プロローグ 我が家の妹たち
こんばんわ、少しだけ長いお話ですが楽しんでいただけましたら嬉しいです。
◆プロローグ・我が家の妹たち◆
チュンチュン!
その囀りを聞くと万人のうちおよそ八十%の市民は爽やかな朝だと得心するだろう。
などとおもってしまう朝のはじまりだ。
夢見心地の糸からポンっと剥離された意識は徐々にだが覚醒していく。
面倒なことではあるが決して彼らスズメが悪いわけではない。
それが日本の朝なのだから。
そして、今日も生きている。
そのことを強く実感する。
元気いっぱい「あさですよーっ!」ってスズメの賑やかで奥ゆかしい自己主張タイムのおかげなのだ。
鼻歌交じりにご機嫌なお目覚めが出来ればそれほどよいことはない。
しかし、不思議なものだ。
このような時は決まって二度寝の罠に陥る。
それが人の常でありサガなのだと俺は思っていた。
チュンチュン!
しかし、今日もスズメは頑張る。
とっても頑張ってくれている。
おそらく彼女達が来るまでに俺を起こしたいのだろう。
そう、彼女達だ。
毎朝、日課のように我が部屋の窓際で骨休めしている小太りスズメの恩情だろう。
その恩情に答えるべく、俺は疲れている肉体にムチを打って起きようとはするが。
甲高い鳴き声すら頭からすっぽりと布団をかぶっている俺には子守唄に聞こえてしまう。
ここは自室の六畳間……そう、俺の部屋なのだ。
視界はまだ鈍色。
意識は夢の淵をしっかりと握ってはなさない。
だが、今はまぎれもなく朝なのだ。
窓ガラスをしっかりと塞ぐ吸血鬼御用達のブルー遮光カーテンの隙間を目ざとくぬうように陽光が真っ暗な部屋に僅かな陽だまりをつくっている。
ドンドンドン――
ドアの叩く音だ。
無作法にも非情に迷惑なうるさい音が響く。
軽くノックと言う事をしらないのか? などと思いつつ……再び俺の意識は夢の世界へ……
ドドンドドンーっ!
その音は加速していく。
始発の急行列車のような無意味っぽい加速だ。
ついに来るべき時間が来てしまったのだろう。
俺は覚醒しつつある意識とともに半ば諦めていた。
毎日の事とはいえなれないこともある。
とっても順応していない。
なら、早く目覚めればよいではないか! と言ういたたまれなくなるご意見もあるのだが……。
「ムフフっ。兄っち、勝手にはいるよーん」
その声は好奇心いっぱいの声だ。
愛情というより欲情といった感じだ。
声の主は部屋のドアを開けて入るなりマルサのような観察眼をもちいて俺の部屋にひろがる沢山の地層(本やゲーム)からなる絶景の景観を堪能している。
その証拠に「ふぅ」可愛らしい溜息一つ聞こえた。
そんな溜息一つ。
いや、溜息一つと侮るなかれ。
とても艶やかなのだ。
ちょっとしたエッチな声などお膝元にもおよばないぐらい魅力的だ。
そんな理由で俺はドキドキしてしまっていた。
毎日の日課的な行事とはいえ、俺にとっても桃色吐息なのだーっ!
やがて気配が俺の隣までくる。
こうなる前に目を覚ましておきたいのだが布団のぬくもりを恋しがっている意志が仰向けに眠る俺を堕落させている。
同時に狼を前にした子羊のような無防備なターゲットともなっているのだが。
「ふふふーん♪」
とても涼しい鼻歌だ。
絶好調なのだろう。
俺のお気に入り阿弥陀仏仕様抱き枕の横の真横で気配が止まる。
そしてゴソゴソと本を片付ける音がした。
――うぉぉぉぉ! そこは昨日お世話になったエロ本がぁぁ――
本気でびっくりした声を上げそうになるのだがここはこらえる。
隠さながった俺が悪いのだが、そのような、そのような無体攻め。朝一番の羞恥プレイは心にトラウマをのこすのだぞーっ! と一人の青年として叫びたい心境だ。
「もう、兄っちたら。未成年がエッチな本ばかり……この『悶絶! お縄しばり四十八手はお尻まで』は下品すぎますぅ。ぽいですぅ。どうしようもないエロエロキングですぅ。生きる子種兵器ですぅ」
などととてもフリーダムなお言葉を俺に聞かせるが如く耳元で囁いてくださる。
グホッ!
突然、上布団がはぎ取られる。
それも綺麗サッパリに。
それにともなって無邪気すぎる対応が始まる。
マシュマロっぽい柔らかで気持ちの良い感触が布団の代役とばかりに身体中にぴったりとまとわりついてくる。
「兄っち、起きるのですぅ! アサでっすよん、あれれっ、起きないのかな。むしろこんなに勃起しているのに……あっ! そうですぅ、兄っちの赤ちゃんがほしいから起きないほうが好都合かも」
とろけるような甘い声色。
彼女は子猫が甘えるようにすり寄ってくる。
彼女の両腕が俺の腕に絡まる。
そして絡む両腕におされるように二の腕が少女の胸もとに押し付けられる。
そこには大きな双丘があり、ふにっとした柔らかく気持ちの良い感触だ。
「兄っち……世界で一番愛しているよ。もう……早く起きないとスイッチが入って本気で迫っちゃうから」
囁かれる声。それは彼女の本音なのだ。
もはや魔力がかっている妖艶さを感じる。
その吐息までもが甘く感じられる。
近い、とても近距離で小鳥のさえずりのように可愛らしい声が俺の目覚めを促す。
ドキリドキリと心の鼓動が徐々に速度を増していく。
このままでは永遠に目を覚ますことなく心臓が破裂してしまいそうだ。
もう考え込むよちはない。
俺は顔をあげてぱっちりと目を開ける……しっかりとした覚醒だ……そして彼女の顔をみる。
おおっ!
金髪の美童顔だ。
彼女は一瞬の戸惑いもみせずに本能に従うように身を任せている。
そう吸い込まれそうな蒼い瞳であまりにマジマジと見つめてくる……はにかみながら陶酔するようにうっすらと瞼を閉じる……というか、何故、起こしに来たほうが目を閉じてうっすらと唇を開けて、ピンク 色に頬を染めながら俺にキスをしようとしているのだーっ!
しかもとびっきりの美少女がーっ!
「うあぁぁぁぁぁぁ」
俺は飛び起きてしまった。
おもわずうろたえまくってしまう。
恥ずかしさが沸点を超えて、驚きのあまり背すしがのけぞり、ゴンっと壁で頭を打つ。除夜の鐘のようにいい音だ。
音が豪快だっただけに大きなたんこぶができてしまい目茶苦茶痛いぞーっ。
「もう、兄っちたら! 男の子なら起きていても瞼を閉じるものですぅ。邂逅の接吻だったのに」
少し不貞腐れた様子でぷいっと少し牙をむいて顔を横にむけた。
それは彼女にとって、彼女なりの不器用な愛情表現なのだ。
ほんの少し自分勝手にも見えるがすぐに凄く心配そうな表情を浮かべて俺のぶつけた頭に手をおいて
「痛いの痛いの飛んでいけーっ♪」と言って撫ぜてくれる。
おおっ、優しいやつだ……ってお前が主犯ではないかーっ!
そんな俺の心の機微をよみとったのか俺をみつめる彼女の瞳はうっすらと涙が光り、健気さと愛情の入り混じった意志をうかべていた。
まったくもってコロコロと表情が変わるやつだ。
「ごめんね、兄っち。痛かったよね……世界で一番愛している兄っちの寝顔があまりにも可愛かったから。ちょっとだけご褒美がほしくなっちゃった」
と……ご、ご褒美っていったい? とりあえず、紹介しておこう。
この俺の事を『兄っち』と呼ぶ彼女。
生ビールのような透き通る金髪に大きな瞳にスカイブルーの瞳。
幼女では? と感じてしまう幼さの面影がある容姿。
磁器のように滑らかで透き通るような白い肌。
道を歩けば男なら必ずくぎ付けになってしまうたわわに実った巨乳バスト。
美少女偏差値があるなら間違えなく一流大学クラスの美少女の名はゆきな。
やんごとなき事情があり俺を兄と慕う頭のネジが三本は取れている思考回路の持ち主、残念な天然系雪女……雪ん子なのである。
「朝からたんこぶができたぞーっ!」
「そのたんこぶは日ごろからゆきなに対しての愛情が足らないので大きくなるのです。だからといって兄っちは受け身側ではないのですーっ! すなわちMではないのですぅ。兄っちは極上のSなのです、もうド級の嗜虐嗜好のドSなのですぅ、だから、モテないのですぅ。モテたらその相手をしっかりと地獄に落とします。そして兄っちは永遠に童貞なのですよ。や~い、童貞。むしろ、ポークビッツ魔神とお呼びいたしましょうか」
悪意はないはず。
そう言い切れるほど俺は出来た人格者でもなければ聖人君主でもない。
微妙にムカついたぞ。
なので少し反撃を試みることにした。
ターゲットは金髪の美少女ゆきな。
今はメイドさんのように深ぶかと頭を下げて口角をくいっと上げて極上のスマイル……まるで天使だな(妖怪だけど)。
「なので筆おろしはゆきながしてあげるのですぅ。うふっ、今からしますかぁ?」
『おほんっ』と一つわざと咳こみ襟を正す。
「ゆきな、その想いは永久に胸の中にしまっておいてよいぞ! ところで今、俺に何をしようとした?」
少し、意地悪な質問のはずだったが返答は即答だった。
「むへへーっ♪ 兄っちの寝顔が凄く可愛かったから……その、ちょこっとだけ食べちゃおうかなって……てへ☆」
――てへ☆ じゃねーよ。めちゃくちゃ可愛いではないか――
にへらぁーと光彩陸離ほどの輝きを放ったスマイルを浮かべて寝起きの仏頂面な俺の右腕をぐいっとつかむ。
ぺろっと子犬のように舌をだして、両手で『ググッ』と二の腕を二つの弾力のある谷間で挟み押し付けて
「えへへぇ、兄っち大好き」と感嘆を零す。
小柄な身体に似合わぬ大きなバスト。プニュっとリアルすぎる感触。えっ、ブラジャーしてないやん! 俺の腕を挟みこんで撓んだおっぱい。
至福のひととき、柔らかな感覚が温もりと共に伝わってくる。
妖怪とはいえ肉体の構造は人間と変わらない。全身がとっても柔らかかった。その体格に不釣り合いな胸の感触に思考がピタリととまりそうになる。ついでにドキドキしていた心臓も止まりそうになる。まぁ、実際に止まってしまったら即死なのだが。
心のタガが外れてしまいそうな俺は顔が真っ赤だろう。
鏡を見ればわかるのだが、今は確認をする余裕もない。
もはや引け目を感じて悶絶に近い表情をしていたのかもしれない。
ゆきなは無邪気にも『にぱっ』と悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。
とても柔らかで優しさと信頼を宿した微笑み。
ゆきなにとって俺は兄っぽい立場なので、兄として一言。
「ゆきな、スキンシップは大切なことだ……しかしだな、ゆきなは年頃の女の子なのだからな。節度を持って……」
「むーっ、駄目なのは兄っちだよ。こんなに超極上のすんばらしくきゃわいいゆきなや日頃から赤貧極まっているつくしがいるのに。あんな、二次元の女の子で興奮してくちゃくちゃのパリパリティッシュをベッドの横をちらかすのだから」
「パリパリティッシュだってーっ!?」
「そうですぅ。パリパリポテトより固いパリパリティッシュですよ! もう、精子の大虐殺ですぅ」
ゆきなの冷ややかな視線の先には、強者達が夢の跡といった具合に散乱している白い紙。
反駁する言葉も見当たらないぞーっ!
完全に完敗ですーっ、寝巻き姿のしどけない俺の二の腕が更に強く締め付けられる。
このプニャとしたマシュマロチックな柔らかさ……アイ・ラブ・ノーブラ! ……などと、考える俺を全く無視するかのように。
「兄っち……早く、私と結婚して❤ いっぱい激しい初夜を堪能させてあげるから」
「激しい初夜ってーっ!」
その発言に嘘偽りはない。むしろ偽ってほしいぐらいなのだが。
その瞳は強い意志を宿している。
頬を赤らめ、真摯な眼差しで俺の返事を待つ。
密着した肌から伝わってくる小刻みに震えた振動。
そう、ゆきなは小さな身体で精一杯! 小さな勇気を振り絞って俺に問いかけているのだ。
もはや、イチャイチャした甘甘カップルほどの悩殺力だ。
俺ははっきりと断言しておこう。
もう、後一分遅かったら俺は間違いなくKOされていた。
「二人っきりでなにをしているの……」
その声が俺の耳に届いた時はもう手遅れだ。
ゆきなの背後に『ぼぁ~ん』と黒いオーラをまとい三角に吊り上げる目。
ピクピクと動く形の良い眉を寄せながらゆきなにしか聞こえない程度のピンポイントな小声で呟いた。
その声の主はつくしという。
俗に言う貧乏神……いや、本人曰く赤貧の神だそうだ。
なびいた漆黒の髪は腰元ラインで揃えられている。
クリっとした特徴的な栗色の瞳、まるで日本人形のような美しさがあるが胸元まで日本人形のようにストンとすっきりしている。
女性のボディーラインとして極めて残念である……男のロマンが実っていない……俗に言う貧乳で……ぎぁぁぁーっ!
つくしのハリセンが俺の頭蓋骨を砕く勢いでヒット!
これは包丁で刺されなかっただけでも良しとしなければいけない。
ジト目のつくしが。
「ダーリン、一つ訪ねるが……いったい誰にわしのキュートで奥ゆかしき胸を説明しとるのか!?お胸が平たい族のちびっ子属性は無敵なのです」
とお冠のご様子でいきなり理路整然とした答えを俺に求めてきた。
「ゆきな、ダーリンはわしとおしどり夫婦なるのじゃ。千年の想いがこもっておるのじゃ。三下妖怪は一階の厨房でじゃがいもの皮剥きでもしていなさい」
突然、つくしは胸もとから大事そうに古ぼけた紙をこちらに見せつける。
その古ぼけた紙は婚姻届であり、しっかりと鉛筆で俺の名前が記載されていた。
つくしは表情を明るくして微笑んだ。
この古ぼけた紙は全てなのだ! と言っているみたいに。
俺もゆきなもクスッと笑みがこぼれた。
それは大きな幸せと絆が入り混じったあたたかい笑みだった。
小さな食堂屋さんの二階……住み込みで働く二人と俺を一階から母さんの「仕込み手伝って」と呼ぶ声が聞えた。
俺達は飛び起きて一階に下りていく。
洗面所でしっかりと顔を洗い、寝巻からぴしっとした白衣に着替えた俺。
こじんまりした厨房に足を踏み入れると……十キロの玉ねぎの箱が二ケース。
朝一番のお仕事は玉ねぎのシタ処理になりそうだ。
厨房の片隅に『本日の日替わり定食・酢豚』と書かれているボードがある。
さて、たいして面白くもないが食堂の日替わり定食でつかう酢豚用大量の玉ねぎの皮を剥いて、切ると言う作業をする間、ゆっくりと語ろうと思う……俺が『ゆきな』や『つくし』と巡り合った不思議で幻想的な日々を。
あっ、今、モーニングな時間のテレビニュースで、背広姿のキャスターが高校の修学旅行の客船行方不明のニュースを特集で取り上げている。
そして、キャスターが真剣な顔で俺の写真に向かって、おもむろにこういった『異世界からの帰還者』と。
いかがでしたか?
『こちら陽気なたんぽぽ荘』や『暴君すぎる女子モテな姉と真っ暗で腹黒すぎる心配性の妹に悩まされて生きていく僕の日常日記』も連載しております。
良かったら見に来てくださいね(☆∀☆)