思い残すことだらけだが、旅に出るしかないってばよ
首を刈り取られたかと思うほどのビンタを食らった俺は、メイサと共に街の外へと向かっていた。
俺の可愛い奴隷ちゃんたちは、一旦俺の泊まっている宿屋へ連れて行った。主がいないことをいいことに、「お腹が空いたら厨房の物を食べていいよ」と言い残し、食堂で待機させた。
契約の魔法によって主人のいうことは絶対で、皆、素直に従ってくれた。
「急いで!」
メイサは怒っていた。
街の外からサンドコヨーテの鳴き声がしたので、俺を探していたらしい。
街の端っこの宿屋にいないし、薬屋やクズ屋を探したがいないので、商店街を見ると智龍が街人たちと飲んでいたという。すでに智龍は飲み比べで馬車や雑貨などを手に入れ、酒樽を積めるだけ馬車に積み、景気づけだと俺が渡した白金貨で商店街の人達に酒を振舞っていたのだとか。
俺の行方を尋ねると、「飲み屋街の方に行った」と雑貨屋の店主が言うので、飲み屋街に行くと、酔っ払いに絡まれながら俺を見たという人に話を聞くと奴隷商人に連れて行かれたと聞いたらしい。異世界人だから、見世物小屋にでも売られるかもしれないと心配になり、急いで奴隷商の館に着くと、中から20人の女奴隷たちを連れた俺が出てきた。
そして、なんかムカついたので俺に一発ビンタを食らわせたのだ。
話を聞きながら、街の外まで出た。
サンドコヨーテの鳴き声がしたという岩石地帯まで来ると、黒い魔物の影がそこら中にいた。
メイサが光の魔法を唱えると、辺りは明るくなり、50人ほどの魔物たちが来ていることがわかった。
「地龍様の元に行きたいという者と、魔王様の友達であるユキト様について行くという者達です」
共に地龍を追い返した顎ひげのゴブリンが一歩前に進み出て、言った。
地龍のもとに行くものも含めてだが、かなりの人数がいる。
馬車に乗り切るだろうか。可愛い奴隷ちゃん達も乗るというのに。
なんだったら、いくつか馬車を買い足した方がいいな。
「わかった。必要な物はある?街で揃えられるものなら、買ってくるけど」
「いえ、日用品などはありますし、食料も備蓄がありますので大丈夫なのですが、あのー…」
「なに?何かあれば言ってくれよ。報奨金をたくさん貰ったから、だいたいのことは出来るよ」
「実は、デザートサラマンダーなんですが、ユキト様を港のある街まで送ったら返していただけないでしょうか?本人はついていくと言ってるのですが、あれは砂漠でしか行きられませんし、こちらとしても移動手段がないと、地龍様のもとに行くのが困難でして」
デザートサラマンダーが俺に近づいてきて、「撫でろ」と鼻を擦りつけてきた。
「わかった。お前は俺たちを送ったら、ここまで戻ってくるように」
そう言って撫でてやると、デザートサラマンダーは地面を前足で掻いて、不満そうな声を上げた。
「ありがとうございます。それでは」
顎ひげのゴブリンがそう言うと、魔物たちが一斉に後ろを振り向き、砂漠の彼方へと走り出した。
残ったのは一緒に地龍を追い返した若いゴブリンとサンドコヨーテ、デザートサラマンダーだけだった。
「あれ?俺についてくるのってお前たちだけ?」
「はい!ゴルです!よろしくお願いします」
若いゴブリンが俺の問に答えた。
「後の皆は?」
「はい、地龍様の元に行きました。ユキト様と一緒に行くのは我々だけです」
「アオーーン!!」
ゴルとサンドコヨーテはキレイな歯をむき出しにして笑った。
「そ、そうか。じゃ、とりあえず街の外で待っててくれ。旅の用意をしてくるから」
「わかりました」
俺は魔物たちと光の魔法を出しているメイサとともに街へと向かった。
途中で街道に出たところで、大きな幌馬車が停まっていた。
馬車には牽く馬もデザートサラマンダーもおらず、月明かりに照らされて、長い影を作っていた。
馬車の車輪に背を預けて座っているツインテールの少女がいた。
「遅いぞ。すでに準備は万端じゃ」
智龍が立ち上がって言った。
「準備は万端って、さっき飲んでたんじゃないの?」
「最後の杯を交わして、街の港は別れてきた」
「ふ~ん、じゃ俺も宿に戻って準備してくるから待ってて…」
「おおう、それなら大丈夫じゃ。部屋にあったユキトの荷物は全部入っとるぞ。すぐに出発できる」
「え!?あ、いや、でも俺、奴隷を買ったんだ。彼女たちを連れてこないと」
「ん~また待たないといけないのか?いいではないか、奴隷くらい。また買えば。ほら乗った乗った。お、お主たちが魔物の仲間じゃな。主達も乗るといい」
「あ、ありがとうございます」
若いゴブリンのゴルは智龍に言われるがまま、急いでデザートサラマンダーに背鞍をつけ、ベルトで締めた。
「ちょちょちょっと待って。俺、奴隷たちと用があるから、出発は明日にしない?」
「何をいまさら。奴隷たちなど放っておいても問題なさそうじゃったぞ。しっかり宿屋の女主人の手伝いをしておった」
「ユキト。これ、きっと役に立つから」
メイサは俺の手に何かを握らせて、目をうるませている。
俺の手には乳鉢と小さなすりこぎが握られていた。
受け取ると、俺の冒険者カードが光った。
・調合のスキルを手に入れた。
・調合Lv.35にレベルアップした。
え?なにこれ?どゆこと!?すでにレベルが35!?薬屋で読んだ本のおかげか?
いやいや、今はそんなことどうでもいい!俺と奴隷ちゃん達との夜は!
「私もアイズが実家から帰ってきたら追いかけるから!」
メイサは泣きながら、俺の胸に飛び込んできた。
別に追いかけてくれなくてもいいんだけど。
そう思いながらも肩を抱いておいた。
ちょっと待って!何この空気!
俺がおどおどしている間に、出発する空気が出来上がっているんだけど!
「さあさ、別れもその辺にして、早く乗るのじゃ。急ぐぞ!魔王の子の元に帰るのは早いほうがいいのじゃろ」
智龍に担ぎ上げられ、幌馬車に放り込まれた。
確かに早くカールとテスの元に帰りたいが、一日ぐらい遅れたって大丈夫だろ?
サンドコヨーテはすでに幌馬車の隅で忠犬のように座っている。
ゴルも乗り込む。馬車には智龍が街人達から巻き上げた日用品や食料が積まれていたが、スペースはかなり空いていた。
「俺のめくるめく砂漠のオトナの夜は?」
俺は、手綱を握った智龍の足にすがりついて聞いた。
「そんなもの初めからないと思うことじゃ。ではメイサと言ったな。世話になった。それじゃ」
「はい。智龍様もお元気で!ユキトも元気でね」
「はいよっ!」
智龍が手綱を振るうとデザートサラマンダーが走りだした
手を振って、俺達を見送るメイサ。
「ちっくしょーー!!!」
俺の叫びが砂漠の夜にこだまする。
サラマリの街が色とりどりの魔法の明かりに照らされ、まるで宝石が入った宝箱を開けたように輝いて見えたのは、目に浮かんだ涙のせいかもしれない。
その夜、俺は思い残すことだらけだが、砂漠の街サラマリを去った。




