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【やってはいけないこと】


 滝壺から戻った俺にテスは「どうしたんだ?」と聞いた。


「また精霊だよ。追い返したけど。匂い取るために水浴びしてたんだ」


 魔物たちは「またか」という感じで、朝食を食べたり、畑仕事に向かったりしていたが、オルアとセオは口を開けて目を丸くしていた。


「ご主人様、そんな簡単に人間は精霊に会えないはずなんですけど」


オルアが平たいパンを俺に渡しながら聞いた。


「ありがと、そうなの?」


オルアとセオの隣に座ってパンを食べる。

相変わらず、固い。


「はい、魔法使いの人でも上位の人しか会えないと聞きました」

黒髪のセオが小さな声で教えてくれる。


「へぇ~ま、会ったところでなんにも変わらないだろ。あ、それから俺は君らを商人から奪ってきた盗賊だから、『ご主人様』と呼ばなくていいし、俺の世話はしなくていいよ」


「しかし、私達は売れ残りで、買い手がつかなければ海に捨てられるところでしたので、やはり助けていただいた方に恩を返したいのですが」

「お願いします」


まだ年端もいかない娘二人に頭を下げられると、悪いことをしている気にしかならないんだが。


「んーじゃあ、とりあえず、魔物たちに協力してあげて。ほら昨日もオルアのために皆、薬草取りに行ったりしてたでしょ。悪い魔物じゃないからお願いします」


「お願いだなんてそんな命令してくだされば、いくらでもします」


「そお?じゃ、オルアはまだ安静にしててほしいから、あまり身体を動かさないようなことをしてて」


「でしたら、服を仕立てたいのですが、よろしいですか?」


「ああ、頼む」


「かしこまりました」


「セオはどうする?何かしたいことはあるか?」


「したいことですか?えーと……」


うつむいて考えるセオ。


「今まで、出来なかったことでもいい。何かないか?」


「あの…算学とか…あ!いや!すみません!奴隷風情が算学など、申し訳ありません!」


慌てて、目の前で手を振る。


「算学か、いいんじゃないか。じゃ、俺が教えようか?」


「いいのですか?」


「ま、こっちの世界の教え方じゃないかもしれないが……」


と、俺はアラビア数字をセオに教え始めた。


「1,2,3,4,5,6・・・・」


数字を書き、石を置いて数を数えさせ、足し算と引き算も教えた。

セオの物覚えはいいようだが、教えるスピードが早いのか、ところどころわからないという反応をしたので、ゆっくり丁寧に教えた。


「おーい、ユキトー!海に行くぞー」


カールがセイレーンのところに行こうと言うので、セオには着いてきてもらい、歩きながら教える。昨日、結構な量の貴金属類を沈没船から引き上げたが、まだまだ足りない。

テスの転送魔法には重量制限があるので、限界ギリギリまで北の魔女の島まで持っていくことにした。

 カールは未だに行きたくないと言うのだが、そうも言ってられないだろ、とテスと二人で、説得している。


 昨日と同じように港のパン屋でサンドイッチを買う。銅貨3枚のサンドイッチを15個買うといくらだ?という掛け算が出来ないと面倒な問題をセオに出したが、ちゃんと3を15回足して銅貨45枚と答えた。セオは頭がいいのかもしれない。

 

 桟橋から小舟に乗ると、セイレーンたちがやってきて、挨拶をした。セオを見たセイレーンたちは俺の彼女かと聞いてきた。この世界の男たちはロリコンなのかな?子どもには興味ないと答えると、セイレーンたちはレディーに失礼だなどと文句を言う。


「そうか、じゃあ、セオにはもっとたくさん食べて大きくなってもらわないといけないから、今日のサンドイッチは全部セオに食べてもらおう」


「「「なんでだ!!!」」」


「昼飯までに、セオがサンドイッチを食べきるか、それともセイレーンたちが樽いっぱいお宝を集めるか勝負だ!」


と言うと、セイレーンたちは急に小舟のスピードを上げ、沈没船の真上まで行き、樽を持って潜っていった。


「私はそんなに食べられませんよ。それより算学を教えて下さい」


「ああ、わかってるよ」


青い空の下、水平線が見える海の上で、俺はセオに10のくらいの足し算を教えた。カールは仰向けになってぼーっと空を見ながら、寝ていた。


昼ごろになると、樽いっぱいにお宝を詰めたセイレーンたちが戻ってきた。樽はカールが俺に肉体強化の魔法をかけて、引っ張りあげた。

サンドイッチをセイレーンたちに配り、港で買っておいたナイフを5本セイレーンたちに渡し、サンドイッチだけじゃ足りなかったら、貝やウニをとって食べてくれと言った。


樽の中の海水を海に捨てながら、今日の収穫を確認すると、昨日よりも宝石類が多いようだった。

ネックレスや指輪など少し汚れているが、磨けば結構な金になりそうなものが多い。

これなら北の魔女の島に行っても大丈夫そうだな。

 あとは、カールを説得するだけか。


「カール」


「俺は行かないよ」


「そう言ったって、お前、じゃ、なんのためにこんなことしていると思っている」


「テスとユキトだけで行ってくれよ~頼むよ~」


「いいのか、魔王がそんな弱腰で、魔物たちも見てるぞ」


 セオがビクッとしてカールを見る。

 あれ?言ってなかったんだっけ?


「いいのだ!俺は魔王になんかならないし、普通に暮らすのだ!それでいいのだ!」


どこのパパだ?というセリフを吐くカールに呆れながら、サンドイッチを食べた。

無言でカールを見ながら食べた。セイレーンやセオも真似をして、無言のプレッシャーをカールに与えた。カールはこちらを見ないように背中を丸めて、サンドイッチを食べていた。

樽ももう一杯なので、桟橋まで帰ることにした。もちろんカールに無言のプレッシャーを与えながら。桟橋まで着く頃に、耐えかねたのかカールは「わかった行くよ」とつぶやいた。


「そうか!よし行こう!」


 笑顔の俺を見ながら、カールはぶつくさとなにか言っていた。

 セイレーンたちにお礼を言って、うまく魚を輸入できたら、いの一番に食べさせると約束をして、別れた。

樽を背負い、村を抜け、森で何回か休みながら洞窟へ向かった。

セオはどうして村で樽の中身を売らないのかと聞いてきたので、ちゃんとした街で売ったほうが高いと教えた。数字を交えて教えたので、目がキラキラしていた。


日も暮れかけた頃、洞窟に着くと、テスが地面に何か書いていた。大きな丸の中に、解読できない文字が同心円上に並んでいる。

テスが俺とカールに気付き、


「説得はうまく言ったか?」


「ああ、無言の圧力でどうにか」


「卑怯だよ。あんなの」


カールのボヤく。


「これは魔法陣?」


「そうだ。結構な重さになりそうだから、一応な」


 詠唱でも魔法は発動するが、魔法陣を書いたほうが、効果は増すのだそうだ。

実に繊細に魔法陣を描くテス。もし、ちょっとでも魔法陣を消したら、テスは怒るんだろうなぁ。でも、もし、消したり、こことここの線をつなげちゃったら、どうなっちゃうんだろう、とあらぬ想像をしてしまう。


 イカンイカン。そうやって、やってはいけないことをやったがために、異世界まで飛ばされたのだ。立入禁止と書いてある場所に踏み込んではいけない。時々、こういう虫が俺の中に現れる。落ち着いて、ジェントルマンのように、樽を背負ったまま直立不動でいると、テスから「やる気満々だな」と言われる。いえ、自分の中で天使と悪魔が葛藤をしているだけです。


「じゃ、カールのやる気が覚めない内に行こうか」


「え!?もう行くの?」


「カール、往生際が悪いぞ。ユキトを見てみろ、すでに魔法陣の中でスタンバイしてるじゃないか」


 え?あ、本当だ。いつの間にか、俺は魔法陣の中に入っていたようだ。

テスが昨日の樽とシカとイノシシの毛皮を何枚か持ってきて、魔法陣の中に置く。

テスとカールは持っていくものを確認している。


 あ、なんかまだ持っていくのかな?そりゃそうか、一回で済ませたいもんな。

俺はというと、相変わらず、樽が縛り付けられている背負子を背負って直立不動で魔法陣の中に突っ立っていた。

なんか遠足の前日に家でリュックを背負っているみたいな気分になってきた。


「あ、まだ、なんか持ってくる?」


俺は背負ってた樽を魔法陣に置いて、テスに聞くと


「ああ、いや、もう大丈夫だろ。とりあえず魔法陣の中に入っててくれ」


 カールが持っていくものの確認を終えると、テスが魔法陣の中心に立つ。

周りにはオークやゴブリン達、オルアやセオが見送りのため、集まってきていた。


「じゃ行ってくる。カールとユキトは詠唱が終わるまで魔法陣の外に出るなよ」


と言って、テスは何語かわからない詠唱を始めた。

すると、地面の魔法陣が輝きだし、青白い光を放ち始めた。


「魔法陣の外に出るなよ」


テスの言葉が頭のなかで響く。魔法陣の外に出たらどうなっちゃうんだろう?いやいや、いかん。シカの毛皮でも見ていよう。うん、いい毛皮だ。魔法陣から出たらダメなら、手だけ出したらどうなるんだろう?いやいや、いかん。やってはいけないことはやってはいけないことなんだ。よし。なんかテスの詠唱も盛り上がってきてるな。森の木々がざわめいている感じがする。ゴブリンの子どもがなんか興奮して飛び上がっている。あっこけた。


その転んだゴブリンの子どもをとっさに助けようとした瞬間に、俺の手が魔法陣の外に出た。


バチンッ!!


電気が体中を駆け巡った気がして。目をつぶった。


次に目を開けた時、俺は砂漠にいた。

周りには誰も居ない。手にはシカの毛皮が握られていただけ。


俺はたいてい、やってはいけないことを気をつけててもやってしまう。


「やっちまったーー!!」


俺の叫びが砂漠の風に消えていった。


ようやく、話が始められそうです。

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