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最初の戦闘は最弱クラスと。

11/14 改訂しました。


 村外れに立つと、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。ソテツやヤシなど、かなり南国チックな木々が生い茂っている。

 テスが、大剣を抜いて一振りすれば道ができるというのを、目立ちたくないからとカールが止め、大剣を振るうのはもっと森の奥に入ってからにしようということになった。


 獣道を見つけ、草をかき分けながら、森の中へと入っていく。


「肉が食いたい」


 カールが、前を歩くテスに子どものように言った。


「俺もだ、3日以上魚しか食ってないからな」


 テスは振り返らずに、拾った棒を振りながら邪魔な枝を折っていく。

 進んでいくと、木の影から中型犬くらいの角の生えたウサギが出てきた。


「一角ウサギだな」


 テスはぶっきらぼうに、どうするかカールに聞く。


 目が血走った一角ウサギは、なぜか迷わず俺に向かって、角を突き出してきた。

 たぶんいちばん弱そうだったからだろう。


 だが、なんだか勢いがなく、すでに弱っているようにも見えたので、横に移動してかわした。

 俺の背後の木にぶつかった一角ウサギは、よろよろと立ち上がり、なおも俺に向かってきた。


「これ、どうすれば!ちょっとあの…」


と、応援を頼んだが、カールとテスはぼーっとこちらの様子を見ていた。


 とりあえず捕まえると、腕を引っかかれたので、反射的に木に放り投げた。

バシーンと樹の幹に突っ込んだが、すぐに起き上がり、俺に向かってくる一角ウサギ。


 その様子をぼーっと見る二人。

 一角ウサギはひたすら角を俺に向け突進してくるので、横に飛んで木に隠れるのだが、すぐに方向を変え、俺に向かってくる。日頃、運動をせず貧弱な俺は、早くも疲れ動きが鈍くなったが、一角ウサギも体力がないのか、同じように動きが鈍くなる。枯れ枝を拾い投げつけたり、わざと藪の中に入ってみたりしたが、一角ウサギはヨレヨレになりながら、追い掛け回してくる。

 肩で息をしている俺は体力の限界になり、大きな木の前で足を止め、振り向いた。

 それを見た一角ウサギも立ち止まり、狙いを定めるように俺を睨んだ。


「うぉおおつ!」と雄叫びを上げ威嚇すると、まっすぐに一角ウサギが跳んできた。

 俺は横に飛んで躱したが、石につまづき轢かれたカエルのように転んだ。一角ウサギは、木に頭をぶつけ、角がめり込んだ。

 脳震盪を起こしたのか、一角ウサギはふらふらと立ち上がれないでいる。

 よく一角ウサギを見ると、胴体の肋骨が浮いている。

 落ちていた木の棒で肋骨を殴ると、一角ウサギは意識を失ったように倒れた。


「なんで…はぁ、俺ばっかり狙ってきたんですかね?」


「一番弱そうだったからじゃない?それに人間だしね」


 カールは、倒れた一角ウサギを持ち上げた。


「食べるんですか?」


「いや、僕一応、魔王の息子だから、さすがに食えないなぁ」


 カールは頭をかきながら言った。

 そうなのか。魔物だからってなんでも食べるわけじゃないのか。


「こいつは魔物なんですか?」


「うん、かなり弱ってるけど。ちゃんとした魔物だよ」


 なるほど、魔王が手下である魔物は食えないのかもしれない。


「魔物の中でも最弱クラスの魔物だな。普段は子どもの遊び相手だぞ」


 そうなの!?もしかして、俺ってめちゃくちゃ弱いの?

「異世界者は精霊の加護を受けているはずだから、なんらかの能力を持ってるはずなんだが、ユキトはこの世界に落ちてくる時、精霊から何か聞いてないのか?」


「いや、精霊にはあってませんけど…」


「そうか。まぁ、能力はそのうち見つかるだろ」


 そうだよな!この世界に落とされたってことは、俺には何か重要な使命があるってことだよな!きっと、俺はすごい能力を持っていて、世界を救う的な使命があるはずだよな!それで俺をこの世界に落とした精霊はどこ行ったんだ!?ちょっと俺のことを忘れるくらいドジっ子なのかな?


「それよりこの一角ウサギ、ガリガリじゃないか、飯食ってないんじゃないか」


 俺の思索を余所に、カールが倒した一角ウサギを持ち上げた。

カールの手が緑色に光を発し、一角ウサギを包みこんだ。

すると、一角ウサギはもぞもぞと動き出し、復活した。


「おおっ!魔法?」


「魔法を見るのは初めてなのか?ユキトは」


「ええ、俺の世界にはなかったですから」


「ふ~ん、ほら元気になった」


 一角ウサギは、地面に降り、カールを見上げ続けた。

 カールは笑顔で一角ウサギを見下ろしている。


 その時、遠くの茂みで何か音がしたような気がした。


 テスは小石を拾って、音のした方向に投げる。

 たぶんスピードメーターがあったら200キロくらい計測しているような豪速球だ。


 茂みの中から、怒り狂ったイノシシが飛び出してきてテスに向かってくる。

 テスはガッチリとイノシシの首をホールドし、そのままブレーンバスター。

ひっくり返ったイノシシは、ピクピクとしたあと絶命した。


 口を開けて唖然としている俺に、


「良かった、今日は肉が食えるぞ」


と、テスは笑いながら、イノシシの足を縛り上げた。


 一角ウサギはカールに、キイキイと鳴いて、ついてくるように顎で示した。


「言葉がわからない魔物はめんどうだなぁ」


 カールはそう言いつつも、一角ウサギの後を追った。


 テスは俺に後ろ足の方を持てと言って、二人でイノシシを担いでカールについていく。

 一角ウサギに連れられて、森の中の洞穴に着くと、中からたぶんゴブリンと呼ばれる魔物や、豚面のオークが10人ほど出てきた。


 魔物たちは全員痩せていた。カールを見ると跪き頭を垂れた。

 カールは、めんどくさそうにしながらも、喋れるゴブリンに話を聞いた。


「先代の魔王様が亡くなったので、多くの者達は、どこか違う人間の住んでいない島へと逃げ出しました。先の勇者のおかげで、男たちは大陸に行ってしまったので、ここには我々、女子供しかおりません」


 女のゴブリンが流暢に語る。


 普通だ。本当にこれが魔物か?と思えるほどとても普通。

 人間を襲うようには見えない。

 むしろ、かなり人間っぽい。

 ちょっと顔が怖いくらいで、日本の田舎に行ったらこんな人がいるかもしれない。

 痩せすぎてて心配になるくらいだ。


 テスがイノシシを捌きたいと、木の枝に吊るし血抜きし始めた。

 グロかったが、「命を食うってこういうもんなんだよなぁ」と自分で勝手に納得する。


 捌き終わったら少し分けてやる、とテスが言うと最近は狩りをするものがおらず肉に飢えていたと目を輝かせて魔物たちはお礼を言った。


 野生のイノシシやシカなどの草食動物が増え、ドングリやキノコなど、食べられるものが少なくなってきた、とゴブリンは肩を落として話した。


「生態系が壊れ始めているなぁ」


「生態系?」


 俺の小さなひとりごとに、カールが反応する。


「『捕食者がいなくなると被食者が増え続けて、森の木々が食い荒らされ、砂漠になって被食者も絶滅する』」


 カールは驚いたように俺を見た。


「急にどうした?」


 あ!しまった!ロボユキトが少し出てしまった!

俺は頭の中の知識を引っ張り出してくる時、カーナビの音声ガイドのように感情がなくなることがある。高校時代はロボユキトというあだ名をつけられ、よくからかわれた。


「バランスだよ。バランス。まぁ、わからないか…」


 全力で今のはなかったことにしよう!

 驚いているカールは、


「わかる。わかる…けど、そんなふうに考えたことがなかった。たぶん、この世界では誰もそんなことを考えた奴はいないよ」


 あ、なかったことにしてくれてる。これはこのまま、ロボユキトなどなかったコトニシヨウ。


「きょ…共存できれば、いいんですけどね」


「……共存!?」


「『共存―違う種族が争うことなく、ともに生き、ともに栄えること』…あ!またしてもロボユキトが!」


 いらんこと言った!無駄に知識をひけらかし、おかしな奴だと思われる。


「共存の意味はわかるんだけど」


「そ…そうっすよね」


「魔物と人間が共存なんてできるかなぁ」


「魔王は亡くなったんですよね?だったら、戦争は終わりになるはず。人間が魔物におびえて暮らすことも、魔物が勇者におびえて暮らすこともなくなれば、いいんじゃないですか?交渉して生存権を獲得するとか?敗戦したからって、生きてていけないわけじゃないですしね。ま、そんな簡単にはいかないか」


 俺は、できるだけロボユキトをなかったことにしようと饒舌になり、自分で自分の考えの浅はかさに頭をかいていると、キラキラした目でカールが俺を見てくる。


「なんという先見性。テス!ユキトは凄いぞ!頭がおかしい!ぶっ飛んでる!」


 やっぱりおかしな奴だと思われてたーーー!!!全然なかったことに出来てなかったーー!!!


「そ・・・そうですか。やっぱり、おかしいことを言ってますよね?」


 カールは興奮したように俺を見ている。

イノシシを解体しているテスは、カールの方に振り返る。


「異世界者っていうのは、そういうもんだ。拾っておいてよかったな」


「拾われた俺も嬉しいです」


 どうにか見捨てられないように、もう絶対に変なことを言わないようにしよう。異世界で見捨てられたら、悲惨な末路が待ってるって言われたもんな。


 太陽が沈み、二つの月が上った。

 二つの月を見ると「ここは地球じゃないんだなぁ」と実感する。

 洞穴のそばで、石で作ったかまどの上に魔物たちが使っていたという鉄板を置いた。

 枯れた木の枝に火をつけ、熱くなった鉄板の上にイノシシのブロック肉を置くとジュージューと肉汁を出しながら焼けていく。テスが肉を切り分けながら、魔物たちに振る舞った。

 久しぶりの食事に涙を流す魔物たちの様子を見ながら、カールは俺を質問攻めにした。


 俺もわかる範囲でロボユキトを出さずに答えたが、科学的なことはわからないようだった。


「便利になって飢えが亡くなっても、戦争は起こるんだな」


 消えかけの火を見ながら、ひと通り地球のことを聞いたカールは寂しそうにつぶやいた。

 テスは、洞窟の中で寝ることにする、とゴブリンたちに連れられて行った。

 初めは、おそろしく力のある人間というだけでテスを警戒していた魔物たちも、イノシシの肉をくれたり、魔物の子どもに優しいムキムキのおじいさんに心を許していた。

 テスも、魔物の子どもを見ながら、「カールもこんなだったなぁ」とカールの子供の頃を思い出していた。


 夜空にはきれいな星がまたたいている。

 この世界にも星があるのだなぁっと思ったが、知っている星座は1つも見当たらなかった。


 俺はカールと火の前で、並んで座ってダベっていた。

 しゃべっている間に、なんだかこの次期魔王とも打ち解けてきた。「敬語なんか使わなくていいよ」と言われ、卒業前の同級生と河川敷で話している感じになってしまっている。

 ちなみに、人間が敬語で魔物に話しかけると、騙しているように聞こえるらしい。

 そういう歴史があるんだろう。それから俺はここでの敬語をやめた。テスもそんなことは気にしないらしい。


「ユキトはこれからどうするんだ?」


「いや、どうするもこうするも、帰れればそれに越したことはないけれど、どうやって帰ればいいんだか・・・俺をこの世界に落とした精霊にも会ってないしね。カールはどうするんだ?立派な魔王になるために何かするのか?」


「いや、特になにもしないよ。まぁ、困っている魔物がいれば助けたいけど。勇者たちが残党狩りし始める前に、逃げていてくれてるといいんだけどな」


「でも、魔物って強いんだろ?」


「強いよ、そこら辺の冒険者には倒せない奴も山ほどいると思う。ただ、勇者一行は別さ、異次元だよ。魔物を倒すということにだけに特化してるって感じだな」


「テスよりも強いの?」


「いや、それはない。テスはこの世界で一番強いって親父が言ってたから。親父が一度も勝てたことがないって言ってたし」


「なんだそりゃ…。勇者よりも強いんだったら、テスが勇者になればよかったんじゃない?」


「それはないよ。勇者っていうのは運命みたいなもんで、突然、精霊だか神様に言われて力をつけていくんだって。テスは赤ん坊の頃に捨てられて、親父と一緒に育ったんだ」


 親友って言っていたのはそういうことだったのか!


「先々代、つまり俺のおじいちゃんが歴代の魔王の中でも変わり者でね、敵を知ろうと人間の子どもを拾ってきたんだ。たぶん、試しに育ててみようくらいだったんだと思う」


「だからテストって名前なの?」


「たぶん」


 カールは小枝を拾って、火にくべる。パチパチと小枝の皮が爆ぜた。


「テスは歩けもしないうちから、戦いの英才教育を受けてきたから、城でも特別待遇でね、12歳の時には、城の中でテスに叶う魔物はいなくなってたんだって」


「どんだけ強いんだよ」


「その後、しばらく人間の里に降りて旅をしていたみたいなんだけど、その話はあんまり話したがらないんだ。たまに城に帰ってきて、親父をボコボコにしてたらしい。勇者が現れてからは、僕のそばにいて、戦いの稽古をつけてくれた」


 枝が燃え、煙が夜空へと上っていく。


「親父は大事なものを俺に渡して、勇者に挑んでいった」


「大事なもの?」


「うん。それがあると、攻撃をかわせそうにないってね。一応、これは魔王の秘技てことになってるから、人には話せないんだ」


「いや、話したくないことは話さなくていいよ。その後は小舟でテスと逃げたんだろ?魔王が亡くなったってのはどうしてわかったの?」


「感じるんだよ。力が抜けていくっていうか。たぶん、魔物全体が少し弱くなったと思うよ」


「すげぇんだな、魔王って」


「それが魔王の力だからね」


 カールは自分の手を握ったり開いたり、繰り返した。


「三日泣いて、腹が減って、魚捕って食って、テスがオール壊して、ケンカしてたら、ユキトが空から降ってきた。海の魔物が気を利かせて、僕んとこ持ってきたんだ」


「ええっ!じゃ、俺は食われるところだったの!?」


 カールは首を振った。


「そんな魔物だからって人間食わないよ。海の魔物の勘違いだよ。魔王の子どもだから人を食うだろって」


「そうなの?」


「人間食べるのなんて、人間への恨みが強いやつとか、雑食でデカいやつくらいじゃないかな」


「そういうもんなのか」


「うん、そういうもんだ」


「じゃ、なんで戦争なんかしてたんだ?」


「さあ。魔物の顔が怖いからじゃない?」


「なんだよそれ。そんなんで戦争しないだろ」


 冗談かと思って俺は笑ったが、カールは笑っていなかった。


「でも知らないくらい昔から、勇者が来て魔王を倒すって言われてたし、そういう運命だったんだよ。僕もずっと勇者を倒せって言われてきたしね」


「おいおい、マジかよ!それをずっと繰り返す気か?」


「僕は繰り返したくないんだけど。普通がいいよ、普通に暮らしたい」


「じゃ、普通に暮らせよ!運命なんてクソ食らえだ!」


「でも、いつか僕も人間を恨む日がきっと来るんだ」


「いや、来ない。来ないようにしよう!」


 俺は立ち上がり、カールに宣言するように言った。


「来ないようにったってどうすんだよ!?」


「どうするかはこれから考える」


「ええ?」


 カールはアホでも見るかのように俺を見た。

 確かにアホだろう。

 自分でもそう思う。

 世界のことも知らないような奴が、何を言っても説得力なんかない。

 だけど、なぜだかこの時、俺は勝手に「できる」と思って宣言した。


「でもさ、テスはゴブリンの親子と一緒に寝てるし、仲良くなってるじゃん」


「テスは特別だからさ」


「そんなことない。たぶん人間も魔物も根っこにあるもんはきっと同じなんだ、姿や能力が違うだけだよ」


「そんなこと言ったって、人間が僕らを受け入れるわけないだろ」


「受け入れるさ。何よりカールは俺の命の恩人じゃないか」


「そうだけど」


「要するに利害が一致していれば、人間だろうが魔物だろうが関係なくなるんだよ、きっと。よーし燃えてきた!」


「何がだよユキト、何する気だ?」


「まぁ、任せろ」


 呆気にとられているカールを置いて、俺は洞窟に入っていき、一角ウサギの隣で寝た。

 プランなんてない。だけど、戦争が終わったのなら、もう闘う必要なんてない。

 ならそういう方向に持って行きさえすればいい。

 俺はただ単純にそう思っただけだった。


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