智龍ちゃん登場
メイサがデザートサラマンダーに乗ってサラマリに戻っている間、俺は魔物たちと一緒に地龍に魔力の受け渡しについて聞いた。ただ地龍の鱗に触れれば、魔力を吸収するらしい。顎ひげゴブリンと若いゴブリンはそこそこの魔力しかなかったが、トカゲ男はかなり魔力が高いらしく、地龍も「この魔力は良い」と言っていた。地龍に魔力をあげたトカゲ男はだいぶ消耗していたようだった。
宿屋の女主人と薬屋の主人、クズ屋の主人は、倒れたテントを直した。
地龍を追い返せるようなので、宿屋の女主人は残った食料を全て料理することにしたようで、薬屋の主人とクズ屋の主人に指示を出しながら、腕を振るった。
その匂いに、魔物も人もすでに虜になっており、今か今かと出来上がるのを待った。
地龍も女主人が作る料理に興味をもったらしく、口を開けて味見させてみると「ぜひ、我が住処に来て、料理をしてくれまいか」と頼み込んでくるほどだった。
俺はせっせと出来上がった料理を地龍の口に運び入れた。
日が落ちる前に大量の食料を買い込んだメイサがデザートサラマンダーに乗って帰ってきた。
メイサの話では竜騎士は来るまでに数日かかるらしい。
その頃には地龍のほうは、すでに宿屋の女主人の料理の虜になってしまっていた。やはり胃袋をつかむと強い。
「竜騎士など後でいいので、今すぐ我が住処に行こう。智龍にもこの料理を食べさせなくては、後でどれだけ恨まれるかわからん。早う早う」
地龍がそういうので、竜騎士の件は一先ず置いといて、痺れている地龍を動かすために当初の予定通り気球を膨らますことにした。
地龍の鱗は固く、火を当ててもほとんど感じないというので、背中にアメリカンクラッカーで使っていた大鍋を縛り付け、その中に薪を組み火をつけ気球を膨らませていった。
人間も魔物も全員、地龍の背中の上に乗り、気球が膨らんだところで、1人ずつ降りていくと、デザートサラマンダーとサンドウルフ、俺が下りたところで、地龍が50センチほど浮き上がった。絶妙なバランスである。
風に吹かれると飛んでいってしまうので、メイサが魔法で風を作り、地龍の指示する方向へと移動した。
地上ではデザートサラマンダーの上に俺が乗り、サンドウルフと共に浮いた地龍から垂れ下がった紐を掴んで、方向を微調整して進んだ。
メイサが疲れると顎ひげゴブリンと若いゴブリンが交替で、魔法の風を起こした。
日がとっぷりと暮れた頃、砂漠の向こうに山脈が見えてきた。
地龍のダンジョンはその山脈にあるという。
「少し耳を抑えていろ」
地龍が言うので、皆、手で耳を抑えたところ、地龍が声高く吼えた。
すると山脈からとても強い視線を感じた。
次の瞬間、突風が吹き、山脈へと気球が飛ばされ、紐を掴んで地上を走っていたデザートサラマンダーとサンドウルフも飛ばされた。俺は必死にデザートサラマンダーの背中にしがみついたが、鱗のある肌で滑り、空中に投げ出された。空中に投げ出されながら必死で何かにしがみつこうとしたら、目の前に地龍の尻尾があったので無我夢中で掴んだ。
気がつけば、山肌のダンジョンの入口にたどり着いていた。
皆、ジェットコースターに乗った後のような放心状態で腰が抜けていた。
気球は破け、薪も吹き飛んでいた。
「ふむ、人間と魔物が手を組んで地龍を捕まえたか。面白い」
と、目の前から少女のような声がした。
ダンジョンの入り口に1人の少女が腕を組んで立っていた。
ツインテールの髪の毛がゆらゆらと逆立っている。小顔で少し目は離れているが美少女と言っても差し支えないだろう。見た目年齢は16歳ぐらいだろうか。服は和服で、大きいサイズなのか袖を何回かまくっている。足には革のサンダルを履いていた。
「智龍よ。いささか荒っぽいぞ」
これが智龍?
地龍以外全員ポカン顔だ。
地龍が年端もいかぬ娘と話しているのだ。
わけがわからない。龍の言葉がわかるのは俺だけで、あの少女が智龍だとは誰も思わないだろう。
「そうかえ?地龍が捕まっているようだったから、助けようと思ったのじゃ」
智龍と呼ばれた少女は地龍に近づき、鼻を撫でると体の半分はあるだろう地龍の目を覗きこんだ。
「ふむ。上級の痺れ薬じゃな。全く憐れじゃのう地龍よ。罠にかかるとは」
「しかし、この者達は面白き奴らじゃ。客として迎えたい」
「ほう!自分を捕まえた奴らを客として迎えたいじゃと?面白いのぅ」
薬屋の主人が俺に近づき
「地龍はあの娘と何をしゃべっているんだ?」
と、聞いてきた。
そうか!龍の言葉がわかるのは俺だけだったか!
顎ひげのゴブリンも近づいてきて
「あの娘は誰じゃ?恐ろしい魔力を持っているぞ」
と聞いてきた。
「あれが地龍の言っていた智龍らしい」
と答えると、それを聞いていた全員が目を丸くして智龍を見た。
「お主、龍の言葉がわかるのかえ?」
「はい。わかります」
「其奴は、我の腹から逃れた異世界者だ」
「腹から?なるほどなるほど面白き者のようじゃ」
智龍は口を抑えて笑った。
「まぁ、地龍も言っておることだし、妾たちの住処に来るとよい」
智龍はそう言うと、丸太でも担ぐように地龍を担いだ。どこにそれ程の力があるのか、どう考えても物理法則を無視しているようだが、地龍の下半身を引きずりながら智龍はダンジョンの入口に入っていった。
その光景を唖然として見ていると、運ばれている地龍から
「早う、お主たちも来い」
と、声をかけられた。
龍のダンジョンはところどころに罠が仕掛けられており、罠にかかった人間の躯がさらされていた。智龍は、罠があるたびに「そこ気をつけるのじゃ」と声をかけてくれた。
智龍曰く、魔王が死んでモンスターが消えたので、冒険者たちが荒らしに来るそうで「全く迷惑な話だ」という。
「亡くなった魔王とは、良き関係を保っていたから安心しておったのじゃが、運命とは酷いものよ。歴代最弱の勇者に倒されるとはのう。あやつは魔王にしては優しすぎたのかもしれん」
と、思わぬところでカールの父親の情報を手に入れてしまった。




