1
私の名はメグ。イタリアの女。(※夢のなかでは名前は一切出てこなかった。メグ・ライアンに似てたので後付けしました)
アメリカ郊外をひとり、ワゴンで旅をしている。
夏の日。立ち寄ったのは巨大なホームセンターというのか……キャンプ道具から雑貨まで揃えたショッピングモールだった。旅のしたくの買い出しに車を降りたとき、ふと、家族連れ客が目についた。
たくましい夫にふくよかな妻、少年のような娘と少女のような息子。アメリカのホームコメディみたいな組み合わせ。にぎやかにワンボックスから降りてきた親子はさっそく店に駆け込んで、大量に、食料などを買い込んでいた。
旅行者なのだろうか。
日帰りのハイキングにしては買いすぎだし、ちらっとみえたワンボックスのスペースは尋常じゃない載荷だった。長旅だとしたら、学校や仕事はどうしたんだろう?バカンスの時期でもないのに……かなりの金持ちだろうか。それにしては車も衣服も安っぽい。
それほど訝しんで視察していたわけではない。暇じゃないんだ。急ぐ旅ではないけど。
さっさと自分の買い出しを済ませ、車に載せていく。
換気をかねて、後ろのドアを開けたまま前席の掃除。
そして戻ると……車載スペースに、少女がいた。
さっきの家族連れの娘だ。年は10歳かそこら。褪せた金髪にキャスケット、プリントのかすれたTシャツ、ハーフパンツ。お世辞にも育ちがよさそうとは見えない所作で、ひとの車に頭をつっこんでいる。
「なにしてる?泥棒なの?」
しかし少女は悪怯れもしなかった。
「ううん、なんか見たこともない荷物がいっぱいあるから、なんだろうと思って」
年齢よりも幼さを感じさせる、物怖じのなさに、私は笑った。
あたりに両親の姿はない。きっと買い出しや、長旅のドライブに飽き飽きしたんだろう。
私は後部シートからコミック誌を少女にわたしてあげた。ずいぶん前に露店で尋ねものをするのに駄賃で購入したものだ。二冊あるが、ナンバリングが続いていない。
それでもまぁ子供の退屈しのぎにはなるだろう。
渡してやると、少女はおもいのほか喜んだ。
「うわ!ありがとう!!」
満面の笑み。
「あ、じゃあ、ちょっとこっちへ来て!」
少女たちの車のほうへ引っ張られていく。
ワンボックスカーはドアが全開のまま放置されていた。少女は猫のように車載に飛び乗り、なにか、小箱のようなものを開けた。
じゃらり。ちゃちなアクセサリー。ハゲかけたメッキ、いや、金色の着色にプラスチックビーズの指輪やペンダントだ。少女の年にはお似合いの雑貨。
おいおいまさかソレをわたしへの礼にするつもり?
と、思ったが、少女はすぐに箱は閉めた。背中に隠して、「なんでもない!」と。
少女は悟ったのだ、自分の宝物が、私を決して喜ばせることができないことを。。
そのいじましさに、私は胸をつかれてしまった。
(そういえば、ほかにも露店商で買わされたアクセサリーがあったわ。私にはやっぱりチャチだけど、子供には結構なもののはず。アレもあげちゃおぅかな……)
「どうしたのアリー?」
金髪のふくよかな婦人。
「あら、なにかいただいたの?ありがとうございます。よかったわねアリー。そうだわ一緒に食事にしましょ。車をだすわ。ちかくにレストランくらいあるでしょいきましょ!」
唐突にあらわれては怒涛のようにまくしたて、婦人は自分の車に乗り込み、ドアをすべて閉めて発進した。
えっ?と思ったときには、少女……アリー?は、私の車の助手席にいる。
冗談じゃない!
いや、ランチがどうしても嫌だとかではなくて。
「ママ、いっちゃうよ、おねえさん」
アリーが言う。
仕方なく、私は追うことにした。
慌てて発進したが、「ママ」の黒い車はすでにかなり遠くまでいっており、間に何台も挟まっていた。
遠目の信号を左折していく。
その背中には先導車、まして赤の他人の車にわが子が乗っているという自覚はみじんも感じられない。
あまりにも早急な運転。
左折、すぐに右折。大通りをまた左折……
案の定、私はあっという間に「ママ」の車を見失ってしまった。
「どうしよう……アリー?あなた携帯電話は持ってる?」
「無いよ。あたしもママも」
「そんな……」
路駐した車内でうちひしがれ、私はハンドルに突っ伏した。
どうしたらいいのだろう。どうしてこんなことに……
他人の子を突然攫ってしまい、途方にくれる私の横で、少女はこともなげに微笑んでいた。
そういえば、「ママ」の車にその夫や息子は乗っていなかったような気もする。
もしかしたらと思い先程の店に戻ってみたが、見当たらない。そのうちアリーが空腹を訴えた。たしかに私も……仕方なく、また車を出し、近くのレストランへ。
ママに会えるかもという希望はもちろん無惨に散ったが、食事中、アリーと色々お話をした。
「家族で旅行だったの?」「わからない」「わからないって……どこへ向ってたの」「知らない。聞いてない。オトナっていつも子供になにも話さないでしょ」
……うーん、そうだったかもしれない。幼いアリーはどこか達観したように物怖じしない子だった。
「ねえお姉さんはドコにいくの」
苦笑いしてしまう。
「お姉さんと呼んでくれるのね、ありがと」「ママよりはずいぶん若いもん」「まぁ……ギリギリかもね」「それで、どこにいくの」「どこにでもないのよ。ただ旅をしてるだけ」
「じゃあ、どこから来たの?」「イタリアよ」「とおい?」「遠いわ。のんびり遊びながらだけども、もう一年も走ってきたんだもの」「どうして?家出?」
私はドキリとして、笑ってごまかした。少女は相変わらずすました顔をして飲み物を弄びながら、
「おねえさん、ママたちを探してね。あたし行くとこないんだもの。おねえさんも、行く道はないんでしょう」
「そうね……仕方ないわね」
私は承諾した。
あの店に伝言で私の携帯番号を置き、とりあえず近くの飲食店をまわろう。
出会えるかもしれないし、なかなかに目立つ婦人だ、目撃情報も得られるだろう。
ちょっと寄り道になるけど、長い付き合いではないはず……
結果として、それは大きな間違いだった。
私とこの少女はこの先、とても長い月日、ともに過ごすことになるのであった。