フィールド・オブ・ビュー
一旦、宿屋に戻り、使えそうなものを袋に詰めて、出かける。
「せわしないねぇ」
カギを渡すときに宿の女主人が俺を見て言う。
「これも仕事のためだ」
「しっかり稼いできな」
「行ってきます」
やはり、帰る場所があると少し、ほっとする。
商店街を抜け、入り口まで行くと、衛兵が俺を見て笑っている。
「お、砂漠のヘンタイだな。どうした?」
「仕事だよ」
すでに、噂が広がっているようだ。
ついでに、薬草がある場所を聞いてみた。
「は?そんなの砂漠にあるのか?」
「いや、岩石地帯とかでもいいんだけど、近くにないかな?」
「ああ、それなら、向こうだ」
無骨そうな衛兵は、街の南側を指した。
砂だらけの砂漠より、石や岩がある方が水たまりができそうな気がする。
水たまりができれば、近くに種が落ちれば、育つこともあるんじゃないか、と考えたわけだ。
サラマリの街を出て、2つ砂漠の丘を越えると、岩石地帯が見えた。
岩のような石がゴロゴロと転がっており、視界に入るものすべてが黄色がかった茶色をしている。
西部劇で見る丸い枯れ葉の塊が、風で転がっているのが見えた。
あれは、確か根を張らない植物のエアープラントというやつだったと思う。
エアープラントがあるなら、サボテンや多肉植物が生えているかも知れない。
地球でも石に擬態している多肉植物があるくらいだから、こっちでもそんなに変わらないだろう。
一応、魔物や盗賊に注意しながら、薬屋が見せてくれた薬草の絵を思い出して探す。
ついでに、窪地や隙間に植物や虫がいないか確認する。虫についていくと案外色んな物を発見できるかもしれないからな。
そのうちにフンコロガシに似た虫を発見した。捕まえてみると足も6本だし、ほぼ地球と変わらない身体の構造をしていた。ファーブル先生にこちらの世界にもフンコロガシことスカラベがいたと教えてあげたい。
しばらく観察してから放してやると、急いで岩と岩の間に隠れた。
ま、隠れたと言ってもこちらからは丸見えだし、手を伸ばせばすぐに捕まえられる位置なのだが。
せっかく止まっているので、袋から紙と細い木炭を取り出し、フンコロガシをスケッチしていく。薬屋の主人に聞けば、名前がわかるだろう。もしかしたら、薬の材料になる虫がいるかもしれない。
出会った生き物や多肉植物などを適当にスケッチしながら、薬草を探していくと、灰色のアロエのような植物を見つけた。
とりあえず、採取して袋に入れる。
薬屋の主人に見せてもらった絵は白黒だったから、色まではわからない。
岩の隙間などによく生えており、新芽のところだけ緑色のものなどもあったから、手当たりしだいに引っこ抜いて、根っこごと採取していった。
薬でどこを使うかわからないからな。
他にはエアープラントやカタツムリのような生物を見た。
こちらの世界のカタツムリは、殻が口のように開き、フンコロガシをバリボリと食べる。
面白いので、一匹捕まえようとしたのだが、地面を蛇のように進み、一向に捕まえられなかった。
もちろん、スケッチはしておいた。
そんなことをしていると、すぐに陽が傾いてきた。
いつの間にか、探知スキルがLv.3に上がっており、半径10メートルくらいなら、後ろを向いていても、まるで見ているかのように感じることが出来るようになった。
・探知Lv.3にレベルアップした。
視野が広がったようだ。
小さい虫や石のような植物も見分けがつくようになっていたし、袋の中は薬草らしきものでいっぱいだ。ついでに、虫がしびれさせていた植物も採取しておいた。人間には効かないかもしれないが、昆虫採集の際には罠として仕掛けられるだろう。ま、これは完全に趣味だけどね。
ほくほくで街に帰ると、パンパンになった俺の袋を見て、衛兵が驚いていた。
「そんなに見つかったのか?」
「ああ、結構あったよ。教えてくれてありがとう」
「いや、俺は何もしてないが、まぁ、薬草が見つかったのなら、良かった」
「あ、そうだ。もし、夜中にデザートウルフの遠吠えが聞こえたら、教えてくれ」
「ん?俺たち衛兵がいるから、街で襲われることはないぞ」
「いや、そうじゃなくて…」
どう言えばいいのかな?魔物からの合図だと言っても信じないだろうし…。
「罠を仕掛けておいたから、もしかしたらデザートウルフか、何かちがう魔物がかかってるかもしれないからさ。せっかく俺が仕掛けたのに、他のやつに取られたら悔しいだろ」
「ああ、そういうことか。わかった。夜勤のやつに伝えておくよ」
「ありがとう。俺はこの街の端っこの一番安い宿に止まってるから、片目の女主人に言ってもらえれば、すぐに俺が行くよ」
「お前、あんなところに泊まってるのか?」
「そうだよ。何か危険なのか?」
「あんまり長く滞在しないほうがいいぞ。あそこに泊まって1ヶ月くらいすると、身体の不調を訴えるやつが多いんだ」
「そうなのか。毒でも盛ってるのかな、ははは。まぁ、そんなに泊まる予定じゃないよ」
とっとと旅費を稼いで、魔王のいる島に帰らないとな。
「ならいいけど」
「うん、じゃあ、デザートウルフの件よろしく!」
「ああ、またな」
衛兵に別れを告げて、そのまま薬屋へと向かう。
薬屋の主人は外にある蓋をした壺を椅子代わりにして、居眠りをしていた。
防犯とか大丈夫か、と思いながら声をかけると、居眠りがバレた学生のように飛び起きた。
「店番はしてるよ!」
抗議の声を上げたが、目の前の俺を見て、
「なんだ、お前さんか。びっくりさせるなよ」
「もう少しやる気出せよ」
俺が呆れて言うと、薬屋の主人は反論してきた。
「いいんだよ。どうせ魔物が出なけりゃ、けが人も少ないんだし。まったく、勇者の野郎も無理して魔王倒すなよな。商売上がったりだぜ」
これも魔王討伐の弊害だな。
袋の中にある植物を取り出して、薬屋に見せ薬草かどうか確認する。
「おお、これだこれ。おいおいそんなにあるのかよ」
袋の中にある採取した植物を全部出して見せた。
薬草は灰色のアロエみたいなので正解だったようだ。
「この緑の新芽は上級の回復薬になるやつだ。よく見つけられたな」
「ああ、いろいろと観察して探していたからな。そういえば、これを見てくれるか。名前や生態がわかるといいんだけど」
そう言って、今日、岩石地帯で描いた虫や植物のスケッチを見せた。
「へぇ~、お前さん、絵ウマいな」
昔、漫画家になろうとしていたからな。日本人だったら一度くらい思ったことあるだろ?
漫画家の説明がめんどくさいので「だろ」とだけ答えておいた。
「おい、この石みたいなやつはなんだ?石なんか描いてもしょうがないだろ?」
「ああ、それはこれだよ」
採取した植物の中から、虫をしびれさせていた多肉植物を指して説明する。
「この植物の周りでは虫がしびれて、動かなくなるんだ」
「これ石みたいなのに、植物なのか?」
「ああ、触ると柔らかいだろ」
薬屋が石に擬態した植物を手に取る。
「本当だ」
「これは何かに使えないかな?」
「いや、聞いたことはないが、もしかしたら、うちのじいさんが研究していたかもしれん」
「じいさんって?」
「ああ、もうとっくに死んでるけどな。ほら、うちにある巻物のほとんどが、じいさんの研究した植物について書かれているんだ」
「そうか。もしよければ、見せてくれないか?巻物を読ませてくれるなら、店番をするぞ」
「ん~…まぁ、いいか。ただし、給料は出ないぞ。ちなみに算学は出来るのか」
「ああ、もちろん」
「じゃ、頼む。いつからでもいいぞ」
「明日からでもいいか?」
「ああ、いいぞ。とりあえず、今日採ってきた分の金を渡しておこう」
「ああ。一応、冒険者ギルドの依頼だから、ギルドに持っていく分は別けておいてくれるか」
「ああ、そうだったな。わかった」
薬屋の主人は手際よく、薬草をむしり、3つほど葉を布に包んで渡してくれた。
一旦、奥に行き銀貨5枚を持ってきて、
「とりあえず、こんなもんでどうだ?」
「おいおい。こんなに貰えるのか?」
「ああ、お前さん自覚がないみたいだから言っておくけど。この薬草一つ見つけるのでも、普通のやつは苦労するんだぞ」
「そういうもんか。確かに、探知スキルが上がってたな」
呆れたように薬屋は苦笑いし、俺は銀貨5枚を受け取って財布代わりの小袋に入れた。
これで、銀貨6枚と銅貨40枚になった。
「じゃ、明日よろしく」
薬屋を出て、宿へと向かう。
帰り道、屋台の焼き鳥を見ていたら、急に腹が減ってきた。
そういえば、朝から何も食べていないことに気づいた。
屋台で焼き鳥を三本買い、歩きながら食べた。
一本、銅貨2枚で、些か肉が固かったが、タレは美味しかった。
宿に着いても、まだ食べ足りなかったので、女主人に何か食い物はないかと尋ねる。
「うちの食堂なら、銅貨10枚で晩飯用意するよ」
と手を出してきた。
今日は懐に余裕があるので、財布から10枚銅貨を出し、年老いた女主人の手に渡す。
女主人がカウンターから出てきて、階段の横の食堂で待っているように言った。
食堂には誰もおらず、10人は座れるだろう長テーブルに、客は俺一人だけだった。
厨房からは肉が焼けるいい匂いがしてくる。
10分ほど待つと「はいよ、お待ちどう様」と、片目の女主人がハンバーガーとフライドポテトを皿に乗せて、俺の前に置く。
出来たてのハンバーガーからは芳醇な肉の匂いがして、中に挟んだチーズが溶けて皿に溢れている。バンズはこの世界では今まで見たことないくらいふっくらとして、ゴマが振りかけられている。
思わず、よだれが垂れそうになっている俺に、片目の女主人は
「早く食っちまいな。冷めるよ」
と、怒鳴るように言った。
言われなくても食べるさ。
ハンバーガーを両手で持ち、口を大きく開けて、かぶりつく。
口に入れた瞬間、肉汁が弾けるように口の中いっぱいに広がり、肉の香りが鼻から抜けていく。肉の固さも申し分なく、やわらかすぎず、調度いい。そこにチーズと、野菜の食感が交じり合い、辛めのソースが食欲を増大させる。時々、現れるピクルスの酸味が程よいスパイスになっている。
フライドポテトもホクホクで、塩加減も最高。
気づけば皿には何も残っていなかった。
手についたソースを舐め取り、
「ごちそうさまでした!」
と手を合わせた。
「いい食べっぷりだったね。食後の酒にするかい?それともジュースがいいかい?」
「女将さんは何を飲んでるんですか?」
「あたしかい?あたしは普通のお茶だけど」
「じゃ、それで」
「お茶なんかでいいのかい?変わってるねぇ」
そういうと、木で出来たコップにお茶を入れて持ってきた。
お茶をすすりながら、衛兵が言っていたことを思い出す。
「あそこに泊まって1ヶ月くらいすると、身体の不調を訴えるやつが多いんだ」
確かに、こんなウマい物ばかり食べていたら、身体がおかしくなるかもしれない。
この世界に来てから、初めて脂肪分が多い食べ物を食べた気がする。
いや、食にうるさい日本でもこれほど美味しいハンバーガーを食べたことはない。
ジャンクフードの最高峰と言ったところか。
今、飲んでいるお茶にしても高級な茶葉を使っているように思えてくる。
「なのに、なぜ人気がないんだ?」
疑問が口に出ていた。
「んん?なんだい?なんか言ったかい?」
厨房でお茶をすすっている女主人が俺のひとり言に答えた。
「いや、こんなに美味しいのに、食堂に客がいない理由がわからないのです。しかも銅貨10枚だなんて、安すぎます」
「そんなに気に入って貰えるなんて、気味が悪いね」
「いえ、真実です。正直、こんなに美味しいハンバーガーを食べたのは生まれて初めてです。女将さんはどこかで修行をしていたんですか?」
「いや、修行ってほどのことはしてないけどね。私も昔、冒険者でね。腕っ節はからっきしだったから、しょっちゅう仲間内で料理を作らされていたのさ。それで、料理スキルが上がっただけさ」
女主人は肩をすくめて答えた。
俺も料理スキルが欲しくなった。
「しかし、なぜこんなに人気がないんですか?この街に来る旅人はアホですか?」
「ああ、昔ね。あたしの料理を気に入ってくれた人がいたんだけど…貴族お抱えの吟遊詩人って言ったかな?そいつがしばらくこの宿で泊まっていたら、体調を壊したって言ってね。毒でも入れたんじゃないかって疑われて、ずいぶん衛兵に調べられたよ。もちろん、そんなものは出てこなかったんだけど、噂が広がっちまって、今じゃ、この通りさ」
「毎日、こんなに美味しい料理を食べていたんですか?」
「ああ、今日あんたに出したハンバーガーを毎日朝昼晩と3食平らげて、一日ワインを2本空けてたね」
なに企画物の映画みたいなことしてんだよ!その吟遊詩人は!
「そりゃ、身体も壊すよ」
「なんだって!?」
「こういう脂肪分が多い食事を1ヶ月も続けると、普通の人間なら肝臓を壊しますよ。その人、どんどん太っていったでしょ」
「ああ、確かに太っていったね」
「適度な運動をしないで、脂っぽい物ばかり食べていると病気になるんです」
「でも、あたしは現役を引退してから、ほとんど運動なんてしてないよ」
「そうですか、ジュースやお酒を飲んでいないんじゃないですか?」
「ああ、確かにこのお茶ばかり飲んでいるね」
きっとこのお茶は脂肪分の吸収を抑える効果があるんだね。なんだかCMで聞いたことがあるようなお茶だな。
「なら、たぶん大丈夫です。他の客にもこのお茶を勧めてください」
「あんた、医者かなんかか?」
「いえ、ただの異世界者です。ああ、今は砂漠のヘンタイで通ってますけど」
「なるほど、異世界者か。だからそんな変なこと知ってるんだね」
「しかし、実に美味しかった!ごちそうさまでした!」
再度、お礼を言って、皿を厨房につながるカウンターに置き、自分の部屋に行く。
薬草採集で歩きまわり、美味しい食事で満腹になり、どうやら今日はゆっくり眠れそうだ。




