番外編:カールとテス、北の魔女の島に行く
「ユキトーーー!!」
真っ白な雪原にカールの声が響いた。
「どうする!?テス!ユキトがどっかに飛んでいっちゃった!」
「くそっ、何やってんだアイツは」
テスは苦虫を噛み潰したような、渋い顔をした。
ユキトが転移魔法陣の外に手を伸ばし砂漠に飛ばされた後、カールとテスは北の魔女の島にちゃんと転移していた。
カールとテスの前には転移魔法の目印としての石碑が雪原の丘に鎮座している。
石碑の碑文が青白く光っていたが、徐々に光を失って、やがてただの岩になった。
「飛んでっちまったもんは…仕方がない」
テスが周囲を見回して言った。
遠くを見ても雲ひとつない青空に鳶が旋回しているだけだった。
カールがテスの顔を見つめる。
テスは首を横に振り、
「無理だ。俺の探知スキルの外にいる。とりあえず城下町に出て、冒険者ギルドに捜索願を出しておこう」
「そんな…」
テスは海から引き上げた貴金属の入った樽を背負い、毛皮の束を片手で持ち、歩き始めた。
カールは、しばらく呆然とした後、テスと同じように樽と毛皮を持って歩き出した。
「死んでないよね?」
「砂漠や海の真ん中に飛ばされてなければ大丈夫だろ。ああいう英雄ヅラしてない奴はしぶとく生き残るもんだ。ユキトはうだつの上がらない村人みたいな顔してるから大丈夫だろ」
「異世界者でも?」
「……」
二人は黙ったまま、町へと向かった。
北の魔女が統べる島には、魔女の城があり、城の周りには城下町が栄え始めていた。
島に魔女が住み始めてから10年、徐々に人が集まり今では180人ほどが城下町に住んでいた。
町人たちのほとんどは、逃亡奴隷や借金だらけの商人、行き過ぎた研究で研究所を追われた学者など他の土地で暮らしていけなくなった者達だった。
地図に載っていない島で、北の魔女に守られた土地では、人生をやり直したいという人間と、自暴自棄になった人間が集まった。自暴自棄なった人間は城に連れて行かれ、役職を与えられた。役職を与えられた者達は強制的に島の発展に役立つ仕事をさせられ、自殺できないように攻撃力が0になる首輪をつけられた。
城には魔法が得意な魔物達がいて、魔女の世話と、島に辿り着いた人間たちの管理をしていた。魔女の周りの魔物達は顔が青いブルーフェイスという魔物だが、生まれた時からフードを目深にかぶったまま育つので、ほとんど素顔を見ることは出来ない。
町人達はブルーフェイスを魔物と思っておらず、城主の部下くらいにしか思っていなかった。
町の入口には首輪をした衛兵が立っていた。
テスは自分の冒険者カードを見せ、カールのことは「連れだ」とだけ言って町の中に入った。
「テスは何回くらいここに来たことがあるの?」
「5,6回くらいかな。来る度に大きくなってるな、この町は。カールは初めてだったか?」
「うん。わざわざ来ないよ。用があるときは向こうから来るからね」
町の広場まで続く道には、八百屋や魚屋、肉屋、パン屋など食品関係の店が立ち並んでいる。どの店も灰色の石造りで、すでに夕方を過ぎ、店じまいをしていた。行き交う人もまばらで、あまりテスとカールに目を向ける者はいなかった。
広場まで来ると、東側の建物の内、1軒だけ灯りが点いていた。冒険者ギルドの青い看板がかかっている。
中に入ると、小さな田舎の駅くらいスペースがあった。木のテーブルと三人がけのベンチが置かれ、奥にはカウンターがあり、黒のフードを被ったブルーフェイスが受付をしている。学者風のメガネをかけた痩せ型の男がテスとカールを見てきた。男は首輪をしており、受付のブルーフェイスに何か言われ、大きなリュックを背負い出て行った。
「次の方…」
「依頼を頼む」
テスが冒険者カードをカウンターに差し出すと、ブルーフェイスがフードを少し上げ、片目でテスとカールを確認した。
「少々お待ちください!」
そう言って、ブルーフェイスが奥に行ってしばらく経った頃、町にサイレンの音が鳴り響いた。
外に突風が吹き荒れたかと思うと、入り口に白いコートを着た背の大きな女性が立っていた。首には白い狐の襟巻きをしている。背筋が震えるほど整った顔立ちに真っ赤な口紅を塗った唇が艶かしい。女性は大きな目をさらに大きく見開き、カールを見つけると駆け寄り、脇に手を入れ持ち上げた。
「息子よ!よく来た!歓迎する!!」
カールの母親である北の魔女は嬉しそうに、カールに笑いかけた。
「母上…ご無沙汰してます。すみません、下ろしてください」
「息子だ息子だ。可愛いな。元気にしていたか?」
「はい、なんとか。テスや友達に助けてもらいながら、元気にやってます」
北の魔女はカールを地面に下ろし、テスの方を向いた。
「テストも来てたのか。息子をここまで連れてきてくれたのか。礼を言う。魔道具なら時間がかかるぞ。お主の依頼は面倒だからな」
「今日はその件じゃない。でも、久しぶりの親子の対面だろ。カールもゆっくりしてこい」
「でも、ユキトのこともあるし、樽の中身も売らなくちゃいけないし…」
「大丈夫だ。俺がやっておく。荷物を置いて行って来い」
「……そんな、テス見捨てないで…」
「さあ、息子よ!テスもああ言ってることだし、キツネ狩りにでも出かけよう!この島唯一の娯楽の楽しみ方を私自ら教えてやるぞ!」
北の魔女はそう言うと引きずるようにカールを襟首を掴み、外へ出て行った。
「ひどいよ!テスー!!」
カールの叫びが町にこだました。




