砂漠の街道を走る
「いつまでふてくされておるのじゃ」
智龍が馬車の端っこで体育座りしている俺に言ってくる。
「俺の…ハーレム……」
俺は何度目かになる声にならない叫び声を上げた。
サラマリの街を出た翌日、断腸の思いでキャンプの焚き火に奴隷契約書をくべた。
俺が近くにいないのに、彼女たちを奴隷のまましておくと問題が起こった時に対処できない。
なら、いっそ自由にしてあげればいい。
決断は早かったが、身体の方が拒否した。
俺は焚き火の上に奴隷契約書を掲げたまま、歯を食いしばり涙を浮かべた。
一向に契約書を火に入れない俺を見て、智龍は魔法で焚き火の威力を上げた。
右手が若干焦げたが、契約書はちゃんと焚き火に投下され一瞬で灰になった。
それ以降、俺は時々、悔しさが体中を駆け巡り、こめかみに青筋を浮かべながら声にならない叫び声をあげる。
だってハーレムって男の夢でしょ!!
「どうしてこうなっちゃったかなぁ…」
悔やんでも悔やみきれません。
「縁がなかったということじゃ。諦めろ」
御者をしている智龍はそう言って、デザートサラマンダーを操る。
馬車は順調に街道を南下している。
その間、砂漠の村を通過した。
村人が100人ほどいて、砂漠に生息しているという鳥を狩ったり、旅人に宿を提供したりして生計を立てていると村人のばあさんが言っていた。
砂漠でも案外、生きていけるようだ。
魔物達は珍しそうに村を周って見ていた。
俺は特に見るものもなく、傷薬や回復薬を売った。
デザートサラマンダーに水を上げるとすぐに村を後にした。
暇すぎる。
いい加減、落ち込むのも飽きた俺は智龍の御者さばきを見ていた。
ゴブリンのゴルはキャンプをするときにテントを立てたり、料理の準備をしたりする。
サンドコヨーテは夜中見張りをしてくれる。
デザートサラマンダーは馬車を轢いてくれる。
俺だけ何もやることがない。
ヤバいぞ!これは!
まるで俺がいらない子みたいじゃないか!
「智龍さん、代わりましょうか?」
「いや、いい。危ないから座っておるのじゃ」
……。
やることねー!!
暇つぶしに作っていた傷薬や解熱剤、回復薬は売るほどある。
これ以上作ったところで、場所取るだけ迷惑だし。
ピーナッツみたいな豆を食べながら、外の景色を見ているゴルに話しかける。
「なんか…ない?」
「なんかと言われましても。あ、さっきの村でビーズって言うのが売っていてキレイだったので肉と交換したんです。見ます?」
「ああ、うん」
ゴルは袋を開けると、色とりどりの小さいガラス球が中に入っていた。
一つ取り出して、空に透かしてみると、たしかにキレイだ。
だが、どれも米粒みたいに小さくて、穴を開けてアクセサリーにするもの一苦労だろう。
「これ、どうするんだ?」
と、聞くと
「特に何に使うかと言われると、キレイだから指輪とかにしたらいいかなぁと思いまして」
と、頭を掻きながらゴルは袋をしまう。
ゴブリンでも美意識があるなんて、意外に魔物の文化水準は高いのかもしれない。
その時、急に馬車が止まった。
「ブラウンモアじゃ!狩るか?」
御者の智龍が砂漠を指さしながら言う。
見れば茶色いダチョウのような鳥が砂漠を走っていた。
どうやら砂漠の村で狩っているのは、あの鳥のようだ。
遠くに見えるが、かなりデカいのは巻き上がっている砂煙でわかる。
智龍の提案に乗って、ブラウンモアを狩ることにした。
「妾が誘き寄せるから、矢を射るのじゃ」
智龍はそう言うと、とんでもないスピードでブラウンモアに近づき挑発する。
俺とゴルは急いで弓矢の準備をして馬車の影に隠れる。
デザートサラマンダーとサンドウルフは静かに「伏せ」の状態で待っている。
智龍の挑発はうまくいったようで、どんどんこちらに近づいてくる。
近くで見るとブラウンモアはほんとうに大きい。
3メートルくらいあるんじゃないか。
十分引きつけたところで、ゴルが矢を放つ。
続けて俺も。
ゴルの矢は首の付根に刺さり、俺の矢は胴体のど真ん中に当たった。
矢が刺さって暴れまわる。
もう一度弓を引き、矢を射る。
合計5本矢を放ち、ようやくブラウンモアが倒れた。
「矢の腕が悪いのう」
と、智龍はぼやいていた。
「智龍がやればよかったじゃないか?」
と言うと
「妾がやると、跡形もなく吹き飛んでしまうのでダメなのじゃ」
と、胸を張っていた。
解体作業は皆でやった。
首を切って、血抜きをし、羽を毟っていく。
身体が大きい分、毟る量も多く大変だ。
全ての羽を毟り終わる頃には日は傾き、そのまま街道の脇でキャンプすることにした。
肉を焼いて、夕飯を食べ終わり、ぼーっと星を眺めているとサンドコヨーテがしきりに身体を掻いていた。
ブラウンモアの羽にダニでもいたのかもしれない。
馬用のブラシがあったので、ブラッシングをしているとダニらしき黒い虫が飛び出してきた。
「あ~やっぱりダニがいたんだ」
ブラッシングされてサンドコヨーテは気持ちよさそうにしている。
「ん?何がいたのじゃ?」
「ダニだよダニ。小さい虫だ」
「小さい虫?本当か?」
「たぶん、そうだよ。ブラウンモアの羽にあんまり近づくなよ。血吸われるぞ」
羽は布団とかに使えるかもしれないと思って、酒の空き樽の中に仕舞っていた。
「そんな小さい虫がおるとはのう?」
そういえば、小さいガラス玉で顕微鏡って作れたんじゃないか?
「ゴル、昼に見せてもらったビーズ、もう一回見せてくれるか?」
「いいですよ」
ゴルはビーズの袋を持ってきて、俺に渡した。
俺は袋の中から、なるべく透明度が高く、小さい球体を探し、取り出した。
「これちょうだい。後でお金も払うから」
「それは構いませんけど、何に使うんですか?」
「それは出来てからのお楽しみ」
俺が作ろうとしているのはレーウェンフックという人が作った単眼顕微鏡で、割と簡単に出来る。
空き樽の蓋から小さい木の板を切り出し、フレームを作り、鉄のクギで穴を開けビーズを嵌める。
ネジがないので、太めの釘にナイフで溝を作っていく。
だが、全然歯がたたない。
うまくいかないなぁ。
「何をしてるのじゃ?」
智龍が聞いてきた。
「ネジを作りたいんだ。鉄のクギに竜巻みたいに螺旋状の溝を作りたいんだけど」
「ほう。妾にもやらせてくれ」
そう言うと、智龍は人差し指に鉄のクギを立て、極小の竜巻を放った。
クギは天高く舞い上がり、10秒ほど経ったあと、近く地面に落ちてきた。
クギはしっかりネジになっていた。
魔法って本当に便利だな。
そして、智龍は意外に器用なのかも。
「ユキト、これでいいのか?」
「うん、ありがと。智龍って魔法の制御できるんだね、意外だ」
「うむ、妾も初めてやった。やれば出来るもんじゃ」
こうして、フレームを組み合わせて、ネジを調節してレンズからプレパラートを覗くと・・・。
「って、プレパラートないじゃん!!!」
薄いガラスの板なんて、あるわけないよな?
「何が欲しいのじゃ。言うてみよ」
「薄い透明の板なんだけど、ないよね?」
「ダイヤモンドじゃダメか?」
智龍は腰の袋から、うずらの卵みたいなダイヤモンドを取り出す。
マジかよ!それ何カラットあるんすか!?
いいのか?そんな扱いで。
「ダイヤってこっちの世界だと高価なものじゃないの?」
「いや、高価ですよ。僕は初めて見ました」
ゴルは驚いているようだ。
「そうかぁ、じゃ氷魔法だとどうじゃ?」
智龍はズンッっと巨大な岩のような氷の塊を魔法で出した。
「いや、もっと薄い板みたいなやつじゃないとダメなんだ」
「そうかぁ」
智龍は先ほどネジを作ったように、人差し指から氷を出そうとする。
ズッキューーーン!!!
氷の弾丸が砂漠の彼方に飛んでいった。
「ありがとありがと。もういいよ。自分で何とかしてみる」
死人が出る前に止めておこう。
とにかく、薄い氷の板があればいいんだよな。
俺が唯一できる魔法は、落とし穴に薄い砂の膜を張るというもので、これを氷でできればいいわけだ。
ちょっとやってみよう。
焚き火から離れると、砂漠の夜はとても寒い。
落とし穴を作るように、穴を掘る。
あとはイメージ次第だ。
薄い氷の膜を張るイメージで、手のひらから魔力を流す。
ピキンッ
案外、うまくいくもんだ。
氷の膜を割り、プレパラートにする。
レンズの周りを炭で黒くして、試しに薬草の表皮をナイフで剥がしプレパラートに張りつける。
「智龍、焚き火の威力を上げてー!」
「うむ、わかった」
焚き火を光源にして、レンズから覗き、ネジを調節すると、細胞が並んでいるのがくっきり見えた。
「おおぉ!」
「なんじゃなんじゃ、何が見えるのじゃ」
智龍に顕微鏡を渡す。
「ぬぉおおお!なんじゃこれはーー!!」
「薬草だよ」
「これがかぁ!!」
「そう、これは顕微鏡と言って、小さいものを見る道具なんだ」
「すごい!すごいぞ!あ…消えてしもた」
焚き火に近づきすぎて、氷が溶けてしまったようだ。
「もう一度!もう一度!」と智龍が迫ってくるので、もう一度プレパラートを作り、薬草の細胞を見せた。
ゴルにも見せた。
サンドコヨーテとデザートサラマンダーは身体の構造的に顕微鏡は見れないようだった。
夜が更けるまで智龍は興奮して、顕微鏡を覗いていた。
次行く街にガラス屋があればレンズを買っていくのもいいかもしれない。




