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押すなよ!絶対押すなよ!


「はぁあ!?地龍だぁ?お前さん、何言ってんだ?」


 宿屋の女主人は俺の話を聞いて、呆れたように言った。

宿屋に帰った俺は、受付のベルを鳴らしまくり、女主人を叩き起こした。眠りを妨げやがってという不機嫌な表情だったが、女主人は俺の話を聞いてくれた。

今は食堂のテーブルを挟んで向かい合っている。

窓の外は白み始めていた。


「地龍なんて何十年も出てないんだろ。たとえ本当に地龍が出たとして、なんであたしがこんな朝っぱらに、叩き起こされなきゃならないんだい?」


「いや、協力をして欲しくてですね」


「協力?いいかい、こんなババアにできることなんか、ありゃしないよ。鍋を持って逃げるくらいだ」


「それが、追い返したくて」


「地龍をかい?バカじゃないの。あたしは知らないけど、地龍ってのは村を3つも破壊した災害級の生き物だろ。追い返すも何も人がどうこうできるレベルじゃないじゃないか」


「ただ、足止めしたことはあるみたいで」


と、薬屋の主人から借りたじいさんの日記を取り出して、見せた。


「これが成功したとして、地龍が足止めされるだけで追い返せはしないだろ」


「そこでなんですが、女将さんに大量の食事を作ってもらって、地龍の腹を満たして帰ってもらうのがいいんじゃないかと思いまして」


「腹いっぱいになれば地龍も帰るってか?そんな保証ないだろ。相手は暴れたいだけかもしれないじゃないか」


「ええ、だから痺れ薬と眠り薬も食事に入れて動けなくしてから、遠くに引っ張って行こうかと思いまして」


「引っ張るって言ったって大きいんだろ地龍ってのは。誰が引っ張るんだい」


「魔物たちに協力してもらいます」


そう言って、自分の冒険者カードを見せた。

今、称号の欄には「砂漠のヘンタイ」ではなく「魔物の友達」と書かれている。


「お前さん、ビーストテイマーだったのかい?」


「いえ、ただの友達です」


「そうは言っても、引っ張っていける距離もたかが知れてるだろ」


「はい。最終的には飛ばそうと思ってます」


「飛ばすって!地龍を?」


宿に来る途中、歩きながら考えていたことを話す。

気球を地龍に括りつけ、飛ばすのだ。

災害級と言っても本物の災害ではなく、ちゃんと実態があるなら移動させることは出来るだろう。重くて動かせないというなら、軽くするためにどうすればいいのか。魔法があればいいのだが、浮かせられるほどの魔法がなかったのではないか。だからこそ薬屋のじいさんの日記には書かれていないんじゃないか。と考えて、俺は気球を作って飛ばしてしまえばいい、という結論に至った。


「大きな布と蝋があれば、なんとかなるんじゃないかと思ってます」


 宿屋の女主人に気球を説明すると、「何言ってるのかわからねーよ」と言われたが、とにかくどこか遠くに飛ばすことだけはわかってくれたようだ。


「わかったわかった。とにかく、あたしは砂漠に行って料理をすればいいんだな」


「はい、そうです」


「それで、いくらくれるんだい」


「あ…」


 そりゃそうだ。金いるよなぁ。

 完全に忘れてた。危険手当は必要だし、料理するにも食材費もいるし、気球作るにも布代が必要だ。

 でも、俺の財布には銀貨はおろか銅貨すら入っていない。


「金が出来たら、言ってくれ。あたしは眠いから寝るよ」


 そう言って、宿の女主人が立ち上がった時、宿の入口の扉を勢い良く開けて、入って来る者がいた。

 金色の髪を振り乱し、首の鱗を隠さずにメイサが何かを探すように宿の中を見た。急いで走ってきたのか、肩で息をしている。

 食堂の椅子に座っている俺と目が合った。メイサは飛びかかるように俺の目の前まで来て肩を掴んだ。


「地龍が出た!」


 肩を掴まれながら、大声で言われたので、驚く。

 メイサの肌が、窓から指している朝日が顔に当たって、白く際立っている。


「…ああ、知ってる」


「あなたが、一番初めに報告したそうね!」


「そうだけど、どうかした?」


「今朝、盗賊のアジトに行った冒険者が帰ってきたの。6人で行った冒険者たちのうちの1人よ。傷だらけでね。腕がなかったわ。他の人たちは全員死んでしまったんだって。地龍にやられて」


 すでに死傷者が出てしまっているのか。

 でも、これでようやく、信用してくれたかな?


「地龍に殺された冒険者達は、この街で一番強い冒険者達だったわ。すぐにギルドから発表があると思う。どうしよう!どうすればいい?街の人達を逃さないと、でも地龍がすぐそばまで来てるかもしれない」


 メイサは、すがりつくように涙目で見てくる。


「その地龍を追い返そうとしてるんだよ。こいつは」


 そばで聞いていた宿の女主人が、俺を指さしながら言った。


「地龍を追い返す?」


「あー、まぁ、やってみないとわからないけどね」


「死ぬわよ!馬鹿なの!」


「このお嬢ちゃんにも説明してやんな。馬鹿げた計画だけど、やらないよりはマシだろう」


 宿屋の女主人はそう言うと、厨房に入っていった。

 

 メイサに落ち着くように言って、椅子に座らせ、話を聞いてくれるように頼んだ。

俺は薬屋のじいさんの日記を見せながら、地龍を痺れさせて飛ばす計画を話した。


「ということで、メイサさん。お金ちょうだい」


「わかったわ。ギルドに依頼を出しておくし、手付金を払うよう言っておく。成功したら、ギルドのお金全部持って行っても構わないわ!だって、そうでしょ街を守るためなんだから、安いもんよ。でも危険よ!地龍に罠を張るなんて…」


「ま、死なない程度にやってみるつもりだけど」


「食べられないでね!絶対食べられないでね!」


 あれ?なにそのフレーズ。聞いたことあるような。

 熱湯の中に入るときにあの芸人たちが言う「押すなよ!絶対押すなよ!」に似ている。


「わかった。絶対食べられない」


 こうして、俺の頭の中の「やってはいけないこと」に「地龍に食べられないこと」が追加された。

 俺は「やってはいけないことを、気をつけていてもやってしまう男」だ。


ついに、10万字を超えました。至らぬところが多いと思いますが、これからも読んでいただければ幸いです。

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