【ご主人様はダンジョンにお住いですか?】
夜の帳が下りても、港周辺は明るかった。
村の居酒屋は満員で、路上にまで席を作って酒を出していた。テスが店員に「混んでいるな」と話しかけると、「めったに船なんて来ないから書き入れ時なんだ」と、木で出来たジョッキを6つ抱えて近くのテーブルに持っていった。
うまそうに酒を飲む客たちを横目で見ながら、港の端のテントへ向かった。
テントの入り口には「準備中」の札がかかっていた。
「ここが奴隷商の店か?」
「そうなんだけど、やってないかぁ」
朝、ここに来てないテスの質問に答えながら、入り口の隙間から中を覗いた。
テントの中にはヘンタイがいた。
正確には、下半身を丸出しにした太った聖職者が、馬を叩く用の鞭を持って、奥に向かっていた。ろうそくの灯りしかないのに、やけに部屋の中は明るく、床には聖職者のズボンが落ちていた。
カールとテスに静かにここで待つように、とジェスチャーで伝え、一人でこっそりテントの中に入る。少女たちの怯える声と聖職者の荒い息が妙に大きく聞こえる。聖職者の後ろに忍び寄ると、茶髪と黒髪の少女たちは怯えて壁際にお互いを抱き合っているのが見えた。
聖職者が俺の気配に気づき、振り向く瞬間に、伝家の宝刀「膝カックン」をかまし、肩を掴んでそのまま後ろに引き倒す。聖職者は「ぐぶっ」という声を出して、勢い良く床に頭をぶつけ、もんどりを打っている。ジタバタする足の片方を持ち上げ、そのまま4の字固め。よくプロレス技は相手の協力がないとできないと言われるが、元男子校生を舐めてもらっては困る。相手の隙をつき、何をやっているのかわからない状態を作り出せれば、このくらいなんてことはない。男子校の休み時間は暇なのだ!
「ぎゃあー!!」
聖職者の悲鳴を聞きつけ、テスとカールがテントの中に入ってきた。
いまだかつてない痛みをくらって顔を歪めている下半身丸出しの聖職者と、足を絡めている俺を見て、カールは当たり前のことを言った。
「何やってんの?」
「ヘンタイを絞めてるところ、とりあえず奥の二人を助けといて!」
「わかった」
カールとテスは、奥にいる少女たちに話しかけた。
「店主はどうした?」
「あ…あの…はぁ…あの」
「落ち着いて、見た目は十分怪しいかもしれないけど何もしない」
「えっと…あの……」
「…えっぐ、…えっぐ」
「ダメだ。ユキト、興奮状態にあるようだ」
「全く。テス、この男を気絶させられる?」
テスは「痛い痛い」と言ってる聖職者の顎に、首が抜けるんじゃないかと思うほどの蹴りを放って気絶させた。
「全く。こいつのせいで計画が丸つぶれだ」
昏倒している聖職者に吐き捨てて、奥に行き、少女たちの背中をさすりながら「大丈夫大丈夫」と繰り返す。前に「学童保育」のバイトをしていた時を思い出し、しゃがんで同じ目線になるように話しかける。
「大きく息を吸って、吐く~。落ち着いた?」
「はい、ありがとうございます」
「それで、店主はどこいったの?」
「たぶん、村の犯罪奴隷をとりに行っているのだと思います」
黒髪の方が答えた。
なるほど、犯罪者を閉じ込めておく牢屋がない村では、奴隷商に売り渡すのか。
とりあえず、少女たちの手足についた鉄の錠を外したい。
「テス、この錠って切れるか?」
「いや、俺がやると娘っこの手足も切り落としそうだ」
「そうか、じゃあ鎖だけでも切ってもらえるかな」
「わかった」
テスは目にも留まらぬ早さで背中の大剣を振るって剣を収めた。二人の鎖はきれいに切れていた。
「お、こいつ結構持ってるぞ」
カールが聖職者の服を探って、財布を取り出し中を見ていた。
「どのくらい?」
「銀貨20くらいかな」
「よし、確か黒髪の彼女が、そのくらいだったよな。カール、その聖職者を茶髪の娘に変身させてくれないか?」
「わかった」
カールが何をしゃべっているかわからない詠唱を行い、魔法をかけるとみるみるうちに聖職者は少女の顔と身体になっていった。ただ、太さは変わらなかったため、かなり恰幅がいい少女になってしまった。
「体積ってあんまり変えられないんだよな」
カールは言い訳のように言った。
これじゃあ、別人と言われるかもしれないが、ま、いっか。これはこれで需要があるかもしれない。いや、あるさ、きっと…。
樽の中に入っていた鉄の錠を、変身した太った少女につけて、奥の方に転がしておく。テスが刈り取った意識は当分帰ってきそうにない。
聖職者の財布を、奴隷商の机に置いて、「娘一人、買い取りました」と書き置きしておいた。黒髪の少女を俺が背負い、茶髪の少女をテスが抱え、大きい布で隠して行くことにした。
「一応、確認だけど、何か魔法をかけられて、拘束とかされてないよね?言うこと聞かないと頭を締めあげられるとか」
「いいえ」
「かけられた記憶はありません」
少女たちは首を振り、そういうのは値段が高い奴隷だけで、大陸のしっかりした法律がある国でしかやらないそうだと、教えてくれた。
「あと、俺らが君達を連れてっちゃうんだけど、いいかな?」
一応、奴隷のままがいいと言うこともあるかもしれないと思って確認した。
少女たちはお互いを見てから、不思議そうに俺に向かって
「はい、ここじゃなければどこでもいいです」
「お願いします。連れて行って下さい」
と答えた。
「ならよし!とりあえず、飯はたらふく用意するから」
「「はい、ありがとうございます」」
布をフードのようにかぶり、三人はテントを出た。できるだけ、ひと目につかないように、急ぎながら、洞窟に続く森へ向かった。
村で一番大きな通りに出たところで、大勢が走る足音が聞こえてきた。
「待てー!!」
追いかけているのであろう男の声が村に響き渡る。
まだ、誰も通りにはいない。この先でかち合うかもしれない。
「出会っちゃったら面倒だな」
カールの一言に案を出す。
「どうする?路地を通ってやり過ごすか?」
「ま、大丈夫だろ」
テスはいつでも安定している。さすがだ。
「とは言え、急ごう」
三人とも走りだしたところで、50メートルほど先の横道から、縄で手を縛られたウサギ族の男が4人、走り出てきた。その後ろを例の奴隷商と若いウサギ族7、8名が長い棒を持って追いかけてくる。このままでは数秒後にかち合ってしまう。
「そのまま、疾走って」
カールが走っている俺とテスの前に飛び出す。
ぼそっと何かつぶやいて、つきだした右手の手首を上に上げた。
次の瞬間、目の前で突風が吹き上がり、前から来たウサギ族の男たちと奴隷商が空中に巻き上げられた。
「エアーボム!」
カールが右手を握ると、巻き上げられた男たちが、花火のように四方八方に飛んでいった。その光景に一瞬立ち止まりそうになるも、テスもカールも止まらずに走り続けるので、追いかけた。
森の入口から、少し行った辺りで、走るペースを落とし
「さっきのあれは、なんだったんだ?」
と聞いた。
「犯罪奴隷が逃げんたんだろ」
「いや、さっきのカールの魔法だよ」
「ああ、あれは、俺のオリジナルの魔法だ。周りの空気を圧縮して開放するだけの簡単な魔法だよ」
「簡単だけど、オリジナルなのか?」
「ああ、風の精霊はいるけど、空気の精霊って聞いたことなかったから、自分で作ったんだ。まぁ、俺は魔物だから、どっちにしても精霊の加護は受けられないんだけどね」
洞窟の前まで来たところで、黒髪の少女を背中から下ろした。テスも茶髪の少女を下ろす。
「ここが、俺達の家だ」
洞窟を指さしながら、少女たちに説明した。
洞窟から俺たちを出迎えるように、ゴブリンと一角ウサギが出てきた。
少女たちはあっけにとられ、怯えるように
「ご主人様はダンジョンにお住いですか?」
「ああ…、まぁ、そうなるかな…」
「やぁ、ただいま」
とカールがフードを外すと、額には2本の角を顕にして洞窟に向かった。それにも少女たちは驚いていたので
「俺とテスは普通の人間だよ」
と教えておいた。
それを聞いたカールは振り向いて
「普通ではない。人間としてはかなりイカれている部類だから、気をつけたほうがいいぞ」
と二人に忠告して、一角ウサギを抱えて、洞窟に入っていった。
少女たちは、俺とテスを交互に見て、苦笑いを浮かべた。
「とって食やぁしないよ、肉には困っておらん。ガハハハハ!あとはユキトに任せる」
テスは木に吊るされ、血抜きの終わったイノシシの解体を始める。
「ああ、ありがとう」
奴隷の少女たちに関しては、完全に俺のわがままだ。勝手に助けたいと思って、二人に協力してもらったのだから。助けたからには面倒を見なくてはいけない。やさしさは根性ですって、お笑い芸人の重鎮が言っていた気がする。
「とりあえず、飯を食おう!」
二人の少女を連れて、ダンジョンのような家に入った。
□□□ □□□
「セオです」
「オルアです」
と少女たちは自己紹介した。黒髪のほうがセオで、茶髪のほうがオルアという名前。
セオとオルアに平たいパンと焼いた肉を食べさせながら、ゴブリンたちが「そんなガリガリで大丈夫なのかなぁ?」「人間は肌が白いんだな」「料理はできるかな?」などと質問攻めにしていた。ココらへんは女の人達なのだなぁと、一人で納得した。
二人ともある程度は料理ができるらしい。これで洞窟の食糧事情も改善されるといい。
案外、魔物と人間の共同生活はうまくいきそうだ。
奴隷の服のままじゃかわいそうだから、明日村に行ってなんか買ってくると言うと、二人とも「そこまでしていただくわけにはいきません」と断られた。ならばと、買ってあった布と針と糸を持ってきて、裁縫ができるなら好きに作るといいと渡した。何度も頭を下げてお礼を言うのを止めて、飯を食べるように言った。
洞窟の奥に行っていたカールが戻ってきた。
「奥で何かやってるの?」
と聞いた。帰ってきてからずっと、奥からカンカンと音がしていたのだ。
「ああ、オークが部屋を広げてるんだ。それが終わったら、いくつか部屋を作りたいって」
「本当にダンジョンみたいになってきたな」
セオとオルカには、飯を食べた後、寝るように言って、ゴブリンの子どもと一角ウサギの間で寝かせた。
俺はわがままを聞いてもらったので、洞窟の前で火の番と見張りをした。もしかしたら、カールがふっ飛ばしたウサギ族か奴隷商が仕返しに来るかもしれない。特に奴隷商は、店に帰ったら、知らない太った少女がいるのだから、恨んで突撃してくるかもしれない。
海から引き上げたものの中にあった、やたらキレイなナイフで、木の杭のようなものを作っていると、テスが暖かそうなシカの皮を渡しにやってきて、隣に座った。
「眠たくなったら寝ていいぞ、この島の連中がどんなに集まっても大したことない。今ならゴブリンの子供のほうが強いと思う」
セオとオルアが飯を食べている間、テスがゴブリンの子どもたちを鍛えていたらしい。
「どんだけ、鍛えるんだよ」
「いいぞ、子どもはやったらやっただけ吸収するから、面白い。レベル1はユキトだけになってしまったぞ」
「あ!そうだ。それ聞こうと思ってたんだ」
「なんだ?ハーレムも作りたいってか?今はとりあえず、あの二人で我慢しろよ」
「いやいや、そうじゃなくて。そもそも、あの娘らはまだ子どもだから、ハーレムには入れられないよ!」
「そうなのか?」
「そうだよ、どんどん食べて成長してもらわないとな」
「なんだ成長するまで待つのか?」
「待つよ。いやいや、そうじゃない。あの二人は子どもだよ!そんなことしたら犯罪だよ!っていうか少なくとも俺のいた世界では犯罪だったし、俺としてはむしろ年上が好きだから手を出す気はない!」
「そうかぁ?子どもはやったらやっただけ吸収するぞ」
「こら!アホなこと言うなよ!」
ここらへんの下ネタはどの世界のオヤジでも同じらしい。
「ガハハハハ」とひとしきりテスが笑った後、
「で、聞きたいことってなんだ?」
「レベルって冒険者になると見ることができるって本当?」
「ああ、冒険者ギルドが発行しているカードがあってな。それで見られる。ほら」
テスは自分の冒険者カードを見せてくれた。
レベル392!!?その下に3800とか5900とかステータスみたいなのが書いてあって、「魔王の親友」「北の魔女の一派」「世界一の剣豪」「逃亡者」と記載されていた。カードを返して、聞いてみた。
「この下のは?テスは北の魔女の一派なのか?」
「ああ、これは称号って言って、まあ、なんか偉業とか達成すると勝手に書かれるんだ。北の魔女の一派ってのは、このカードを作ったのが北の魔女だからだ。冒険者カードのシステムを組み上げたのも北の魔女で、今、世界中で使われている冒険者カードはこれを元にしているらしい。俺は旦那(魔王)の親友だから、『北の魔女の一派』って勝手に書かれたんだ」
「北の魔女はなんでこんなの作ったんだろう?」
「暇だったから、強さを数値化してみたら、バカ売れしたって本人は言っていたけどな。ま、今使われているやつは、冒険者ギルドが改良してスキルとかも覚えやすくなっているらしい」
「このカードを持っているだけで、スキルを覚えられるの?」
「なんだ?欲しいのか?」
「うん、だって、便利だろ?」
「便利だけど、自分で作った技とかの方が使い勝手がいいと思うぞ。なにより自分に合ってる」
「え?じゃあ、冒険者ギルドのカードっていうのは決められたスキルだけが覚えやすいってことなの?」
「まぁ、そうだな。魔法とかも精霊の加護が受けられる魔法を覚えやすくなるって聞いた。詳しくはわからんが、カードで精霊と契約できるんだとか。俺のは北の魔女のオリジナルだからそんな機能はない」
「ふーん、それは冒険者ギルドにいけば貰えるんだよね?」
「ああ、少し金はかかるみたいだが、そんな高くないはずだ」
「この近くだと、どこかないかなぁ?」
「この島にはないから、西の大陸か東の大陸の大きめの街に行くことだな」
「そうかぁ、あ、そういえば、テスは転移魔法って使えるの?」
「使えるけど、3つくらいしかポイント指定してないから、行くところは限られてるぞ」
「セイレーンたちが引き上げた物を売って、北の方から魚を輸入したいんだよ。俺が行って交渉さえできればいいんだけど、船はあの小舟しかないだろ。どうしようかなぁ、と思って」
「俺が転移魔法で行けるのは、魔王城と、すごい山奥と、北の魔女がいる島だな。魔王城の周辺には街はないしなぁ。山奥は本当に何もないところだし、そうなってくると北の魔女の島かなぁ」
「でも、あまり会いたくないんだよね?」
「ま、そうなんが。そこくらいしか…。一応、港街もあるし冒険者ギルドもあるぞ」
「本当?なら、そこに行って、魔女に見つからない内に帰ってくるっていうのはどうだろう?」
「んー十中八九バレるけどな。カールも連れて行くか」
「この前、北の魔女の話をしたら、死ぬほど怯えてなかった?」
「そうだが、魚の買い付けは魔物のためなんだろ?」
「たぶん、通商航路ができれば、ちょっとやそっとのことで魔物が絶滅することはないと思うし、男手もスカウトしてこられるかもしれない。そしたら、畑ももっと大きくできるし、ここにも魔物の村ができるんじゃないか、と俺は考えているんだ」
ダメ押しとばかりに俺は畳み掛ける。
「あとこれは俺の予測でしかないんだけど、今年の冬はここらへん一帯では魚が獲れにくくなるはずだから、食料はたくさんあった方がいい」
「じゃ、しょうがない。カールに生贄になってもらおう」
「‥でも、大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。自分の息子が来たら、大体の親は嬉しいもんさ。殺されはしないだろう。ちょっと、カールに言ってくる。覚悟はしておいたほうがいいだろうからな」
テスは立ち上がって、辞令を言い渡す上司のような面持ちで洞窟に向かった。
入れ違いに茶色い髪のオルアが洞窟から出てきた。魔物に囲まれて眠れなかったのかな?
オルアは黙って俺の隣に腰掛けて、なにか言いたいことを言えないような感じで、俺をチラチラと上目遣いで見てくる。これが成人した女性なら、手を出していたかもしれないというくらいには可愛い。新しい場所で、不安になっているのかもしれない。
「あの…その…」
夜空には大きめの月と小さい月が登っていた。
「月がきれいだなぁ」
と助け舟を出すと
「きれいです!」
と間髪入れず、大きな声で返ってくる。
「ご主人様は何を作っているんですか?」
「ああ、これは」
自分の手の中にある杭を見て、かなり削れたことを確認する。オルアたちの手足の錠はUの字を合わせたように出来ていて、合わせたところに杭を打ち込んで外そうと思っていた。
「ちょっと、手を出して」
と言ってオルアに手を出させ、その手首にある錠の合わせに削っていた杭を当て、ナイフの柄を金槌代わりにコンコンと叩いた。思ったように杭が手錠の合わせ目に入り込んだので、テコの原理で杭を横に倒すと、あっさり手錠が外れた。
両手足、4つの枷を外すと「ありがとうございます。ご主人様」とオルアは立ち上がって、頭を下げた。
「別に俺の金で買ったわけじゃないから、ご主人様なんて言わなくていいよ。それに、枷も外したから、奴隷じゃなくなった。今逃げても、誰も追わない。自由だ」
オルアは少し、震えて涙目になった。
「わかりました。でも、ここから逃げても他に行くところがありませんし、できれば、ここに置いてもらえますか?」
「ん、わかった。助かるよ。もし村に行くようなことがあっても、ここに魔物がいることは、秘密にしておいて。カールたちは静かに暮らしたいだけなんだ」
「助かるだなんてそんな、絶対に秘密にします!セオにも言っておきます」
「ありがとう」
と言って、オルアの頭をポンポンとした時、ちょっとした力だったがオルアが痛そうに目をつぶった。
「ごめん。痛かった?」
「いえ、あのですね。ご主人様、実は私、元貴族の娘なんかじゃないんです。獣人なんです」
「え?そうなの?それで…?」
と自分の手を見ると、血が付いていた。
「ちょっと待て!オルア、頭を見せて!」
オルアの頭を見ると、茶色の髪に隠れた獣の耳が根本からちぎれていた。
「すみません。ヒューマン族のほうが売れるので、耳を切りました」
「切りましたって、奴隷商に切られたんだろ?」
「そうですが、獣人で、しかも耳の欠けていますが、どうかそばにいさせて下さい!お願いします!どうか見捨てないで下さい!」
頭を下げるオルアの肩を掴んで、目をオルアの目を見て
「見捨てない!見捨てないから!治療をしないと!耳は聞こえているのか?大丈夫か?大丈夫じゃないだろ」
「耳は聞こえています。ご主人様の声もちゃんと聞こえます。ただ遠くの音までは聞こえません」
「そうか、わかった。ただ血がまだ出てるな。耳を切られたのはいつ?」
「今朝です。ご主人様たちが来る前に。でも大丈夫です。そんなに血は出ていませんでしたし」
「大丈夫なわけない!いいか!誰かに傷つけられたり、暴力を振るわれるようなことがあったら、すぐに言うんだ!わかった!?」
「はい、わかりました」
「とりあえず、消毒して、包帯を巻かないとな」
「いえ、そんなことをしてもらうわけには…」
「病気になったらどうする!?いいから言うとおりにして!」
と、ここで洞窟からカールが飛び出してきた。
「おい~ユキト~、なんで北の魔女の島に行かないと行けないんだよー!俺は嫌だぞ!」
「うるせー!今、それどころじゃねえ!薬草と包帯とってくるから、オルアにありったけの回復魔法と解毒の魔法をかけといてくれ!」
「な!?…なんだよ?……怪我したのか?」
カールがオルアに話しかけているのを、背中で聞いて、洞窟に入り、全員たたき起こして薬草を探させ、布を水で洗った。途中、布を洗いに川に向かった時に精霊に会ったような気がしたが、完全に無視した。
オルアの耳の傷口に薬草をつぶした汁を塗り、洗って、テスが魔法で乾燥させた布を巻いた。破傷風とかの心配があったが、カールの解毒の魔法でだいたいの菌は死滅させることができるらしい。テスが言うには、オルアの耳は元には戻らないだろうが、2、3日で傷は塞がるという。
オルアを寝かせ、ついでにセオの手足の錠を外し、全員が寝たのは、月が中天を過ぎた頃だった。




