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2015年/短編まとめ

青い花と桃色の花弁

作者: 文崎 美生

甘い、甘い匂いがした。

気のせいかと思ったけどそんなことない。

花の香り。

強い強い花の香りが何処からともなくして、それと一緒になって嗚咽のような声が聞こえた。


誰かいるのだろうか。

お昼休みに外の空気が吸いたくなって前庭の方へやって来たけれど、この嗚咽が患者のものだったならば私は私の仕事をしなくてはいけない。

そう思い、足早に声の方へ向かう。

一歩踏み出すごとに花の香りが強くなっていく。


「けほ……っ、うぇ」


小さな背中。

緑の中に見つけた白い背中。

その背中を持つ少女の周りには、真っ青な花達がふわりと風に揺れていた。


花を吐き出す奇病の子がいたはずだ。

確か名前は――。


小桜コザクラ、さん」


名前を呼べば、その白い背中は大きく跳ねて顔をこちらに向ける。

涙が溜まっていた瞳からは、とうとうと言った様子で零れ落ちて、彼女はまた苦しそうに噎せた。

その度に香る花の匂い。


「だいじょ……」


ぶ、と続くはずだった言葉は彼女の悲痛な声で掻き消された。

「来ないでッ!」と大きく手を出して、ズリッと私から遠ざかろうとする。

大きな声に驚いて私が固まれば、彼女はハッとして小さく謝罪を口にした。


さらりと肩に掛かる黒髪が揺れて、小桜の名前にピッタリな桜色のメッシュも揺れる。

真っ赤なヘアピンが取れかけていて、でも彼女はそんなことにも気付かずに泣きそうな顔。


「薬とか必要?誰か呼ぶ?」


私じゃダメなのかも知れないと思い、そう声をかければ、小桜ちゃんはゆっくりと目を見開いてから緩く首を横に振った。

「ごめんなさい、大丈夫です」と涙声で言われても、個人的には大丈夫に見えない。


花を吐き出す奇病を患っている彼女は、突然発作的に花を吐き出していた。

直接見るのはこれが初めてだが、普段は病院長が嬉々として花を回収していたから知っていたのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい。全部片付けますから、自分でやりますから。だから、近づかないで」


完全なる拒絶。

――いや、拒絶とは少し違う。

子供の癖に気を使っている、というやつ。


「ごめんね。私も看護師だから」


そう言って彼女が何かを言うよりも早くに、その距離を詰めて目の縁に溜まっていた涙を、白衣の袖で拭う。

だけど涙腺が決壊したみたいに涙が流れてきて、終いには声を上げて泣き出してしまった。




***




「ごめんなさい。も、もう、大丈夫です」


すすっ、と私から距離を置こうと後退る彼女に、私は気付かないフリをして笑う。

最初はもっと患者に心を許してもらうのは、簡単なことだと思っていたのだけれど。

彼女達を見ると、私の考えが甘かったことを思い知らされる。


さて、どうしたものか。

そんなことを考えていたら、彼女が足元に散らばる花を掻き集め始める。

名前も分からない真っ青な花。

奇病はどういう状況で発症するのか、どこからもらって来たのかも分からないうえに、どうやってその状況が作られるのが分からない。


「その花ってどうするの?」


手を伸ばして一輪拾い上げれば、彼女は驚いたように目を見開いて奪い取る。

そんなに触らせたくないのだろうか。

行き場のなくなった手を頭にやれば、ハッとしたように彼女が頭を下げた。


「これは、せんせいのところに、ごめんなさい」


ここに来て彼女にあってから、何回謝られただろうか。

頭に置いた手で髪の毛に指を絡める。

きっと他の患者同様に色々検査用になるんだろう。

いや、あの人のことだから検査だけじゃないかも知れないけれど。


彼女が花に触れた瞬間に、ハラハラと花弁達がバラけて風に飛ばされる。

私がそれを見届ければ、彼女は居心地が悪そうにソワソワと落ち着きなく体を揺らす。

この小さな女の子でも人に気を使わなくては、今まで過ごして来れなかったのか、なんて勘ぐってしまう。

そんなことを勘ぐられるのも嫌だろうに。


この病院に来てからずっと思っていたことがある。

上辺だけで見れば、患者同士もそれなりに仲良くしていて、お姉さん的存在やお兄さん的存在もいる。

病院長の気狂いっぷりがなければ、他の医者や看護師もまぁ、普通だと思いたい――思う。


ただそれはやっぱり上辺だけで、こうして触れ合ってみれば簡単に感じ取れてしまう拒絶。

お互いにお互いの所まで踏み込まないのが良く分かる。

明日死んでしまうかもしれない身、と病院長が私に言っていたことがあった。

それを彼らは自然と理解していて、距離を詰めようとはしない。


「小桜ちゃん、私も手伝うわ」


「でも……」


もご、と言いにくそうに口を動かす彼女に、私は軽く首を傾げて見せる。

笑顔を浮かべて警戒心を解くように。

表現は悪いかも知れないけれど、野良猫を相手にするようなイメージだ。


「ほら、行きましょう」


有無を言わさない勢いで、半分以上の花を持てば彼女は慌てて残りを拾い上げる。

こういうところがまだ子供。

クスッ、と小さな笑みが溢れる。


白いワンピースの裾を翻しながら付いて来る彼女が、小さく咳き込めば、先程とは違う桃色の花弁が一枚だけ舞った。

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