2
それから……
私と少女アリーは、ともに、あちこちを訪ねた。
まずは近隣のレストランやモール。といっても郊外のルートだ、数はない。それでもじきに日が暮れて、アリーも疲れをみせたので、今夜は車中泊することにした。
「明日はどうしよう……」 つぶやく私に、アリーは相変わらず飄々としたもの。
「おねえさんイタリアってどっち」「どっちって、ずっと西よ」「西って」「あの道をまっすぐあっち」
※注・アメリカのドコをまっすぐ西に陸路を走ればイタリアにつくとゆーのか、そういうことは考えてはいけません〉
「アリーのパパやママの名前は?」「わかんない。パパはパパ、ママはママよ」「じゃあ、弟は」
「わかんない。知らない。みんな、リトルタイガーてアダナでしか呼ばないもん」
〈※注・最近トビーはアメリカの家族内はアダナで呼んだりする〜などの記述を読みました。にわかで影響うけたらしい〉
「そんな馬鹿な。じゃあ、ファミリーネームは?」「ビルよ。アリー・ビル」「わかったわ。じゃあ明日は、ビルの家を訪ねましょう。。そこへ送ってあげればいいわ。遠いの?どこ?」
「とても遠い。あたし、わからない」「どっち?」
「あっち。西にずっと向こう」
私は眉を寄せた。
一年かけて走ってきた道を、少女をのせて戻る旅がはじまった。
途中途中、アリーに道の覚えを訊ねる。 そのたび、アリーは「通ってきた気がする。でももっとずっと先だよ」と言った。
立ち寄った店店でビル一家の特徴をたずね、ついでに美味しいものを食べてみる。
露店商と口論になったり、言葉の通じないバックパッカーのヒッチハイクに捕まってみたり。
アリーはそのたび、けらけらと笑うこともあれば、大人びたクールさで受け流したりもした。
アリーは、すこし、不思議な子供だった。
猫が少年に化けたような幼さとしなやかさをもち、野生じみていて、不潔でガサツ。座席では常にあぐらをかいている。
それでいて、会話に違和がない。 私の三分の一ほどしか生きていないと思えない、知性を感じさせたりもした。
飲食を含めた生活費は、基本的には私が出した。ぜいたくをねだる少女ではなかった。
ただ、まったくの無一文ではないようで、有料トイレなどはしれっと勝手に使っていた。
そして……もう、二週間が過ぎた。
ある日、郊外のコインシャワーが共同スペースだった。アリーは風呂を嫌がった。私に裸をみられるのが恥ずかしい年頃なのだろうか?平気で鼻をほじるくせに……と、苦笑いしつつ放置してやる。
その夜、深夜、シートを必死で雑巾がけしているアリーを見た。 布張りの座席に赤いシミ。アリーは私に、これまでに見たことがない悲しい顔をみせた。
私はとても複雑な気持ちで、あえてクールぶって、ナプキンの在処と汚れの落とし方を伝えて背中をむけた。
翌朝、シートにはシミの影も形もなかった。
運転をしながら、私たちは少し、いつもより寡黙だった。なんとなく重い車内で、会話がはじまった。
「おねえさん、どうして家出したの?」「……家出なんて。そうね、家出かしらね」「結婚してるの?」「いいえ……するつもりでいたんだけどね」「子供ができたの?」
アリーの言葉は、時としてひどく鋭かった。
これまでなら、ガキなど相手にせず適当に流したかもしれない。 だが私はなんとなく、対等に、彼女に話してみる気になったのだ。
「そう。彼氏とね……子供が出来て、結婚しようとした。だけど子供がお腹のなかで……それで全部だめになった。あ、ううん、ちがう。それでも一緒に暮らしたのだけど、ただ、彼を嫌いになっちゃったの。子供のことは関係ない」
アリーは、さほど感銘をうけた様子がなかった。ふーん、と、つまらない映画評でも見たような声で、その話を終えた。
アリーとの旅は、それからまた、ひと月続いた。
はじめは右折するのに目障りでしかなかった助手席の積載にすっかり慣れ、彼女は彼女ですっかりくつろいで、裸足をダッシュボードに載せて居眠りしている。
マクドナルドのドライブスルーでジュースを手渡す。彼女が好きなフレーバー。礼も言わずに受け取るアリー。求める気もない私。
そういえばドライブスルーではなく店内で、ビル家族の来店を訊ねるべきだった……と思い出す。
そして、まぁいいか、と、忘れた。
どうせ二人の旅は、まだまだ続くのだから。
車内で食べ終えたゴミを捨てるため、街道に路駐する。
郊外のルートインにしては、にぎやかな街だった。
整備されたタイル床、こじゃれたゴミ箱。
アリーを助手席に残し、エンジンをかけたまま、私は車を降りて……
「ママ」を、見つけた。
はっと、一瞬、固まってしまった。 声が出なかった。
20メートルほど先、当たり前のように街を歩いていた婦人は、顔をあげるとすぐに私に気が付いた。
まさか、すごい偶然。同一人物?と戸惑った私よりも先、即座に、「ママ」は背をむけた。
そして、全力で走り始めた。
とっさだった。名前を知らない「ママ」を呼んだわけではなく、私はまったく無意味に、「アリー!!!」と叫び、婦人のあとを追った。
そして今度は、その背中を……襟首をひっつかまえた。