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計画は悩み無用?


 地龍出現の情報を受けたサラマリの街は喧騒に包まれていた。

街人たちは取るものもとりあえず、街から逃げ出していった。商店はほとんどが閉店。酒屋や飲食店はもちろん、雑貨屋や、中心街の貴族たちもキャラバンのように列をなして街を出て行く。冒険者ギルドにいた冒険者達もぞろぞろと、街から逃げた。

 それでも、街には住人の半分ほどが留まっていた。地龍を避けるべく、高いところで息を潜めた。ほとんどが家の屋上にテントを張り、残った商店から食べ物を買い込んで、じっとしていた。子どもたちも大人たちの気配に騒ぐことはなかった。


 昼過ぎに、地龍を追い返す計画を書き終わり、宿屋を出るとサラマリの街は、まるでゴーストタウンのように静かだった。計画書には今後起こりうる事柄が、幾通りも書いてある。ほとんどはこちらの世界に来る前に見た怪獣のパニック映画や本、漫画を元に考えたもので、そこから状況に応じて行動を変えていくつもりだ。


 まずは、薬屋に行って大鍋を用意してもらい、大量の傷薬を作ってもらう。自分用というのもあるが、逃げていった先で地龍に襲われた人用に。大人数で逃げれば、それだけ大きな音が鳴る。地龍は音で獲物を探るのだから、街でじっとしているより、逃げていく人のほうが危険だろう。

 もちろん、冒険者ギルドが地龍出現を発表した時に、あまり音を立てずに逃げるよう言ってあるが、それでも、鉄の鎧に身を固めた冒険者や歩き疲れた子どもがいるキャラバンで、音を立てないのはムリだろう。たぶん、そういう人たちが地龍に襲われて、街に逃げ帰ってくるという予測を言ったら、薬屋の主人は「街を見捨てた奴らから薬代をふんだくってやろう」とニコニコ笑いながら、高い傷薬を作り始めた。


 次に地龍用の食料だが、冒険者ギルドに行って、メイサから手付金を受け取り、牧場の場所を聞いた。街の北では、門の外でヤギやウシが飼われているらしい。朝、宿で俺と別れてから地龍出現の情報を街中に知らせていたメイサは、かなり疲れていたが、案内してくれるという。


「大丈夫?疲れてるみたいだけど?」


「ここにいるほうが疲れるから…」


 メイサはギルドの奥を見ながら言った。

奥からは職員たちの、大声は聞こえないが、こそこそともめているような声が聞こえる。

 職員のトップが逃げ出したため、もめているんだとか。


「それどころじゃないでしょって思うんだけどね」


メイサは頭に手を当てて、そのまま髪をかきあげた。


 牧場に行く途中、誰もいない雑貨屋でノコギリを買った。店員は逃げ出したようだったので、代金は店のカウンターに置いておいた。そのまま持って行っても良かったが、なんとなくそうしたほうが、あとあと面倒なことにならないような気がしただけだ。



 牧場には、細い小さな鉄塔のような骨組みの上に風車があった。風車には尻尾のような羽がついていて風向きに寄って向きが変わるようだ。メイサの話だと地下水を汲み上げているのだという。


 牧場主は逃げ出しておらず、真っ黒に日焼けして、笑うと白い歯が輝くナイスガイなおじさんだった。


「へぇ~、地龍を追い返すため~。そんなこと出来るわけ~凄いね。君~」


 めちゃくちゃいい声で言われる。「悩み無用」的ななにかを歌って欲しいくらいだ。

緊急事態だというのに、牧場主は特に値段を上げず、相場の値段でヤギを2頭譲ってくれた。



 宿屋にヤギを連れて行き、メイサと一緒に使っていない馬小屋につないでいると


「ウマそうなのを連れてきたね~。先に1頭潰しておくかい?」


と、女主人が出てきた。


「任せます」


「久々に腕がなるねぇ。やっぱり獲物は大きいほうがいいね。丸焼きでいいんだろ?」


「ええ。それも任せます。とにかく、地龍がかぶりつきたくなるやつを。何か必要だったら言ってください」


「わかった」


 宿屋の女主人に、ギルドで貰ったお金を半分払った。お金で動いてくれる人は助かる。プロフェッショナルという感じがして、頼んでいるこちら側も気を使わなくて済むしね。

 これで地龍の食事関係のメドは立ったかな。

計画を確認するために、ポケットに入れていた紙を確認する。


「他に何が必要なの?」


 メイサが聞いてくる。


「あと街で調達するのは、布と蝋、あとくず鉄と紐かな?」


「くず鉄と紐なんてどうするの?」


「大きいアメリカンクラッカーを作りたいんだ」


「アメリカンクラッカー?」


「『アメリカンクラッカー―玩具の一種で、長さ20センチ程度の紐の先に直径3,4センチ程の硬質プラスチック製のボールが2個付いている』あっ!」


 久々にロボユキトが出た。


「よくわからないんだけど」


「ああ、はは、まぁ、とにかく音を出す玩具だよ。くず鉄で作って、たくさんつなげようかと思って」


「じゃあ、クズ屋さんね」


「うん、そうだね」


 やっぱりクズ屋っていう職業はあるのか。あまり聞いかない職業だが、落語なんかでは聞いたことがある。一種のリサイクル業者で、割れた皿や茶碗を直したり、鍋やヤカン、野菜の切れ端などなんでも回収する。



 宿屋からほど近くにクズ屋はあった。


モグラがいた!


 正確にはクズ屋の主人がモグラだった。モル族というのだとメイサが教えてくれた。

 前掛けをしているが、容姿はデカいモグラそのものだった。目は小さく耳はない。大きな手と小さな足。そして、極端な猫背だった。

 細い鼻をピクピクさせながら


「地龍が出たというのです!どうすればいいのです!?困っているのです!」


と集めたクズを漁りながら、慌てふためいている。


「くず鉄と紐が欲しいんですが・・・」


「はぁ。何をする気なのです?」


「大きな音がなるような物を作りたくてですね」


「大きな音!?大きな音を出すと地龍が来るのです!」


「地龍を呼ぼうと思っていて…」


 くず屋の主人はその小さな目を精一杯大きく見開いて驚いた。


「おかしな人がやってきたのです!本気なのです?」


「ええ、できれば地龍を追い返そうと思ってますけど…やるだけやってみようと」


「死ぬ気なのです?」


「いえ、死にそうになったら全力で逃げるつもりです」


 主人は、隣のメイサを見て、俺を指さしながら「本気なのです?」と聞き、メイサは頷いた。


「わかったのです。とにかく、大きな音が出ればいいのですね?」


「はい」


「では……」


 くず屋の主人は、積まれたクズの中から青銅盾や鍋を持ってきた。どれもヒビが入っていたり、穴が空いてたが、そのほうが紐を結びやすいので、なるべく壊れたものを用意してもらった。布はないか聞いたが、どれも破れたりつぎはぎだらけだというので、断った。

 大量の鍋と盾、紐の代金を払うと、どこに持っていけばいいか聞かれた。


「うちの店はアフターサービスがいいのです」


というので、宿屋に持って言ってくれるように頼んだ。


さて、次はと紙を出したところで、メイサが紙を覗き込みながら


「効率が悪いわ。一人でできることは手分けしてやりましょう」


と、言うので、メイサには布と蝋を頼んだ。

 俺はクズ屋から背負子とロープを借り、のこぎりを手に街を出て、岩石地帯へ向かった。


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