薬屋ラプソディー
岩石地帯についた頃には、日が地平線に沈み始めていた。
夜になると一気に気温が下がるので、急いで岩のような多肉植物をのこぎりで切り始める。
あまり大きくても重すぎて持っていけないので、身長の半分ほどの高さで切りギリギリ背負子で持っていける量を切り出した。切られた多肉植物の断面は白く、ナスみたいだ。
地面に残っている半分に切られた多肉植物には、ハエやサソリが寄ってきて、白い断面をかじり、そのまま麻痺してひっくり返った。
切り取った多肉植物を背負子にロープで括りつけ、白い息を吐きながら街へと戻る。すでに辺りは暗く、地平線の上には大きな二つの月が上っていた。
街の入口の門には衛兵が戻っていた。衛兵は門の上から地龍の襲撃に備えているようで、俺が門の下を通ると声をかけてきた。
「おい!お前、ちょっと待て!…ああ、ヘンタイか。何してたんだ?」
「ちょっと岩石地帯に薬の材料を採りに行ってたんだ!」
俺は上を見上げて声を張る。
「おお、そうか!それは助かる!今、逃げ出した住人たちが帰ってきてるところなんだ!」
逃げ出した街人達が地龍に襲われたか。
「地龍が出たの!?」
「ああ!食料を積んだ馬車がやられたんだ!怪我人も多い!止めて悪かった!急いで言ってくれ!」
今頃、薬屋が儲かってるな。
多肉植物を背負ったまま、薬屋へと向かった。
薬屋では負傷者たちが列をなしている。前列の方からは怒号が聞こえてきた。
「高過ぎるだろ!」「うちはこの値段でいつもやっている!」「緊急事態なんだ!もっと安くしろよ!」など、薬屋の主人と負傷者たちの声がする。ふっかけすぎたのか。とはいえ、負傷者たちはそこまで緊急の怪我をしている人はいない様子だった。大怪我だったら、こんな言い争いしている場合じゃないだろう。
と、思っていたら中心街の方から担架に乗せられて負傷者が運ばれてきた。「救急です!救急です!」と担架を運んできた人が道を空けるように言って薬屋の前まで来ると、薬屋の主人に食って掛かっていた負傷者も黙りこんだ。
担架には、鉄の鎧に身を固めた冒険者がいた。ギルドで見たことがあるかも知れない。冒険者の足は曲がってはいけない方向に曲がり、顔は包帯でぐるぐる巻きになっていた。
「教会の方は、もういっぱいなのか!?」
薬屋の主人が運んできた人に聞く。
「ああ。治療師たちの手が足りない」
後で、聞いたところによると、重症の負傷者たちは教会に集められ、治癒魔法が使える治療師たちが治療にあたっていたという。
俺は、背負っていた多肉植物を店の脇に置き、薬屋の主人を手伝うことにした。
「手伝うことはある?」
「おお、お前さんか。助かる。奥に鍋が火にかかってる」
「わかった」
薬屋の主人は冒険者の鎧を外し始めた。
奥に行くと、かまどの鍋の中には傷薬である白いクリームが出来上がっていた。
それを適当に茶碗のような器に掬い、店先に持っていく。
薬屋の主人は俺から器を受け取ると、傷だらけの冒険者の顔に傷薬を塗りこんでいった。
主人の指示を受けて、俺も冒険者の治療に加わる。
折れた足は骨が飛び出していたので、麻痺する多肉植物の汁をたらし、麻酔した上で骨を戻す。かなりグロいはずなのだが、緊急事態だったからか、あまり気にならなかった。骨を戻し、足がまっすぐになったところで、傷薬を塗り表面の傷を治し、木の板で足を固定した。
「ま、このままでも二週間もすりゃ、治るだろ。教会に空きができたら、治療師に魔法をかけてもらえ。身体に毒が入ってるかもしれない」
薬屋の主人がそう言うと、冒険者はお礼を言って自分を運んできた人たちに肩を借りて、教会へと向かった。
「あ!治療代もらうの忘れた!」
さすが商売人だ。
地面に転がっていた鎧を指さして
「鎧でかんべんしてあげたら?」
「そうだな」
薬屋の主人が鉄の鎧を見て、ブルっと震えた。
「夜になって冷えてきた。ホットスープも作っておいたほうがいいだろう」
「ホットスープか」
「お前さんが岩石地帯で採ってきた、あの赤い実一つで激辛ホットスープが出来る」
「ああ!あれはホットスープの材料だったの!」
「そうよ、あの実はガランの実と言ってな、この街の名産でもある。世界で一番辛い実だ」
「そうなのか」
「そういや、お前さん、どうしてここに?地龍を追い返すんじゃなかったか?」
「あ!そうだった。実はおやじさんに上級の痺れ薬を作ってもらいたいんだ」
そう言って、脇に置いてあった岩のような多肉植物を持ってきた。
「なんだ、怪我人見てビビって地龍を追い返すのをやめたかと思ったが。これはまたずいぶんデカいのを採ってきたな」
「やれるだけやってみるよ。上級の痺れ薬頼める?」
「ああ、わかった。明日の朝までに作っておく。ついでに、店の中にある傷薬の材料、少しもってけ。お前さんが採ってきた材料で、だいぶ儲かったからな。他にも必要な物があったら持ってっていいぞ」
「ありがと」
俺は、棚にあった灰色のアロエのような植物と、何かに使えるかもしれないと思って世界一辛いという赤い実を袋に入れて、外に出る。
薬屋の前には、客が増えていた。
「おら!傷薬は売ってやるから、並べ!ついでにホットスープも作ってやる!」
薬屋の主人の声が砂漠の町に響く。
「太っ腹―!」
「薬屋かっこいい!」
「ホットスープをただで振る舞ってくれるなんて、最高!」
などの声が客から飛んだ。
「馬鹿野郎!ただじゃねーぞ!」「ふざけんな!」「状況考えろ!」「ただにしろよ!」
という声を聞きながら、メイサとの待ち合わせ場所である宿へと向かった。




