異世界3日目~奴隷商人に誘われて~
「あ、畑に水やっといてって言うの忘れた」
港の朝市の雑踏でひとり言をつぶやいていた。
「ああ、それなら問題ないよ。テスが朝やってたから」
フードを目深に被ったカールが小声で答えた。フードには角の形が出ていたが、ウサギ族の村なので、ごまかせているだろう。
港には相変わらず、聖職者のような男が勇者の偉大さと精霊の加護について、演説していた。神父見習いのような下っ端らしき青年が、買い物をしているウサギ族のおばさんや老人に、布教の紙を配っている…と、思って見ていたら、おばさんから金をふんだくっている。どうやら免罪符を売りつけているらしい。紙をただで配れるほど、印刷技術が発展してないのかな。
それを横目で見ながら、先日、一口食べただけでセイレーンに獲られた、肉が挟んであるサンドイッチを買いにパン屋に向かった。セイレーンの仲間もきっと来ているだろうと店にあるだけ15コも買った。
「お兄さん、ちょっと寄って見ていかないかい?」
太ったちょび髭の商人が声をかけてきたが、無視して通り過ぎた。
「ちょっと、そこの綺麗なシャツのうだつの上がらなそうなお兄さん」
褒めたいのか、貶したいのか、どっちだ?と振り返ると、商人は満面の笑みで手を揉んだ。
「ここらでいっちょ、奴隷でも買って見ませんか?お安くしますよ」
「奴隷かぁ…」
この世界には割りとこういう商売があるのか、とカールに小声で聞くと、珍しくもないだろ、と鼻を鳴らして返してきた。俺のいた世界にはあまりなかったから見てもいいかと聞いたら、カールは頷いた。
「ちょっとだけ、見せてくれるか」
「どうぞどうぞ!こちらでございます」
と商人に連れられて、港の端っこの仮設テントのような所に入った。テントに入る前に回りの買い物客からはジロジロと見られ、休んでいた太った聖職者からは嫌な笑みを浮かべられた。
テントに入ると商人が手を叩く。テントの奥の仕切りからガリガリに痩せた12、3歳くらいの少女が二人出てきて、俺の目の前にたった。少女たちは薄い布の服を着て、細い顔にはおしろいを塗っていた。
黒髪と茶髪の少女は二人とも130センチほどで、腕の内側には痣があった。
黒髪の少女は髪を後ろでしばり、目はうつろだった。茶髪の少女はボリュームのある髪が肩まであり、いままで泣いていたのか目が充血していた。
「残念ながら、この二人しか残ってないのですが、いかがですかな」
と下卑た笑いをする商人を無視して
「まずいな、栄養失調が進んでいるようだ」
とカールに小声で話す。
「どうするんだ?」
「たとえ、これがこの世界の普通でも、俺としては助けたいんだけど…どうかな?」
「好きにするといい。俺もテスもお前が何をするか見たい」
商人に向かって
「二人合わせて、いくら?」
「おおっ、お客さん二人とも、お買いになりますかな?実はこちらの茶色の髪の方は、とある国の貴族の隠し子でしてね」
しまった。足元見られたか。茶髪の少女は足を震わせている。
「そうですねぇ、二人合わせて、銀貨50枚でいかがですかな?」
「金が足りないな。また来る」
「ええ、ええ、どうぞご検討の程を。ただし、船もあと2日しかこの港にいませんからね。ご決断はお早めに」
「わかった。ちなみに船は次にどこに向かうかわかるか?」
「西の大陸ですよ。この島にはちょっと補給しに寄っただけですから」
「そうか、北には行かないのか?」
「西へ向かってから、北に行きます。あの船は大回りで王都イングリシナに向かうはずですよ」
「わかった、ありがとう。また来るよ」
「もしあれでしたら、黒髪の方は銀貨20枚で結構です。ご検討を」
奴隷商人に見送られて、俺とカールはテントを出た。
とりあえず、約束していたセイレーンと落ち合うために、昨日の桟橋まで向かった。
歩きながらカールに話しかけた。
「カール」
「ん?」
「誰かに変装する魔法ってある?」
「ああ、あるよ。テスは自分を誰かに変える魔法を持っている。おれのは誰かを変装させる魔法だけどな」
「それって、条件とかあるの?」
「いや、見たことのあるやつなら、覚えてる限り再現できるぞ。特にMPもそんなにかからないし」
「そうかぁ。ところでMPとかってどうやったらわかるんだ?テスも俺のことをレベル1とか言ってたけど、それは魔物特有のスキルなの?」
「ああ!そうか!いや、基本的に魔物はだいたい見れるんだけど、人間でも冒険者ギルドに入ったりすると、冒険者カードってのがもらえるはずだ。それを使えばステータスが見えるようになるんだってさ。後でテスに見せてもらうといい」
「へぇ~、わかった。俺もあったほうが便利だよなぁ。この村には、冒険者ギルドの施設はあるのかなぁ」
「いや、見た感じではなかったから、大陸の大きな街に行くほかないんじゃないかなぁ」
「そうか。じゃあ、ま、おいおいだな」
「うん、ちなみにユキトは自分で自分のステータスを見た時に笑うと思う」
カールがフードを奥でニヤニヤと笑う。
「そんなに俺は変わってるのか?」
「ああ、スキルもステータスも変だけど、称号がかなり変だね」
「称号も俺は持ってるのか?そいつは楽しみだな」
「いったい、元の世界ではどんな生活をしていたんだ?」
「バイト…って、言ってもわからないか。軽い仕事して、あとは大体暇だったから本読んでたなぁ」
「本かぁ、結構裕福だったんだなぁ」
「いや、向こうでは本は結構安く手に入れられたんだ。あと図書館もあったし。だいたい2,3冊ぐらいは読んでたかな」
「一ヶ月で!?それはすごいな」
「いや、一日で」
カールが立ち止まり、目を大きく開いてこちらを見ていた。
「本当に暇だったんだよ。確かに周りからは本の虫と呼ばれていたけど、だからって頭がいいってわけじゃない」
「それは自分のステータスを見てから言ってくれ」
そう言うとカールは歩き始めた。カールを追いかけながら、俺は、レベル1にしては少し知力が高いのかもしれないな、とその時は思っていたのだった。
桟橋に着く前に、この島まで俺たち3人が乗ってきた小舟が無事か確かめておいた。ウサギ族の子どもが、かくれんぼに使っていたが特に傷みもなく使えそうだった。島についてから2日しか経ってないのだから当たり前か。
買ったパンの袋を口でくわえ、カールと二人で小舟を持ち上げて、桟橋の近くで海におろした。カールが手を海に浸けると、手が一瞬緑色に光った。
「セイレーンを呼んだんだ」
とカールが言うとすぐに、6人のセイレーンが小舟の周りを取り囲んだ。
セイレーンたちは海の上に上半身を出し、カールに頭を下げる。カールはやめてくれと手を振って、やめさせた。しかし俺が何より気になるのは、昨日と違ってセイレーンがサラシを胸に巻いていたことだ。他のセイレーンたちもサラシか、あまりエロくない貝殻ビキニをつけていた。
「な…なぜ!?なぜなんだ??なぜサラシなんか…!!!」
「人間の男は私達の胸に誘惑されてしまうでしょ。仕事に支障をきたしては申し訳ないから」
桟橋でorzの姿勢でいる俺を無視して、とっととボートに乗ったカールが
「あ、しまった!オールはテスが壊したんだった」
と頭を抱えた。
「私達が引っ張っていきますので、問題ありませんよ」
「そうか。悪いな。ほらユキト、早く乗れよ。行くぞ」
「うん」
雲ひとつない空に穏やかな波の中、オールで漕いでもいない小舟が、大海原に向かってゆくのだった。