第一回 砂漠でスカウトキャラバン
魔物の影の中からサンドコヨーテが大きな口を開けて俺に向かって飛びかかってきた。
尻もちをついて後ろに倒れる俺の顔をベロッベロに舐めまわすサンドコヨーテ。
サラマリに入る前に遭った、落とし穴に落ちたサンドコヨーテのようだ。
「なんだよ!そんなになつかれた覚えはないんだけど」
「バウワウワウ」
「何言ってるかわからないよ」
「食い物の匂いがすると言っている」
影の中からゴブリンが出てきて、サンドコヨーテを俺から引き剥がし、そう言った。
顔のよだれを拭いながら、立ち上がると月明かりの中、ゴブリンやオーク、サンドコヨーテの他、ミイラ男やデカいサソリ、トカゲ人間のような名前の知らない魔物などが20頭ほど、俺を警戒しながら遠巻きに見ていた。
「ああ、食い物を持ってきた」
「そ、その称号は…本物か?」
「称号?」
砂漠のヘンタイのことか?いや、他にも魔王の友達や魔物の友達っていうのもあったはずだ。冒険者カードを取り出し、砂漠のヘンタイの代わりに魔物の友達を一番上に持ってくる。すると、魔物たちの警戒が緩んだ気がする。
「魔物は称号を見ることが出来るのか?」
「ああ、だいたいの称号や体力と魔力は見ることが出来る。スキルとかは見ることはできないけど。魔王さまクラスになると全て見透かせるそうだ」
ゴブリンが俺の質問に答えた。
「魔王さま?今はカールか…」
そういえば、カールが俺のステータスについて何か言っていたなぁ。
「カールって、やっぱり、魔王の友達ってのは本当なのか?」
「ああ、俺はカールとテスに助けられた異世界者だ」
「テスって、先代をボコボコにしていた人間だろ」
「テストと魔王さまが一緒にいるってことか?魔王さまは大丈夫かよ!」
「体力は低いが、こいつにも何か特殊なスキルがあるかも知れないぞ」
「北の魔女が黙ってないんじゃないか?」
俺の言葉を聞いた喋れる魔物たちが、それぞれ慌て始める。
「とりあえず、飯を用意した。そのあと、俺の話を聞いてくれないか?」
「わかった」
リュックから宿屋の女主人が作ったサンドイッチや串焼きを取り出し、魔物たちに振る舞った。前に落とし穴で餌付けをしていたサンドコヨーテが、串焼きにかぶりつくと、魔物たちがそれぞれ、食料を手に取り食べ始める。
「んまいっ!」
「なんだこれは!ウマすぎる!」
「美味だ!美味だ!」
などと称賛の声を上げながら、全魔物が貪るように食べている。
あの女主人の料理なのだから、美味しいに決まっている。
ミイラ男も食べている。アンデットも食べるのか?
聞いてみると、「飯を食ってるんじゃない。気を食ってるんだ」と水木しげるのようなことを言っていた。実際、ミイラ男が食べたサンドイッチは、黒ずみになって包帯の間から、ボロボロとこぼれ落ちた。生気みたいなものを食べているんだろう。
完食した魔物たちは俺を中心にして、車座になり人型の者たちは胡座をかき、動物型の者たちは伏せの姿勢で、俺の話を聞いた。
「俺が砂漠に飛ばされる前、南にある孤島で、現魔王であるカールとテス、ゴブリンやオークたちとともに洞窟に住んでいたんだ………」
俺は、どうして砂漠に飛ばされたのか。
島に魔物の男手がいないこと。
できれば、オークやゴブリンなど同じ種族のオスは俺と一緒に孤島に来て欲しい旨を語った。
「それは、同じ種族でなければ行ってはいけないのか?」
ミイラ男が聞いてきた。
「いや、オークやゴブリンでなくても構わないし、女の魔物も来て構わない。ただ、全員を連れていけるほどの馬車はないし、船で島に渡る時はたぶん密航することになると思うから、そんなに大勢では行けないんじゃないか、と思ってる」
「なるほど、行きたいのは山々だが、俺のように砂漠でしか生きられない者もいる。そういう者たちは残ったほうがいいな」
ミイラ男は顎に手を当てて、一人納得している。ミイラだと乾燥が大事なのだろうな。
「砂漠の魔物はここにいる人数で全員なのか?」
この人数しかいなかったら俺が連れて行くと、大変になるだろう。
「いや、もっといる。このサンドコヨーテから話を聞いて、できるだけ戦力になる者たちを村で集めて来たんだ。村には人間に怯えて来ない者達が大勢いる」
年をとった顎ひげの生えたゴブリンが答える。砂漠には魔物のむらがあるのか。
「そうか、魔物たちのほうが怯えているのか」
「ああ、実はな。サンドコヨーテがお主に会って村に帰ってくる前に、傷だらけのデザートサラマンダーが村に運び込まれてなぁ。街道の近くで子どもたちが見つけたんだが、腕の良い冒険者にやられたのではないかと、皆怯えているのだ」
デザートサラマンダーって、確か、盗賊の隠れ家にいたデカいトカゲの魔物だよなぁ。
「そのデザートサラマンダーに話を聞けるか?」
「いや、包帯を巻いて寝ている。治療出来る者がいなくて」
「そうか、ちょっと待ってろ」
俺は岩石地帯を走り、薬草を適当に摘み取っていく。昼にも来たので、どこに薬草があるのかだいたい覚えていた。ある程度摘み取って、魔物たちのいる場所まで戻ってくる。
「この薬草を潰して、煮詰めて包帯につけて傷に巻けば、治りが早くなるぞ」
「おいおい、そんな難しいこと魔物に出来るわけないだろう!」
「いや、できるさ。島の魔物たちは畑を作り始めている」
「畑だと!?」
「とはゆえ、誰かがやってみないとわからないか」
後頭部を掻きながら考える俺に、ゴブリンが
「なら、あんたがうちの村まで来てくれよ」
と、言った。
ぞろぞろと、魔物たちに紛れて砂漠を歩き、街道を渡り、さらに歩き続けること1時間ほどしたところで、オーストラリアのエアーズロックのような大きな岩が見えてくる。
岩には雨で削られたのか幾筋もの溝ができ、そのうちの一つが裂け目になって洞穴のように岩の中へと続いていた。
魔物たちの先導によって、裂け目の中へ入って行くと急に開けた学校のグラウンドほどの空間があり、天井はなく月の光りが差し込んでいる。岩の壁面にはところどころにドアと窓があった。魔物たちの住居のようだ。
ゴブリンの一人が魔法で炎を出し、壁にかかった松明に火をつける。火の着いた松明を手に取り、それを先頭に20頭くらいの魔物たちと一緒に奥へと進む。通り過ぎる窓から魔物の視線を感じながら、開けた空間の端っこの塊に向かっていく。
塊に近づくにつれ、それがうずくまって寝ているデカいトカゲであることがわかる。
トカゲの傍まで行くと、包帯が適当に巻かれ傷から赤い血がにじみだしているのがわかる。
「水と鍋を用意してくれ、あと火の魔法がウマい奴は手伝ってくれ。あと薪と凹んだ石があれば持ってきてくれ」
薬屋で読んだ薬草のレシピを必死で思い出しながら、魔物たちに指示を出す。
ミイラ男とゴブリンが残り、他の魔物たちは薪や指示を出した物を各自の家に行き、探してきた。
薬草をすりつぶし、水の張った鍋の中に入れ、弱火でじっくり煮こむ。火の魔法で、火が大きくなり過ぎないように調節して、鍋の中をかき混ぜる。だんだん、とろみが出てきたところで、強火にして水分を飛ばす。焦げすぎてもいけないので、指示を出しながら火の調節をして10分ほどたった頃、白いクリーム状の傷薬が出来上がった。
その傷薬をデザートサラマンダーの傷口に塗ると、塗りこんだ瞬間に傷が治っていく。これが異世界の薬か!面白いように治っていくので、ゴブリン達にも手伝わせて、デザートサラマンダーの傷を治していった。
傷が治るとデザートサラマンダーが意識を取り戻し、俺の頭をハミハミし始める。痛くはないのだが、よだれが酷い。鼻をなでてやるとゴロゴロと喉を鳴らし、犬のように腹を見せて寝転がった。
「それで、お前は誰に襲われたんだ?」
ミイラ男がデザートサラマンダーに尋ねた。
寝転がったデカいトカゲはゴロゴロと鳴き、説明していた。
魔物たちはふむふむと聞いていたが、俺には全く何を言っているのかわからなかったが、突然、魔物たちが「はっ!」と驚き、全員青ざめた。
「なに?なんて言ったんだ?」
「地龍が出たと言ったんだ」
「地龍?」
「ああ、砂漠に生息する最も凶悪な生物だ。何十年も現れていなかったから、死んだと思っていたんだが…。このデザートサラマンダーを飼っていた人間たちはいきなり現れた地龍に食べられたんだと」
「地龍ってのは急に現れるようなものなのか」
「さあ、わからないが、地龍は地面の下を移動して、何十年かに一度、地表にいる生物を蹂躙すると、はるか地中で眠ると言われている」
「それは魔物や人間に限らず、ということか?」
「ああ、一種の災害だ」
「その災害が現れたと」
「ああ、地龍は自分が満足するまで食いつくす。前は砂漠の村が3つ消えたと言われている。どこまで被害が広がるかわからん」
ようやく俺にも事態の深刻さがわかってきた。
「追い返す手段は?」
「さあ、わからない。人間が足止めしたとも言われているが、捕獲や討伐に成功したと聞いたことはない。俺達は岩の上の方に避難するよ」
一番年長と思われる顎ひげのゴブリンが説明した。
まずいな、早いとこ対策を立てないと。もしかしたらすでにサラマリが襲われているかもしれない。
「地龍が現れたのは、どこなんだ?」
「サラマリからだと2日といったところだが、地龍の進む速度はわからない。獲物を見つければ、すぐに襲う可能性が高い」
「逃げるにせよ戦うにせよ、なるべく急いで対処したほうがいいな」
心配そうにしている俺にデザートサラマンダーが鳴く。
「なに?なんだ?」
「ああ、急ぐならサラマリに送っていくと言っている」
「助かる。すぐに帰るよ」
「一応これを渡しておく。もし、手伝うことがあれば言ってくれ」
そう言うと、ゴブリンは小さな角笛のような物を俺に渡した。
「これを吹けば、俺達が駆けつける」
そういうと、周りの魔物たちが頷いた。岩石地帯で飯を食べたメンバーだ。
角笛を吹いてみたが、スピーとなるだけで、ほとんど音がしなかった。
「魔石が含まれていて、俺達にしか聞こえないが、結構大きな音がしてるので、必要なときだけにしてくれ」
家の中から魔物たちが何事かと出て、こちらを伺っている。
魔物のオスをスカウトするだけだったが、それどころではなくなってしまった。
デザートサラマンダーの上に乗ると、ミイラ男が話しかけてきた。
「また、あのウマい飯を食わしてくれ」
「ああ、俺が死ななかったらな」
デザートサラマンダーはひと声鳴き、すごいスピードで走りだした。岩の隙間を抜け、砂漠を駆け抜け、岩石地帯を物ともせずに、10分ほどでサラマリにたどり着いた。
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