海にて
「風が気持ちいい」
カールがつぶやいた。フードを外し、額の角を晒す。
沖に出て、島を見ると村の家が小さく見える。
セイレーンたちに小舟を引いてもらって、水平線に向かってどんどん進む。
昨日あったセイレーンが海面に顔を出し、話しかけてきた。
「ねえ。あのイガイガした黒いやつなんだけど」
「ウニね。食べづらい?」
「いや、ナイフが一つしかないから、あんまりたくさん食べられないくて…」
「じゃ、次来る時、また何本か持ってくるよ」
「いいの?ありがとう」
船首から海を覗いていたカールが振り返って
「いいのか?」
「いいよ、また買えば」
「いや、そういうことじゃなくて、あれは武器にもなるだろ。もしかしたら、セイレーンたちは、あれで人を襲うかもしれない」
「襲わなくてもいいように渡すんだよ。食べ物があれば、腹も立たないだろ」
「そうか」
遠くに小さな岩礁が見えてきた。
海面に、いくつも岩がつきだしている。
船を引っ張ってくれているセイレーンたちが止まった。
「ここらへんにたくさん船が沈んでるんだ」
「じゃ、なるべく崩れそうにない船に行こう」
と、おれが服を脱いでパンツ一丁になると、セイレーンたちは恥ずかしそうに海に潜ってしまった。
「ユキトも潜るのか?」
「潜らなくていいの?」
「いいわよ。あんた人間なんだから、そんなに息続かないでしょ?」
「そうか。じゃ、サルベージの方はセイレーンたちに任すよ。おれは遊んでる~!!」
と、海にダイブする俺に、セイレーンも呆れている。
海に潜ると岩礁の岩とは明らかに違う影が海底に見えた。あれが船だとすると、十隻は沈んでいる。
海流が早そうだ。
「じゃ、魔王さま、行ってきます」
海面に上がるとセイレーンがカールに敬礼していた。
「ちょっと待って。カール、ロープ出して。端っこ持って行ってもらおう」
「了解」
カールは、長いロープの端を舳先に結ぶと、もう片方をセイレーンに渡す。
立泳ぎをしながら、セイレーンに指示をしておく。立泳ぎをすると昔、プールの監視員のバイトで散々やったのを思い出した。
「見つけたものが重かったりしたら、このロープに結んで、クイクイって引っ張って。俺らが引き上げるから。あと、海流が早そうだったら、無理しないでね」
「む、わかった。でも心配しないで。私たちは海で最も早い種族だから」
「そうか、じゃ、よろしく」
セイレーンたちは頷くと、海底の船へと向かっていった。
それを見送ってから、再び潜る。やはり水温が高めだ。冷たいとも思わなかった。辺りには魚の群れは見当たらず、目を凝らせば遠くに見える程度だった。
真っ青の海の中で、海面の船と自分しかいない。太陽が海に射しこんできて、波に揺れている。
しばらく、それを眺めていた。いままで、本ばかりを読んでいたが、実際に見るのとはまた、違う。異世界だけど。
何か気配がして振り返ると、小さなサメが三匹こちらに向かってきていた。
慌てて小舟に上がると、カールは両手を枕にして、仰向けで寝ていた。
「カール、サメが来てる!」
俺の言葉に起き上がると、カールは海を覗くように小舟から身を乗り出す。
「おい、あんまり顔だすと危ないぞ」
「大丈夫だよ、死にはしない」
俺の方を見ていたカールの頭を、海面から出てきたサメが噛み付いた。
「イッテェ~!!」
言わんこっちゃない。
サメはカールを噛み千切ろうとするわけでもなく、ハミハミしている。
カールは両手で自分の頭からサメの口を剥がし、
「バカ、死んじゃうよ!」
と、サメを見ながらカールはツッコむようにサメに言う。
サメたちは海面に顔を出して、笑うように鋭い歯を見せてきた。
「知り合いか?」
「ああ、テスと遭難してる時に、釣り上げたんだけど、こいつらも魔物だから逃してやったんだ。その時にちょっとなついた」
カールは知らない言葉でサメに語りかけている。
「やっぱり、そうかぁ。魚が減ってるんだって」
「じゃあ、北に行ってみてくれ。たぶん、ここよりはいる…はずって伝えてくれ」
「おう」
再び、カールはサメに話しかける。
「北ってどっちだって、ユキト。北ってどうやって説明するんだ?」
「太陽の反対側に行けばいい」
サメにカールが伝えると、「わかった」というように、サメたちは北に向かって泳ぎだした。
「サメも魔物なのか?」
「まあ、ほとんどが魔物だな」
ってことは、肉食動物はほとんどが魔物と考えていいのだろうか?実際に元いた世界でも、モンスター扱いをされて人間によって絶滅させられた種もいたはずだ。
その辺のことを聞いとこうか、と思ったが、カールが違う話題を振ってきた。
「なあ、ユキト。さっきの奴隷たちは買うのか?」
「金がないから買いはしないよ。助けるけどね」
「ん?奪うのか?」
「まぁ、あれだけ痩せさせてたら、奴隷商人失格だろ?自分のところの商品の質を落とすなんざ、商人の風上にもおけないよ。それに我々も労働力はほしいところだしな。ということで、罠を張ってハメようと思う」
「罠…?」
と、おれはカールに奴隷奪取作戦の全容を語った。
ちなみに全く作戦通りには行かなかったので割愛する・・・。
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太陽が中天に上った頃、舳先のロープが揺れた。
俺とカールはロープを引っ張ったが、まるで引っ張れない。カールに肉体を強化する魔法をかけてもらって、一気に引いた。この魔法は効果があまり持続しないと言われ、急いで必死に引っ張りあげた。
引き上げると二つのロープはそれぞれ樽に結ばれていて、中にはキレイな珊瑚や宝石、の他、錆びた剣、金の蝋燭立てなどが入っていた。
セイレーンたちが疲れた様子で海面に上がってきたので、「おつかれさん」と声をかけ、パン屋で買ったサンドイッチを渡した。
嬉しそうにサンドイッチを食べるセイレーンたちの姿に、何もしていない自分は申し訳なくなって、食べなかった。働かざるもの食うべからず。余ったサンドイッチは洞窟に帰ったら、テスやゴブリンの子どもたちにあげよう、と思ったのだが、カールは樽を引っ張りあげたのだから食べたらいいと、食べていたサンドイッチを半分渡してきた。魔物は優しいな。
今日はセイレーンたちも疲れたみたいだから、帰ろうと言って帰ることにした。食べ物ももらったのだから、まだまだやれるとセイレーン達は言ったが、おれらが持って帰れないというと、しぶしぶ了承してくれた。その分、帰りの小舟のスピードは早かった。
桟橋でセイレーンたちと別れると、村で背負子を貸してもらい、樽を括りつけて背負って洞窟に向かう。樽を転がすにしても、山道は登れないからだ。
何度も休憩を挟んで、森を進み、ようやく洞窟についた時には、日が傾いていた。
ヘロヘロでたどり着いた俺とカールに
「迎えに行けばよかったか?」
とテスが聞くので、次からはそうしてもらうことにした。
とはゆえ、体力がないのはこの先、この世界でやっていくには致命的じゃないかと思って、レベル上げをしたいと言っておいた。
ちなみに、テスのレベルを聞いたところ
「さあ、300超えた辺りから数えてない」
と言われた。レベルって99までじゃないの?勇者たちはレベル50くらいだというから、このムキムキのおじいさんの半端なさがよくわかる。カールは自分で36だという。ゴブリンやオークたちは、自分たちがここに来た時はレベル2~4だったが、今は15、6だという。
テス鍛え過ぎじゃないか?
そんなに暇だったのかと聞くと、暇すぎて魔物を鍛えながら、畑を倍くらいに拡張したという。まだ、種は蒔いていないというので、腐葉土とか、一角ウサギの糞とかを混ぜたほうがいいかもしれないと言っておいた。
「腐葉土ってなんだ?」
とテスが聞く。
「『腐葉土―、森林生態系において地上部の植物により生産された有機物が朽木や落葉・落枝となって地表部に堆積し、それを資源として利用するバクテリアなどの微生物やミミズなどの土壌動物による生化学的な代謝作用により分解(落葉分解)されて土状になったもの』…ああっ!」
しまった!不意の質問にロボユキトが出て来た。
「ユキト、何を言ってるのかさっぱりわからん!」
「ごめん。時々、こうなるんだ。とりあえず、森に行こう」
ふかふかした土を探しに皆で森に入った。糞についても納得が言ってないようだったので、ロボユキトを出さずに説明した。
糞は、生態系の中でも実に重要な要素の一つだ。寒い地方で年中、氷に閉ざされているような地方でも、狐の糞がなければ土はなくなり、短い夏の間、作物は育たず、花もつかない。岩だらけの痩せた土地になってしまう。糞がどれほど大事なのかを切々と語ったが、どれだけ理解してくれたかはわからない。
ゴブリンたちはなんのことか、よくわからない様子だったが、テスは思い当たる節があると言っていた。
腐葉土を見つけ掘り返し、オークたちが樽2つ分もある腐葉土を持って新しい畑に行き、土と混ぜた。オークは率先して畑仕事をしているので、好きなのかもしれないとつぶやいたら、ゴブリンの奥さんが
「テスさんから逃げているだけですよ」
と答えた。いったいどんな鍛え方をしているんだ?
日が落ちて、全員で火を囲んで食事をする。ちゃんと人数を数えてみるとゴブリン親子が二組(子どもは2人)に、ゴブリンの女の人が5名。オークは4名。一角ウサギが12匹いた。もっと多い気がしていたが、この洞窟に住んでいるのはこれくらいらしい。全員が女性(メス?)で、男手は、皆、勇者との戦争で駆りだされていったという。
これはどこかからスカウトをしてこなくては行けませんな。
と、その前に今朝会った奴隷たちを助ける作戦をテスに伝えた。
平たいパンと焼いた肉も食べ終わり、カールとテスを連れて村へ向けて出発する。今日はニ往復目だな。