サラマリ後日談2
宿屋の女主人は顎に手を当てて考えていた。
「まいったね、どうも」
宿屋の女主人の前には20人のユキトの奴隷たちが、床磨きをして、窓を拭き、洗濯をして、宿の隅々までキレイにしていた。
「こんにちは」
「おや、メイサじゃないか。どうした今日は?」
「ギルドを辞めてきました」
「そうか、ユキトを追いかけるんだね」
「はい」
「じゃ、この娘達も…」
奴隷の娘達を見ながら、女主人は困ったような顔をした。
「でも、もうこの娘達は奴隷じゃないんですよね?」
「まぁ、そうなんだけど」
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一週間ほど前、ユキトたちが街を出て行った次の日。
ユキトの奴隷の娘達は宿の掃除をしていた。
そろそろ昼飯を食べようかと女主人が考えていた時、奴隷の娘たちが肩や太ももを押さえながら苦しみだした。
奴隷印が熱いと訴えるので、慌てて氷魔法で患部を冷やすも、あまり効果がないらしい。
慌てた宿屋の女主人は宿を飛び出し、薬屋の主人やメイサを呼びに行った。
皆を連れて宿に戻ってみると、奴隷の娘達は互いに抱き合いながら、床に座り込んで、涙を流して喜んでいた。
どうしたのか聞いてみると奴隷印が消えたという。
「たぶん、ユキトが契約書を焼いたんでしょう」
メイサは娘たちの頭をなでた。
「買った次の日に、契約書破るなんて、あいつは何がしたいんだ?」
「旅に連れていけなかったから、持ってても意味ないと思って、焼いたんじゃないでしょうか」
薬屋の主人の疑問にメイサが答えると、あ~っと皆、納得した。
「で、これからこの娘達はどうするんだい?」
「さあ?本人達に聞いてみればいいんじゃないですか?自由の身になったことだし」
ユキトの奴隷だった娘達は、いつまでも泣いているので、その日はそのまま宿の大部屋で寝かせ、次の日、話を聞くことにした。
宿屋の女主人が朝起きて、食堂に行くと娘達は手に箒や雑巾を持ち掃除をしていた。
「おはようございます!」
一番背の高い娘が女主人の側まで来て挨拶をする。
「ああ、おはよう。それよりなんだい?こりゃ」
「すみません。泊めて頂いたのに、私達にはお金がなくて…余計なことをしてしまったでしょうか?」
「いや、いいんだけどね。そうか、ユキトは何も持たせなかったんだね」
「買って頂いたあと、すぐにこの宿に連れて来られて別れてしまいましたから」
「そうか。で、あんたたち、これからどうする?」
グキュルルル~……
娘は顔を真っ赤にして、お腹を押さえた。
「とりあえず、飯か。わかったわかった。ちょっと待ってな」
宿屋の女主人が厨房に入り、手際よくひき肉を捏ね、ハンバーグを焼いて、パンに野菜とチーズと一緒に挟んでいく。
「ほら、お腹減ってるやつから取りにきな!」
娘達はカウンターに行き、1人づつ出来上がったハンバーガーを受け取って、食堂で食べ始めた。
ハンバーガーのおいしさに、あるものは目に涙を浮かべ、あるものは急いで食べるのだが、だいたい一口目で皆、驚いているようだ。
「ほらお茶だよ」
あっという間に食べ終わった娘達に宿屋の女主人が声をかける。
「ありがとうございます、とっても美味しかったです!人生でこんな美味しいものを食べられると思ってませんでした!」
お茶のポットとコップを受け取った娘が女主人を賞賛する。
ポットを回し、娘達全員にお茶が行き渡った。
「それで、あんたたちはこれからどうするつもりだい?」
「…できれば、ここで働かせてください。私達はお金を持っていませんから、泊まらせていただいた代金と食事の代金を払えません」
「いや、昨日泊まったのと今出した飯はユキトのおごりってことでいい。あたしもあいつのお陰でだいぶ稼がせてもらったからね。これで貸し借りチャラってことにしよう」
「…それでも、ここで働かせてください!いえ、弟子にしてください!!お願いします!」
「「「「お願いします!!!」」」」
娘達が全員、立ち上がり頭を下げた。
「…弟子ってかい」
「料理を教えて下さい!お願いします!!!」
「「「「お願いします!料理教えてください!!」」」」
「うちは宿屋だよ。料理屋じゃないんだよ……全く」
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「それで、全員弟子にしたんですか?」
メイサが、お茶を入れてくれている宿屋の女主人に聞いた。
「いや、20人は多いよ。今は試しに働いてもらって、向いてる娘だけ雇おうかと思ってね」
「いいじゃないですか。地龍追い返してお金はあるんだから、全員雇っちゃえば。店を大きくするとか、支店出しちゃえば街としても助かるんじゃないですか?」
「めんどくさいことはしたくないんだよ。奴隷の格好をした女達が集まって宿やってるってのを見たら、娼館だと思ってくる奴もいてね。たたき出してるんだけど、全く、めんどくさいことになったよ」
「でも、料理を教えておけば、自分で地龍のところに行かなくてもすむじゃないですか?」
「ああ、そうだった」
宿屋の女主人は、地龍に何ヶ月かに一度、料理を作りに来てくれと言われている。
「それに別に宿の支店じゃなくても、料理屋とか屋台ならすぐに店を出せるんじゃないですか?」
「それもそうだね。じゃあ、そうしようか。おーい!誰かー!クズ屋行って、屋台作るよう言ってきてくれ」
「わかりましたー!」
雑巾がけをしていた娘の一人が、そう言うと宿から飛び出していった。
「じゃ、私はこれで」
「もう行くのかい?また行く時にここに寄んな。弁当くらいは作ってやるから」
「ありがとうございます」
メイサは宿屋の外に出て、手を振って女主人と別れた。
雑貨屋で旅に必要な道具を買って、メイサは家路についた。
サラマリの街とも、お別れか。
オレンジ色の夕焼けがやけに眩しい。
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「なんなのよ!!」
冒険者ギルドで、アイズが依頼書に向かって叫んでいた。
「スズキユキト捜索願い」
依頼書には北の魔女の島から来たという印が押されていた。
魔王の妻で、数多の魔法を操り、ギルドカードを作り出したという北の魔女が住んでいる島。全世界の冒険者ギルドの秘匿。そもそも、北の魔女の島は世界地図に載っていない。依頼書はそこから来たという。
一体何者なんだ。地龍を追い返し、北の魔女の島から捜索願いが出されるなんて。
冒険者にしてあげたなんて言ってたら、私、消されるんじゃないか!?
そう思うと怖くなってきた。
アイズは、そっと依頼書を机の奥へと仕舞い、見なかったことにした。
それ以降、アイズはユキトの話は例え聞かれてもしなかったという。




