受付嬢とデート
間が空いたので、長くなってしまいました。
朝、窓からの日差しで、気持ちよく目が覚めた。
シーツに虫がいたのか、少し背中が痒かった。
ベッドのマットはせんべい布団のようによれよれだったが、今までから比べたら特に寝心地が悪いわけではない。
窓を開けて、マットを半分だけ、外に出し天日干しする。
シーツはあとで洗濯してもらおうと、丸めておいた。
濡れた布で身体を拭いて身支度を整えて、袋を肩にかける。
この袋も盗賊のところにあった小麦の袋なので、できれば新しいのを買いたい。
シーツとカギを女主人に渡し、宿を出る。
日が登っているからか、商店街はかなり活気がいい。
さすがに砂漠なので、魚屋はないが、肉屋や雑貨屋、パン屋、チーズ工房など、普通に店を開けている。夜が明けてから、そんなに時間は経っていないので、夜明け前から準備をしているのかもしれない。早起きなことで。そうでなくてはこの世界で店など、持てないのかもしれない。
商店街を抜け、角のパン屋を曲がり、冒険者ギルドの建物に入っていく。
酔っぱらいが何人か、床や椅子で寝ており、放っておかれている。
その中でも、起きている奴はいたらしく、俺を見て「お、ヘンタイがやってきた」などと言って笑っている。
特にヘンタイと呼ばれて、嫌な気はしない。影で言われているより、堂々と言われていたいし、何より、ヘンタイとは称号なのだという自負が芽生え始めている。
受付に着くと、メイサとは違う受付の女性がいて、俺を見つけると急いで奥に引込み、すぐにメイサを連れてやってきて、メイサを受付に座らせた。
俺=ヘンタイ担当になってしまって申し訳ない。
「あ、どうもおはようございます」
「おはよう、今日はなに?」
メイサは警戒しているようだ。
周囲の視線も痛い。
「昨日受けた依頼の薬草を持ってきました」
そういうと、袋から布に包んだ薬草の葉を3枚、カウンターの上に置いた。
メイサは義務的に受け取り、中を確認して、依頼の紙を持って奥に行ってしまった。
すぐにチャラチャラと音が鳴る袋を持って来て、成功報酬として銀貨2枚を俺に渡し、
「ありがとうございました。依頼完了です。またお願いします」
「あ、この後、薬屋に行くから、よければ薬草を薬屋に持ってくけど?」
「ああ、いえ、ギルドが受けた依頼なので、こちらの職員が持って行きます」
暇なのかな?ボードには昨日、アイズが依頼していた盗賊捕獲の紙もすでになかった。
「そう。それじゃ」
と、振り返ると期待に満ちた表情で起きた冒険者達がこちらを見ている。
なんだろう?やはり、適当に口説かなきゃいけないのか?
とはゆえ、俺としては、すでに昨日のことはニュート族の差別をなくすために、人肌脱いだという、俺自身に都合のいいように解釈して、解決しているのだが。
特にメイサと付き合いたいとか、鱗舐めたいとか本気で思ってないんだけど、朝だし。朝っぱらから、美人口説くのはめんどくさいでしょ。とか思ってるんだけど、期待の視線がとてもアツい!っていうか痛いな。
受付を見るとメイサがにっこり笑っている。なんだこいつ、まんざらでもないのか?では一つ今日もやりますか?
「今日も見目麗しきお姿を拝見出来て、恐悦至極でございます。マドモアゼル。あなたの笑顔は砂漠に花が咲き誇るように私の瞳には映ります。私の眼があなたに釘付けなように、きらめくあなたの瞳を独占したい!あなたの朝日のように柔らかな唇から、紡ぎだされる言の葉は私にとって、最高の音楽です。今日一日、その音楽が私の頭を埋め尽くすことでしょう!ミス・メイサ!どうか…どうか…今日は足の指の間を舐めさせてください!」
「イヤです!」
矢継ぎ早に畳み掛けた俺の言葉に、メイサはだんだん笑顔を引きつらせながら、バッサリと拒否した。
拒否され、うなだれながら、ギルドを出て行く俺。
俺が建物から出た瞬間、ギルド中にドッと笑いが湧き起こる。
だんだん、これも芸になってきたな。全然、ショックなんかじゃないんだからねっ!
特にもう用がないので、冒険者ギルドに行くことはないだろうから、今ので最後だ。
などと考えながら、冒険者ギルドを後にした。
商店街の雑貨屋で、ちゃんとしたリュックを買い、ボロボロになった袋を捨てた。
あと、歯磨き用の枝と、石鹸やタオル代わりの厚手の布、紙の束を買った。
しめて、銅貨55枚。インクとペンもあったのだが、紙の質が悪いので、破けそうだったから、今回はやめておいた。羊皮紙とかが手に入れば、買うかもしれないが、木炭で十分だ。
買ったものは全て新しいリュックに入れ、薬屋へと向かった。
「おう、遅かったな」
薬屋の主人は褞袍を着て、つまらなそうに店番をしていた。
客は誰もいないし、暇なのだろう。
「ちょっと、いろいろ生活用品を買っていたんだ」
「ふーん。で、どうする?」
「とりあえず、昼まで店番させて欲しい。その間、積んである巻物を読むつもりなんだけど、いいかな?」
バイト代が出ないとはいえ、こちらが頼んでいる立場だ。
「ああ、それでいい。昼からはどうする?」
「少し運動がしたいから、また薬草採取に出かけようと思う。何か足りない物があれば、それを重点的に探すけど?」
「ああ、じゃ、赤い実をつけた植物があったら採ってきてくれ」
そういうと、棚から巻物を一つ取り出し、開いて絵を見せてきた。
山椒のような植物で、葉の根元に実がなっていた。
「香辛料の一種なんだが、冷えた身体を温かくする効果もあるんだ。冬になると、ココらへんは夜、冷え込むからな。そろそろ仕入れておきたいんだ」
「わかった。夕方には戻るから、また店番するよ」
「了解。採取しに行くとき水を忘れるなよ。砂漠だからな。わかっていると思っても、位置がわからなくなることもある」
「そうだな。ありがとう。そうするよ」
素直に薬屋の言うことは聞いておいたほうがいいだろう。
「俺は昼には帰ってくると思うけど、昼間ではいないから頼むな」
「どこか行くのか?」
「ああ、行商に行って観光客相手に少し稼いでくる。勇者一行は来ないけど、教会の奴らが来るらしいんだ。それに便乗しようと思ってな」
なるほど、島にも船が来てたな。
薬屋の主人は俺に店を任すと大きなリュックを背負って、出かけていった。
出かける前に、風邪薬と傷薬を俺に教えて「それ以外は、『とりあえず先に医者行け』って言っとけばいいから」と笑って話した。
特に、流行病や強い魔物が出ないのであれば、そんなものかもしれない。
「端から全部見ていくか。まずは、ここからだな」
と、巻物を片っ端から読んでいく。巻物と言っても、いわゆるスクロールというやつで、絵も多く、どんなに詳しく読んでも10分もあれば巻物を一本読み終わってしまう。
途中、風邪気味だというおばさんが来て、風邪薬を買っていったが、他には客も来ないので、ひたすら巻物を読み続けた。20本ほど読んだところで、伸びをしていると顔見知りが見せに来た。
メイサだ。相変わらずスラリと背が高く、スタイルは抜群で金髪が風になびいている。
首にはスカーフを巻き、ニュート族特有の鱗肌を隠していた。
店番をしている俺を見て、驚いているようだったが、今朝冒険者ギルドで渡した薬草を持って店に入ってきた。
「なにやってるの?」
「何って、見ればわかるだろ。店番だよ。巻物読ませてもらう代わりにアルバイトしてるんだ」
「あなた冒険者なのに、そんなことしてていいの?」
メイサは呆れたように聞いてくる。
「今、冒険者やってても仕事無くて稼げないだろ。飲んでばかりじゃ食ってけないよ」
「それも、そうだけど」
「薬草なら、もらっとくよ。俺が採ってきたやつだし、店の主人のお墨付きももらっている」
「そうなの?」
「ああ。本当言うと、別に冒険者ギルドに持って行かなくても良かったんだけど、俺の評価が下がるからね。ま、評価なんてあってないようなもんだけど、ヘンタイだってやれば出来るんだってところを見せておくのもいいかと思って」
「ヘンタイもそんなこと気にするのね」
「気にするよ。美女が差別されているなんて聞いたら、特に気にするね。そのために演技の一つや二つ喜んでするさ」
演技とは言ったものの半分本気で自分の願望を言ってたんだけどね。
もうギルドに行く予定はないし、もう二度と会わないんだと思ったら、ネタばらししても、問題ないだろう。
「あれは演技だったの?」
「本気の方が良かった?本当は半分本気、半分演技だよ。あんなに皆が見てる前で、口説くのは恥ずかしいだろ。だから、差別されてる女の子を助けるためっていう保険を自分の中にかけておいたのさ」
「あんた、めんどくさい性格してるわね」
「俺もそう思う。アイズは本気で受け取ってたみたいだったけどね。気持ち悪そうに俺を見て帰って行った」
「あの娘らしいわ」
「メイサさんは違うんですか?」
「差別されていることを自覚してる女が、明るく振る舞ってるのよ。相手の裏くらい見ようとするわ」
いつもの笑顔の奥には暗いところもあるんですね。
「お互いめんどくさい性格なようで。あ、椅子でも用意しましょうか?」
立ち上がって、座っていた椅子をメイサに差し出す。
「いいわよ、すぐ帰るから」
「すいませんね。今日からここで働いてるもんで、お茶も出せません」
「いいって。それより何を読んでたの?」
メイサはカウンターにある巻物を見て言った。巻物の隣には昨日俺が描いていた植物のスケッチがある。名前や生態がわかる物はスケッチの下に説明を書き込んで、採取に行く時に確認しようとしているのだ。
「解熱剤になる薬草です。こっちは俺が昨日砂漠の岩石地帯で見つけた物をスケッチした紙です」
「あなた絵がウマいのね。あ、こんなに描いたの?」
紙の束をペラペラとめくりながら、メイサが驚く。
「ありがとう。ヘンタイの意外な一面に惚れちゃいましたか?」
メイサは俺の軽口を聞いて、真顔になり
「ええ、惚れちゃいました」
と言った。
(ま・・・マジかよ!)と驚いていると、メイサはにっこり微笑む。
なんだ、冗談かよ。普通に驚いちまった。恥ずかしっ!
「くそっ、予想外のカウンターパンチをくらった…」
「いつものお返しよ!こっちだって恥ずかしいんだからね!」
「いつもって、まだ二回しか口説いてないじゃん。それに、たぶんもうギルドには行かないよ」
「え?そうなの?」
「俺は早くお金を稼いで、世話になっている人たちのところに帰りたいんだ」
「ふ~ん」
「あれ?メイサじゃねぇか。どうした?」
いつのまにか薬屋の主人が大きなリュックを背負って、帰ってきていた。
「頼まれていた薬草を届けに来たんですよ」
「ああ、随分前に依頼出していたのをすっかり忘れててよ。俺もこのヘンタイが来て思い出したよ」
「遅くなりまして、すみません。今回に懲りずにどうか、冒険者ギルドをご贔屓に」
そう言うと、メイサは薬屋の主人に頭を下げた。
「おう。ま、そのうちにな。そんなことより、お前ら、飯食ってこいよ。もう昼だろ。ほら、飯代だ」
薬屋の主人は、財布から銅貨を20枚出し、俺に渡してくる。
「いいんですか?」
「いいよいいよ。バイト代、払ってないしな。その代わり、メイサにも食わしてやれよ」
「え?私も?」
「ああ。少しヘンタイと仲良くしてやってくれ」
「仲良くはしませんけど、タダ飯は頂きますね」
「じゃ、行ってきます。夕方にまた来ますから」
薬屋の主人は苦笑いしながら、追い払うように俺たちを見送った。
俺とメイサは商店街の露店を見ながら、歩いた。手を繋ごうかと誘ってみたが、はっきり断られた。
ランチタイムということもあり、商店街はかなり混んでいて、パン屋には行列ができ、串焼き屋では肉のいい香りに誘われて、いろんな種族の子どもたちが群がっていた。
「どうする?あのパン屋に並ぶ?」
メイサが行列ができているパン屋を指す。しかし、かなり並んでいるところを見ると、俺達の番が来る前に、美味しい惣菜パンは売り切れていそうだ。
「あんまり混んでないところがいいな。いい店を知ってるんだけど、言ってみないか?」
「いいわよ。でも、この街に来たばっかりなのに、そんないい店なんて知ってるの?」
「ああ、たまたまね。安くて美味しいんだ」
そう言うと、俺はメイサを自分が泊まっている宿屋へと案内した。
街の端っこのかなり寂れたところにある宿には名前がなく、ただ、「宿」という看板がかかっているだけだが、「街の端っこの宿」と言えば、この街では有名らしく、誰に聞いても「ああ、あそこな」という反応が返ってくる。
メイサも「大丈夫なの?こんなところ」などと言いながらもちゃんと俺に付いてきた。
宿に入ると、受付で寝ている女主人を起こし、銅貨20枚を渡して昼飯を2人分作ってくれるよう頼んだ。宿屋の女主人は俺の隣にいるメイサを見て「おや、珍しい」と一言つぶやいて、厨房に行った。
「本当に大丈夫なの?ここって、何食べさせられるかわからないって噂があるのよ。ちゃんと知ってるの?」
誰もいない食堂の椅子に座りながらメイサが心配そうに聞いてくる。
「知ってるよ。大丈夫。味は保証する。毎食ココで食べてたら、そのうち病気になるかもしれないけど、食後にお茶を飲んで、運動すれば問題ないはずだよ」
と説明していると、厨房から女主人の声がした。
「メニュー考えるの面倒臭いから、昨日食べたやつでいいかい!?」
「ええ、いいですよ!あれでお願いします!」
俺の返事を聞いたあと、厨房からは肉の焼けるいい匂いがしてきた。
「昨日って、あなた昨日もここに来たの?」
「ああ、俺この宿に泊まってるんだ」
「え!あ、そうなの。もっと他に…」
「俺はこの宿で満足してるから。そんなことより、どう最近?」
「最近って、あなたと私があったのだって最近じゃない」
「そうだけどさ。メイサさんがどんな生活をしてるのかと思って」
「そうねぇ。だいたい冒険者ギルドにいて、酔っぱらいたちを見てヘンタイに絡まれてるわね…」
などと、メイサの仕事の愚痴や家族構成を聞いた。
話によると、メイサは5人兄弟の真ん中で、違う大陸の森でひっそり暮らしていたのだそうだ。田舎で、あまりにも質素な生活だったと懐かしんでいた。ある時、冒険者がメイサの家に滞在し、外の世界に憧れたという。親は差別されるからと大反対したそうだが、どんな差別もわからなかったから飛び出したと語り「もう少し、親の言うことを聞いておけば、こんなに苦労しなかった」と笑って言った。
「お待ちどうさま~」
女主人がハンバーガーとフライドポテトを乗せた皿を運んできた。
相変わらず、最高にウマそうだ!
メイサも驚いている様子だ。
「いただきます!」
肉汁が口いっぱいに広がる。口の中が肉汁の宝石箱や~いや、ビッグバンや~
俺がハンバーガーにかぶりついて、ウマそうに食べているのを見て、メイサもハンバーガーにかぶりついた。メイサは目を丸くして、宿の女主人とハンバーガーを交互に見て驚いている。こんな美味しいハンバーガーを作れる料理人に尊敬の念を抱いたのだろう。その気持ちはわからなくはない。
ハンバーガーとポテトを食べ終わり、食後のお茶を飲みながら一息つく。
「このあとどうする?俺の部屋で寝てく?」
「寝ないわよ!仕事よ仕事。あなたは?」
「岩石地帯で薬草採ってくる。運動しないとな。ここの飯はウマいんだけど、すぐに太りそうだから」
「確かに、ここの食事がこんなに美味しいなんて知らなかったわ」
「じゃ、噂が広がらない程度に、ここの宿を冒険者に教えといて。あんまり客がいなさすぎて、暇そうだから」
「わかった。言っておくわ」
「じゃ、冒険者ギルドまで送っていきますか。ごちそうさま~」
厨房でお茶を飲んでいる女主人に声をかけて、宿を出る。
「別に送ってもらわなくてもいいわよ」
「いや、せっかくだしギルドまでデートしよう」
「仕方ない。タダ飯の分くらいは付き合ってやるか!」
「やったぜ。金髪美女とデートだ…」
言葉とは裏腹に、飯も食べて眠くなっており、脈がないことはわかってるが、女性をここまで誘っちゃった手前、礼儀として送って行かなくてはいけなくて、テンションはそこそこ下がっていた。
逆にメイサは思わぬところで美味しいランチを食べられて、テンションは高い。
商店街まで来た時、テンションが低い俺を見てメイサが
「どうしたの?元気なくない?薬草採りに行くのがそんなに大変なの?」
「いや…そうじゃなくて、もうすぐメイサさんと別れなくちゃいけないんだと思うと、テンションがね」
本当のこと言うと、眠くてちょっとめんどくさいだけだよ。
「うそつけ」
バレてーらー。
「ところで、そんな格好で岩石地帯まで行くの?」
「そうだけど。なんか問題ある?」
普通の砂漠で着るような服を来て、リュックを背負ってるだけだが、何か?
「薬草だって毒があるやつもあるんだから手袋くらいして行ったら?あ、ほらあそこに雑貨屋があるから、行ってみよう」
あれ?意外に面倒見がいいんだね。冒険者ギルドの職員だからか。
メイサに連れられて、雑貨屋に入り革製の手袋や麻の軍手などを見て回った。
メイサは甲斐甲斐しく、いろんなタイプの手袋や帽子を俺のところに持ってきて、どれが安いだの、どういうのが使いやすいかを説明してくれた。
結果、革製の手袋と某子供向け番組の人が被っていたチューリップを逆さまにしたような帽子を買った。メイサ曰く、センスではなく効果で選びなさいとのこと。チューリップ型の帽子は耳まで隠せるので、日に焼けにくいという。
早速、帽子と手袋をして、ギルドまでメイサを送っていく。より変質者っぽくなった気がする。効果はともかく、さすがに街中では怪しすぎたので、メイサと手を振って別れてから、帽子は抜いだ。街の外に出たら、かぶろうと思う。
とはゆえ、ちょっとした買い物でテンションは上がって眠気も吹き飛んでいた。ありがとうメイサ。センスはないけどいい人だ。美人なのに。




