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ミッドナイトにモノノケダンス


 衛兵に挨拶をして、街を出て岩石地帯へ。

 買ったばかりの帽子をかぶり、薄茶色の凸凹した岩石の間に生えた薬草を探す。


 昼下がりの砂漠は暑さが半端では無く、空気が揺らめいているようにさえ見え、いるはずもない団地妻でも出てこないかと思うほど、意識は朦朧としてくるわけだ。

 そのうち、大きめの岩までブヨブヨと柔らかい気がしてくる。

 あれ?本当にこの岩柔らかいなぁ。なんで?どういうこと?

 岩の周りの虫がひっくり返って麻痺してるなぁ……あ、これ麻痺性の多肉植物か。

 俺の身長ほど大きな多肉植物が生えている。地球にあるこの手の石に擬態している多肉植物はこれほど大きくはならないはずだ。

 辺りを見渡すと薄茶色の砂漠に、灰色で角が丸くなったサイコロ型の多肉 植物が、いくつも見ることができた。

 こんなにあっても、あの薬屋は買い取ってくれないよなぁ。

 そもそも、麻痺する薬って狩猟か手術の時くらいしか使い道はないのだろうし、こんなにあってもしょうがないだろう。

 しかたがないので、岩の周りでしびれているサソリの尻尾をちぎって集めることにした。毒なら、手頃に暗殺したい奴に売れるだろ。そんな奴いないかもしれないけど。

 毒消し作って効果を試すときにでも使おう。


 その後、探知スキルを使いながら、灰色のアロエを見つけ、新芽だけを摘んだ。下の葉はあまり金にならないのだ。朝、薬屋の主人が言っていた山椒のような木もすぐに見つかったので、赤い実を小袋一杯採って、街に帰った。



「相変わらず、変なものを持ってくるな」


 西日が差し込んだ薬屋の店内で、薬屋の主人がサソリの尻尾の束を見ながら言った。


「買い取ってくれるか?」


「いや、今は特に必要ないからなぁ」


「まぁ、毒消し作る時にでも使うか」


「ちょっと、待ってろ」


 薬屋は積んである巻物を次々とどけると、椅子ぐらいの壺の蓋を開け、巻物を取り出し、俺に渡してきた。


「裏のレシピだ。ジジイが暇つぶしで書いてたものだが、冒険者のお前なら、この先使うかもしれない」


「裏ってことは、薬じゃなくて?」


「そう毒だ。表も裏も知らないと、立派な薬師とは言えないからな」


「薬師かぁ。儲かるのか?」


「おいおい、この街随一の薬師である俺を見てみろ!」


 薬屋の主人はドンと自分の胸を叩いた。

 主人の服は清潔だが、ほつれているところもあり、決して高そうには見えない。

 靴もいつから履いてるんだっていうくらいぼろぼろだ。


「なるほど、厳しいな」


 薬屋の主人はにっと味のある笑い方をして、


「まぁ、そうだな。金のある奴は僧侶や魔法の治療師を雇うから、貧乏人から少しづつ金をせしめるくらいだな。需要はそこそこ多いから、食いっぱぐれることはない。後は薬でしか治らない病気もあるし、流行病の時は治療師の数が足りないから重宝されるくらいだ。うちの家系はもともと魔力が少ない家系でね。『魔法の勉強するくらいなら薬の勉強しろ』って言われて育った。弟も妹も俺以外は全員、旅の薬師だ」


「なるほど、じゃ、ここが総本店ってことか?」


「そういうことになるな。薬屋ルメディキャマン総本店だな」


「そんな名前だったのか。看板に書かないのか?」


「長いからな。薬って書いておけば客は来る」


「そういうもんか」


「それじゃあ、俺は久しぶりに飲みに行くから、日が落ちて客が来ないようだったら、鍵閉めて帰っていいぞ」


「わかった。裏レシピの巻物、明日まで借りていいか?」


「ああ、汚したりしなければいいぞ」


 俺が盗むかもしれないのに。案外信用されいてるんだろうか?


「盗んだら、また書けばいいだけだろ。ただ、また書くのはめんどくさいから、ちゃんと返してくれ。ほいじゃ、行ってくるー!」


 そう言うと薬屋の主人は店から出て行った。

 裏レシピを読み始めて、すぐに何人かのおばさんたちが二日酔いの薬を買っていった。

 旦那のために薬を買いに来たのかな、ずいぶんできた奥さんたちだなぁ、と思っていたら、ヘンタイが店番をしているということで、見物に来たと太ったおばさんが教えてくれた。

 おばさんたちはずっと巻物を読んでいる俺に、あまり興味を示さず、薬を買ったらとっとと帰って行った。


 裏のレシピは、毒草の種類が絵とともに書かれており、内臓に破壊する毒や神経系の痺れさせる毒、出血した血液を固まらせない毒など、どのような効果があるのか詳しく書かれていた。また、毒草の組み合わせによって、毒の効果を遅らせたり早めたりすることができ、致死性のものには、色や匂いの他、混ぜるな危険など諸注意が書かれていた。


 日も落ち、客も来ないので、読んでいない裏レシピの巻物を持って帰ることにした。

 リュックを背負い、店のカギを閉め、薬屋の主人に言われた通りに壺の中にカギを隠す。巻物を読みながら宿に帰ろうとしたが、あまりの暗さに諦めた。

 商店街の方に行けば、少しは明るいが、道で本を読めるほどではない。


 空を見上げると月が二つ上っていた。

 月明かりは、俺の足元へ影を落とすほどだ。

 これなら、読めるかと巻物を取り出したが、やはり見にくかったし、路地に入ると真っ暗になるので諦めるほかなかった。


 宿に帰ると、女主人にロウソクを用意してもらった。

 用意してもらってる間、宿の中はそこそこ明るいので、巻物を取り出し読み始めた。


「晩飯は食べてきたのかい?」


 燭台とロウソクを俺に渡しながら女主人が聞いてくる。


「いや、食べてないよ。でも、これからちょっと巻物を読むから食わなくてもいいや」


「はぁ、何をそんなに…」

 

 燭台とロウソクと受け取りながら、巻物を読み続ける俺に呆れた声を出す女主人。

 薬屋にある巻物はこちらの世界に来て初めて出会った書物だ。日本にいた頃はほとんど活字中毒だった俺には、久しぶりの活字。貪るように読んでいることは自覚している。ヘンタイかどうかは知らないが、変人ではあるだろう。


 部屋に入るとそのまま、机に向かい、ロウソクの火につかないように紙を燭台に巻き、部屋を明るくする。

 巻物を6本ほど読んだところで、階下から怒鳴り声がした。

 誰かが来て、女主人がブチ切れしているらしい。

 うるさくて、巻物を読めやしないので、降りて行くと、衛兵が苦笑いで女主人に怒られていた。

 そういや、衛兵にサンドコヨーテの鳴き声がしたら、俺に教えてくれるように頼んでいたんだった。


「なんだい!まだ、うちの宿に文句があるっていうのかい?そんなに疑うなら、厨房を覗いてご覧よ!うちにはなんにもやましいものなんてない!鼻つまみ者のヘンタイが泊まってるくらいさ!」


「あ、いや、その、ヘンタイに用があって」


 女主人は衛兵の言葉を聞かず、衛兵の腕を掴んで厨房へと引っ張っていく。


「ほら、ご覧!ネズミ一匹出ちゃいないよ!」


「いや…すみません」


 困っている衛兵と女主人に声をかける。


「すまん!女将!その衛兵は俺の客だ」


「へ?なんだいなんだい?お前なんかやったのかい?昼間のお嬢ちゃんになんかしたんじゃないだろうね?」


「してないよ!砂漠にサンドコヨーテが現れたら、教えに来てくれって言ってたんだ。すまんね。衛兵さんも」


「いいや。構わないが、それよりも…」


「出たのか?」


「ああ、それも、サンドコヨーテだけじゃなく魔物が大集合しているみたいなんだ」


「OKわかった。女将!悪いけど、ありったけ食事を用意してくれ!」


「なんだよ、さっきはいらないって言ってたじゃないか!」


「頼むよ!俺が持ってる財布ごと渡すからさ」


「全く、こんな夜中に年寄りをこき使うんじゃないよ!持っていけるほうがいいんだろ!」


「助かる!」


 そう言うと、俺は衛兵をその場に待たせ、部屋に戻り、リュックと財布を持って戻ってくる。

 俺が戻ってきた時、女主人は肉を焼き始めていた。

 

「少なくとも、財布には銀貨が5枚ある。それくらい用意できるか?」


「無理言うんじゃないよ!銀貨5枚ってことは50人前じゃないか!せいぜい用意出来て20人前だよ!」


「わかった。それで我慢してもらおう。ここに財布置いておく。手伝うことがあれば言ってくれ」


「じゃ、こっちに来て、野菜切りな!」


 俺は厨房に入り、壺の中の水で手を洗うと、キャベツのような野菜を千切りにしていった。包丁は四角い中華包丁で、中華料理屋でバイトしていた時を思い出した。


「案外、手際がいいな」


「昔、バイトしてたんだ」


 などと会話をしながら、女主人と俺は20人前のサンドイッチと野菜炒めと肉の串焼きを作った。


「もう、食べ物は全部ないよ!」


「ありがとう!助かった!」


 できた料理を紙で包み、布を風呂敷にして、カバンに詰め、待っていた衛兵に声をかけて、宿を出た。

 街の門に向かって走りながら、串焼きを一つ取り出し、衛兵に渡す。


「食うか?」


「これは大丈夫なのか?」


 前に、食事の問題で俺が泊まっている宿は訴えられていたから、不安なのかもしれない。作っているところを見ていただろうに。


「いらないなら、俺が食う」


 そう言って、一口食べた。


「んまいっ!」


 と叫んだ。心底ウマそうに食う俺を見て、衛兵は「俺にも食わせろ」と食いかけの串焼きを奪い、かぶりついた。

 衛兵はウマそうな表情をして、走り続ける。


「あそこの宿で、こんなにウマい物が食えるなんて知らなかったぞ!」


「俺は、この街に詳しくないが、あそこが一番ウマいんじゃないかと思う。他にもあんな店があったら、美食の街として有名になっているはずだ」


「確かに!」


 そう言うと、俺のリュックを物欲しそうに見る衛兵。


「もう、やらないぞ!欲しければ、またあの宿に行け!」


「わかったよ!」


「それで、どこにサンドコヨーテがいるんだ?」


「街の南側、岩石地帯の方から遠吠えが聞こえてきた。あとは、月明かりで数はわからないが、魔物らしき影が何頭も見えたって門の上の見張りが言っている。かなり大勢だって」


「そうか」


 走り続け、門まで辿り着いた。


「助かった。ありがとう。ここまででいい」


「ヘンタイ、お前、魔物に食われに行くつもりか?」


「食われはしないと思うが、ちょっと様子を見てくる」


「なんなら、俺らも行こうか?」


「いや、危険だから来ない方がいい。朝まで帰ってこなかったら、宿屋にある荷物を薬屋に届けるよう女将に言っておいてくれ。金は結構払ったからな」


「わかった。気をつけろよ」


「ああ、じゃあな」


 衛兵と別れ、走りだす。

 

 夜の砂漠は相変わらず、凍てつくように寒かった。

 昼は薬草を採るために、岩石地帯で意識朦朧としながら、暑さに耐えていたというのに、夜はまるで逆だった。

 寒さに耐えながら、月明かりを浴びながら走り続ける。


「アォオオ~~~ン!」


 サンドコヨーテの鳴き声が近くで聞こえる。


「おーーい!」


 と叫びながら、鳴き声の方に向かう。

 すると突然、辺りに複数の足音が聞こえ始め、魔物の気配がした。

 家ほどの大きな岩を回りこむと、そこには月明かりを背にした20頭ほどの魔物の影が伸びていた。


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