さあ、一狩りいこうぜ!
宿に帰ると、食堂でメイサと女主人が布を針と糸でチクチク縫っていた。
俺が食堂に入ると、気づいた二人はそれぞれ顔を上げた。
「おかえり」
メイサは作業を続けながら言った。
「ようやく、戻ってきたか。こんな面倒くさい作業、あたしにさせるんじゃないよ」
女主人は疲れたように肩を回し、コキコキと首を鳴らした。
「ありがとうございます。メイサ、その気球が出来たら地龍を追い返しに行こう」
「もう準備はいいの?」
「うん、あとは現場に行って作ろうと思って。手伝ってくれる奴らにも説明しないといけないし」
「手伝ってくれる人なんているの?」
「人じゃなくて魔物たちだけどね」
「魔物ですって!?」
メイサは目を丸くして、俺を見た。
「出発は明日かい?」
女主人は立ち上がって、メイサを無視して聞いてきた。
「ええ、明日の夜を予定してます。地龍が出ない場合は何日かテント暮らしになるかもしれませんが…」
「なら、あたしはもう寝るよ。テントなんて久し振りだね」
女主人は背筋を伸ばすように両手を上げて伸びをして、カウンターの奥の自分の部屋へと向かう。
「おやすみなさい」
と、声をかけると
「夜更かししすぎて、本番でドジ踏まないでおくれよ」
と、釘を刺された。
これもフラグか?ドジを踏みそうだ。
女主人が行ってしまうとメイサが質問攻めにした。
「魔物が手伝うというのはどういうことか?」「気球の作り方は合っているのか?」「もう本当に準備するものはないのか?」
それぞれに俺は答えていった。
魔物についてはカール達のことを話さず、砂漠で助けたサンドコヨーテを落とし穴から助けたら、なつかれて岩場に連れて行かれ、デザートサラマンダーの傷を治したら、魔物たちも協力してくれることになったと簡単に教えておいた。
気球の作り方は、樽のような形で縫っていき、合わせ目の隙間に蝋を塗って隙間を埋めると言っておいた。
準備するものは、気球の燃料である薪と、アメリカンクラッカーを洗濯物のように吊るすための柱として太めの槍を幾つか用意するのと、テントや自分たちの食料とまだまだ準備は足りなかった。
「全然足りてないじゃない!今すぐ用意してきなさい!」
「でも、魔物を呼ぶのは夜だから、明日の昼に買えればいいんじゃない?」
「そんなこと言って、明日、行く時になって足りないって慌てたって、地龍は待ってくれないわよ!今すぐ買いに行きなさい!」
メイサは遠足前日の母親のようなことを言って、俺に銀貨の入った財布袋を持たせ、宿から追い出した。遠足の前日にどれだけ準備をしても、俺の場合はどうせ何かしら忘れるのだ。
きっとメイサは「今日できることは今日やるタイプ」だ。「明日できることは明日の俺に任せよう」という未来の自分に絶大な信頼を置いて、その時になったら信頼を裏切るタイプの俺とは大違いだな。などと思いながら、とぼとぼと歩きながら、夜の商店街に行った。
朝からずっと走りっぱなしで疲れていた。
薪とテントと保存の効くパンや干し肉を買った。太めの槍はなかったので長い杭を抱えて宿屋に戻ると、入り口に大きなリュックを背負ったクズ屋のモグラの主人(モル族って言ったっけ?)がいて、中を覗いていた。
「こんばんは」
と声をかけると、クズ屋はビクッと驚いたように振り返り、
「あ!良かったのです!ようやくお客さんを発見したのです」
と短い足をワタワタと動かし、近づいてきた。
「ん?俺を探してたの?」
「そうなのです。ここの宿の女将さんは怖いのです。できるだけ会いたくはないのです」
「そう?料理は上手だよ。くず鉄と紐を持ってきてくれたんですね?」
「はい。そうなのです」
今俺は薪とテント二つに食料を背負い、杭を両手に抱えている。一人で持っていける量の限界だ。明日の夜は、気球と上級の痺れ薬とヤギを二頭も連れて行かなくてはいけない。と、いうことはここで受け取るより、明日街を出たところで魔物を呼び、手分けして運んだほうがいいだろう。
「申し訳ないんだけど、その荷物を明日の夜まで預かってもらって、街の外まで持ってきてくれませんか?」
「それは構わないのです。うちの店はアフターサービスがいいのです」
「本当ですか!?ありがとう!アフターサービスがいい店に頼んでよかった」
「それでは明日の夜、街の外に行けばいいのですね?」
「はい、お願いします」
人の良さそうなクズ屋の主人を見送りながら「あの人が良さそうなモル族も巻き込んでしまおうか」とつぶやいていた。人手は多いほうがいいだろう。頼れるものは頼っておこうの精神である。
次の日、朝まで気球を縫っていた俺とメイサは昼まで眠っていた。メイサは空いていた俺の隣の部屋で寝た。
俺とメイサは女主人のハンバーガーを食べ、持っていく荷物を確認した。
水筒を買うのを忘れていたので、メイサが冒険者ギルドに休日願いを届けに行くついでに買ってくることになった。相変わらず、行く前からすでにドジを踏んでいる。
女主人は、やはり出発前にヤギを一頭肉にしておきたいと、脊髄に斧で一撃入れ、馬小屋の梁に吊るして喉を切り血抜きし始めた。
「昔はこれで魔物を結構やったもんだ」
女主人は斧を振り回しながら、自分の冒険者時代を振り返るように遠くの空を見た。
「その話は、また時間のあるときに聞くよ」
そう言って、女主人が思い出話を語り始める前に、薬屋へと向かった。
薬屋は昨日にも増して混雑していたが、俺が声をかけると薬屋の主人は
「おう、できてるぞ」
と、子どもぐらい大きな壺を持ってきた。またしても、荷物が増えてしまった。持っていく荷物が多すぎるなぁ、と俺が暗い顔をしていると
「どうした?今さら地龍に怖気づいたのか?」
薬屋の主人はからかうように言った。
ここの主人もなにかとやさしくしてくれる。頼れるものは頼っておくか。
「いや、持っていく荷物が多くて、どうしようか悩んでるんだ。街の外まで持っていければ、魔物に手伝って貰えるんだけど」
「街の外までなら、俺が持って行ってやろうか?」
「ありがとう!恩に着るよ!今日の夜、日が落ちたら、この上級の痺れ薬を持って街の外に来てくれる?なんだか悪いね。ありがとう!」
俺がまくしたてて頼みを言うと
「あ…ああ、わかった」
と、薬屋の主人は頷いた。
斯くして、夜のサラマリの外には、地龍を追い返す人々が集まった。
薪とテントを二つ背負い、長い杭を抱えた俺。
気球を畳んだ布をリュックに入れたメイサ。
ヤギを連れ、ヤギの肉をリュックに詰め込んだ宿屋の女主人。
鉄くずをリュックに入れ、巻いた紐を腰にぶら下げたクズ屋の主人。
上級の痺れ薬の壺を背負子に括りつけてやってきた薬屋の主人。
ヤギには食料と水袋を背負わせている。
二つの月が空高く浮かんでいる。
サラマリの街の明かりが遠くに見え、街道からも遠い砂の丘の上に5人と1頭が並んだ。
俺は杭を地面に置き、大きく息を吸うと「魔物の笛」を思い切り吹いた。
数秒後、遠くの砂山に砂埃が舞うのが見えた。




