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工房で攻防?



 街に入る際、「砂漠の英雄」と書かれた冒険者カードを見せてしまったために、一悶着あって、衛兵が一人付いてきてしまった。

門の衛兵の中でもお偉いさんが出てきてしまって「英雄なら王に謁見するべきだ」というのだが、特に用はないし、めんどくさいので行かないと言ったら、「一人付けるので何かあったら言ってくれ」ということになった。

すでに城に伝令を走らせて「砂漠の英雄」が来たことを王に伝えに行っているらしい。

急がねば、変なことで時間を使ってしまいそうだ。


「出来るだけ、急いでくれ!」


 町の外で露店を開いていた魔道具商人に声をかけ、急がせた。

 

「本当に王に謁見しなくてよろしいのですか?」


「そういうのはめんどくさいから、絶対に行きたくないんだ。金はすでに貰ってるしね」



 街の商人街に魔道具屋はあった。

カルカラットの街もサラマリと同じように中心に行けば行くほど、貴族や王族の屋敷があり、地価も高かった。サラマリと違うのは凱旋門ではなく、丘があり、丘の上に王城があるということだ。

 商人街は市民街と中心街の間。

 商人たちにとって市民も貴族もお得意さんということらしい。


 真道具屋は石造りの大きな店舗で、鎧や胸当てなどがずらりと並べられていた。

 壁際には剣や槍、弓が天井近くまで陳列されている。

 露店では生活雑貨が重だったが、こちらは魔法が付与された武器防具屋といった感じだ。

 

 魔道具屋に入ると、商人が魔道具屋の店主を連れてきた。

店主は俺が「砂漠の英雄」と聞いて、胡散臭そうに全身を見て冒険者カードを見せるように言った。

見せた瞬間から、越が低くなり手を揉み始めたのには閉口した。

やはり身分や称号って大事なんだなぁ、とゲンナリした気分だ。

とはいえ、それもどこでいつ使うか。要は使い様だ。


「工房を見せていただくわけには生きませんか?」


「えー……工房の方は大変汚れておりまして、そのような場所を英雄様には見せるわけには出来ません」


 魔道具屋の店主は笑顔を崩さずに、断ってきた。

 きっと企業秘密でもあるんだろう。

 例え、砂漠の英雄でも真似されてはかなわないといったところだろうか。


 では、財力に物言わせましょうかね。

 俺は白金貨を二枚取り出し、手の中で弄びながら、


「あ~~どこかでお金を使いたいと思ってたんですが、どうやらここじゃなかったみたいですね」


「ちょちょちょちょっとお待ちください。いますぐに職人たちを呼んで片付けさせますから」


 魔道具屋の店主と露店の商人が奥にすっ飛んでいった。

 10分ほど経った頃、再び店主が戻ってきて、案内するという。


 店の奥には大きめの扉があり、開くとコンビニくらいの大きさの部屋があった。

 部屋には机が並べられ、魔法陣を書いたスクロールや紙が束になって置かれていた。

 その束をメガネをかけた使い走りのような少年たちが、壁の棚に片付け続けている。


「ここで、魔法を付与するんですか?」


「そ、そ、その通りで御座います」


 う~む、どう考えてもここは工房のようには見えない。

 そもそも付与するはずの剣や槍、鍋すらない。

 資料室と言ったほうがぴったりな気がする。


「職人の方がおられないようですが…少年たちは見習いですか?」


「ええ、そうです。職人はまもなく来ると思います…あ、来ました」


 厚手の布の服を来て、革の前掛けをした男が隣の部屋から現れた。

 年齢は30ぐらいだろうか。

 短髪で四角い顔。

 手にはタコができていた。

 まさに職人と言った風情だ。


「マルモさん。こちら『砂漠の英雄』のユキト様です。失礼のないように、工房を案内していただけますか?」


マルモと呼ばれた職人は、俺を上から下まで見て「こいつ本当に英雄かよ」という表情で


「砂漠の英雄がこんなとこで油売ってていいのか?サラマリに地龍が出たんだろ。早く行かなきゃマズいんじゃないのか?」


と、言った。

地龍がサラマリを襲っているという情報は入ってるけど、追い返したっていう情報はまだ来てないみたいだな。

情報伝達が遅いと言うより、風魔法でデザートサラマンダーの速度を上げてきたんだから、しょうがないか。


「あぁ、それを追い返したのが俺たちなんだ」


「え!?もう追い返したのか?」


「うん、その業績のおかげで俺の冒険者カードに『砂漠の英雄』っていう称号が書かれている」


 そう言って、冒険者カードを見せると、驚いたように俺を見ていた。

 

「で、その英雄様が何を見たいんだい?」


「透視メガネってここで作ってるんだろ。それに使ったレンズが欲しいんだけど」


「レンズってのはガラス板でいいのか?」


「そう、それだ。他にガラスの玉があったりすると嬉しいんだけど」


「じゃ、こっちだ」

 

 とマルモが案内しようとしたところ


「ちょっと待ちなさい。マルモさん、工房を見せるつもりですか?」

 魔道具屋の店主が止めた。


「え?だってそういう話だろ」


「英雄様、ちょっと失礼」


 魔道具屋の店主がマルモを連れて、奥へと行ってしまう。

 どうやら、マルモが怒られているらしい。

 「そんなこと言ったって見せなきゃわかんねぇだろうが」「うちの店の秘密をバラすつもりですか?」などの声が聞こえてくる。

 魔道具屋の店主からすれば企業秘密を明かすようなものだろうから、当たり前といえば当たり前だ。

 

 しばらくその様子を聞きながら待っていると、スクロールを片付けている少年たちの中に老人が一人混じっていることを発見した。

 初めは少年たちと同じ服を着ていたし、背丈もそれほど変わらなかったので老人には見えなかったが、一人だけあまり動いていなかった。

 動いてないにもかかわらず、老人の目の前の机からスクロールが次々と棚に収納されていく。

手際がいいのだ。

感心して見ていると、老人が俺に気づいて、目の前にやってきた。


「英雄さんは、ガラスの板を何に使いなさる?」


「ああ、顕微鏡と望遠鏡…と言ってもわからないか。ちょっと待って、実物見せるから」


 リュックから、カルカラットに来る前に作った単眼顕微鏡を取り出して見せた。


「何ですかな?これは」


「小さいものを見る道具なんだけど、これには小さいガラス球が必要なんだ」


「どうやって見るんです?」


「薄いガラス板なんて……ないよな?瓶か壺は…?」


「あそこにあります」


 老人が壺を指さして、教えてくれた。

 

壺に氷の薄い膜を魔法で張り、割ってプレパラートにする。

薬草の葉を薄く切りプレパラートに乗せる。


「灯りの魔道具ってある?できれば火より光属性の方が溶けないんだけど」


「ございます」


 老人はそう言うと、エプロンのポケットから、小さな宝石がついた杖を取り出し、灯りを点けた。

 顕微鏡のレンズを覗き、ネジを回してピントを合わせる。


「このレンズから覗いてみて」


 老人に顕微鏡を渡すと、興味深そうに顕微鏡全体を見たあと、レンズを覗いた。


「なんですか?これは」


「それが薬草を拡大したものだよ」


「これが!…すごいもんですな!」


「これがあると、もしかしたら薬草を栽培するのに役だったり、薬草が枯れてしまう病気になった時に対策が立てられたりすると思うんだ。だから、ガラスの材料でもいいから欲しいんだけど」


「なるほど、どんどん持って行ってください!」


「ありがとう、でもいいのかな?」


「構いません!おい!マルモ!クルト!英雄さんにうちのガラス全部持って行ってもらえ!」


 老人が急に言い争いをしているマルモと魔道具屋の店主に向かって大声を上げた。


「なんだって!モル爺!?」

「師匠!何言ってるんすか!?」


 魔道具屋の店主とマルモが頭の上にはてなマークをつけて聞いている。


「お前ら、くだらねぇ言い争いしてお客待たせてんじゃねぇ!ケツ蹴りあげるぞ!いいからガラス持ってこい!!あるだけだ!」


「「は、はい~」」


 店主とマルモが慌てて、隣の部屋に走って行った。


「おじいさんは何者なんですか?」


「ああ、ワシは前の工房主だ。もう引退しているんだが、偶に店を手伝ってるんだ。あいつらにとっては目の上のたんこぶってところじゃないか?」


「そうなんですか。とにかく助かった。ありがとうございます。これでいい土産ができそうだ。ところでいくらになります?」


「ん~そんな大した物じゃないから、銀貨70枚ってところじゃないか?店主がふっかけてきたら、ワシがケツ蹴りあげてやるよ」


 銀貨70枚か。

 財布の袋を開けるとすべて白金貨だった。


「お釣りってありますかね?」


「英雄さん、白金貨で払うつもりかい?本当にそれしかないのかい?」


 あとは智龍とゴルにあずけていた。

 先に両替屋に行くべきだったなぁ。

 店で何か買うか?

 でもどれがいいかなんてわからないし、テスとカールはどんな武器がいいのかわからないしなぁ。

 でも、魔道具って便利だよなぁ。

 あ!いいこと思いついた!


「おじいさん、俺に雇われない?白金貨2枚で」


「な!……そんなバカな…こんな老い先短い職人に白金貨2枚なぞ」


「技術に払うお金と思えば安いもんだよ。あ、ガラスの材料とか、魔道具作るときの道具は持ってきてよ」


「ちょっ、ちょっと待ってくれんか。急に言われても、ばあさんと相談せにゃならんし」


「もちろん。じゃ、夫婦で白金貨2枚ってことでどお?」


「ばあさんもか?しかし、家事しかできないぞ、うちのは」


「十分だよ。職人の生活を保証するのも雇い主の義務ってやつだしね」


「わ…かった。考えてみる」


 老人は目を白黒させている。


 店の外が騒がしい。

 付いてきた衛兵の仲間が集まってきているようだ。


「砂漠の英雄はどこだ?王が会うそうだ」


 扉の向こうからくぐもった声が聞こえる。

 うわっ!めんどくさいことになってきた。


「じゃ、手付の白金貨1枚。今晩、街の外に荷物まとめて来てくれる?」


「そんなに時間がないのか?」


「うん、待たせてる奴らがいるから。もう待ってないかもしれないけど」


「それで行き先は?」


「東の海にあるウサギ族の孤島」


 扉の向こうから「こっちか?」「工房の方にいるらしい」などの声がする。


「わかった」


「裏口どっち?」


「奥だ」


 老人は奥の戸を指さした。


「ありがと、今晩、街の外で待ってる」


 俺は奥の戸を開けて、外に出た。

 同時に、店側の扉が開き、衛兵たちが入ってくる。


「あ!英雄が逃げた!!」

「なんで逃げるんだ!」

「追え!追えーー!!」


 俺は一目散に、駈け出した。


「そりゃ追いかけられたら、逃げるだろ」



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