◆豪華客船と檻村先生とつくしとフルーツ盛り合わせたちについての巻◆
こんばんわ、喜んでいただきましたら嬉しいです。
俺は朦朧とした意識の中で揺れていた。
そこがどこかがわからない。
ただ、ドンブラコ……と船に揺られている気分なのだ。
就寝している俺をゆさゆさと誰かが揺らす。
――むにゃ~まだ眠い……ガサガサしないでぇぇぇ――
駄々をこねていたわけでもないのにバシリッと頬に痛みが走るとガバァと俺は飛び起きた。
そこは俺の六畳間の自室ではなかった。
覚えがある船室・スタンダートルームだ。
しかもこの間取……強い既視感が襲いかかる。
俺に覆いかぶさるような体勢の檻村先生がそこにいた。
可愛らしいワンピースは血で真っ赤に染まり、滴った鮮血はベッドに雫をおとす。
「ゆうき君、早く、逃げなきゃ」
俺の手首をぐいって引っ張ろうとする檻村先生が苦悶の面持ちを浮かべていた。
呼吸も荒い。
俺のもとに息せききって駆けつけてきたのだろう。
呼吸器官を詰まらせたように「はっはっ」と断片的な息継ぎだ。
『私との血の契約により、ゴーストシップ……カノン……想いを……その手で叶えなさい』
これはびっくりしたぞーっ!
突然、頭に響くバルケッタの声がした。
バルケッタは遠い場所にいるのだろうか?
遥か彼方から送られてくるように時折、声が断片的に途切れている。
――ここは、俺にとって過去なのか――
逡巡する思考を遮ったものは檻村先生が真剣な瞳だった。
そう、時間がないのだ。
檻村先生の意図を悟っていた俺はすぐに同意する。
そして、グイッと俺の手首をひっぱる。
ついてこいとの意思表示だ……ドアを開けて、廊下を確認する。
この状況は俺にとっては二回目だが檻村先生は初見である。
檻村先生はとても慎重に引っ張りながら駆け足で船室から俺を連れ出す。
廊下や階段を駆け上がり、猛烈な横なぐりの大雨が吹き荒れる甲板に出る。
同級生の声だろう。
辺りからは背筋が凍えるような悲鳴が聞こえる。
「こっちへ」
小声だが色濃く悲壮感を含んだ檻村先生の声。
力いっぱい手を引かれて大きな箱の影に隠れた。
「先生?」
――あの時もそうだった――
俺は記憶の糸をたどりながら、あの日の出来事を思い出す。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。
俺は高鳴る鼓動を必死に押さえつけていた。
「これを着て……」
おもむろに取り出して手渡された救命着だ。
檻村先生は血の気が引いている蒼い相貌で精一杯俺に微笑みかける。
『心配しなくていいよ』そんな声が聞こえてきそうな微笑みだった。
「ごめんなさい、先生ここまでだから……」
俺の中で物凄い焦りが湧き上がってきた。
あの事件が始まっていることを今更ながら実感したのだ。
檻村先生のくちびるから『ス―』と小さく血が垂れ流れる。
豪華クルーズ客船全体が血染めされたツンと鼻につく鉄分の臭い。
「ゆうき君、貴方は生きて……生きて証人になって、ここで起きた事、誰かに伝えて……もう、時間がないあいつらが来ます」
甲板に突き刺さる篠突く大雨の音と気味の悪い咆哮がコラボレーションしている。
そして、ズルズルと音を立てて何かが近づいてきた。
「ゆうき君……お別れで……」
俺は檻村先生の血の気が引いているくちびるに一指し指を当てて言葉を遮った。
それは俺の決然たる想いの証明なのだ。
「二度目のお別れなんて言わないでください……檻村先生……俺が先生を守ります」
切羽詰まっていた檻村先生の瞳が一瞬だがふてぶてしい奴の瞳の色に見えた。
檻村先生が目を見開き、驚愕の面持ちを浮かべるとおもいきや檻村先生がいきなり俺の手をとって形の良い胸にぐいっと押し当てた。
この感触は……俺の脳裏のライブラリーおっぱい秘蔵庫ファイルの筆頭に挙がっている感触と一緒だ! ……『それを覚えておけ』その言葉が脳内に反芻する。
俺はおめめをパチクリさせて檻村先生の顔を覗き込んだ。
そこには苦しそうな面持ちだけど懐かしそうな眼差しで何かを伝えたそうな瞳の光がみえた。
「……檻村先生」
俺は形の良い双丘の片方に当てられた右手に意識を集中させる。
意識が流れ込むような、共有するような。
邪気が払われたような妖精のように無邪気な想いが伝わってくる。
そのピュアで純潔でプリニティブな感情や記憶が俺の心にドドッと流れ込んでくる。
それはパラドックスだった。長い年月の想いやある男性の事を真剣に愛してしまった感情……そして、出逢ったしまった監獄島の記憶。
――本当にオリムラ……なのか……――
先ほどまで苦悶の表情だった檻村先生の顔色が柔らかな温かみをおびていく。
苦痛が引くようにいつもの快活な表情を取り戻していくのだ。
檻村先生は腕を伸ばして俺の顔を覗き込むように抱きついてきた。
そして唇を俺の唇に重ね合わせた。
生徒と教師のプラトニックラブ……ううっ、本来なら教育委員会やPТAなどが出てきそうな社会問題になるでわないかーっ!
柔らかな感触……それを楽しむ暇は状況的に与えてくれなかった。
ドンッ!――
突然、檻村先生が俺を突き飛ばす。
その刹那、ブシュュュューと奇怪な爆音と共に、俺の居た場所に黄色い液体がブチまかれる、すると硫酸でもかけたかのように甲板がみるみる溶けていく。
なんじゃこりゃーっ。
身体を反転させて振り返った俺の瞳に飛び込んだ者……バ、バナナ?
その全長、二メートルはあり見事な流線系でしゃくれている。
その姿はまぎれもない黄色いバナナに手と足がついている。
フィリピン産かはたまたタイアイランド産なのか!?
「バ、バナナァァァ♪」
このバナナ……叫び声もバナナって……もしかしてゴーストシップに乗り込んだ新手のフルーツランドのスタッフでは!?
――仕掛ける――
その声は懐かしくもあり驚きでもあった。
突然、俺の脳裏に大飛丸の声が反芻した。
大飛丸、バルケッタに魂を砕かれたはずなのに……それに呪文も唱えてないのに。
俺の身体から黒い瘴気が上がる。
深い憎しみのこもった濃密な妖気なのだ。
しかし、今までのように意識はのまれない。
俺の意識と肉体が繋がりをたったように大飛丸に委ねられた。
野生というものは本能で感じとるものだ。
巨大なバナナは狂気じみた声で「バナナァァァ」と叫び、大雨の甲板をズリズリと一歩一歩後退る。
大飛丸の意識に操られ、左腕を前に突き出す。
――朽ちろ――
大飛丸の魂が吠えあがると豪華クルーズ客船が大きく揺れた。
左の掌から次元を切り裂くような圧倒的紫電が放たれると巨大なバナナが焼きバナナへと変貌していく。
黒澄みになったバナナはその場で灰塵と化して塵は雨粒とともに甲板に流れた。
大荒れの大海原に浮かぶ豪華クルーズ客船は荒々しい豪雨の的になる中……俺は宙に浮かんだ……そしてやたらと広い甲板を一望する。
イチゴ・ブドウ・バナナ……甲板は豪華バイキングの食後フルーツの盛り合わせの状態だった。
気味の悪い奇声をあげながらウジャウジャと蠢いている。
八百屋かい! と突っ込みたくなるが、桃がいないので止めておいた。
俺は大きく息を吐く……両腕をフルーツ盛り合わせ軍団に向けた。
パチリッ――
大気中のプラズマ揺れる。
紫電が発光すると船全体を揺さぶる雷光が召喚されて巨大な果物達を焼きフルーツへと変貌させていく。
新妻さんにありがちな『あっ、晩御飯焦がしちゃった☆ てへっ』なみに真っ黒い炭になっていた。
もう奇妙な雄叫びは聞こえない。
大飛丸は俺の身体を利用してメルヘンの欠片も存在しなかったフルーツ達を一掃した。
俺は身体を両手でパンパンと払う。
そして俺と大飛丸は共有する意識の中に語りかける。
――大飛丸、どうして、お前が――
――貴様の中に注がれたバルケッタとファクターの魔力の活性化によって汝の魂に残っていた、わしの残滓が膨れ上がってわしを再び作り出したのだ――
俺の心で重なり合うようにお互いの意識が交差する。
それはおこるべくしておこった奇跡なのだ。
船を覆う大粒の雨が更に激しく降り注ぐ、俺は注意深く辺りを見渡しながら甲板に降り立つ。
「ゆ、ゆうき君……?」
切れ長の瞳は大きく開かれ刮目しながらも驚愕した面持ちを浮かべている。
檻村先生にとっては衝撃的出来事いがいの何者でもなかった。
鮮血と雨でグッシャリとした上衣とスカートが一続きになっているワンピースのまま檻村先生は茫然と俺を見つめている。
「檻村先生」
俺は微笑んだ。
檻村先生との絆は監獄島でもずっと続いていたのだから。
沢山助けられたこと。
頭蓋骨にぐっさりとカラスのクチバシがささったこと。
いつも、なけなしの服が邪悪な笑みのもとで追い剥ぎにあったこと……そして。
本能が俺の身におこったワーストトップテンを闇の記憶群の脳内ライブラリーフォルダーから導き出した。
今、蘇る、下半身露出空中浣腸の刑の苦しみ。
「先生、後生です! すみません!」
パコーン!
閃光一線、伝家の宝刀ハリセンが織村先生の脳天にジャストミート!
ポテッ……
あれ、檻村先生……白目抜いて倒れちゃった……てへ☆ ……って、てへ☆ じゃねーよ、檻村先生、しっかり、気をしっかり、ごめんなさいぃぃぃ。
大雨に打たれながら失神した織村先生を抱えあげようとした刹那。
俺の背後から凄まじい覇気が甲板一面に広がった。
それは人が発するものからは著しく外れた規格外の認定を受けてしまうほどの身の毛がよだつおぞましい覇気なのだ。
大飛丸と一体化している俺の身体の皮膚に粟が生じる。
しかし俺の身体は自然に動く。
大飛丸の反射能力なのだがその判断に一点の迷いもない。
振り向いた先に……この時の俺の顔は驚愕を通り越した形容しがたい表情になっていただろう。
ひらひらとスカートを靡かせたセーラー服に真っ白のうさ耳をつけた厨二病的雰囲気な服装を着こなした見た事のある美少女がこちらを直視しながら立っていたのだから。
「……つくし」
見間違えるはずがない……か細く華奢な風貌と素足、腰の辺りまである上品な黒髪、クリクリとした大きな栗色の瞳……ただ、顔の血色は頗る良いのだ。
そしてその相貌は煤ばんでいない。
横なぐりの大粒の雨を全身に浴びているつくしは残念な肉体にぴったりと密着したセーラー服をいきなり脱ぎ捨てた。
充分な水分を吸って肌にまとわりつく白いブラウスと今では昔の産物として名高いちょうちんブルマー姿に変身したのだ。
激しく打ちつくす豪雨の甲板でつくしは一歩目を蹴りあげると身体が蜂のように鋭く宙をまった。
その小さい短躯からは容易に想像ができないストライドで一気に俺との距離を縮める。
閃光一閃! 空間を引き裂くほどの右ハイキックが空を切ると、慣性を利用して左回し蹴りが俺の頬を僅かにとらえる。
迫り来るつくしの圧力は一瞬の判断を誤れば俺の首が胴体と切り離されて甲板に転がるところだった。
や、やべぇーっ!
うっすらと引き裂かれた俺の頬から鮮血が滴り落ちる。
これは大変な驚きだった……ラクダに顔を舐めされ、地獄の悪臭を体験するほどの衝撃が俺の脳裏をスパークする。
つくしは素早い身のこなしで俺に考える暇を与えず、さらに懐に飛び込んでくる。
充分な防御態勢を取れなかった俺は鋭すぎるつくしの右手で右腹をかっ切られる。
その鮮やかさ、南斗○拳のように美しすぎる一撃だった。
攻撃後につくしに隙ができる……俺は多少の痛みを堪えて、零距離のつくしに対して背後から両手を首元にまわしてそのまま絡みつくようにつくしを強硬に激しく抱きしめた。
大雨がつくしの体温を奪っているのだろうか?
心まで冷えるような皮膚の感覚なのだ。
「……つくし」
俺の口から無意識にこぼれた声につくしはピクリっと眉が動く。
「馬鹿つくし、仮にも夫に手をあげるとは、これは、今晩、子作りの刑だな」
通常の人間なら生命の死に関わるほどの吐血していた俺の口から紡がれた言葉につくしは大きく反応した。
助けを求めるような眼差しで俺の相貌を仰ぎ見る。
そこにはいつもの少しとぼけた表情のつくしがいた。
それを確認した俺は再び、力いっぱいぐっと抱きしめた。
「……ダーリン」
俺の耳元で血色の良くなったくちびるから放たれた小さな囁き。
「……殺して」
大きな栗色の瞳から頬を辿り涙がはらはらと流れていく。
――こ、殺してだって――
『つ、つくし、今までの俺への行いを悔い改めたのか!』と脳裏によぎった瞬間、俺はつくしの鋭い蹴りで甲板に吹っ飛ばされていた。
広背筋の断裂や胸郭の二・三本は折れたように背中に激痛が走るが先ほどくらった右腹の傷はもう塞がっている。
俺の体躯の新陳代謝か再生細胞かは知らんが、この再生能力は妖怪ぬりかべみたいで便利だぞーっ!
――ゆうき……いつまで手をこまねいているつもりだ……貴様がやらなければわしが殺る――
脳裏で反芻した大飛丸の言葉だがそれは俺のことを気遣ってのことだった。
大飛丸も理解していたのだ。俺がつくしを大切に想っていることを……仲間は裏切れないタイプだということを。
俺の身体からどす黒い瘴気が上がる。
大飛丸はためらいもなく強引に体躯を活用する権利の入れ替えを断行したのだ。
その反動で俺の意識が心の何処かに隔離される。
紫電の発する爆音が近いはずなのに遥か彼方で響いたような感じがする。
初めて乗っ取られた時のように俺の意識が遠のき霞んでいく。
僅かな保たれた俺の意識の中……雨にぬれた甲板をのたうちまわり苦悶するつくしが断片的なノイズのように意識に飛び込んでくる。
それも雨夜の星のごとく儚い映像だ。
それは静かな夢を見るように俺の意識の中、深淵の闇へと沈んでいった。
いかがでしたか?
クスッと笑っていただけましたら嬉しいです。




