牢屋での攻防
く・・・苦しい。
首を絞められながら、目が覚める。
呼吸ができない。
砂漠の牢屋の地面に、俺の引っかき傷が出来る。
後ろから首を絞めている誰かの腕を必死に振りほどこうとするも、万力のように動かない。むしろ、逆に絞める力が増す。
「…っ!!……っ!!」
どうにか鉄格子に手が伸び、立ち上がると背中から倒れ、後ろの奴に衝撃を与える。一向に、絞める腕の主は動かない。
「ンゴ・・・zzzz」
寝てる!!?
あろうことか俺の首を絞めている奴は寝ながらにして、俺の命を奪おうとしている。
そんな酷い。
俺がレベル1だからか?転移魔法中に手を出して砂漠に飛ばされるような俺への罰か?男子校出身だからか?足が臭いからか?
だからってなぜこんな目に合わないといけないんだ?酷い。酷すぎる。
異世界に落とされて、こんな砂漠の牢屋で俺の一生は終わるのか……そ…そんなの絶対にやだ!
手を後ろに回す。
こうなったら、たとえ鬼畜と言われても、どんなことでもしよう。このままでは俺が死んでしまう。
小手調べに脇をこちょこちょとくすぐる。
「くぅ・・・!」
絞める腕の力が弱くなる。勝機!
もっとくすぐる。
脇だけでなく、太ももだろうが、首筋だろうが、手が届く場所をくまなくくすぐる。
後ろの奴が悶える。
手を止めては首が絞まる。
おりゃおりゃおりゃおりゃ…。
むにゅ。
あ、これは…無意識です。ただのラッキースケベです。
むにゅむにゅむにゅむにゅ……。
「はっ!」
ついに、腕が首から離れる。
ハァハァハァハァ。
息を整えながら、俺の首を絞めていた奴を見る。
アイズは自分の胸を隠しながら、こちらを睨んでいる。
荒い息をする俺の股間を睨んでいる。
いや、これは朝だからだ!男は朝にはこうなるんだ!
という言い訳も聞かずにアイズは、俺の首を刈るようなビンタを飛ばした。
バチンッ!!
ほっぺたにモミジができた。
「俺が何したっていうんだ…」
「あんた自分が何したか、わかってないの!」
それはお前だ!寝ながらにして、俺を殺そうとしたんだぞ!
「寝相が悪い自覚はないのか?」
「何言ってるのよ!ヘンタイ!」
「ヘンタイ……いや、いい。すまん」
何を言っても、勝てそうにない。
クソ!結局、俺が悪くなりそうだ。
怒る女は苦手だ。男子校出身の弊害だろうか。
大学の同級生もそうだった。どんなに俺が正確なことを言っても、聞き入れないのが女という生き物だった。
うちにいる姉共もそうだ。まず、許せないという感情や怒りを満足させてからでないとこちらの意見は聞かない。論理で対抗なんてしてはいけない。そんなもの火に油を注ぐ行為だ。ほとぼりが覚めた頃にでも、嫌味の一つでも言おう。
「なによ!」
「いえ、なんでもないです」
「なんか、文句があるなら言ってみなさいよ!ヘンタイ!」
「いえ、全くありません」
「寝ているあたしの胸を触って興奮して!気持ち悪い!だいたいあたしが乾パンとか水を分けてあげてるっていうのに……」
アイズの怒りは止まらない。10分ほど俺への罵倒と、今までにあった男たちへの憎しみを息もつかせぬ勢いで畳み掛ける。
俺はそれを聞くふりをしながら、意識を飛ばしていた。
窓の外を眺める。今日もよく晴れている。陽の光が俺の顔に当たって、眩しい。
「ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてます!」
聞いてなくても聞いてますと言わなければ、終わらない。
「あんたねー、人の話を聞くときは……」
たとえ、聞いてますと言ったところで止まらない。
ざっ。
不意に鉄格子の向こうに気配を感じる。
とっさに、アイズに静かにと人差し指で合図を送る。
「なによ!」
牢屋の入り口を見ると、白い布で顔を覆った世紀末っぽい革の鎧を着た男が入ってきた。
入り口で顔の布を取ると、むさ苦しい日に焼けた四角い顔が出てきた。
「あ…あんたは!」
アイズが驚愕の表情で男の顔を見ている。
「おう、お前らの売り先が決まったぞ。サラマリの奴隷商だ…お前ら何牢屋ん中に穴ぼこ開けてやがんだ!このやろ!」
落とし穴を見た男は鉄格子の扉のカギを開けて、入ってくる。
一歩目で、筵を被せ砂をかけた落とし穴に気付かずにあっさり落ちた。
「うぎゃっ!」
男は落とし穴の底で尻もちをついていた。
急いで、俺は昨日アイズが作っていた石を何個か掴み、穴の中の男に投げつける。
「いてっ!やめろ!そんなんで、俺が怯むとでも思ったか?」
と男は穴の縁に手をかける。
その手を踏みつけ、さらに石を投げつける。
アイズも俺がやっていることに気づいたかのように、男に投げつける。
「クソっ!地味だ地味過ぎるぞ!」
そう言いながら、男は腰の短剣を抜き、穴の上にいる俺の足を切りつけようと手を伸ばす。
腰が入っていない攻撃は空を切り、顔面にアイズが投げた石が当たる。
続けて、俺が投げた石も当たる。
「ちっ!くそっ口切った!おめえらいい加減にしろ!!」
加減なんかするわけがない。山になっている石をどんどん投げつける。
たとえ、どんなに攻撃力が低い攻撃でも、当たれば体力を削れるなら、いくらでも攻撃する。
男は幾つ目かの石で額を切り、登ろうと手をかけたら、俺が足を踏みつける。
短剣を手に持ったまま上がろうとしたので、その手を蹴りあげ、短剣を牢屋の隅に飛ばす。
そこからは一気に鬼の形相で俺とアイズは石を投げまくった。
甲子園のピッチャーほど石を投げ、男は穴の中に隠れた。
それでも、俺達の攻撃の手は休まない。
投げる石はまだまだ、たくさんある。身長ほどの穴3つ分はあるのだ。
穴の中で頭を抱え、丸くなり防御している男に、これでもかと石を投げつける。
だんだん、男のからだが石に埋まり始めた頃、男はピクリとも動かなくなった。
ゼエゼエと荒く息をして、熱くなった肩を押さえる二人。
レベルが上がっていた。
名前:スズキ・ユキト Lv.2
体力:11
魔力:1
力:8
守り:6
素早さ:4
賢さ:☓☓☓☓
スキル:異世界の技術 交渉Lv.1 盗賊Lv.1 農作業Lv.1 運搬Lv.2 罠Lv.3
称号:異世界者 魔王の友達 魔物の友達 精霊を叱る者 バカと天才の間の紙一重に立つ者
アイズが手を俺に差し出した。
俺はその手をパチンっと叩いた。




