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食べられてなんぼの商売


 砂埃がこちらに向かってくる。近づくにつれ、それがデザートサラマンダーを先頭にした魔物の群れであることが見えてくる。

 魔物の群れを見たメイサはサーベルのような剣を取り出して構え、足をガクガクと震わせている。クズ屋の主人は隠れるためか穴を掘り始め、宿の女主人と薬屋の主人はただ眺めていた。


 魔物たちは、俺の目の前まで来ると止まって「やあ」と挨拶をした。


「やあ、こんな夜更けに呼び出して、申し訳ない」


 俺が魔物たち全員に聞こえるように声をかけると、顎ひげを生やしたゴブリンが前に出てきて、


「いや、昼に呼び出されるよりはいい」


 魔物は全部で20人ほどいる。

 この前、岩石地帯に現れた奴らと同じメンバーらしい。


「地龍を追い返すことにしたよ」


 俺が目的を言うと魔物たちはざわざわと隣同士で相談し始めた。


「サラマリからはこの人達が協力してくれる」


「おい!俺も入ってるのかそれ!」


 俺が魔物たちに人間のメンバーを紹介すると薬屋の主人が抗議をしてくる。


「当たり前だろ!男なら腹くくんな!」


 宿屋の女主人が何を今さらという感じで薬屋の主人に声をかける。


「俺はまだ死にたくねーぞ!」


「死にそうになったら逃げるから、安心してよ。そのための気球でもあるんだから」


 地龍を飛ばせなかったら、自分たちを空に避難させるつもりだ。

 ちなみにクズ屋の主人はすでに倒れていて、メイサは相変わらず震えている。


「それに、地龍を追い返したら冒険者ギルドからかなりお金が入るらしいよ。ね?メイサ」


「う・う・うん」


「くそっしょうがねぇな」


 薬屋の主人はどこまでも商売人だった。


「で、魔物の皆には、ちょっとした作業と荷物運びをやってもらいたいんだ。あと、探知能力がある魔物がいたら協力してもらいたい。もちろん、危険が伴うことだから、家族がいたり、大切な人がいるならそっちを大事にして。うまくいくかわからないし」


「わかった」


 顎ひげのゴブリンがそう言うと、魔物の中から何人か呼び、あとは帰るようにと指示を出した。

 魔物からは、デザートサラマンダーとサンドコヨーテ、トカゲ男、小柄なゴブリンと顎ひげのゴブリンが残った。他にも残りたいと言う魔物はおらず、とっとと岩場へと引き上げていった。

 残った魔物に「地龍がいそうな場所ってわかる?」と聞いたが、わからないというのでサラマリから逃げた人が襲われたという場所に向けて移動することにした。


 未だに倒れているクズ屋の主人と、荷物のほとんどはデザートサラマンダーの背中に乗せ、サラマリの西へと向かった。

 途中、クズ屋の主人が起きて叫び声を上げたが、特に何もなく、襲われたという馬車の残骸を見つけ、近くでキャンプすることにした。


 テントを張り、宿屋の女主人がキャンプファイヤーで肉を焼き、クズ屋の主人と薬屋の主人には即席アメリカンクラッカーの作り方を教えて、二人のゴブリンと共に紐とくず鉄を結び、それを長いロープにつなぐ作業をしてもらった。


 メイサは宿屋の女主人の手伝いや、気球に穴が開いてないかの点検などをやっていた。

 サンドコヨーテとトカゲ男には見張りを頼んだ。匂いや探知スキルで地龍が来たことを知らせてもらう。トカゲ男は人間のグループとは仲良くしたくないのか、俺以外には近づかなかった。


 俺とデザートサラマンダーは地面に杭を建てる作業をした。俺が杭を立て、デザートサラマンダーが顎で杭を打ち、ブレないようにしっかりと打ち付けた。

 その杭に出来上がった即席アメリカンクラッカーの連なりを結び、じっと待つ。風が吹くと、かなり大きな音がなった。これで地龍が釣れればいいのだが。


 宿屋の女主人は焼けた肉に上級痺れ薬を塗り込み、即席アメリカンクラッカーの連なりの近くに置いた。肉が余ったので、痺れ薬を塗りこんだ肉はいくつも作り、ばら撒いた。  

 お腹が減ったら、買いこんでいたパンや肉を食べ、やることがない者はテントの中でゴロゴロしていた。寒くなったら、薬屋の主人がホットスープを作り、皆に振る舞った。


 テントの中では宿屋の女主人の冒険者時代や薬屋の主人の儲け話、顎ひげゴブリンの全盛期の話などを聞いて過ごしていた。風が吹けばアメリカンクラッカーがうるさく、メイサやクズ屋の主人は眠れないと言っていたが、あとの者は音がすれば、一応起きるが、地龍が来ないとわかれば、すぐに寝ていた。

 そんな日が2日続いた。


「意外に出ないもんだなぁ」


 薬屋の主人がテントの中でゴロゴロしながら言った。

 確かに、来るなと思っていると来るのに、来いと思ってると来ないもんだ。


「貴族たちが竜騎士を連れてくるっていう噂があるんですけど…」


というメイサの言葉に、


「竜騎士ったって、本物の龍を見た奴もいないんだろ」


と、宿屋の女主人が返す。


 皆、昼の食事を終え宿屋の女主人が淹れてくれたお茶を飲んでまったりしていた。

その時だった。

 サンドコヨーテの遠吠えとトカゲ男の


「きーたーぞー!!」


という叫びが同時に聞こえてきた。


 全員テントから出る。

 風が吹き砂埃が舞い、くず鉄で出来たアメリカンクラッカーがけたたましい音を鳴らした。地面の下を地龍が通り、地面が盛り上がっていく。地龍が通った後が地面に縦横無尽に刻まれる。杭が倒れ、アメリカンクラッカーの連なりが地面に落ち、大きな音を鳴らす。

 次の瞬間、地面から巨大な龍が飛び出してきた。恐竜や西洋のドラゴンと言った感じではなく、中国の山奥にいそうな龍だ。細長い肉食獣の顔に鱗が生え、頭からは角が伸びている。蛇のような身体には短い手足が生えていて、鋭い鉤爪がついていた。

 地龍が天に向かって口を開き咆哮をあげると、空気がビリビリと震えた。

地龍は短い手足を使い蛇のように動きまわり、置いてあった痺れ肉を次々と食べ、明日にも殺そうと思っていたヤギを捕まえ、頭からゾブリッと食べた。ヤギの血を滴らせながら、頑丈そうな鋭い歯で咀嚼する。

 こらアカン。人間が勝てる相手ではない。


「逃げよう!」


 俺がそう言って振り返ると、皆すでに逃げはじめていた。地龍の様子を呆然と見てしまっていたため、俺が一番出遅れた。メイサも気球など忘れて、一目散に逃げている。気球は薪を燃やさないといけないので時間がかかる。用意している間に食べられてしまう。


 ヤギを食べ終えた地龍がこちらに向かってくる。全速力で逃げた。それでも、地龍はどんどんと距離を縮める。当たり前だ!27年もやしっ子一筋の俺がいくら疾走ったところでたかが知れてる。

 メイサが宿屋で言った「食べられないでね!絶対食べられないでね!」という言葉を思い出す。やってはいけないことをやる男。それが俺だ!

 地龍の影が迫っている。振り返らずに走るんだ!絶対振り返っちゃいけない!

 そう思った時には立ち止まって振り返っていた。地龍の真っ赤な口が大きく開き、俺を一飲みにした。

 俺は地龍に食べられた。


 ヌルヌルとした長い地龍の食道を通っているのがわかる。

 息ができない。このまま、俺は死ぬのか。一体俺はなんのために異世界に来たのか、まるでわからないまま、死んでいくんだ。

 そう思った時、自分が何かを手に掴んでいることに気づいた。

 慌ててテントを飛び出したので、思わず何か持ってきてしまったのだろう。感触からナイフとかじゃなく、袋であることがわかる。どこまでもツイてない。クソっ!と、力を込めると袋が破け、中から丸い小さな玉が出てくる感触があった。

 ブルブルっと地龍の食道が動いたと思ったら、地龍が無茶苦茶に暴れ始めた。もう天と地がどちらかわからないほど、暴れまわった末、俺は吐き出された。

 地龍の唾液まみれになった俺は、口の中にも入ったヌルヌルの唾液を吐き出し、目元を拭い、ようやく自分が砂漠の地面に転がっていることを実感した。おもいっきり息を吸い、顔中の唾液を拭った。口の中にはまだ地龍の唾液が残っていて、吐き出しつつも、少し飲んでしまっていた。


「辛い!!辛いぞー!!」


 振り返ると地龍が地面でのたうちまわっていた。

 俺の手にはホットスープの元である赤い実の袋が握られていた。


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