サラマリ後日談
砂漠の街・サラマリには渇いた風が吹いている。
メイサは冒険者ギルドの屋上で、洗濯物を干していた。
宿直室で使っているシーツを干し終わると、額に浮かんだ汗を拭って、青い空を見上げた。
今頃、あの馬車はどこを走っているだろう。
メイサはあの日、見送った馬車を思い出していた。
あまり他人に興味がなかった自分が、誰かのことを考えていると思ったら、笑えてくる。
ユキト達がサラマリの街から去った3日後。
アイズが実家から帰ってきた。
地龍が出たという話を聞いて震えるほど驚いていたが、すでに追い返したことと、追い返したのがユキトだというと、「あいつは、あたしが冒険者にしたのよ!あたしが!あたしが!」と騒いでいた。
それから数日、アイズは「自分が砂漠の英雄を冒険者にしたのだ」と言いながら、張り切って仕事をしている。
屋上で洗濯に使った木の桶を乾かしてから、メイサはギルドマスターの部屋に行った。
大きい机で討伐書類にサインをしていた白髪のギルドマスターにギルドを辞めることを伝えると、ギルドマスターは眉間を手で抑えしばらく黙った。
「…辞めてどうするんだ?」
長い沈黙の後、ギルドマスターは溜め息を吐いて、メイサに聞いた。
「冒険者ユキトを追います」
「砂漠の英雄に惚れたか。いや、メイサも砂漠の英雄だったな」
地龍を追い返したのはユキトだけでなく、メイサや宿屋の女主人たちも一緒で、全員の冒険者カードには砂漠の英雄の称号が記載されていた。
「英雄同士か…。わかった。なるべくサラマリの街で金を使ってから、ユキト殿を追いかけてくれ。あと、それとなく他の英雄たちの様子も見て行ってくれ」
「わかりました。それでは、お世話になりました!」
メイサは深くお辞儀をして、ギルドマスターの部屋を出た。
ギルド内にある自分の荷物をまとめ、溜まっている仕事は全てアイズに丸投げして、冒険者ギルドの出口に向かう。
「ちょっと!」というアイズの声を無視して、扉を開けると、砂漠の街の埃っぽい空気がギルドの中に入ってくる。
メイサはその空気を胸いっぱい吸い込んで、4年務めた冒険者ギルドを出て行った。
薬屋に行くと、増改築中だった。
弟子なのか5、6人の若者が、店から壺やら巻物を建物の外へと運び出していた。
両隣の店は閉店しているが、中から壁をぶち壊す音や奇声が聞こえてくる。
若者の一人を捕まえて、主人はどこか尋ねたら、隣の店だという。
隣の店のドアを叩くと、窓が開き、口を布で覆った薬屋の主人がホコリまみれで顔を出した。
「なんだメイサか」
「メイサさんなのです!?」
窓から、もう1つ顔が出てきた。クズ屋の主人である。
「久しぶり」
メイサが声をかけると、クズ屋の主人がドアのカギを開けて、建物だったものの中に招き入れた。だったものというのは、すでに半壊しており、薬屋側の壁は無くなっていたからだ。
「お久しぶりなのです」
「おう、元気だったか?」
「ええ、元気ですよ。今ギルドを辞めてきました」
「そうかぁ、まぁ、あんなところで働いていなくてもいいしな」
「お店、大きくするんですね」
「ああ、両隣と後ろ3軒まるごと買い取った。金を使わねぇと税金で持ってかれるって言うんでな。いらないものはこいつが持って行ってくれるし助かるんだ」
薬屋の主人はクズ屋の主人の肩をポンポンと叩いた。
「家を壊すといらないものがたくさん出るので、クズ屋として来ないわけにはいかないのです」
「こいつは全然、金を使えないんだ」
「お金を使うのは難しいのです。なので、人をたくさん雇ってみたのですが、人を使うのはもっと難しいのです」
「しょうがねぇから、こいつが雇った人夫は、うちの整理させてるんだ」
薬屋の荷物を外に出していたのは、クズ屋が雇っていたようだ。
「メイサは、これからどうすんだ?」
「ユキトを追いかけようかと」
「あいつは何も言わずに出てっちまったからなぁ」
「そうなのです。砂漠の英雄同士、語り合いたかったのです」
寂しそうにクズ屋の主人が言った。
「どこに行ったのかわかってるのか?」
「はい、大陸の南に向かっているはずです。行方がわからなくなったら、誰かに聞きます。たぶん、また問題を起こしてるでしょうから、見つかると思います」
「それは間違いないのです」
「智龍も魔物たちも一緒にいることだしな」
そのあと、3人で少し喋ってから、宿屋に向かった。
去り際に、
「何かいるものがあったら、言うのですよ。私がすぐに用意するのです」
「ああ、旅には薬も必要だ。街を出て行く前に寄ってくれ」
クズ屋の主人と薬屋の主人がメイサに声をかけた。
メイサは「ありがとう」と笑顔で手を振って別れた。




