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違います!砂漠で大人のステキな夜を楽しみたいだけです!

 

 砂漠の街・サラマリの夜は浮かれていた。

 居酒屋では席が足りず、店の前までテーブルを出している。楽しげに誰かが歌い始めれば、そこにいる者達が歌い始め、ついには道行く人も参加していた。

 災害と言われてきた地龍の脅威を追い払ったという英雄譚に街の誰もが酔っていた。

 夜の街は、色とりどりの魔法の明かりが家々に灯っている。馬車の中から、そんな風景を見て、宿屋の女主人は「使えるうちに使っているのさ」と言った。地龍から逃げる時に買った魔道具を惜しげもなく使っているのだという。


 貴族の館から宿に着くと智龍に「今後の旅のために必要なものを揃えなさい」と、白金貨1枚を渡した。大きなお金を持つと自然と偉そうな話し方になってしまう。

 智龍と共に商店街へ行き、雑貨屋の前で別れる。

 昨夜のうちに、智龍は街に馴染んだのか、商店街の人が智龍に話しかけてきた。


「ウワバミの姉ちゃんが今日も来たぞ。酒だ!樽ごと持ってこい!」


 雑貨屋の主人が仕事そっちのけで酒屋に言った。言われた酒屋は慌てて店に酒樽を取りに行った。


「今日は金を払えるぞ。あやつに貰ったのじゃ」


 智龍が手の中の白金貨を見せ、俺を指さした。


「そりゃ白金貨だろ!すげー!」

「あれは地龍を追い返した砂漠の英雄じゃないか!!」

「英雄の知り合いだって!?」


 そんな街人たちの声を聞きながら、飲み屋街へと向かった。


 魔法の灯りはこんなに明るいんだなと思いながら、飲み屋街を歩いている。

 建物と建物の間が狭いが、都会のネオン街を思い出した。

 道には酔っぱらいが溢れ、歌や音楽が流れてくる。


 そんな街の景色を横目で見ながら目的地に向かう。

 目的地はもちろん娼館街。


 だって俺、今「砂漠の英雄」ってことになってるし、道端の酔っぱらいですら、俺の顔を見て驚いて握手したりしてくるんだ。人生最大のモテ期の予感しかしない。これはハーレムに行くしかないでしょ!

 だけど、こういう時に限って全然目的地が見つからないのな!


「英雄様ですよね!」


 あれー?どこだ?と思っていると太った男が話しかけてきた。


「ええ」


 俺は頷いた。


「やっぱり!パレード見ましたよ~」


 そう言って男は握手してきた。

 男は太って入るものの、脂肪の下に筋肉を隠しているのか握力は強かった。

 汚れていない仕立てのいい服を着て、指には宝石の入った指輪をしている。

 自分の脂なのか整髪料なのかわからないが、男の髪型はピッタリとおでこにくっついていた。


「こんな飲み屋街で何かお探しですか?」


「え?ええ。まぁ」


「なんでしたら、私が案内しますけど」


「あ、いえ、ちょっと砂漠の街の雰囲気を楽しみたいだけですから」


 英雄ですから、ハーレムなんて言う下心をのぞかせてはいけない。


「そうですか。今モテるんだから、わーっと遊べば良いのに」


「そそそそそうですかねぇ!」


 ヤバい。喜びが溢れでちゃってる。だいぶ気持ち悪い顔になってるはずだ。

 でも、そうですか。やはり今、俺はモテてますか。

 そんな気はしていたんです。

 ほら、今も居酒屋の二階の窓から若い女の子が「英雄さーん」と手を振ってくるし。


「だいぶ鼻の下が伸びているようですが、なんでしたらうちの店に来ませんか」


「え?うちの店?何のお店なんですか」


 慌てて鼻の下を隠して男に聞いてみた。


「それは来てからのお楽しみということで。大丈夫、綺麗どころを揃えていますから。きっと一生の思い出になりますよ」


「一生の思い出・・・」


 ヤバい!下心が顔面に溢れちゃってる。

 俺は言われるがままに男に着いて行くと、飲み屋街から少し離れたところに1軒の大きな商館が見えてきた。なんのお店かはわからないが、看板には鎖のマークが書かれている。  

 SMクラブですか?そんなまだ俺にはそういうコアな趣味はないんだけど・・・覗いてみたい気持ちはある。


「我が商館へようこそ!」


 男が大きな木製の扉を開け、俺を中へと迎え入れた。

 顔をテッカテカにさせながらめくるめく館の中を見ると、大きなホールに天井からはシャンデリア、正面には階段があり、二階はキャットウォークになっている。バロック式と思われる柱や壁。高価そうな棚や花瓶。そんなホールにはある方々がいた。

 首輪と手錠をされたいろんな種族の女性達が薄手の布を着てズラリと並んでいる。

 どう考えてもこの女性達が商館の主人ではないことはわかるが。この人達は・・・?


「いかがですかな?うちの奴隷は」


「いかがって言われても・・・」


 あれ?なんか違う?思ってたんと違うっ!


「あの、俺はちょっと遊べるだけで良かったんですが」


「さようでございますか。ただ、うちの奴隷たちはその辺の娼婦よりもキレイどころを揃えていますから、英雄様のあ・そ・びは堪能出来るかと思います」


「いや、そういうことじゃ・・・」


 俺としては砂漠で大人のステキな夜を楽しみたかっただけなんです。

 それが、奴隷って。重いよ。どうなってんの?


「もちろん、一夜限りの遊びもいいでしょう。でも、英雄様が安い娼館なんかに行けば、他の英雄様たちの評判も落ちてしまうんじゃありませんか?」


「確かに・・・」


「奴隷ならば、絶対に口を割りませんし、楽しみ放題ですよ」


 楽しみ放題!

 確かにお金もあるし、奴隷を何人か買っても問題はないだろう。

 奴隷たちを見ると巨乳のお嬢さんに、ロリっ娘に、猫耳にとよりどりみどり。20人ほど並んでいる奴隷たちはガリガリというわけではなく、ちゃんと食べさせてもらっているようだ。ちょっと化粧が濃いかな。

 でもなぁ・・・。なんにでも維持費があるわけで、買ったからには食べさせていかなくてはいけない。しかも俺は島に帰らなくてはいけない。そこで人が増えるのはちょっとなぁ。魔物たちも連れて行くつもりだし、さらに奴隷もって言うのはいただけない。


「俺はこの街の人間じゃなくて、馬車を手に入れたら、すぐにこの街を出るつもりなんです。だから・・・」


「ええ、うかがっております。実はですね。この商館は、ある貴族の方の持ち物なのです。英雄様が受け取った袋の中身も知っておりまして、できれば、サラマリでたくさん買い物をして欲しいということです」


 あーそういうことか。賞金払ったんだから、ちゃんと使ってよねってことか。

 奴隷を島に連れて行くとしたら、食料や服の準備など、その分だけこの街でお金を使うことになるだろう。


「お値段の方も、まとめて買っていただければお安くしますので、いかがでしょう。うちの奴隷たちは働き者ですし、自分のことは自分でしますから、手間はかかりません。砂漠でとは言わず、この先ずっとステキな夜を過ごせるかと思いますよ」


 奴隷たちからの視線もアツい。

 お金を使わないと刺されたりするんだろうか。

 どうしよう。どうするべきか。


「ちょっと考えさせてもらっていいですか?」


「ええ、もちろん。ゆっくり見て選んでください。出身地や技能などが知りたければ言ってください」


 男の中では、すでに買う前提だ。

 顎に手を当てて考える俺に、男は酒を用意してくれた。

 ん~・・・ちょっと待てよ。別に連れて行かなくてもいいんじゃないか?

 宿屋も大きくするだろうし、薬屋もクズ屋も人手がいるだろう。

 連れていけない女性陣は、押し付けちゃえばいいか。


「そ、そうですね。わかりました」


「買っていただけますか?」


「はい」


 こうなったら腹をくくろう。この街を出るまでお金の力で最大限に楽しもう!


「では、どの娘にします?」


 俺は右端の娘と左端の娘を指さした。


「では、端の娘ですね」


「いや、端から端まで」


「全員ですか?」


「全員で」


 大人買いです!!

 男は驚いていたようだが、すぐに商売人の顔になった。


「ありがとうございます。それでは手続きの方をさせていただきますので、こちらに」


 奥の部屋に通され、20枚の書類にサインを書いた。

 その書類にはそれぞれ違う魔法陣が書いてあり、男が魔力を込めるよう支持してきた。

 魔力を込めると魔法陣が光り、契約は完了した。

 奴隷には首筋か内股に魔法陣の刺青が彫ってあるという。

 魔法陣の書類があるかぎり、主従関係はやぶられないようだ。

 

「全員で白金貨10枚になります」


 男は額に汗の玉を浮かべながら言った。

 1人金貨50枚か。ふっかけているのかもしれないが、特に値切らず、支払いを済ませた。ここで、お金を使うことも大事なのだ。

書類をしっかり懐にしまい、部屋から出ると手錠をされた奴隷たちが待っていた。



「またのお越しをお待ちしております!」


 男はお辞儀で見送った。

帰り際に男が奴隷たちにそれぞれマントを手渡していた。

サービスだという。これで、奴隷を連れているようには見えない。


「とりあえず、俺の泊まっている宿に行こう」


ぞろぞろと20人の女奴隷を連れて奴隷商の館を出た。


「何してんの!」


 館の前にはメイサが腕を組んで仁王像のような顔で立っていた。

 後ろに続いている奴隷たち全員を睨み、最後に俺を目の血管が切れるんじゃないかって言うほど睨んだ。視線に殺される。


「ち・・・違うんです」


 汗がダラダラと噴き出してくる。

何この威圧感!地龍に食べられた時より怖い!


「・・・なにが、ちがうの?」


 メイサはとてもゆっくり喋ってくれるので、恐ろしさが増している。

 なんて言えばいいのか。全然思いつかない。こういう時に限って頭が真っ白だ。


「ち・・・違います!砂漠で大人のステキな夜を楽しみたいだけです!」


 しまった!本音が!


「そう」


 メイサはにっこり笑って、手を振りかぶった。


 バッチーン!!という俺の頬を打つ音が、砂漠の街に響き渡った。



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