07話「セッション2-4 東方剣士ダイゴの場合」
第二回戦、第三試合。
「レナ選手、ダイゴ選手。闘技場へ」
医務室に送り込まれるラヴィを見送りながらレナは背負っている自分の巨剣の柄に触れる。
「これで、残るはあたしだけに……あたしが頑張らないと……あたしが……」
すぅー、と大きく息を吸って。
ふぅー、と大きく息を吐く。
気合を入れる為に両手で自分の頬を叩き、レナは闘技場へと進む。
意気揚々、元気溌剌に。
「よしっ! いくぞっ!」
気合を入れ直したレナが闘技場に入ると、対戦相手のダイゴが待ち構えている。
「それでは、試合開始!」
試合開始の合図を聞きながら、レナは相手の様子を、ダイゴを見る。
両目は閉じ切っていて、堂に入った出で立ちをしている。
更にダイゴの装備は布を羽織っただけの軽装に腰に佩いてある長い刀一本のみ。
「東方にはキモノ、って言う服があるのは聞いた事がありますけど……まさかその格好で戦う気ですか?」
「戦闘用に見えぬのは文化の違い故……その様な瑣末、斬って捨てれるとは思うが……如何かな? それとも拙者のような盲目の剣士に気圧されているとでも?」
「ッ! そう……ですね、確かにその通りです。貴方の目が見えてなくても、あたしから手加減は一切しませんっ!」
「委細構わず……いざ―――」
白い着物が揺れる。
間合いは開始時のまま、故にダイゴの得物の届く距離ではない。
ダイゴは右腰に佩いた一本の刀を右手の逆手に握って身体を捻り、左肘をレナに突き出す構え取り―――。
巨剣を構えるレナは尋常じゃない殺気を感じ、直ぐに横に飛び退いた。
「斬り捨て御免。飛刀〈ひとう〉 『霞〈かすみ〉』」
抜刀と同時に刀が、いや、ダイゴの姿が消えたように見え―――。
次の瞬間、レナの立っていた闘技場のタイルが斜めに裂ける。
「なっ!?」
石のタイルを綺麗に切断した事も驚くべき事だが、何より驚かされたのはその攻撃方法。
レナは知らなかった。東方には居合いと言う剣技があると言う事を。
開始位置のこの間合いから、それも“刀を鞘に納めた状態から”斬撃が来るとは夢にも思わないだろう。
それ程までにその男の、ダイゴの剣技は異質だった。
「拙者の剣を避けるか……。偶然にしても、いやはや中々に勘が良いようだ……」
そう言ったダイゴの刀は既に鞘に納まっており、レナはその刀の刃を見る事すら叶わなかった。
「い、今のは何ですかっ!」
「拙者の剣術は居合にして外道邪道の剣、と言う事だ」
「イアイにキモノ、そしてカタナですか…。東方の剣士を見るのは初めてですが、凄いです……あたし、ワクワクしてきましたよっ!」
「ふっ、戦闘の中で愉悦を感じる……顔は見えぬがそちらも拙者と同類の戦闘狂と見た」
にやりと笑みを零すダイゴにレナは嬉々として頷いた。
一方は巨剣を両手で握って腰を落とし、もう一方は静かに腰の刀に触れる。
―――次の瞬間。
どちらからとも言わず、レナは跳び、ダイゴは抜く。
再び放たれる『霞』を“そういうモノ”だと本能で理解したレナは勘を頼りに大きく地を蹴り、上に跳んでそれを躱す。
剣閃は見えないので避け切れたかも分からない、が―――。
「やられた確認なんて要らないッ!! 私はいつもの様に叩き潰すだけッッ!!」
「一度ならず二度までも避けるか……。ともすれば偶然ではなく必然」
飛び掛かるレナはダイゴ目掛けて、巨剣を振り下ろす。
「『大地砕きぃ』!」
「ふむ、速度威力共には相当なもののようだが、大振り故に避ける事は容易い」
顔色一つ変えずにダイゴはレナの渾身の振り下ろしを紙一重のタイミングで避ける。
「まだ、まだぁぁぁぁ!」
闘技場を割り、砂埃を舞わせながらもレナは動くのを止めない。
深く突き刺さった巨剣を支点に身体を捩り、空中で体を回転させて巨剣を引き抜き、避けるダイゴを追撃する。
「ぬ、曲芸か?」
レナは更に振り下ろした巨剣を再び足場にし、巨大な車輪のように巨剣を回転させる振り下ろしの連撃。
着地せずの連撃をダイゴは後ろに跳び退いて躱すがレナは更に回り、巨剣を振るう。
反撃の隙を与えない連続した振り下ろし、それは正に断頭台の刃〈ギロチン〉が間断なく落ちてくるようにダイゴを何度も襲う。
巨剣が空振る度に闘技場の床は割れ、砕ける。
―――が、段々とダイゴも避けるのにも慣れてきたようで。回避動作が最適化され、最小限の動きで躱すようになっていく。
最終的には攻撃の合間に視えない剣閃を繰り出せる余裕まで出来る。
「早々同じ太刀筋ばかりではな……。霧刀 〈むとう〉『靄〈もや〉』」
抜刀一閃。
ゆらりとダイゴの姿が消える。
「消え、た?」
否、ダイゴは目にも留まらぬ瞬速の踏み込みでレナの視界から抜けただけ。
しかし、攻撃目標を見失った事でレナは縦回転させていた巨剣を止め、見失ったダイゴの姿を探すしかない。
その隙をダイゴが見逃す筈がない。
弧を描くように踏み込んで来るダイゴにレナの左肩が縦に斬られる。
「ぁうっ!?」
「むぅ、少し……浅かったか……」
そう言ったダイゴはレナの遥か後方へと着地。
バランスを崩したレナは巨剣を杖代わりに倒れるのを堪える。
「しかし……之、勝機と見たり」
「くぅっ!」
ダイゴは地を蹴り、間合いを詰める。
立ち上がり、左肩を庇うレナに接近する。
「(拙いっ!)」
左腕が上がらず、ダイゴの攻撃を受け止めようと片手で持った巨剣を前に構え―――。
「閃刀 〈せんとう〉『時雨〈しぐれ〉』」
―――抜刀、と同時にダイゴが三度消える。
キキキンッ。
密度の高い刀の連斬がレナを襲う。
“抜刀をした事”しか分からないレナは剣戟の音で判断するしかなかったが、それは目に見えぬほどの速度で放たれる連撃だった。
真正面に巨剣を構えている為、正面の攻撃は防げる。
だが、巨剣の刃に隠れきれない肩や腕、足などが切り刻まれる。
「くうぅっ、ああぁぁぁああっ!!」
「拙者の剣術は先の先……。故に、反撃の隙など与えん」
あたしはあたしが出来る事しか出来ない。
目に見えない斬撃はこの際無視だ。見えないものは視ない。
だから今、あたしが出来る事……それは。
「(間合いに入って敵を叩っ斬るだけだぁ!!!)」
盾にしていた巨剣を後ろへ振り被る。
「うぅぅぅりゃあああっ!『地平っ薙ぎっ!』」
左半身を突き出して盾代わりにし、片手で持った巨剣を右から左へ薙ぎ払う。
その間、無数の“見えない斬撃”によって左肩、左腕、左手をズタズタに斬られるが構わないっ!!
「捨て身だとっ!??」
捨て身の薙ぎ払いが見えない斬撃ごとダイゴを薙ぎ払う。
「ぐああぁぁぁぁぁ!!」
巨剣の剣圧により、ダイゴは吹き飛ばされる。
「貴方の剣が先の先なら、あたしの剣は後の後ですっ! 初撃さえ防げれば、あたしの勝ちですよっ!」
倒れたダイゴに剣先を突き付け、レナは高らかに宣言した。
「………見事」
救われたのは巨剣の刀身の大きさ、そして自分自身の耐久力。
捨て身で戦えるレナと反撃される事を考えていないダイゴ。
二人の剣士の戦いはその差で決まった。
かくして、血だらけになりながらもレナは二回戦を辛勝し、決勝へと進む事となった。