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◆未来は過去へ過去は現代への巻◆

こんばんわ、楽しんでいただけましたら嬉しいです。

 ◆未来は過去へ過去は現代への巻◆

 十一月も中頃。

 高校生活の最大イベントである修学旅行が始まった。


――ああっ、潮風が気持ちいい。もう赤道のあたりかな――

 

 見上げる大空はバニラスカイ。

 その空を白と青灰色の羽毛で覆われたかもめ達が精一杯羽ばたく。

 その力強い羽ばたきを俺はぼーっとしながら漠然と見上げていた。

 かもめ達はいそいそと船から遠ざかるように飛んでいく。

 遠ざかっていくかもめ、あまりに大きな船が航海しているのが威圧的だったのかな?


 大きな船……それはクルーズ客船だ。

 豪華絢爛の総トン数十万トンを誇る巨大豪華クルーズ客船なのだ。

 客室もスタンダート・ミニスイート・スイートと三種類もあり、スタンダートでも窓際・ベランダ付きという豪華さだ。

 スタンダートがこの様子ではスイートなどは執事付きだろう。

 お風呂は当然大理石。

 俺の部屋はスタンダードだが個室だ。

 相部屋でもない。

 とにかく、ボキャブラリーが少ない俺の感想は『おおっ! すげぇ豪華&でっかい船だぞーっ』程度だ。

 この豪華クルーズ客船に乗ってただいま修学旅行の目的地南の島へ向かっていた。


 修学旅行というものは班決めがあり団体行動が常なのだが、豪華クルーズ客船内は自由時間になっており、生徒達は仲良し同士で気ままに過ごしているようだ。

 そんな俺は先ほどから副担任の檻村先生と二人で海を眺めていた……と言うか、情けをかけてくれているのか? 

 一人ぼっちで甲板から大空を見上げている俺の隣に並んでつき添ってくれている。

 

 この檻村先生は客観的にみてみると極上レベルの美人な部類にはいる。

 今年赴任してきたばかりだが、生徒に告白されること三ダース。

 俺の知らない巷の噂まで含めると百人斬りといったところだ。

 大人とはまったく怖いものである。

 この広い甲板に俺と檻村先生しか見当たらない。

 皆、船内の無料開放されているフィットネスクラブや映画施設、はたまた大ホールにある遊具施設などで羽をのばしているのだろう。

 

 青春バンザイといったところだな……決してひがんでいる訳ではない(俺としても友達の一人ぐらいはいるから……涙)。

 ただ今は檻村先生と並んで大空を見上げているだけだ。

 しかし、同級生の男子達から言わせれば俺は贅沢者らしい。

 大人の魅力溢れるメリハリのある見事なプロポーション。

 誰もが振り向いてしまうほどの端正な顔立ちに切れ長な目のラインが印象的だ。

 そして凛とした佇まい。

 まさしく、校内ナンバーワンの美人教師……いや県内ナンバーワンといっても過言ではない。


 俺も思春期真っ盛りなのだ。

 気になってしまう。

 こんなに近くで、同級生の女子では体験できないとても良い匂いもするし。

 これが大人のフェロモンですかー!?

 ドキドキっと早鐘のように響く鼓動を隠しつつ、先生の横顔を覗き込む。


 ――本当に綺麗だ――

 少し肌寒いのだろう白雲のような色白な肌が仄かに朱色に染まっている。

俺の視線に気がついたらしく檻村先生も俺を見据えてきた。

 可愛らしくキョトンと小首をかしげる。

 檻村先生は俺の無味乾燥した寂しい青春に潤いを与えてくれる女神様だ。

 突然、悪戯心でも芽生えたのか俺の腕を絡みとり、左肩に顔をのせて身体をあずけるようにしなだれかかってくる。

 こんな現場を同級生や独身男性に目撃された日には、その者達の嫉妬心で間違いなく俺は明日にはお魚の餌になっているだろう。


「ゆうき君どうしたの。もしかして照れているのかな?」


と可愛さ溢れる微笑みを浮かべる……神々しすぎます、檻村先生。


「え、えっと、照れてないです」


 俺は気の利いたセリフなどとても思い浮かばない。

 ただ真っ赤になって直立不動だ。


「うふっ、可愛いなぁ。ゆうき君」

 

 突然、先生の吐息が艶めかしく感じた瞬間……頬に暖かく柔らかな感触が広がっていく。

 読者の諸君……何故、美人教師が一介の俺などに危険なアバンチュールを起こそうとしているのか疑問に思うだろう。俺にもさっぱり理解ができないのだ。


 ただ、檻村先生はとっても電波っ子というか……邪気眼厨二病というか……あっ、いつもの檻村先生の話が始まりそうだ。まぁ、ゆっくり聞いてくれ。


「今の瞬間がとっても幸せ、今ここに生きているよって感じだなぁぁ。ゆうき君も感じてくれるかな、この想い」


 とても愛おしむように透き通るような白い手が俺の肩をぐっと抱き寄せる。

 繊細で麗しい檻村先生の声はどこか寂寥感が滲んでいる。

 それは例えようもない孤独。

 商店街で迷子になって孤独で泣き叫ぶ子供のような必死さが見え隠れしている。


「ゆうき君はとっても強い子だもんね。だから何があっても絶対に諦めたりしたらダメだぞ!」


 人指し指を頬に当てて、子供っぽい仕草だ……ただ、物寂しい。

 そして気高く美しい。

 絶対に諦めないことかぁー。

 小生意気なことを言うようだが檻村先生は知っていたのだ。

 これからの運命の歯車がもう回っていたことを。

 そして、俺や檻村先生、豪華クルーズ客船でわいわい騒いでいる同級生諸君の運命を変える出来事の始まりを。

 


偶然から産まれた必然がゆっくりと、俺達に気づかれないように足を忍ばせて近づいてきていた。


 オレンジ色に輝く夕日が水平線の彼方に身をひそめる頃。

 豪華クルーズ客船内の大ホールレストランにてフレンチのフルコースを連想させるような一大バイキングが振舞われていた。

 ステーキもヒレ・ロースなど高級部位のみを使用してその場でシェフが焼き加減を聴きながら一番美味しい状態で提供するこだわりだ。

 その他、魚料理・サラダ・フルーツなど学生にはもったいないほどの豪華絢爛な料理だ。

 船内アナウンス放送を聞いた同級生の諸君はわれみよがしに大ホールへレッツ・ゴ―。


 しかし、俺は虚弱体質なのだろうか? ……船酔いしてあてがわれたスタンダート船室へレッツ・ゴ―(涙)

 廊下ですれ違う同級生達はあれこれと楽しそうだ……悲しいことだがこんなに苦しんでいる俺に誰も手を差し伸べようとしない。

 クルーズドクターのいる医療室も考えたのだが胃の中の物が喉元の発射台で待機しており予断をゆるさないのだ。

 何とか唯一の安住の地であるスタンダートの一人部屋に戻った。

 そして綺麗に掃除されている洗面所にてゲロゲロタイム。

 船酔いにおける通過儀礼を無事に終わらせる。

 流石に晩御飯を食べる気がしない。


 しっぽりとベッドにあおむけになり寝転がっていた。

 ベッドといってもホテル顔負けの独立式コイル仕様のマットレス、少し固めだが寝心地は抜群だ。純白のシーツもパシッときまっている。


 ――少しおかしくないか?――


 初めての長旅で疲れたのだろうか、急に睡魔が襲ってくる。

 俺は微睡みの中物凄い違和感を覚えていた。

 俺が自室まで歩いてくるまでにうちの学校以外の乗船者とすれ違った記憶がない。

 目を瞑りながら思考を働かす。

 不自然すぎるのだ。

 皆はこの航海をあたりまえのものとして見すぎている。

 これほどの豪華絢爛な船旅。

 心から無邪気に疑いもせず楽しんでいるのだろう。

 しかし俺の見解は少し異なっている。

 俺たちの修学旅行の学生が貸切に出来る規模の客船にはとてもみえない。


 バカ正直に同級生に尋ねれば白い目で見られるだけなので相談もしない。

 それに俺の理由は漠然としすぎている。


「グォォォォォン!」


 かん高い奇妙な声だ。

 その声と同時に豪華クルーズ客船が大きく揺らいだ。

 その傾き、一瞬、タイタニックのように沈没したのではなどと考えてしまうほどだ。

 うとうとしていた俺がベッドからずり落ちる程の大きな揺れだった。


 何が起こったのか……俺は眠い意識を覚醒させてベッドから降りる。

 船室のベランダ付きの窓から外を伺うと、窓につきささるような横なぐり大雨。


 凶悪なまでの暴風雨にこの客船はさらされている。

 常識的に考えればコンピューターで制御するファン・スタビライザーが完備されているので沈没の心配はないはずだ。

 しかしどうしたことかホール内でざわめきが俺の船室まで聞えてくる。

 防音設備のはずなのに……などと悠長な構えた俺は再び少し固めのベッドにゴロリっとよこになる。


 枕のふわふわ感は気になるが一つ我慢しようなどと考えていたその時。


「グォォォォォン!」


 はっきりと聞こえた。

 これは暴風雨などや金属音などではない。

 耳を劈くけたたましい爆音と悲鳴にも似た甲高い奇妙な声がレストランの大ホールから聞こえた。俺があてがわれたスタンダートの室内まで聞こえる大音量。

 その尋常ではない巨大な音はとてもパーティー用クラッカーには思えない。


 もし、そんなクラッカーがあれば軍事兵器として役に立っているだろう。

俺は船室のドアノブをひねる。


廊下を覗いてみた。


 ……が赤い絨毯張りの廊下はシーンとした静けさに包まれていた。

 気を取り直し、再び寝入ろうとベッドに横たわった瞬間。

 乱暴にドアが開き、呼吸を乱した檻村先生が飛び込んできた。

 俺はビクリと身体を震わせて立ち上がり目を見開いて驚愕してしまう。

 真っ赤なシャワーを浴びたように檻村先生の全身に血が滴り、嗅覚をツンっと刺激する濃厚な鉄分の刺激が船室に充満したのだ。


 吸血鬼ならこの匂いは好きだろうが俺にとってはいい匂いとはいえない。

 吐き気をもよおしそうなクラクラする匂いだ。

 檻村先生自身も怪我をしているらしく呼吸が荒い。

 この不協和音の中にいるような不愉快な気持ち。そのおかげだろうかこんな非現実的な事態なのに頭の中は冷静だ。だからバツの悪い溜息が自然にでてしまう。


「無事で良かった。あいつら、ここまで来ていない……ゆうき君、こっちへ、先生と一緒に逃げるよ」


「に、逃げるって!?」


「説明をしている暇はないの。先生を信じて」


 檻村先生は必死だ。

 いったい何に対して必死なのか?

 今は聞こうと思わなかった。

 信じている先生が来いというのだ。

 俺の腕を掴んだ檻村先生はとても焦っているようだ。

 真剣な目で俺をみると「ついて来て」と一言だけ言うと華奢な女性とは思えぬ強い力で廊下に連れ出される。


 廊下に出ると異変ははっきりとした形で認識できた。

 レストラン大ホールから阿鼻叫喚の声がはっきりと聞こえた。

 これは余興などではない。悲痛な叫びだ。


 ――ここ、幽霊船じゃないですよね――


 こうして俺が戸惑っている間も檻村先生に手を引かれて走っている。

 ロマンチックなおもむきなどまったくない。

 死ぬか生きるか……リアルすぎるホラーだ。

 五分ぐらい走っただろう。


 ゼイゼイハーハーと息が荒い俺。

 全力ダッシュしすぎて息が上がってしまった。

 帰宅部の俺にはハードすぎる。


 甲板に通じる通路を確認した檻村先生は痛みを我慢したような力のない微笑みを浮かべた。

 今になって気がついたのだが檻村先生の腹部、かなりの深手だ。

 それでも俺を安心させるように小さな手を俺の頭においてゆっくりと撫ぜる。


「もう、少し走れるよね」


「はい」


 俺は首を縦にふった。

 今は四の五の言っている時ではない。

 直感だ、本能がそう俺に働きかけている。

 俺達は再び、何かから逃げるように走りだした。

 やがて甲板につながるドアが見える。

 いつもなら船員さんが立っているはずなのだが誰もいない。

 そんな茫然とする俺の前にすっと手が差し出された。

 檻村先生も息が上がっていた。


 おそらくこれはよく走りきりましたというお褒めの合図だろう。

 甲板と廊下を塞ぐドアそのものは重厚なのだが開けることば容易だ。

 全自動だから、右側にある赤いボタンを押す。


 ウィィィィィン


 ゆっくりとエメラルド色の強化ガラスドアがスライドしていく。

 そして眼中の視界が広がるにつれて飛び込んでくる衝撃が俺の全身を走り抜けた。

 ガクガクと足から震えが止まらなくなる。


 深紅の滴り落ちる血で染まった甲板は船員の服の端切れとミンチのように引き裂かれた血肉が散乱している。

 酷い惨状だ。俺はただ、茫然と甲板を見ていた。


 先ほどまで聞こえていた悲鳴はもう聞こえない。

 聞こえないというよりも、もう悲鳴をあげる者がいなくなったようだ。

 ゆらり揺られた船酔いでもないのに心を浸食する吐き気がする。

 陰鬱な吐き気だ。


 ダークファンタジー……そう、ゲームなら確実にバットエンディングだ。

嵐の中にも関わらず、激しい雨音だけが淡々と響く豪華クルーザー客船は無に返ったように静まり返る……それは血生臭い静寂。


 甲板の物影にひっそりと隠れるような俺と檻村先生二つの影。


「ゆうき君、良くついて来てくれました」


 檻村先生の声……心細くて、小さく血が垂れ流れているくちびるから零れ出る。

 芯まで冷え込むような力無く凍える声――大人の女性の声……深淵の底にいるような諦観した言葉。


「ここから先はゆうき君一人で行くの……ごめんなさい、先生はここまでだから……」


「一人って!?」


 檻村先生は怯える俺の頬に手を当てると寂しそうに言葉をかけた。

 何かを警戒するように、震え出る声で。

 赤く滲み、染め上げられたようなツンと鼻につく鉄分の臭い。

 絡みつくようにべっとりと肌にこびりついた深紅に染まったワンピースからは、ポタリと滑るように赤ワインのような滴が床を浸食していく。


――檻村先生――


 こんな惨状をみて強い敵意や正義感に燃えるやつがいたらあってみたいものだ。

 これは漫画やアニメの世界ではない現実なのだ。俺は身体の震えがとまらない。

 臆病ものだと言いたい奴は言えばいい。

 ガクガクと足から崩れ落ちそうだ。

 言葉に出来ない……せめて心で先生の名前を呼ぶ。

 ゆうきは捨てられる子犬のように怯えた瞳で檻村先生を見上げる。

 檻村先生は少し困った表情で口角をあげて弱々しく俺だけに微笑んでくれた。


 その瞳は優しさと申し訳なさの混じった光が宿っていた。


「ゆうき君、貴方は生きなさい……それは奇跡と運命。もし、運命を信じてくれるなら再び逢えます。そう、私とゆうき君は絆で繋がっているから。そして奇跡はこの瞬間なのです。驚き・神の力・標の三つが奇跡なのです」


 俺には意味は理解できない。

 ただ、その言葉はとても力強かった。

 そして真実なのだろう。

 一瞬だがいつもは無邪気で優しい笑顔を絶やさない檻村先生の表情に戻っていた。


「グォォォォォン!」

 

 甲板に突き刺さるような激しい雨の音を切り裂くように薄気味悪い甲高い咆哮が響く。

 ズルズルと大きな何かを引きずる音がすぐそばまで近づいてくる。


「ゆうき君……お別れです。今は、離れ離れになるかもしれないから。だから言うね。愛しているよ……ゆうき君。年上のお姉さんからの告白だよ。貴方と出逢えてよかった、2度目のお別れ……希望を持って、強く生きて……絶対にまた会えるから」


 空から降り注ぐ水の玉が鮮血を洗い流していく。

 檻村先生の柔らかな手がびっしょりと濡れた俺の前髪を掻きあげる。

 真っ赤な血が深紅のルージュのように唇を覆う。

 艶やかだ……不謹慎なのだがその妖艶な魅力は俺の視線を釘付けにしてしまう。

 その唇が俺のおでこに触れた。

 そして呪文のような何かを呟く。

 聞いたことのない言葉だ。

 小さな囁きほどの小声だが今ははっきりと聞こえる。

 やがて呟きおえた唇が離れた。

 俺はどうしようもなく切なくなった。

 心が震えていた。

 見上げる先の檻村先生の表情はどこまでも優しかった。


「さようなら……ゆうき君」


 救命胴衣を着ている俺を檻村先生は渾身の力で甲板から突き落とした。

 すぐに荒波が俺を飲み込む。

 体温が一気に奪われていく。

 それでも俺は必死に生きようとした。

 生への執着だ。それが約束なら。

 最後に見せた織村先生の柔和な笑み。


 そして、純白のカラス(、、、、、、)が一羽、俺を心配するように大きく羽ばたいていた。


いかがでしたか?

ゆつくりと気長に読んでいただけましたら嬉しいです。

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