愛しさと切なさとヘンタイと初仕事
アイズは仁王立ちをして、俺を睨んでくる。
「あれ?俺なんかした?」
そこへ、冒険者ギルドから、真新しい簡素な鎧を着た草食系男子が出てきて、アイズの目の前に立った。
「あの…アイズ…俺…」
「ちょっと、邪魔。今、ユキトと話してるんだから」
少年冒険者を押しのけて、俺の前に立つアイズ。
いや、別に話してたわけじゃないけど。
「あ、そうだよね。ごめん後で話が…」
「いや、俺は特にアイズと話はないから、先にどうぞ」
それにしても、弱そうな冒険者だなぁ。きっとあの鎧も皮の鎧だ。こういう奴には頑張って欲しいですな。
「こっちにはあるのよ!」
なにかアイズが怒っているようだ。できれば近づきたくはないんだが。
「ああ、そう。ま、でも、彼のほうが切羽詰まっている気がするから、そっちの話を聞いてあげたら?」
ふんっと不満を全面に押し出しながら、少年冒険者を見るアイズ。
「なによ!ステフ、何か言いたいことがあるなら早く言いなさいよ!私、忙しいんだから!」
「えっと、あの…」
「おいおい、そんな態度じゃ、言いたいことも言えないだろ」
ポイズンかよ、とか思いながら、少年冒険者にパスを送る。
「わかったわよ。ちゃんと聞くわよ。ステフ何かよう?」
ステフと呼ばれた少年は手をもじもじさせながらている。
これはアレか?例の体育館裏で言うやつか!男子校生だった俺らが決して出来なかった例のやつだ…頑張れ!
「あの……俺………」
んー…間がなげーよ。ステフ!
「好きなんだ!アイズのこと!」
お!言った!ナイスファイト!
「私は特に好きじゃない。ごめんねバイバイ。それで、ユキト!」
「ちょ、ちょっと待て!」
少年が真っ白になっている。
漫画でいうと、青い縦線が入りまくっている状態だ。
「アイズよ。確かに急な告白だったかもしれないけど、せっかくこの少年も勇気を出して言ったんだろうから、もう少し優しくフッたら、どうだ?」
「知らないわよ、そんなこと!それより、ユキトが勘違いしているようだから、教えてあげるわ」
知らないわよ、と言われた少年は再起不能だ。フラッと倒れそうになるところを、俺が支える。
「ああ、わかったわかった。その前に、少年、少し中で飲もう」
「ちょ、ちょっと!私の話を聞きなさいよ」
アイズを無視して少年冒険者の背中を支えながら、出てきたばかりの冒険者ギルドに入った。
「すいません!こっちに強い酒を!」
「どうした、あんチャン」
見た目からして熟練といった感じの戦士のおじさんが話しかけてきた。
「いや、実はそこでこの少年が、アイズにフラれてしまって」
「ああ、なるほど。まぁ、こっち来て座れよ」
戦士のおじさんは古傷だらけの腕で、テーブルに突っ伏して寝ている男を掴みあげて、床に転がし、少年冒険者のために席を作って上げた。
掴み上げられた男は泥酔状態で、転がされたまま寝ている。
酔っ払いだらけの冒険者ギルドの中では、誰かが床で寝ていようと誰も気に留めず、馬鹿笑いが聞こえてくる。
「ま、こいつを飲め。少年」
戦士のおじさんが、持っていた木のコップを少年に渡した。
ステフ少年は、そのコップを煽り、一気に飲んで、笑うように泣き始めた。
「お…おれ…一目惚れで……だから、冒険者になって…それで…」
要領を得ない言葉だったが、悲しいことはわかる。
「わかる、わかるぞ」
戦士のおじさんは少年の肩をやさしく叩く。
俺もなんだか、もらい泣きしそうだ。
誰にだって、フラれたことくらいあるさ。
「ちょっと、ユキト!」
「な、なんだよ」
急に呼ばれて、振り返ると、入り口でアイズが腕を組んで立っていた。
そういえば、話があるんだったか。
「すまん、ここ任せていいか?」
「ああ、こっちは任せろ」
戦士のおじさんは、ステフ少年の前にあるコップに波波と酒を注いで言った。
俺は少年冒険者を戦士のおじさんに任せ、入り口のアイズのところまで行く。
「なに、飲ませてんの?」
フッたお前がそれを言うのか。
「いや、フラれたんだから、飲むだろ」
「まあ、いいわ。それより勘違いしているユキトに良い事教えてあげるわ」
良い事だと?悪いが、良い事は元いた世界でお金を払って体験済みなのだが。
「良い事?」
「ええ、実はね。メイサはニュート族なのよ」
「ニュート族?」
「そうなの。だから、お腹や脇、首筋とか身体の弱い部分に鱗がある種なのよ。ほら、あの娘、そういう部分、隠してたでしょ」
勝ち誇ったようにアイズは顎を突き出す。
「ん?だから?」
「え?だからって。ニュート族は気持ち悪がられて、ちょっと差別されてるのよ。もちろん、私は同じ職場の人を差別なんかしないけど。もし、メイサに好意があるなら先に知っておいたほうがいいでしょ」
なにそれ?どういうこと?もし俺が、メイサの裸を見た時に幻滅させないようにってことなのかな?それをなぜわざわざ、アイズが言うのか。全くもって意味がわからない。
「あ、もしかしてショックだった?まぁ、ショックよね。好きな人に鱗があるなんて」
「いや、全く」
でも、もしそんなことが原因で彼女がバカにされているようなら…。
「え?あ、そうよね。あなた異世界者だものね…ちょっとどこいくの?」
アイズの言葉を置き去りにして、受付の前まで行く。
メイサが俺を見て
「どうかした?何か質問かな?」
と聞いてくる。
よく見ると、確かに首にかけているスカーフの隙間から鱗のようなものが見える。
「例え、あなたがどんな種族だろうと、その美しさに何一つ傷などつきません!むしろ、その美しさを際立たせるだけでしょう!」
冒険者ギルドに響き渡るように言った。
どうしたどうした、と周りの酔っぱらい冒険者達が俺に気づき始める。
困ったようにメイサは笑っている。
「あなたは砂漠に咲いた一輪の花!美しいという名はあなたが生まれてくるためにあったのでしょう!太陽が傾くのは、あなたの瞳に酔ってしまうからだ!その唇は真夏の果実のように甘く、全てを奪っていくでしょう!」
畳み掛けるように言うと、だんだん周りの冒険者達が黙り始める。
「いくつ言葉を並べても、あなたの美しさを表現などできやしない!どうか…どうか……」
メイサは口に手を当てて驚いている。
さっき会ったばかりの新人冒険者にここまで盛大に口説かれたら、驚きもする。
それでも、メイサは頬を朱く染め、俺の言葉に耳を傾けている様子。
最後にトドメのひとこと!
「どうか一緒にお風呂に入ってください!そして鱗を一つ一つ舐めさせてください!」
空気が張り詰める。
あれ?おかしいな拍手が聞こえない…だと?
口説き方、間違えたか?
周りを見ると、地獄みたいな空気だった。全冒険者がドン引きしている。
「イヤです!」
メイサの言葉で、全員がざわざわし始める。
遠くで誰かが、吹いている。
「ヘンタイだ!!!」
「本物のヘンタイが現れた!!」
「まずいぞ!あんな奴にメイサが、口説けるわけないだろwww」
「メイサを好きって、どんだけだよ!」
など、嘲笑が広がっていく。
俺は居ても立ってもいられなくなり、回れ右をしてそそくさと冒険者ギルドを立ち去る。
俺がギルドから出た瞬間、ドッとギルド内が笑い声で包まれるのを感じた。
あれ?おかしいな、途中まで良かったと思うんだけど。
ま、しょうがない。これで、ニュート族への差別より、俺に対しての「ヘンタイ」差別の方が、インパクトで上回ったことだろう。
アイズがギルドから出てきて、気持ち悪そうに俺を見ている。
「あ、アイズ、教えてくれてありがとうな」
「ああ、う、うん。別に気にしないで」
「実家に帰るんだっけ?気をつけてね」
「あ、ユキトも初仕事、頑張ってね」
「ああ、ありがとう。街の入口まで送ろうか」
「いや、いい。一人で行けるから、じゃあね」
「じゃあ」
手を振ってアイズと別れた。
アイズとは牢屋に一緒に入って逃げ出しただけの関係だ。結構フラグも立ってたと思うんだけど、異世界でハーレムを作るのは難しいようだ。俺にはチート能力もないしね。現実はこんなものである。
とはゆえ、急いで街を出ようとするアイズの背中を見送っていると、なんだか勝手にフラれた気分になり、切なくなった。
冒険者カードを確認すると称号に「砂漠のヘンタイ」が追加されていた。
異世界者よりも、盗賊に襲われないと思ったので、とりあえず一番前にしておく。
これ、冒険者カードを見られても、異世界者としてではなく、「砂漠のヘンタイ」として見られるだろう。
とりあえず、持っている武器を武器屋に売り、金を作って、宿を探すことにする。
手斧や弓は銀貨2枚になった。
宿は、街の端っこのかなり寂れたところで、一泊銅貨20枚だった。
片目を失った高齢の女主人は、怪しそうに俺を見て、
「ま、金を払ってくれたら、何も言わんがね」
と言って、カギを渡してきた。とりあえず、3日分渡しておいたので、大丈夫だろう。
2階の部屋に荷物を置き、ギルドでもらった紙をポケットに入れ、すぐに階下へ降り、宿の主人に老婆カギを渡す。
まずは紙に書いてある依頼者の住所に行って、事情を聞くことにする。
住所には何通りのどこ、という外国の住所の書き方をしていたため、よくわからなかったが、途中、買い物帰りであろうおばさんや鼻垂れ小僧に聞き、どうにか見つけることができた。
そこは今にも崩れそうな薬屋だった。
外壁はヒビが入りまくりで、内側を見ると壁には天井に届く棚があり、壺がところ狭しと並べられ、その上に巻物が高く積まれて、どうやっても下の方の巻物は取り出せそうにない。
奥に人影が見えたので、奥に行き
「すいませーん!冒険者ギルドから来ましたー!すいませーん!」
と声をかけた。
すると、褞袍を着た初老の男が出てきた。頭の上には犬のような耳が生えているのでイヌ族なのだろう。
「なんだ?」
明らかに不機嫌である。
「あの、冒険者ギルドから来ました。薬草採取の依頼出してましたよね」
「は?あ~あ、随分前に出したな。今またちょうど切れてきたから、頼むか」
「はい、よろしくお願いします。で、どんな薬草なんですか?」
「お前さん、初心者か?」
「はい、この前、牢屋で冒険者になったばかりです」
「牢屋で?」
「ええ、はい。盗賊に連れ去られましてね。そこで、冒険者ギルドの職員がいたので」
俺は自分の冒険者カードを見せる。
「レベル3か。初心者だな。ん?砂漠のヘンタイ?なんだこれ?」
俺の冒険者カードを見て、薬屋の主人が笑う。
「ちょっと、冒険者ギルドの受付にいた女の子を口説いたら、こんな事になってしまったんです」
「受付?アイズか?」
「いえ、メイサさんです」
「へぇ~、物好きだな。フラれたろ」
「ええ、途中まで、良かったと思うんですけど、一緒にお風呂に入りたいって言ったら、フラれました」
「バカだ、バカがいる!」
ひとしきり、薬屋の主人は笑うと
「ニュート族は人に肌を見せることを極端に嫌うからなぁ、でも、お前さんをちょっと好きになったよ、ほら、これを見ろ」
と、壺の上にある巻物を一つ引き抜き、俺に見せてきた。
そこにはアロエみたいな植物の絵と、効能などが書かれていた。
文字は日本語じゃなかったが、問題なく読めた。
俺の異世界での能力はこれくらいだと思う。
「これを見つけてくればいいんですね?」
「ああ、できるだけ持ってきてくれ。全部買い取る」
「わかりました。あ、初心者向けの薬の本とかありませんか?買いたいんですけど」
「ああ?お前さん冒険者だろ?」
「そうなんですけど、もう戦いだけじゃ食って行けそうにないんで、覚えたいんですよ」
「ははは、変わってるなぁ」
「よく言われます」
「まぁいいや、たぶんかなり下の方にあるから、お前さんが薬草取ってきてる間に見つけといてやるよ」
「ありがとうございます。じゃ、行ってきます」
俺は薬屋を出て、冒険者としての初仕事に向かった。




