魔王にさらわれた人質王女が魔王城で喋り倒すお話
妖しい満月が空で光る夜、とある国の王女はさらわれた――……
◇◇◇
「魔王様、このクッキーのジャムに洋酒を加えてみてはいかがでしょうか? 味に奥行きが出て高級ジャムのようになりますわ!」
「……」
「ところでこの紅茶の茶葉は何でしょう? 私のうちでも飲んでみたいわ!」
「……」
魔王はこめかみをピクピクと震わせ、深くため息をつく。
「それにしても素晴らしいシャンデリア! きっと一級職人が作った国宝級のものなんでしょうね!」
王女がさらわれ大混乱に陥っていた裏で、当の本人は人質とは思えないほど元気におしゃべりをしていた。
「私は人質として魔王様にさらわれたのでしょう? まさに夏の大冒険、という感じですわね! 人質とは酷い目に遭わされるイメージでしたけど、大事にされるパターンもあるのですね! 勉強になりましたわ!」
「まあ、ストレスで死なれたら困るからな」
「わあ! 魔王様がしゃべりましたわ! これで6回目ですね!」
「数えるな」
3日3晩つきあわされている魔王の目の下にははっきりクマができている。
「私をさらって国に土地と資金と人材を要求するなんて、素晴らしい発想ですわ! ……あら、いろいろ話していたら喉が渇きましたわ。次は紅茶じゃなくて果実水が飲みたいですわ!」
限界を迎えた魔王は、ボロボロの足取りで執事に果実水を頼む。
「あらやだ魔王様、白髪が一本出ていますわ! きちんと染めないと、カッコ悪いですわよ!」
「……」
「ま、それはいいとしていつ私の勇者様が来るのでしょう? 魔王様にはしっかり倒されてもらわないといけませんわ!」
それから数ヶ月が経った、ある満月の夜――
ついに王女が待ち望んでいた日が来た。
「俺は勇者のアルスだ! 王女様、今助けに――」
威勢よく叫んだものの、勇者アルスは目の前の光景にピタリと動きを止めた。
「まあ! 勇者様、待っていましたのよ!」
重厚な扉の向こうには、満面の笑みで勇者を迎える王女しかいなかった。
「魔王はどうしたのですか……?」
「2日前、急に倒れて霧となり消えていったのだけど……何が原因だったのかしら?」
「は……!? まさか、魔王を倒したのか?」
「さて? 私は楽しくおしゃべりしていただけなんですけれどね」
目の前にいる無邪気な王女に、勇者は絶句する。
「ここまで四天王、いや 敵一人いなかったのは……?」
「魔王様が消滅したあとお話する相手がいなくて、魔王城にいる魔族全員と話したのですが、執事を残して誰も残らず消えてしまいましたわ」
やれやれと言わんばかりに王女は首を振る。
「それはつまり、貴方が魔王を倒したということですか?」
「私はずっとしゃべっていただけですわ」
それだけで勇者は察した。彼女は寝ることも休憩することもなく、一睡もさせずに魔王たちを付き合わせていたのだと。
「物語では勇者は王女……つまり私と結婚する運命ですわ! 勇者様、よろしくお願いしますわね!」
それからその勇者は妻となった王女のおしゃべりにつきあわされ、勇者の力を超える圧倒的な会話量で永遠に振り回されることになるのだった。
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