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◆山賊はハチ公でハチ公は雪娘の巻◆

おはようございます。

楽しんでいただけましたら嬉しいです。


 夜も来ないのに朝が来た。


 奇妙な「パリパッパー!」とニワトリの如く、無辺の蒼穹を滑空しているプテラノドンのような鳥が島全体で咆哮している。


 大空に滑空する彼達が肉食獣でない事を願います。


 まばゆいほどのピカピカとした日差しが満遍なく島全体を包んでいるのだろう。


 七色に輝く朝の陽光が朽ち果てそうなテントのベニヤ板青竹壁面やブルーシート越しの隙間を縫うように八畳程度の室内を遠慮しがちにてらしていた。


「うへ、ダーリンそこはだめなのじゃ~ビックは穴にむひひひひ……」


 などとつくしの寝言が聞える。


 声の方角、部屋の隅に目を向けると、古都にゃんが大胆に露出させている太腿からふくらはぎの部分に抱きつきながら、幸せそうな寝顔のつくし。


 開いた口からは子供のようにヨダレがたらりと糸を引いているぞーっ。


 いっぽう、寝息すら立てていない古都にゃん。


 もわっとした綿がクリスマスツリーの飾りのようにダイナミックに飛び出したつぎはぎだらけの黒ずんだふとんで二人仲良く眠っている。


 二人……それが我が身の清廉潔白を証明するポイントだ。


 当然だが俺以外の赤貧神つくしと自称九梶キツネの古都にゃんである。

 

 昨日は無事に古都にゃんの餌にもならず、つくしと夜伽もせずに高潔・廉直・清廉潔白を貫くためにゴツゴツした石畳でごろ寝だ。

 

 ――うーむ、仲良く抱き合って寝てやがる! も、もしや百合属性なのかーっ!?――


 まるで、姉妹だ……とほのぼのとした眼差しを注いでやったわ!

 

 漂流生活二日目。


 海流に漂っていた日数がわからないのでこの島に漂着してからの日数だ。


 なんとも濃密な時間を過ごしている。


 これは無事な姿で日本に帰ることができれば自伝記を出版して印税ウハウハ生活も夢ではないぞ……などと甘い夢をみたい。


 にしても、昨夜のつくしの色めき立ち頬を火照らしながら『めくるめく、狂おしい夜伽にするのじゃ』と古都ちゃんに語る姿を見ていれば俺の方が恥ずかしくなってくる。


 というわけで、同衾することもなく寝不足でナチュラルハイな俺は昨日、九梶きつねの古都にゃんに『大友ゆうき・肩もみを百回する券』を三枚渡した代償にシンプルな地図を作成してもらった。


 地図はとても大切なものだ。

 

 今、自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか知るためには必需品だ。


 これによって俺の行動範囲がこのうえなく向上する。


 昨日の夜……古都にゃんとの喧騒の後、つくしプロディ―スの質素なる……いや、かぎりなく極貧な茶会らしきものが始まった。


 まぁ、ただ、水を呑んで二人が世間話しただけに見えたがその際に古都にゃんよりこの島のしきたりについて教えてもらった。


 この島にはルールがある。


 それは最重要なことだそうだ。


 他を頼らず、己のみの力で生きていくと言うルール。


 自然界の弱肉強食……ヒエラルキーが存在して強者のみが生き残るというシステムだ。


 ここまではおぼろげに想像できるのだが。


 問題はそれに続く言葉だった。

 

 あと一つわかった事……それは、この島は監獄であると言う事実だ。


『監獄』その言葉が出た時、腕を組みながら、古都にゃんはかなり渋い表情だった。


 ざっくりとだが昨日の二人の話の内容をまとめるとそんな感じだ。

 

 俺がここにたどり着くまでのいきさつも話したが……二人に軽くあしらわれてしまった(とほほ……)


 さて、気持ちを切り替える、それはとても大切なことだ。


 とりあえず、食事だ。


 『腹が減っては戦が出来ぬ』なのだ。


 黒ゴキブリや怪しい水を摂取したくないので、俺は朝食を取りに行くことを断固決意している。


 このつくしの住処には武器らしい武器もない。


 石畳の石ころそのものが凶器なのだが。


 そのような密室殺人ミステリーの凶器は俺が欲する武器ではない。


 獲物(あさめし)を捕まえるために武器が欲しい。


 とっても武器が入用なのだ。


 図工・工作の成績がクラスの上位だった俺的には鬱蒼とした森の木を利用したい。


しかし、俺は極限まで腹が減っていた(今なら黒ゴキブリもどきもいけるきがするぅぅぅ♪)


 キラリと輝くグリグリメガネをかけて、解けかかっていた靴のひもを結び直す。


 通気性の良い室内干しで乾いた黒ジャージに着替えると、準備完了。

ぐっすりと眠る二人(目茶苦茶……可愛らしい……寝顔)をおいて、初めてのお使い的な気分でつくしの住居を飛び出した。


 自然……そう、自然は偉大。


 俺がその光景を見て感じたファーストインパクトがそれだった。

 

 緑陰に渡る風が頬を撫でる。


 心地よい柔らかなそよ風。

 一面のスカイブルーを誇らしく彩る大空から照らされる陽光が心地よい。

そして口腔から肺に伝わる空気が美味しい。

 

 不純物を排除したような凄く透徹して澄んで空気。


 都会育ちの俺には何もかも新鮮……運命は斬新に思えるが。


 この光景を見て確信した。


 つくしの住処は山岳地帯なのだ。


 その山間部である。


 どこも開拓されていない山間部。


 鬱蒼とした森林を育んでいる水源だろう清らかな小川。


 現在の某一級河川の三百倍は透明度があり清潔に山の地層濾過によって清められた水。


 つくしの住処を出て一番初めに俺の瞳に写った風景は小川だった。


 キラキラと陽光を反射させる川面。春の小川の歌が聞こえてきそうな、清涼感溢れる小川が流れており、反対側の鬱蒼とした樹海とは色彩が違う景観を演出していた。


 俺は小川の上流を目指しながら小石の敷き詰められた河川敷を歩いていくことにした。


 もはや……遠足気分である。


 どれぐらい歩いただろう、かなり歩いたようだ。


 やがて、本流から小川に変わる分岐点まで来てしまった。


 さざ波が立つ川面を見ていると、かなり大ぶりの魚達が水面に波紋を作りながら気持ちよさそうに泳いでいる。


 大きな岩に這いつくばるように成長したコケ植物の上で群れをなした沢ガニ達が元気いっぱい走っている。


 そして……あれっ!? いかにも怪しそうに河原の真ん中で「う~ん」とお腹をかかえて呻きながらうずくまっている女の子がいる。


 この場に似つかわしくないシチュエーションだ。


 明らかに演技……それも大根役者クラスをとび級したほどの駄目すぎる演技。


「う~ん、痛いですぅ。誰か助けてください。重症ですぅ。寝ているときにふくらはぎが筋痙攣するこむら返りより痛いですぅ。むしろ、そこにぼーっと突っ立っている見知らぬ眼鏡オトコ……すぐに助けてください」


 と言いながら屈んだ姿勢のまま、器用に河原の石を避けながら少しずつ俺との距離をつめてくる。


 静寂に支配された川辺には水のせせらぎといかにも怪しい女の子……いや、幼女ぽい容姿の少女と言うべきだろうか、このミスマッチ、少し反応を観察してみる。


 とりあえず、手ごろな小さな石ころを拾い、石当てゲームの要領で的(怪しい女の子)に投げてみる。


 パカン!(クリーンヒット♪)


「痛いですぅぅぅぅぅぅ!! 何するのですかーっ!」


 おおっ、怒ったみたいだ。


 がばぁっと立ち上がった幼女っぽい少女は頭にピンっとたったアホ毛をピコピコと揺らして三角ジト目でこちらを睨む。


「元気になったではないか」


 とキラリと眩い俺の笑顔が零れる。


「うううぅぅぅ、酷いですぅ。私のような超絶美少女がお腹痛いと河原でうずくまって助けを呼んでいるのに。助けるどころか投石するなんて。鬼畜すぎます。もし、私がぞうさんで貴方がアリでしたら、直ぐに叩きつぶす所ですよーっ! ふんすーっ!!」


 鼻息が荒い幼女っぽい少女は一気にまくりたててくる。


「もし、俺が助けていたらどうなっていた?」


 俺は物凄く素朴な疑問をぶつけてみた。


 にやりっと口角をあげて幼女っぽい少女はアホ毛を揺らして言い放つ。


「ふふふっっっ、雪娘のゆきな様の永久氷結によって永遠の眠りにつくのですぅ。さぁ、今からでもお眠りなさいなのですぅ」


 幼女っぽい少女ゆきなが両手を前にかざす。


 河原全体の温度がぐっと冷え込み、川面で泳いでいた魚がびっくりして河原に打ち上がる。


 ぴしゅゅゅゅ―っ!

 

 寒厳だ。冷風が俺の素肌部分にまとわりついた途端――キラリっと光の波長が異なりプリズムが見えた。


 無色透明六万晶系の結晶を氷。その氷が足元から幾重の薄い膜を重ねていく。


 あっと言う間にゆきなは下半身がカッチカチに凍ってしまっていた。


――えっ、こいつ、自分で凍っちゃった。もしかして、物凄く残念や分類の奴では――


 世の常だ、こういう類には近づかないほうが賢明である。

 

 俺の視線はひんやりしていただろう。


 逡巡する事もなく俺は打ち上がった魚を拾い集めてその場を立ち去ろうとした。


「うううぅぅぅ、助けてくだしゃい。そこの男……いや、お兄様と呼ばせていただきます。こら、行かないでぇぇぇ! 後生ですぅぅぅ。何でも言うことをききます、是非、見捨てないで助けてください」


 必死だ。必死すぎる雄叫び。

 俺は凍ったゆきなに目をやる。

 瞳から滂沱の涙を流して懇願している面持ちとヘルプミ―感たっぷりの雰囲気……実のところこの二日間、大変にストレスが溜まっている俺、S魂(あっ、ちなみに俺は基本妄想的S型です)が火を吹き始める。


 俺は口角をあげてニヤリと笑む。


「何でも言うことをききます? おまえを助けたら、何か良い事あるのか?」


 某・アダルトゲームの悪態キャラの如き淀んだ笑みを浮かべる。


「ううっっ、このような哀れな少女に何かを求めると……ああっっ、何と慈愛のないお方なのだ」


何とも演技がかったセリフ、クイーン・オブ・ザ・憐憫といったところか。


「メリットもないのになぜ助けなければいけないのだ、この、島のルールではないか」


「びえ~ん、ごめんなさい。ゆきなが悪かったです。少しばかり身ぐるみ矧いで、川に落として窒息死させて亡きものにして、金品を奪おうとしただけなのですぅぅぅ。わ、悪気はないのですぅぅぅ」


「充分酷いわ! ぼけぇぇぇ!」


 氷を蹴り上げて、身動きがとれないゆきなをキッと睨みつける。


 そういうわけで俺は自業自得で泣きべそをかいて懇願するゆきなをほっといて立ち去ろうとする。


「ううぅぅ、このままではゆきなはプテラノドン達に捕食されてしまいますぅぅぅ」


 ――あっ、やっぱり、あの鳥、肉食だったかーっ!――


 何だか、妙に納得した。


 にしても、雪娘のゆきなと言ったな。


 雪娘なのに金髪の碧眼とは……時代はグローバル化が進んでいる事を実感。


「わ、わかりました。ゆ、ゆきなは貴方の子分になります! 助けてくれたらずっと貴方だけを見つめていきますーっ!」


 もはや、狼の遠吠え状態だ。


 生命の危機を切実に実感しているのだろう咆哮にちかい訴えが静寂の保たれていた河原から山岳地帯に響き渡り児玉までしている。

 『ふぅぅぅ』と俺は一つ溜息をつき、両肩をグルグルと軽く回した。


 近くにあった大きな石を拾って両手で持つ。


 渾身の力で振り下ろして氷を砕く作業に入る。



「貴方は親切な神様です☆ 一目あったその時からとっても親切な神様だと思っていました☆ 絶対にぜっっっったいにこの恩は忘れませんですぅ。ゆきなのことはハチ公とお呼びください☆」



 ――名前が変わっている! ハチ公って犬じゃないか雪娘よ――


 またしても心で一人突っ込みを入れてしまう。


 つくしがいればダダ漏れの心のトークだ。


 子犬の尻尾のようにアホ毛を振り乱して精一杯の喜びを表現している。

……にしてもだ、こいつ(ゆきな)は自尊心と言うものがないのだろうか。


 カーンカーン!


 石と氷が交差して響き渡る音はしばらく鳴りやむ事はなかった。

 


いかがでしたか?

読んでいただきありがとうございました。

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