02話「セッション1-2 初依頼の場合」
魔法都市トルバスから少し南に林に囲まれた農村、モルド村がある。
トルバスは経済的に栄えてはいるが、都市から少し離れていると都市からの警備網が薄くなり、そこを蛮族〈バーバリアン〉等に襲われる事は少なくない。
「モルド村に着いたみたいですよっ!」
レナが馬車を御してきた商人にお礼を言って御者台から降り、荷台に乗った他の仲間に声を掛ける。
「やっぱ馬車だと早いね」
小さなリュックを背負い直したバレッタはひょいっと馬車から飛び降りた。
「ここがモルド村ですかぁ~」
眩い日の光に目を顰めて三角帽子を直しながらラヴィも降りる。
「まぁ、そんなに遠い距離じゃなかったですからね」
最後に荷物を纏めていたクロも馬車を降りる。
「先ずは依頼主の村長さんに会いに行きましょう」
「はいっ!」
クロに元気良く返事をしたレナに続いて一行は村の中へと入っていった。
モルド村は村民100人前後の小規模な村のようだが、木造の家に綺麗な川、生い茂る林に囲まれた住み易そうな村だった。
村人に聞くと、村長の家はすぐに見つける事が出来た。
「おぉぉ、冒険者さんですかぁ」
「はいっ。『雨地亭』で依頼を受けてやってきました」
村長は初老に差し掛かった人間の男性で、冒険者達を見ると諸手を上げて歓迎してくれた。
「早速ですが、今回討伐するゴブリン〈子鬼〉について詳しく教えて下さい」
「はい。……えぇと、どんな事を教えれば?」
不慣れそうな村長はクロの質問に頭を傾げた。
「ぁ、すみません。分かり難い質問で……。襲ってきたゴブリンの規模や特徴、住処などの分かる事がありますか?」
「規模は5体ほど……だったと思います。あぁ、それと……人語を喋るゴブリンが居ます」
「えぇっ! 人語を喋るゴブリンですかぁ?」
ゴブリンやトロール等の蛮族の殆どは人語を解さない為、希少な人語を解すゴブリンの存在にラヴィは目を輝かせた。
「はい。一度村を襲った後、あのゴブリン達は次からは3日置きに食料を用意していれば襲わないと言ってきたのですが、何分村人の食料分しか余裕は無く困っているのです」
「成る程ねぇ~村がなくなったら食料を奪えないって事を分かってるのねぇ。どうやら~その知性のあるゴブリンがリーダーみたいですねぇ」
「それで? 3日周期で食料を渡しているって言ってたけど、次はいつだい?」
「次は、明日の夜です」
「どうして夜なんです?」
今まで黙っていたレナが村長に聞く。
「あのゴブリン達は夜にしか来た事がありません」
それを聞いたラヴィはこくこくと頷きながら。
「大抵のゴブリンは夜行性ですからねぇ~」
モルド村の村長に話を聞いた冒険者達は早速、ゴブリンの住処を探し始める。
「夜型って事は日が出てる今の内に叩くのが良いって事です」
「村の人を襲う野蛮な蛮族、許せませんっ!」
「ぅ~ん……報酬は1000Gだから4人で分けて250Gか……ゴブリン共がお宝ちゃんを持ってるとは思えないけど……ボロい仕事じゃないか?」
「そうねぇ~。頑張って一緒にゴブリンを退治しましょうねぇ~」
「うわぁ、僕の話を誰も聞いてないや……」
がっくりと肩を落として、クロは村長から貰った地図を眺める。
「……ゴブリンは洞窟みたいな暗がりに生息する魔物だからこの近くの洞窟は……この辺りかな?」
そう言って、クロはモルド村の南にある洞窟のいくつかに印を付けた。
「皆さん! この辺りの洞窟にゴブリンが居ると思うんですけど……とりあえずここから南の洞窟に向かっても良いですか?」
「あぃよ」
「はぁい~」
「あたしの剣でゴブリンを懲らしめてあげますっ!」
全員がクロの提案に賛成し、冒険者一行はモルド村の南の洞窟に向かう。
「悪い~魔物をぶった斬り~♪」
やる気満々のレナを先頭にクロ、ラヴィ、バレッタが続く。
「ちょ、ちょちょ、レナちゃん! 危ないから剣を振り回すのやめて下さいよ! ぁ、でもさっきからチラチラ見えるうなじが可愛いから許せそう」
「レナちゃんは元気ねぇ~」
「……おい、今この神官なんつった!?」
バレッタの鋭いツッコミを黙殺しつつ、和気藹々と進む冒険者達は目的の洞窟を発見した。
「見えたーっ! それじゃゴブリン退治。レナ、いっきま~っすっ!」
巨剣を両手で握り、地面を深く踏み込んだレナは―――。
「わわっ、待って待って待ってぇぇぇぇ!」
後ろに居たクロに抑えられた。
「はいはい。ちょっと待ってな、アタイが見てくるよ」
足音を消したバレッタは音もなく洞窟に忍び寄って。
「(さぁて、ゴブリンは居るかな~っと)」
入り口付近まで忍び寄ったバレッタは洞窟中の様子を調べる。
……中からは特に音は無い。
けど、入り口で光る、何かを見つける。
「とりあえず見てきたけど、入り口に罠と土に付いた足跡を見つけた。多分ゴブリンはここに居るよ」
「じゃあ突撃しましょう」
「レナちゃん、気持ちは分かるけどちょっと待ってね。バレッタさん、どんな罠があったんですか?」
「侵入者を発見するタイプの罠だね……ササっと解除して突破しちゃうか?」
「賛成ですぅ~」
「はい、お願いします。解除出来そうなのはバレッタさんだけみたいなので僕らは後ろで待ってます」
「それじゃ、ちょちょいっと行ってくるわ」
そう言って、バレッタは入り口の罠を解除し始める。
丁度その時、背後の草むらから小さい影が飛び出してきた。
「なっ!!?」
「うわぁっ!?」
「ぇ? 後ろぉ?」
疾走する小さな影がゴブリンだと気付いたのは先制攻撃を受けてからだった。
「キギッ!」
一番後ろに居たラヴィが棍棒で強打を受ける。
「きゃあぁぁぁ!?」
魔術師の軽装でこの攻撃に耐えられる筈もなく、ラヴィは弾き飛ばされて倒れる。
「ラヴィさん!」
「このッよくも、ラヴィさんをっ!」
握り締めた巨剣を肩に担ぎ、深く踏み込む。
地を蹴ると轟音、足場が爆ぜ、超重量の巨剣が振り下ろされる。
一撃粉砕。
突撃と同時に横薙ぎを受けたゴブリンは石ころのように吹き飛ぶ。
「う、うわぁ……なんだ、あれ……」
レナの筋力に顔を引き攣らせながら、クロはラヴィに手を翳す。
「神聖なる治癒の恩寵を……『治癒の光』」
神聖魔法。
神官に許された、神の力を借りる奇跡。
その力は身体能力の促進や治療、浄化等に及ぶ。
途端にラヴィの体に光が灯り、傷が癒える。
「ラヴィさん大丈夫ですか?」
「ありがとうクロ君夜行性だと思って油断してたわ~。さっきのゴブリン達はどうなったの~?」
「あははは、今レナちゃんが戦ってるので大丈夫です」
再び轟音。
3匹居たゴブリンが1匹ずつ吹き飛ばされ、既に最後の1匹。
「やあぁぁっ」
振り下ろした剣が避けられ、棍棒で殴られる。
「痛っ!」
確かにレナの攻撃力は凄まじいが、俊敏さではゴブリンが上で走り回られると中々巨剣を当てられない。
「腰を据えて相手を良く見る……」
振り回していた巨剣を止めて、真っ直ぐにゴブリンを見据える。
「今っ必殺のぉっ! 『大地砕きぃ』!」
巨剣を振り上げると同時に地を蹴る。
レナは両手で頭の上まで振り被った巨剣を一気に振り下ろした。
最後のゴブリンが木に叩きつけられ昏倒したのを見て、レナは巨剣を掲げて叫んだ。
「正義は勝ーつ!」
「はは、ほらね……」
クロは苦笑いをレナに向ける。
「皆、大丈夫かい!?」
そこに洞窟の入り口で罠を解除し終わったバレッタが駆けつけてくる。
「あぁ、バレッタさん。大丈夫ですよ、レナちゃん一人で撃退しちゃいましたよ」
「レナちゃんって凄いのねぇ」
「あんな剣背負ってるから凄いだろうとは思ってたけど……うへぇ、こりゃ敵が可哀想になるわ」
回復したラヴィを立たせていると、レナが剣を背負い直しながら戻ってくる。
「不意打ちには驚いたけど大した事なかったですね……」
「いやいや、確かにゴブリンは弱い方だけどさ! レナちゃんが桁違いなだけだからね? 勘違いしちゃ駄目だよ!?」
「それじゃあ、今から洞窟に潜る訳だけど……先頭を入れ替えて、先頭はアタイ〈バレッタ〉で、次からクロ、ラヴィで、最後尾にレナでいいね?」
「はい、それで問題ないと思います」
「了解ですぅ」
「はい! 後ろは任せてくださいっ」
隊列も改め、冒険者達はゴブリンの洞窟へ潜って行った。
「(ふふん、先頭に立って真っ先にお宝ちゃんをゲットしてやるわよ~♪)」
「(あはは……)」
目をギラつかせ、いやらしく顔を歪めたバレッタを横目で見ていたクロは苦笑混じりで洞窟への一歩を踏み出した。