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ぬいぐるみにも五分の魂

ゆめうつつ

作者: 夏岸希菜子

「雪乃……」

 気付けば朝になっていて、隣でクマのぬいぐるみが横たわっていた。どうやら、眠っているうちに大変なことになってしまったらしい。原因不明で理解が追いつかない。

「きみ、雪乃だよ、ね……?」

 ぬいぐるみをベッドの上に座らせて、語りかけてみる。返事はない。ぬいぐるみは喋らないのが世の常だ。何か世間に対して後ろめたいことをしているような気がしてくる。いったい、ぬいぐるみと一緒に寝たり、人形に話しかけたりする男子高生がどこにいるというのだ。そう思ってから、自分はいったいいつから男子高生になったのだという疑念が湧いて、それを思い出そうとするが頭痛がして思い出せない。ただ、昨晩までは雪乃はちゃんと生きた女子高生で、ルイと名付けたテディベアを抱いて寝た、ということは覚えている。気付くとルイは人間だったのだから、おそらくこのクマは雪乃だろう。

「入れ替わった……のかな」

 入れ替わったとはいえ、ルイが雪乃になったとかいう訳ではなく、ルイはルイのまま、ピノキオのように変身してしまったようだ。元ぬいぐるみが言えたことではないが非現実的である。

 そうこうしているうちに、聞き覚えのある声がかすかに耳にとまるようになった。いつものように、ねぼすけ雪乃を起こしに来たのだと思ったが、呼ばれているのは雪乃ではなくルイだった。どうなっているのだろうか、と考える間もなく、意識の内側にするりと記憶が入り込んでくる。

『今の声は僕の母親だ。雪乃は女子高生ではない。僕が生まれてすぐ、母が買って来た、ぬいぐるみだ』

 自分が思い出したらしい内容が、強制的に頭の中でぐるぐると何度も反復されて、気持ち悪くなってくる。ドドドという凄まじいノックが始まる。

「るい!」

 母親の声だ。ん、とルイは返事にならない返事をする。

「いい加減早く起きなさい」

 怒っている。そういえば昨日も一昨日も遅刻ぎりぎりだったっけ、と思い出して、

「わかった、わかってるってば」

 答えてから、さっきまでの記憶はなんだったのかと不安になる。


 いつもの朝食。白いご飯、味噌汁、目玉焼き。メニューも、食べ方も、間違いなく覚えている。でも、何かが変だ。まるで映像で観たことがある未知の物みたいに、匂いも味も知らない。食事って、こういうものだっただろうか。

 のろのろと朝食を咀嚼しながら、なんか具合が悪いみたいだと呟いてみる。寝惚けていたのか、変な夢を見たのか、それとも実際に自分がぬいぐるみだったのか分からないのは、少なくとも健全な精神状態ではない。頭がおかしいと思われるのはいやなので、そのことに触れず、頭痛で食欲がないと伝えておく。

 もう一度眠ったらぬいぐるみに戻って一件落着、ってなれば良いのだけれど、とか考えつつ、マットレスの上に倒れ込む。雪乃は黙ったまま、スプリングの上下に合わせて揺れる。何か喋りたそうな気がして、ぽふん、と手を伸ばして頭に置いてみる。

「ゆ、き、の。言いたいことがあるなら言いなよ?」

 返事はない。ぬいぐるみは喋らないのが世の常だ。彼女は黒く丸々としたつぶらな瞳でみつめるだけだ。

「……」

 やっぱり寝惚けていたのかな、なんて考え始めたころ、ちょうどぽかぽかと暖かで気持ち良くなり、そのまま夢の中に引き込まれていった。


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