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サラマリ後日談2



宿屋の女主人は顎に手を当てて考えていた。


「まいったね、どうも」


 宿屋の女主人の前には20人のユキトの奴隷たちが、床磨きをして、窓を拭き、洗濯をして、宿の隅々までキレイにしていた。


「こんにちは」


「おや、メイサじゃないか。どうした今日は?」


「ギルドを辞めてきました」


「そうか、ユキトを追いかけるんだね」


「はい」


「じゃ、この娘達も…」


 奴隷の娘達を見ながら、女主人は困ったような顔をした。


「でも、もうこの娘達は奴隷じゃないんですよね?」


「まぁ、そうなんだけど」



□□□□   □□□□



 一週間ほど前、ユキトたちが街を出て行った次の日。

ユキトの奴隷の娘達は宿の掃除をしていた。

そろそろ昼飯を食べようかと女主人が考えていた時、奴隷の娘たちが肩や太ももを押さえながら苦しみだした。

 奴隷印が熱いと訴えるので、慌てて氷魔法で患部を冷やすも、あまり効果がないらしい。

慌てた宿屋の女主人は宿を飛び出し、薬屋の主人やメイサを呼びに行った。


 皆を連れて宿に戻ってみると、奴隷の娘達は互いに抱き合いながら、床に座り込んで、涙を流して喜んでいた。

どうしたのか聞いてみると奴隷印が消えたという。


「たぶん、ユキトが契約書を焼いたんでしょう」


 メイサは娘たちの頭をなでた。


「買った次の日に、契約書破るなんて、あいつは何がしたいんだ?」


「旅に連れていけなかったから、持ってても意味ないと思って、焼いたんじゃないでしょうか」


 薬屋の主人の疑問にメイサが答えると、あ~っと皆、納得した。


「で、これからこの娘達はどうするんだい?」


「さあ?本人達に聞いてみればいいんじゃないですか?自由の身になったことだし」


 ユキトの奴隷だった娘達は、いつまでも泣いているので、その日はそのまま宿の大部屋で寝かせ、次の日、話を聞くことにした。


 宿屋の女主人が朝起きて、食堂に行くと娘達は手に箒や雑巾を持ち掃除をしていた。


「おはようございます!」


 一番背の高い娘が女主人の側まで来て挨拶をする。


「ああ、おはよう。それよりなんだい?こりゃ」


「すみません。泊めて頂いたのに、私達にはお金がなくて…余計なことをしてしまったでしょうか?」


「いや、いいんだけどね。そうか、ユキトは何も持たせなかったんだね」


「買って頂いたあと、すぐにこの宿に連れて来られて別れてしまいましたから」


「そうか。で、あんたたち、これからどうする?」


 グキュルルル~……

 娘は顔を真っ赤にして、お腹を押さえた。


「とりあえず、飯か。わかったわかった。ちょっと待ってな」


 宿屋の女主人が厨房に入り、手際よくひき肉を捏ね、ハンバーグを焼いて、パンに野菜とチーズと一緒に挟んでいく。


「ほら、お腹減ってるやつから取りにきな!」


 娘達はカウンターに行き、1人づつ出来上がったハンバーガーを受け取って、食堂で食べ始めた。

 ハンバーガーのおいしさに、あるものは目に涙を浮かべ、あるものは急いで食べるのだが、だいたい一口目で皆、驚いているようだ。


「ほらお茶だよ」


 あっという間に食べ終わった娘達に宿屋の女主人が声をかける。

 

「ありがとうございます、とっても美味しかったです!人生でこんな美味しいものを食べられると思ってませんでした!」


 お茶のポットとコップを受け取った娘が女主人を賞賛する。

 ポットを回し、娘達全員にお茶が行き渡った。


「それで、あんたたちはこれからどうするつもりだい?」


「…できれば、ここで働かせてください。私達はお金を持っていませんから、泊まらせていただいた代金と食事の代金を払えません」


「いや、昨日泊まったのと今出した飯はユキトのおごりってことでいい。あたしもあいつのお陰でだいぶ稼がせてもらったからね。これで貸し借りチャラってことにしよう」


「…それでも、ここで働かせてください!いえ、弟子にしてください!!お願いします!」

「「「「お願いします!!!」」」」


 娘達が全員、立ち上がり頭を下げた。


「…弟子ってかい」


「料理を教えて下さい!お願いします!!!」

「「「「お願いします!料理教えてください!!」」」」


「うちは宿屋だよ。料理屋じゃないんだよ……全く」

 


□□□□   □□□□



「それで、全員弟子にしたんですか?」


 メイサが、お茶を入れてくれている宿屋の女主人に聞いた。


「いや、20人は多いよ。今は試しに働いてもらって、向いてる娘だけ雇おうかと思ってね」


「いいじゃないですか。地龍追い返してお金はあるんだから、全員雇っちゃえば。店を大きくするとか、支店出しちゃえば街としても助かるんじゃないですか?」


「めんどくさいことはしたくないんだよ。奴隷の格好をした女達が集まって宿やってるってのを見たら、娼館だと思ってくる奴もいてね。たたき出してるんだけど、全く、めんどくさいことになったよ」


「でも、料理を教えておけば、自分で地龍のところに行かなくてもすむじゃないですか?」


「ああ、そうだった」


 宿屋の女主人は、地龍に何ヶ月かに一度、料理を作りに来てくれと言われている。


「それに別に宿の支店じゃなくても、料理屋とか屋台ならすぐに店を出せるんじゃないですか?」


「それもそうだね。じゃあ、そうしようか。おーい!誰かー!クズ屋行って、屋台作るよう言ってきてくれ」


「わかりましたー!」


 雑巾がけをしていた娘の一人が、そう言うと宿から飛び出していった。


「じゃ、私はこれで」


「もう行くのかい?また行く時にここに寄んな。弁当くらいは作ってやるから」


「ありがとうございます」


 メイサは宿屋の外に出て、手を振って女主人と別れた。

 

 雑貨屋で旅に必要な道具を買って、メイサは家路についた。

 サラマリの街とも、お別れか。

 オレンジ色の夕焼けがやけに眩しい。

 





 ■■■  ■■■


 



「なんなのよ!!」


 冒険者ギルドで、アイズが依頼書に向かって叫んでいた。


「スズキユキト捜索願い」


依頼書には北の魔女の島から来たという印が押されていた。

 魔王の妻で、数多の魔法を操り、ギルドカードを作り出したという北の魔女が住んでいる島。全世界の冒険者ギルドの秘匿。そもそも、北の魔女の島は世界地図に載っていない。依頼書はそこから来たという。

 

 一体何者なんだ。地龍を追い返し、北の魔女の島から捜索願いが出されるなんて。

 冒険者にしてあげたなんて言ってたら、私、消されるんじゃないか!?

 そう思うと怖くなってきた。


アイズは、そっと依頼書を机の奥へと仕舞い、見なかったことにした。

それ以降、アイズはユキトの話は例え聞かれてもしなかったという。



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