! 私は病に侵され、先は長くないんだぞ…ッ!?」


「でもそれ、不治の病じゃないよね?」


 対して、クロッカスはまたもけろっと言う。 

「え………」

 顔が強張るジストに、クロッカスは追い打ちをかけた。

「確かにそのまま放っておけば死ぬ悪性腫瘍だけど、………現代医療なら、治そうと思えば治せるよね?」

「……ッッ!?」

 心臓を握り潰されたかのような錯覚に見舞われたジストに、クロッカスは更に更に、言った。

「調べさせてもらったよ。病に罹ったのは娘が生まれて少し経ってだから…十年以上前。その間、入院もせず薬や体内のエナジー操作だけで騙し騙しやってこれたんでしょ」

「ッッ…………ッッッ」

 ……………………………それは、図星だった。

 呆気なく、看破され、ジストが十年以上掛けて築いた建前が、音を立てて崩壊していった…。

 ……そこに、更に更に更に、クロッカスが最後の追い打ちの一言を、発した。



「……治る病で、死んで逃げるなんて、許さないよ?」



「                                」

 

 

 ジストの頭の中が、真っ白になり…………その場にがっくりと、項垂れ、床に膝をついてしまった。

 心の負担が肉体を凌駕し、力が抜けてしまったのだ。



 

 


 

「秘伝十四ッッ!! 『龍凱烈牙りゅうがいれつが』ッッッ!!!」


 そこへ、無粋な横槍が割って入ってきた。

 レイゴだ。

 ジストが項垂れて膝をつき、『聖』の隊員が〝大丈夫か?〟と一瞬心配した、その僅かコンマ数秒の隙を見逃さず、刀を炎の龍と化し投げ飛ばす遠距離攻撃でクロッカスに向け放ったのだ。

 そのクロッカスの後ろには心が不安定で反応も遅れているジストがいる。クロッカスは庇うしかない。

 傍にはスターチスもいるが、完全に虚を突いたので対処に一歩遅れることだろう。

 あとはコスモスにイーバとアルガを仕向け、自分は壁を破って逃げる………そのはずだった。


「『緩和振レス・ビブラート』」


 しかし……、クロッカスは背中越しに両手の音叉を当て鳴らし、心地よい音と共に、鎮静のエナジーを乗せた風の波動を起こし、レイゴの『龍凱烈牙』をあっさりと緩和し、一瞬で攻撃を止めてみせた。

 カツン、と力を失った刀がその場に堕ちる。

「な…ッ!?」

 レイゴが驚愕する。

「……逃げる余力を残すために最小限のエナジーで繰り出したでしょ?」

 クロッカスが優雅な動作で振り向きながら、レイゴに言った。

「まあ隙を突いたならあの程度の威力でも事足りたかもしれないけど…………、あれで俺の隙を本当に突いたつもりだったの? ちょい舐め過ぎたねっ」

「くッッ…!!」

 まるで余裕とばかりに言うクロッカスだが、今のがそう簡単にできることではないとレイゴはしっかり認識していた。


(確かに最小限のエナジーだったが……それでも紅華鬼燐流の秘伝式があんなあっさり破られるはずがないッッ!)


 今、クロッカスは音に乗せた鎮静のエナジーを『龍凱烈牙』の比較的(エナジー)密度や強度が弱い箇所に効率よく作用させ、打ち消してみせた。

 初見でこう簡単に弱点が見極められるはずがない。

 思い浮かぶのは『聖』にいる紅蓮奏華の血筋。……西園寺瑠璃の、夫。

(紅蓮奏華克己ッッッ! あいつの所為で完全に紅華鬼燐流が見切られている……ッッ!)


 

「さて、もう待ちきれないみたいだし、最後の始末を始めようか」

 

 クロッカスがゆったりと、レイゴ・イーバ・アルガへ姿勢を向けた。

 

 


 ■ ■ ■




 通路の真ん中で片側にコスモス、もう片側にクロッカス、スターチス、ついでにジストという形で挟まれている。

 レイゴはギリギリと歯を軋らせながら、考えた。

(やっぱり逃げるとしたら壁を突き破るか、灰化女の方からだな…。でも一瞬でもクロッカス達に隙を見せたらその時点で……終わる。でもクロッカスのあのジジイ狂人バーサーカー化しとはいえアルガとイーバが数秒でも足止めできるか…?)

 間違いなく、過去最大最速で思考をフル回転して生き残る道を探すレイゴ。脳の血管が切れる勢いで頭を回すが……全く思い浮かばない。

 そもそもレイゴが知能タイプではないというのもあるが、この状況から抜け出すのは誰であっても100%に近い確率で…不可能だろう。


「あ、これ返しておくね」


 すると、クロッカスがぽいっと、レイゴが『龍凱烈牙』で投擲した刀を投げ返してきた。


「…ッッ!?」

 レイゴは柄を掴んで受け止めながら、目を見開いた。

「な…、なんのつもりだ……ッッッ!?」

 敵に獲物を返すメリットなんてこの世に存在しない。

 刀に何か仕込まれたのではないかと懸念するほどレイゴが疑り深くなる。

「安心しなって。武器には何も仕込んでないよ」

 クロッカスが友達に声をかけるような気安さで言ってくる。

「確かにこのままコスモスとスターチスの三人で一気に攻めれば、楽にお前らなんて葬れるんだけど……せっかくだから、有効活用しようと思ってさ」

「有効活用…ッ?」

 組織で生きる中でよく使われる言葉が、無機質で冷徹にレイゴの心に響いた。

 嫌な予感しかしない…。

「実はさ、」

 クロッカスがすんなり詳細を話し始めた。

「俺今度、紅蓮奏華家と色々と関わっていくことになるからさ……改めて、『天超直感ディバイン・センス』がどんなものか、この目でしっかり見極めたいんだよね」

 レイゴは知らないが、クロッカスは表社会で漣湊として、武者小路むしゃのこうじ家や紅蓮奏華家に深く関わっていくことになる。

 その際、やはりクロッカスが最も読みにくいのが紅蓮奏華の化け物染みた超直感『天超直感ディバイン・センス』だ。

「見極めるだぁ……ッッ!?」

 レイゴは全てを把握したわけではないが、クロッカスが紅蓮奏華と今後何かで関わるということはわかった。

「うん。『聖』にも紅蓮奏華の血縁はいるけど、こういう命を賭した戦いの中でないと得られない経験ってあるじゃん。……だから、レイゴには僕の経験の糧になってもらおうと思って」

「ッッッッッッ!! 舐めやがって………ッッッ! 俺は練習台か…ッッ!」

「まあねっ。……でもそれってつまり、俺一人でレイゴ《あなた》の相手するってことだよ? 逃げられる可能性が増えて、そっちに取っても都合がいいんじゃない?」

「……ッッッ!」

 クロッカスのこちらの考えを見透かした物言いに、レイゴが顔を強張らせる。

 隣でイーバが「逃げるとはどういうことだ!?」と叫んでいるが無視する。

「それじゃ」

 その時発言したのは、コスモスだった。

「レイゴはクロッカスが相手して、あとの二人は私とスターチスで即効で片付けるってことでいいのね?」

 イーバとアルガがギョッと目を見開く。

「いいや」

 だがクロッカスがあっさりと否定した。

「レイゴの相手は俺が、アルガの相手はコスモスが、そしてイーバの相手は………」


 クロッカスがコスモスの背後の通路に目を向ける。


 その通路からクロッカスの命を受けてたった今到着した人物に、言った。


「ラベンダー、任せるよ」


「え…………?」

 

 深恋は仮面の裏で、面食らった。




 ■ ■ ■




 たった今到着した深恋ラベンダーに、クロッカスが聞く。

「状況は把握してる?」

「え、その…通信は繋いでいましたけど……え? 私がイーバの…」

「OK」

 戸惑う深恋の言葉を、最後まで続けさせてはくれなかった。

「それじゃあそういうことで」


 次の瞬間、湊はレイゴ、イーバ、アルガの中心にいた。


「「「ッッッ!!!?」」」

 最大まで警戒していた三人の間にいとも簡単に、移動してしたのだ。

 レイゴ達三人が驚愕するが、三人が何かするより早く湊が左右の音叉を強めに鳴らした。

「『跳撃振ホップ・ビブラート』」

 心地良い音と共に、指向性を持った風がレイゴとアルガを襲う。

 これは攻撃してダメージを与えるものではなく、風圧により衝撃で相手を離れたところまで飛ばす技である。

 レイゴは頑丈な天上を突き破って真上へ、アルガはコスモスのいる方の廊下の奥まで、抵抗もできずに飛ばされていく。

 そしてクロッカスはレイゴを追いかけて穴が空いた天井へ、コスモスはアルガを追いかけて廊下の奥へ、一瞬で消えていった。



「……………………………………………っ」



 ……残された深恋は、呆然と立ち竦んでしまった。

 当初の予定ではコスモスと共に行動して戦闘は行わないはずだった。

 それなのになぜ?

「ス、スター……」

 その場に残ったもう一人の『聖』の隊員、スターチスに頼ろうとして…………その横で膝を付いている人物に目が留まった。


 …………ジスト。深恋の父親が、そこにいた。


『弱者に生きる資格はない』『そいつらを殺せ』『殺さないとお前を殺す』『首を刎ねろ』『内臓を抉り出せ』『腕だけ切り捨てろ』『違う! もっと速く刀を振るのだ!』『何度言ったらわかる!』『どうしてできない!』『これ以上強くなれないのなら殺すぞ!』『弱過ぎる』『お前に生きる資格はあると思うか?』


『憐山』で過ごした時の、様々な記憶がフラッシュバックする。

 

(落ち着くのよッッ! 私ッッ! 淡里深恋ッッ! ラベンダーッッ!!)


 だが寸でのところで深恋は意識を保った。

 それはひとえに、『聖』の存在のおかげだった。『聖』が心の拠り所となり、深恋の平静を守ったのだ。

 それに、ずっと通信を繋いでいたので、湊とジストの会話は全て聞いていた。

 ……だから、既に深恋は知っている。ジストがどういう思いで深恋を育ててきたか。

(例えどんな理由があったとしても、簡単に私の気持ちの整理はつかない。……だから、後でちゃんと話そうね。……父さん)


 と、その時。


「甘い」


 それは、深恋の声だった。

 不意に、深恋が抜刀し、刀を振るって風を起こした。

 直後、ボンボンボンッ!と雷が暴発する。

「チッ…。明らかに隙だらけでしたのに……ッ!」

 イーバが毒を吐く。

 今、ジストを認識して一瞬できた隙を狙い、イーバが攻撃型のカプセルを投げつけていたのだ。

 それを深恋が容易く防いだのである。

「勝手にマッチングしてくれましたが、ラッキーですね。クロッカスやコスモスと呼ばれていた隊員に比べれば、私の相手は随分レベルが低い。……後ろのスターチスと呼ばれた…私の右手首を折ってくれた隊員と、ジストさんがいるのは気掛かりですが、それぐらいはなんとか私の手腕でなんとかしてみせましょう」

 イーバが両手に指の隙間にカプセル剤を挟んで構える。

 折れた右手首は補強法リディーム・アーツで補い、動きに違和感はない。

 イーバがジストに視線を移す。

「ジストさん、まさか『聖』に入るつもりですか? やめて下さいね。………今更貴方に救える命はないんですから」

「それは貴方が決めることじゃないでしょ」

 深恋が軽蔑を込めて言葉を突き付ける。

「おやおや、ラベンダーと言いましたっけ? 知らないわけじゃないでしょう? その男が今まで何人の人間をあやめてきたか。クロッカスは屁理屈言ってましたが、どれも薄っぺらい綺麗事でしかないんですよ。……そもそも、その男は自分の娘すらまともな人間に育てられなかった人ですよ? 愛情と勘違いして人を殺す術を教えた男ですよ? ……まあ今はその子も『聖』が預かったのだとお見受けしますが、一つアドバイスしましょう」

 イーバが至極当然のことを諭すような表情で、続けて言った。

「………何か起きる前にそのジストの娘を処分すべきです。所詮は殺人鬼の娘です。何をしでかすかわかりませんよ」

「それも貴方が決めることじゃない」

 深恋は確固たる意思で力強く述べる。

「……言いますねぇ。小娘の分際で」

 イーバが語気を強めるが、既に深恋の覚悟は固まっていた。


(湊に戦闘を任されて動揺してしまった自分が情けないわね。……私はもう『聖』の隊員。『聖』に貢献するのが、私の役目ッッ!)


 もう、言葉は不要。

 行動で示すのみ。

 深恋は全収納器(ハンディ・ホルダー)を手に持って蓋を開け、そこから()()()()を取り出した。

「ッッッ!? これは…ッッ!?」

 イーバ、そして………ジストが、瞠目する。

 

 九本の刀は風と操作法オペレート・アーツによって激しく展開され、周囲の壁と天井を砕き壊した。

 破壊音と共に天井と壁が崩れ落ち、廊下が瞬時に横の部屋や上階へと空間が広がる。至るところに瓦礫が積もり、その中心では深恋は九本の刀を己の周囲上空に浮遊させている。


「……じゅ、十元屍葬流………ッッッッッ!?」

 イーバが乾いた口で、掠れた声でその変則的な剣術の名称を述べる。

 深恋はあくまで冷静に。

「……スターチスさん、仮面を外してもいいですか?」

「もう正体もバレてしまっているしの。構わぬよ」

「ありがとうございます」

 了承を取り、紫の仮面と被っていた黒いフードを、脱いだ。

 皮肉にも小さい頃からその顔を知るイーバは、呼吸を忘れるほど目を瞠る。

 ……ジストは、泣きそうで、辛そうで、苦しそうで……そして安心したような、様々な感情が混在した表情を浮かべた。




「『憐山』の構成員・イル、改め、『聖』の隊員・ラベンダー。……推して参ります」


 いかがだったでしょうか?

 やっと今章も終わりに近付いてきました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もめっちゃ良かったです!実は投稿を再開された時に、改めて1話からここまで読み直させてもらったのですが、やっぱり何度読んでもツボすぎて本当に好きです!! [一言] これからもあまり気負わ…
[良い点] 不治の病でもないのに罪や娘から逃げるな!って感じですかね。これからは殺した人数以上を救ったり、何より娘との仲を修復せねばな。湊が繋いでたから一応自分の事想ってくれてたの知ってるから何とかな…
[一言] 更新ありがとうございます。 今は突き進むのみ。 レイゴは、感性が鋭いケモノ。 さらっと、なんかこっちだな?みたく わかんちゃうんだよな、きっと。 オーバーロジックは、ひとりひとり違うはず …
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