救出されて2日目
村に着くと、誰も居ないんじゃないかと思うほど、閑散としていた。
昨日見た時は、もう少しウサ耳の住人がいたように思ったのだけど。
しかし、耳を澄ますと海の方が賑わっているような音がしていた。
通りがかった第一村人のおばちゃんに、お祭か何かあるのかと聞くと、港に大きな商船がやってきたという。
勇者が魔王を倒したおかげで、この小さい島までやってこられたらしく、村の人達は喜んでいるそうだ。商人たちが大量の小麦や島にはない野菜を売って、吟遊詩人や僧侶などは、勇者の冒険譚や精霊の力について、宣教していた。
確か、昨日カールの話を聞いた限りでは、魔王が死んでからそんなに日が経ってないんじゃなかったか?商魂たくましいな。
カールに見に行くか聞くと、先に毛皮を売ってしまってから考えたほうがいいだろう、ということになった。
ほとんどの村人が港近辺に集まって、村の中にはあまり人がいなかったが、道具屋は開いていた。
「騒ぎが収まってから行かないと、変なもの買わされても腹立つし、特にうちの村には名産品もないから売れないんだよ」
道具屋のウサ耳の店主は、冷静に村と自分の店を分析していた。
シカとイノシシの毛皮を銀貨30枚で買ってもらえることになった。
銅貨100枚で銀貨は1枚。銀貨100枚で金貨1枚ということをカールが教えてくれた。
「最近冷えてきたからな。毛皮は助かる」
店主が数えた銀貨を渡してきた。
日本人の俺からしたらまだまだ暖かい方だと思うのだが、体感温度が違うのかもしれない。
「商船に売るにはちょうどいいから、まだあればいつでも買い取るぞ」
銀貨をもらいながら、財布がないことに気づき、フードを目深に被ったカールに聞く。
「僕は持ってないよ」
「財布って売ってないかな?いや、ちょっと待てよ、いろいろと足りないよな、なにが足りないかわからないぐらい足りないな」
考える俺に、店主は呆れている。
とりあえず、お金を入れる用の布袋を買い、大きめの布を数枚と針と糸、長い紐、ナイフを買った。銀貨1枚で銅貨50枚のお釣りが来た。
「地図ってないかな?」
「地図?この島なら地図なんていらねえよ。歩いて回れるぜ」
「いや、世界地図的なものが欲しいんだけど」
「いやぁ、ないな。港に行って商船の商人に聞いてみな」
「ああ、そうか。ありがとう」
大きめの布を風呂敷にして、道具を背負い道具屋を出た。
「地図なんかどうするんだ?」
カールが俺に並んで歩きながら聞いてきた。
「この世界が、どんなとこか知りたいんだよ。俺のいた所とどのくらい違うのかとかさ」
「なら、テスに聞くといいよ。テスなら旅ばっかりしてるから詳しいと思う」
「そうか、じゃテスに教えてもらおう。紙とインクって高いかなぁ」
「うーん、高いと思う。城にいた時は魔導師が持ってたけど、親父が無駄遣いすると怒られてたから」
「そうか。でも筆記用具は欲しいんだよなぁ」
自分の記憶力に自信が持てない俺としては、日本でもだいたいメモをとっていた。何かを考えるときは、できるだけ書きながらのほうが、考えをまとめやすいので、筆記用具があると助かるんだけどなぁ。なにより情報の伝達がスムーズだ。
「おお!」
カールが足を止め、小さく驚いた。
考えながら歩いているうちに港に着いていた。港には150人ほどのウサギ耳の村人が、人間の商人が売っている食料やお守りなどを我先にと買い求めていた。
この村はこんなに人がいたのかと思いながら、カボチャのような野菜を売る 商人や木の仮面を売る露店を見て周った。
カールは珍しそうに、キョロキョロと見まわし、パンを売ってる店の前できゅるるっと腹を鳴らした。
俺も腹が減ったし、魔物たちへの食料も買わないといけないので、食パンを3斤と、緑の野菜と、何の肉かわからない肉が挟んであるサンドイッチを2つ買う。
銅貨15枚を払い、風呂敷に紙で包んだ食パンを詰め、サンドイッチを持って、どこか静かなところで食べようと港を離れた。
俺達がこの島に漂着した浜辺に小さい桟橋があったので、そこで食べることにした。桟橋に腰を下ろし、海に向かって足を投げ出した。ほとんど足の裏が水面につきそうなくらい海面が高く、海を覗けば透明度が高く海底のヒトデやウニが見えた。サンドイッチを1つカールに渡すと、腹が減っていたこともあって、カールはすぐにかぶりついた。
朝飯を食わずに出てきてしまったから、これが今日はじめての食事だ。
一人暮らしならよくあることだが、洞窟に戻ったら、朝、昼、晩と食事をしなくちゃなと思い、もう少し食料を買いだめなくてはと考えながら、サンドイッチをひとかじり。
うまいっ!
レタスのような野菜と鶏肉のような肉が挟んであるパンには、辛めのソースがかかっていた。それが素材の味を際立たせているし、パンの味もしっかりしていた。
カールも、モグモグと音をたてウマそうに足をばたつかせながら食べている。
突然、足の下の水面からあぶくが湧き上がってきた。
なんだ?と思って水中を覗くと、水面が盛り上がり、口が裂けたような女の顔が現れた。
驚いてパンを投げ、後ろに飛び退くと、宙を舞ったサンドイッチを水中から出てきた女がパクっと食べた。
女の両目は見開き、大きな口を動かしながら、サンドイッチを咀嚼している。
カールを見ると、なんでもないかのようにパンを食べている。
よく見れば、女の上半身は裸で目のやり場に困るが、下半身は魚の尾びれがついていた。
「カール!」
「なんだよユキト」
「これは何者なんだよ?」
「セイレーンだよ。身体は女で下半身は魚なんだ。男を惑わす魔物だ。ユキトが異世界から落ちてきた時に海から助けたのも、この魔物だぞ」
「え?あ、このセイレーンが!ありがとうございます!」
思わずセイレーンに頭を下げると、セイレーンは手を振った。
「私じゃなくて、他のセイレーンよ」
「そうですか。なら、お礼を言っておいてください」
「わかった。会った時に言っておくわ。それより、この食べ物は何?すごくおいしい!ありがとう」
「サンドイッチです」と答えながら、初めて自分のパンを食べられたことに気がついた。
俺がカールを見ると、カールは急いで自分のパンを口の中に入れた。
いいか、セイレーンのおっぱい見られたから。
「魔王さま、この人間は大丈夫なのですか?」
セイレーンがかしこまったようにカールに聞いた。先ほどとはうってかわって、口も小さく、やけに艶かしい。裸だからか?
「ユキトは異世界者だからな。特にこちらが何もしなければ、襲ってきたりしないと思う」
「いや、襲わないよ!弱いし」
「うん。確かに一角ウサギと死闘を繰り広げるほどに弱い」
「そうですか」
すごい見下した目で見られた。
「まぁ、弱いがいろんなことを知ってる。仲良くしておくといいことがあるかもしれないよ」
「確かに、先程のサンドイッチというものは美味しかったわ。ユキト、今回は魔王さまに免じてあなたを食べないでおくわ」
「え?食べるつもりだったの?っていうか今回はって次回は食べるつもり?勘弁して下さい」
「嘘だよ、嘘。セイレーン、あんまりからかうなよ(笑)、ユキトはまだこの世界にきたばっかりだからさ。」
カールはセイレーンに諭すように言った。
「ごめん(笑)人間の男はついつい騙す対象と見てしまうのよ」
「え?じゃあ、人間は食べない?」
「食べないよ。魔物だからって、手当たりしだいに人間を襲って食べるわけじゃない。魔物の領域に踏み込んだ人間や、存在を脅かされない限り、ほとんどの魔物は人間を襲わないよ」
「そうなのか?」
「まぁ、好き好んで人間を襲うやつもいるけど。人間も犯罪を犯すやつがいるだろ。それと同じだよ。まあ、魔物の世界には牢屋がないし、そういう奴はそのうち勇者に殺されるだろうと放っておいてるだけなんだけどなぁ」
「ちょっと待てよ。セイレーンさん、うっ」
俺がセイレーンに向き直り、自然と胸に目が言ってしまうのをなんとか抑える。
「ここの近海はセイレーンさんの縄張りというか、領域なんですよね」
「ええ、そうよ!(イラッ)」
セイレーンが俺を睨む。
「ユキト、敬語」
魔物は人間に敬語を使われると警戒すると、昨夜聞いたばかりだ。
「ああ、ごめん。じゃ、あの港に停まっている商船は襲わなくていいの?」
「悔しいけど、襲えないのよ」
「どうして?」
「先代の魔王さまが亡くなって、私達の力も弱まってるし、船に勇者がいたら、こっちは全滅。ただでさえ食糧難で苦しんでいる時に、怪我でもしたら弱るいっぽうじゃない」
「食糧難?魚がいなくなってるの?」
「ええ、少なくなってるわ」
「それは、いつぐらいから?」
「そうねえ、魔王さまと勇者が戦い始めた時には、かなり少なくなっていたわね」
「じゃ、もっと前から少なくなってきていたと?」
「そうね」
「最近、冬でも海の中が暖かいってことない?もしくは海流が変わったとか?」
「冬はまだ来てないからわからないけれど、今年はこの時期にしては暖かいわね」
冬でも海が暖かいってのは…
「エルニーニョかもしれないなぁ」
「エルニーニョ?」
カールが聞いてきた。
「『エルニーニョ現象―赤道域の広い海域で海面水温が平年に比べて高くなり、その状態が1年程度続く現象。、それによって栄養素の含んだ冷たい海水が湧昇せず、小魚が平年より減る。また、ハリケーンの発生の原因にもなっており、世界各地で干ばつや大雨などが起こる。』…はっ!」
「急にどうしたの?」
セイレーンが驚いたように俺に言う。
「あ!あの…その…」
しまった!またしてもロボユキトが出てしまった!
「まぁ、異世界者だから、少し変になる時があるんだよ。気にしないで」
カールがフォローしてくれた。
でも、絶対変なやつだと思われた!
「わかったわ」
え、わかったの!!?わかっちゃったの!!?俺が変だってことが?
「それで、そのなんとか現象が起こると魚が減るのね?」
「そう。今年に限ってだけは減ると思う。台風や竜巻、洪水とかが世界中で起きてない?干ばつとか?」
「ああ、あるかもしれない。でもそれは親父と勇者が戦ったからじゃ…」
「魔王や勇者って天候操れるの?」
「いや、さすがに無理だな」
「確かに、この夏は大雨が多かったわよ」
「じゃあ、まぁエルニーニョ現象に近いことが起きてるんだと思う。俺のいた世界での話だけど、海流って動き続けてて、世界を循環してるはずなんだ。でも、何年かに一回、海流が逆流することがあって、その年は一年中異常気象が各地で起こるんだよ。だから、この世界でもそうかもしれないと思ったんだ」
「循環?」
「『循環―ひとまわりして元の場所や状態に帰り、それを繰り返すこと。血液など。』……あっ!またしてもロボユキトが!」
頭を抱え、うずくまる俺。
肩を叩くカール。
「大丈夫だ。異世界者が変なのはわかったから、気にするなよ」
気にするよ!俺は変になりたくないよ!
「魔王さま、この人間はなんなんですか?」
「どうだ!?変だろ!?やはり異世界者は変で面白い!」
「ごめん。変でごめん」
「面白いからいいわ。それで、対策はあるの?」
「冷たい地域に行けば、逆に大漁になってると思うよ。ここの島からだと北か南かわからないけども」
「北のほうが冷たいわ」
「じゃ、北の方に今年だけ移住してみるのは?」
「…そうねぇ」
セイレーンは下を向いて考えた。
「ああ、もしここから離れたくないっていうんなら、貿易するといいと思うけど」
「貿易って人間の商人がやってるやつか?」
「そうそう、経済も回さないといけないだろうしね。今だと勇者が勝って、僧侶が冒険譚や精霊の力について村人に宣教していたから、他の地域でもそうだと考えると、教会にお金が集まってるのかな?この辺の特産ってー…ないんだっけ?」
さっき、道具屋が特産品はないと言っていたことを思い出した。
「お金なんて持ってないよね?」
「お金?きれいな貝殻みたいなの?」
「これなんだけど」
俺が布袋から銀貨と銅貨を取り出して見せた。
「見たことあるけど持ってないわね」
「海の魔物って、商船とか襲って沈めたりしないの?」
「しないわよ!騙して食料奪って武器壊すだけよ、ほとんどは」
「そうか。じゃあ、嵐で沈んだ船とかあれば、潜って金目になるものを拾ってくるとか。海の魔物なら結構潜れるよね?」
「ええ、潜れるけど。沈没船があるような場所は海流が早くて、私達セイレーンとか動きの早い魔物しか行けないわよ。めんどくさくて誰もやりたがらないわ」
「さっき、食べたパンをあげると言ったら、どう?」
「やる!やるわ!」
セイレーンが興奮したように自分の手を握った。
「できれば、お友達も連れてきて、みんなでやるほうが効率的なんだけど」
「ええ、構わないわよ」
「じゃ、そんな感じで。また明日来るから、用意しておくよ」
「ありがとう。でもいいの?」
「なにが?」
「だって、私は魔物よ?人間のあなたが助けていいのかってこと」
「いいんじゃない?俺はカールに助けてもらったことだし」
「ユキトに関してはこちら側の人間のようだ」
魔王の子であるカールがセイレーンに諭すように言う。
「ま、俺としてはどちら側でもなく、面白ければいいんだけどね。せっかくの異世界だし」
「じゃ、また明日ね!」
「あ、そうだ。もう一個いい?」
「なに?」
「ウニって食べるの?」
「ウニ?」
「海底にいるイガイガした刺だらけの黒いやつのことだよ?」
「食べないけど。なんで?」
「いや、海を覗いたら結構いるなぁっと思って」
異世界の海はとても透明度が高く、海底まで見える。岩場にウニがたくさん張り付いていた。
セイレーンは潜って、すぐ下にあったウニの刺をつまみ上げ、持ってきた。
「ぷはっ、こんなの食べるの?」
「いや、このまま食べるわけじゃなくて」
「いてててて」と言いながら受け取って、さっき道具屋で買ったばかりのナイフでウニを割ってみせた。
中から黄色い身をナイフで掬って食べ、セイレーンにも勧めた。
「好き嫌いがあるかもしれないけど、美味しいよ」
セイレーンは匂いを嗅いで、ゆっくりとナイフに口をつけた。
「…美味しい!」
「ホントか?俺も食べたい」
カールの言葉に、セイレーンは再び潜って、3つウニをつまめるだけつまんで戻ってきた。
3つともナイフで割り、ナイフで掬ってカールとセイレーンに食べさせた。
ちょっと間接キスっぽいけど、魔物の二人は気にしてないようだ。
「うまい!」
「美味しい!なにこれ」
驚く魔物二人に、自然と顔がほころぶ。
俺も自分の分を食べようとしたら、セイレーンが俺の膝の上まで登ってきてキラキラとした顔で見てくる。胸が足に当たってますけど・・・。
「食べる?」
「うん!」
「刃に気をつけて」
パクっと食べたセイレーンはにっこり笑った。
上半身裸のセイレーンに餌付けが成功。これなら騙されてもいいなぁ。
「できれば、友達にもウニを教えてあげて。これからはウニも食べてくれる?」
セイレーンは、なんで?という顔を俺に向けた。
「ウニが海藻を食べちゃって、小魚も寄ってこなくなるんだ。ある程度、捕食するやつがいたほうがいいんだけど、やってくれないかな?」
「うん、いいわ!」
「じゃ、これ」
ナイフをセイレーンに渡した。
「くれるの?」
「うん。ナイフがないと食べづらいでしょ。じゃ、明日」
そうしてセイレーンに手を振って別れた。
「なあ、カール。魔物と人間て結婚できるのかなぁ?」
俺の後ろをついてくるカールに聞いた。
「できるよ。ちゃんと子どもも生まれる」
「そうなのか!だったら、魔物のハーレムも悪くないかもしれない」
「ハーレム?」
「だって異世界だろ。じゃハーレム作るしかないじゃん」
「そんなこと聞いたことないぞ」
「なんだか俺は燃えてきたぞ」
「だったら、奴隷でも買えばいいじゃないか?」
「奴隷もいるんだな!よし!夢が広がるなぁ」
馬鹿話をしながら、俺とカールは港の市場で小麦や野菜と植物の種などを買い込み、森を抜けて洞窟に向かった。
※10/23 修正しました。
※11/17 修正しました。