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牢屋で冒険者になる


そこは、ひどく埃っぽい場所だった。

咳き込みながら目を覚ます。喉がカラカラだ。

誰かが近づいてきて水の入った革袋を渡してくれた。


革袋から水を飲み、息を大きく吸って吐く。

目の前には、薄い茶色のローブのようなものを頭から被り、顔だけだした少女が、心配そうに俺を見た。


「大丈夫ですか?」


 クリクリとした目で俺に聞いてくる。


「大丈夫じゃないかな……」


 めちゃくちゃ足が痛い。血豆も潰れて、もう一歩も歩きたくない。

 

薄い茶色い土壁と、いかにも牢屋という鉄格子。壁には、子どもでも通れないくらい細い窓が着いていた。床は硬い地面。隅にはトイレ用なのか大きめの壺が置いてある。あとは申し訳程度に藁で編んだような筵が一枚あるのみ。鉄格子の扉にはもちろんカギがかかっていたが、針金でもあれば、簡単に開きそうだった。

鉄格子の向こうには短い廊下があり、扉がついている。

見張りはいない。


「ありがと」


水の入った革袋を少女に返し、細い窓から外を見る。

砂嵐で、よくは見えなかったが、牢屋の建物の外にもう一つ建物があるのが見えた。


 それにしても足が痛い。このまま逃げ出しても、すぐに捕まるだろう。

シカの毛皮は盗賊たちに取られたようだ。

 何か持っていないかとポケットを探ったが、財布の袋も取られていた。

 

「すまない、転移魔法に失敗して、飛ばされてきたんだが、いろいろ聞いていいか?」


「ええ、いいですよ」


「俺は鈴木幸人だ、鈴木が苗字で幸人が名前だ。よろしく」


「私の名前は、アイズ。冒険者ギルドで働いてるわ」


 アイズが手を差し伸べてきたので、握手をする。こういうコミュニケーションの文化は地球と変わらないみたいだ。アイズはフードを外した。栗色のキレイな髪は肩にかかるか、というくらいのショートヘア。大きな目が特徴で、もう少し年がいくとかなり美人になるだろう。


「冒険者ギルドか」


「ええ、魔王が討伐されたから、久しぶりに休みがもらえて、実家に里帰りする予定だったんだけど、街道で盗賊に襲われて、ここに入れられたの」


 魔物の数も減って、冒険者たちも暇だろう。

 ギルドもとりあえず職員に休暇を出して、どうするか決めるってとこかな。

 そこを狙われたのか。冒険者ギルドは給料がいいのかもしれないな。


「そうか、何か持っているか?」


「ええ、結構持ってるわよ。大きいリュックは持って行かれたんだけど、身につけてるものは大丈夫だったの。水も取り上げられなかったし」


 アイズはローブをめくり上げると、脇にポシェットがあり、中身を地面に置いていく。インナーは麻っぽい服のようだ。

 ポシェットには、乾パン5つと薄い紙の束と細い木炭。冒険者ギルドカードの束が入っていた。


「よく盗賊に取り上げられなかったな」


「ええ、適当に捕まえて、金目の物だけ奪って、牢屋に放り込んだって感じよね。私達は、たぶん奴隷商に売られると思うわ。盗賊の一人がそんな話をしていたから」


 いいのか、そんな適当な計画で。


「魔法とか使える?」


「簡単な生活系のものなら」


「例えば、どんな?」


「火をつけたり、コップ一杯くらいの水を出したり、土を固めて石にしたり。あとは、浄化魔法かな。便利よ」


 そう言って、呪文を唱え俺に浄化魔法をかけてくれた。

 汗と砂が混じってだいぶ気持ち悪かったが、さっぱりときれいになった。


「ありがとう」


「あなたは?」


「ああ、俺は、異世界者なんだ、だから…」


「え!?そうなの?珍しいわね。高く買ってくれる人がいるかもしれないわね。それは」


 もう奴隷になった時の話になってるのか。


「どうにかここから脱出したいんだが」


「でも、私、ここに来るまでに気絶させられてて、ここがどこかわからないから、脱出できたとしても、助かるかどうかわからないわよ」


 確かに、砂漠のどまんなかに放り出されても、結局、また歩き続けることになるか。

いや、だからってこのまま、奴隷になるってのもなぁ。


「おれ、奴隷になりたくないんだよ」


「そりゃ、私だってなりたくはないわよ、ただ、どうやって脱出して生きて帰るの?」


確かに。アイズの言ってることは全くその通り何だけど。

何か、何かないか?木炭?紙?ギルドカード?


「冒険者になるとスキルを覚えやすくなるっていうのは本当?」


「ええ。本当よ」


「じゃ、とりあえず、俺を冒険者にしてくれないか?」


「いいけど、血が必要なんだけど…」


 刃物がないな。歯で切るっていうのもなぁ。案外うまくいかないんだよなぁ。

 部屋の隅にある壺に目が止まった。


「すまん、穴を掘るから、するときは穴にしてくれ」


「え?」


 壺の中を覗くと、まだなにも入っていなかったので、持ち上げて落として、割った。

 大きめの壺の破片で穴を掘り、小さな破片で、親指を切った。


「これでいいか?」


「あ、ええ」


 アイズは冒険者カードを一枚、俺に渡し血をつけるように言った。

 冒険者カードに血を一滴滴らせると、灰色だったカードが青白く光り、3D映像のように空中に、俺のステータスと思われる数値が現れた。

 あれ?テスのを見た時と違う。


「あれ?他の人の持っているのと違う気がするんだけど」


「そう?」


「ああ、俺が見た人のカードは、直接カードにステータスが見えるやつだった」


「あー、それはだいぶ古いカードね。今はこっちが主流よ」


「そうなのか、それにしても……」




名前:スズキ・ユキト Lv.1

体力:8

魔力:0

力:6

守り:4

素早さ:3

賢さ:☓☓☓☓


スキル:異世界の技術 交渉Lv.1 盗賊Lv.1 農作業Lv.1 運搬Lv.2

称号:異世界者 魔王の友達 魔物の友達 精霊を叱る者 バカと天才の間の紙一重に立つ者




 なにこれ!賢さが☓☓☓☓ってどういうことなの!?

 交渉はセイレーンと交渉したからか?盗賊はオルアとセオを盗んだからだな。農民は畑仕事を指示したからか?運搬がLv.2なのは何度も洞窟と村とを行き来していたからだろう。

 で、称号の魔王の友達とかはわかるけど、バカと天才の間の紙一重に立つ者って!


「これは一体、どういうことなのかな?」


「なにが?おかしなことでもあった?」


「ああ、いろいろとおかしいな」


「他人からはステータスとか見れなくて。名前とレベルと、称号くらいしかわからないのよ。冒険者にとっては死活問題だから」


 なるほど、自分の数値を晒すことで、舐められたり、依頼されたりする仕事量が替わっちゃうんだろうな。確か北の魔女が作って、冒険者ギルドが改良したとかテスが言ってたっけ。


「称号おかしくないか?賢さが☓☓☓☓となっているんだが」


「称号は異世界者でしょ。特にそのとおりなんだから、いいんじゃない?賢さが☓なのは、我々の技術では測れないってことだと思うんだけど…」


「称号が他にもいろいろとあるんだけど、それは他の人には見れないってこと?」


「そうね。基本的に称号を持っている人ってあんまりいないのよ。よっぽどすごい冒険者か、変人にしかつかないはずよ」


「そうですか」


 他人から称号は1つしか見れないようだ。


「スキルにもレベルがあるんだな」


「そうね。スキルのレベルが上がれば、技を覚えやすくなるわね。限界まで上げると上位のスキルになるわよ」


 一応、盗賊のスキルで牢屋のドアを開けようとしたが、道具が木炭くらいしかないからか、レベルが足りないからか、開かなかった。


「行動次第で、スキルが発現するのか?」


「そうね。剣で、魔物を倒したりすると剣士のスキルが付いたり、何かを盗むと盗賊のスキルが付いたりするわね。得意なスキルによって戦士とか魔法使い、僧侶、盗賊とか、パーティーのなかでの自分の役割が決まっていくみたい。珍しいのは冒険者ギルド以外にもギルドがあるから、そっちで聞かないとわからないものもあるわ」


「なるほどね」


「どお?今の自分の身の程が知れて、ここから出る気失せた?」


「いや、ちょっといろいろやってみるよ」


「いろいろって言ったってこんな狭いところで何するの?」


 何が出来るだろう。壺のかけらで穴が掘れるくらいか。あとは紙に絵でもかけば、絵画のスキルとか発現するだろうか。でもとりあえず、あれを作ってみようか。


 壺のかけらで、穴を掘り筵をかぶせ、砂をかける。

 簡単な落とし穴を作ってみた。


・罠Lv.1がステータスに出現した。


 なるほど、落とし穴を作ると罠のスキルが手に入るのか。

アイズをちょいちょいと呼んで、落とし穴に足を突っ込んんでもらった。


「作ってるのを見てたから、わかってるのに落ちるとか意味あるのかしら」


文句を言いながらもやってもらった。


・狩人Lv.1がステータスに出現した。


罠に掛けるという行為は狩人に分類されるらしい。

面白い。いろいろ試してみたいが、今やることは決まっている。


再び鉄格子の入口付近に穴を掘り、落とし穴を作る。今度は結構大きく、下半身が隠れるくらいのものを作った。


・罠がLv.2にレベルアップした。


 面白い。もっとやろう。どんどん掘り進めてみる。


「そんなに、掘り進めて盗賊落としても、あなた自身はレベル1なんだから、すぐにやられるわよ」


 そうかもしれないな。でもやってみないとわからないし。

 

「掘った砂を圧縮して、石にできないか?」


「できるけど、大した威力にならないわよ」


「アイズさんの魔法が見てみたいなぁ」


「わ、わかったわよ」


 アイズは言われたとおりに俺が掘った砂を圧縮していくつも石を作った。

ちょろい。まだ子どもなのかな。

 とにかく、今は掘って掘って、掘り進めていく。


 人の身長くらいまで、掘ったところで、再び筵をかぶせ、落とし穴にする。


・罠がLv.3にレベルアップした。


 細い窓から、外を見ると砂嵐がひどくなっていた。

 この分なら、まだ盗賊たちは戻ってこないだろう

 アイズは相変わらず、こぶし台の石を泥団子を作るように量産し続けている。

 砂漠の地面の土なので、固まらないかと思ったが、アイズは魔力を流しつつやることで、固めていると説明してくれた。

 それにしても、こんなに作って大丈夫か。アイズの側には石の山ができていた。


「こんなに作っても魔力は尽きないのか?」


「大丈夫よ、休みつつやってるし、大した魔力もいらないから」


「ふーん、それってさ、地面に薄く砂の膜を貼ることも出来る?いちいち筵をかぶせるのが面倒くさいんだけど」


「私はできないわよ。罠のスキル持ってないし。ユキトなら出来るんじゃない?」


「俺は魔力がゼロだから、無理だよ。これって罠のレベルが上がっても、俺自身のレベルは上がらないのな」


「当たり前じゃない?何かを倒して経験値を得ないと冒険者としてのレベルは上がらないわ」


 当たり前だったのか。ま、そういうもんか。

 とりあえず、もう一個落とし穴を作っておこう。

 盗賊は一人だけじゃないからな。


「まだ、作るの?牢屋の中、穴だらけにする気?」


 アイズの文句を聞きながら、壺のかけらで、もう2つ、人間の身長ほど深い穴を作った。

 途中でアイズは石を作るのがめんどくさくなったようで、乾パンを食べて寝ていた。


 窓の外を見ると、砂嵐は止み、夜になっていた。

 息を吐くと白い靄が満点の星空に消えていった。


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