真面目なメガネとドジっ子甘え上手の恋の方程式
俺、春野祐介は、幼なじみの早瀬佳奈に人生を振り回され続けている。
物心ついた時から隣の家に住む彼女は、俺の日常に欠かせない存在だ。
真面目が服を着て歩いているような俺と、ドジで頭が回らないのに甘えるのが天才的な彼女。
今日も朝からその組み合わせが炸裂している。
「ゆうくん! 起きてー! 一緒に学校行こうよ!」
俺を揺すりながら起こそうとしている、明るい声。
時計を見ればまだ七時十五分。
俺はため息をつきながらベッドから起き上がり、眼鏡をかけた。
俺が起き上がったすぐ横にいたのは、制服姿の佳奈だった。
ネクタイが曲がり、リボンが片方だけ外れ、鞄からはノートがはみ出している。相変わらずだ。
「佳奈、もう少し静かにしてくれ。父さんがまだ寝てるぞ」
「えへへ、ごめんなさい。でもゆうくんが起きないと、私一人で学校行けないもん」
彼女は上目遣いに俺を見て、にこっと笑う。
その笑顔を見ると、俺のツッコミスイッチが一瞬オフになる。
昔からこのパターンだ。小さい頃、佳奈が公園で転んで泣いているのを俺が慰めて以来、ずっとこうして甘えられてきた。
「ほら、ネクタイ直してやる。曲がってる」
俺が手を伸ばすと、佳奈は胸を突き出して待っている。距離が近い。甘いシャンプーの匂いがする。
「ゆうくん、優しい。大好き」
「大好きとか軽々しく言うな。ただの幼なじみだろ」
俺は顔を赤らめながらネクタイを整えた。佳奈は満足そうに笑って、俺の腕に絡みついてくる。
ーー
「一緒に歩こ。今日も遅刻しちゃダメだよ?」
「遅刻するのはお前だろ。俺はいつも時間通りに起きてる」
二人はいつもの通学路を並んで歩き始めた。
桜の木が並ぶ道を、佳奈はスキップ気味に進む。
俺はそんな彼女のペースに合わせながら、時々手を引いて道を修正する。
学校に着くと、クラスメートたちの視線が集まる。
幼なじみで同じクラスというのは、すでにネタにされている。
「春野と早瀬、また一緒に登校かよ。羨ましいな」
「誤解するな。単に隣同士だからだ」
俺がそう言うと、佳奈が後ろから俺の袖を引っ張る。
「ゆうくん、席着いたら消しゴム貸してね」
授業が始まると、佳奈のドジが本領を発揮した。英語の小テストで、彼女は問題用紙を逆さまに置いていた。
「佳奈、それ逆だぞ」
俺が小声で囁くと、彼女は慌てて直すが、今度は消しゴムを落として床に這いつくばる。
「拾えない……暗いし怖い……」
「仕方ないな」
俺は自分の席から身を乗り出して消しゴムを拾ってやった。
後ろの席の佳奈が、俺の手をぎゅっと握ってくる。
「ありがとう、ゆうくん。やっぱりゆうくんがいないとダメだね」
その言葉に、胸がざわつく。
俺は真面目で、将来は大学で文学を学び、小説家を目指している。
佳奈のような自由奔放な子と一緒にいると、計画が狂う。でも、それが嫌じゃない自分がいる。
放課後、文芸部で原稿を書いていると、佳奈が部室に顔を出した。
「ゆうくん、まだ? 一緒に帰ろ。今日はスーパーでアイス買ってあげる!」
「部活中だ。少し待ってろ」
佳奈は素直に隣に座り、俺の肩に頭を乗せてくる。柔らかい髪が触れる。
「……重いぞ」
「重くないもん。ゆうくんの肩、落ち着くんだもん」
後輩たちがニヤニヤしているが、俺は無視して原稿を続ける。佳奈は静かに待っていてくれる時もある。でも今日は違った。
「ねえ、ゆうくん。最近、私のことどう思ってる?」
突然の質問に、俺はペンを止めた。
「どうって……幼なじみだろ。昔から面倒見てきた相手」
「それだけ?」
佳奈の声が少し寂しげだ。俺は眼鏡を直しながら答える。
「お前はドジで、勉強も苦手で、いつも俺を振り回す。でも……一緒にいると楽しい。毎日が予測不能で、退屈しない」
佳奈の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ、もっと甘えてもいい?」
「限度はあるぞ」
ーー
その夜、俺の部屋で一緒に宿題をしていた。佳奈は数学の問題で詰まっている。
「ゆうくん、これわからない……」
俺が隣に座って説明すると、彼女は俺の腕に抱きついてくる。
「ゆうくん、先生よりわかりやすい」
「集中しろ」
説明を終えると、佳奈が真剣な目で俺を見た。
「私、ゆうくんがいなかったら学校に来られないと思う。ドジで失敗ばっかりして、みんなに笑われる。でもゆうくんがツッコんでくれるから、頑張れるんだ」
その言葉が胸に刺さる。
俺は佳奈の頭を軽く撫でた。
「俺も、お前がいないとつまらないよ。真面目すぎて息が詰まる時、お前のドジが救いになる」
佳奈の目が潤む。部屋の空気が変わった気がした。
「ゆうくん……好き」
「え?」
「大好きじゃなくて、恋として好き。幼なじみじゃなくて、彼女になりたい」
俺の心臓が激しく鳴る。眼鏡が曇りそうになる。
「急に何を……俺はまだ、そんなこと考えてなくて……」
「嘘。ゆうくん、私のこと見てる時、優しい目してるもん」
佳奈が俺に近づく。
甘い匂い。
俺は後ずさるが、壁にぶつかる。
「待て、順序が……」
「順序なんて関係ないよ。ずっと一緒にいたんだから」
彼女の唇が近づく。俺は最後までツッコミを入れた。
「馬鹿、こんなタイミングで告白するな!」
でも、手は彼女の肩を抱いていた。
ーー
それから数日後、文化祭の準備が始まった。クラスはメイド喫茶をやることになり、佳奈がメイド服を着ることになった。
「ゆうくん、見て見て! 可愛い?」
短めのスカートにフリルたっぷりのエプロン。佳奈がくるっと回る。
「短すぎるだろ! 客に見せる服だぞ!」
俺は全力でツッコミを入れるが、内心では可愛いと思っている自分がいる。
準備中、佳奈は梯子から落ちそうになり、俺が下から支えた。結果、彼女の太ももが俺の顔に触れる。
「うわっ! 状況を理解しろ!」
「ゆうくん、柔らかい?」
「柔らかくない!」
ーー
文化祭当日、佳奈の接客は大惨事だった。注文を間違え、トレイを落とし、客を混乱させる。でも俺がフォローに入ると、なんだかんだで盛り上がった。
「春野くんと早瀬さん、漫才みたいだね」
クラスメートが笑う中、俺は佳奈の手を握った。
「これからも、俺がツッコむから。お前は甘えてろ」
佳奈が笑顔で頷く。
「うん。ずっと一緒にいてね、ゆうくん」
ーー
文化祭の夜、校庭で二人きりになった。花火が上がる。
俺は佳奈を抱き寄せた。
「お前がいると、俺の人生は予測不能だ。でも、それがいい」
「私も、ゆうくんが真面目でツッコんでくれるから安心する」
キスは自然に訪れた。幼なじみから恋人へ。長い道のりだったが、ようやく始まった。
それでも、佳奈のドジは続く。
翌日も朝から「ゆうくん、宿題忘れた!」と甘えてくる。
俺は笑いながらツッコミを入れる。
「まったく……お前は一生俺を振り回す気か」
「だって、ゆうくんが好きなんだもん」
こうして、俺たちの物語は続いていく。真面目な俺とドジ甘えっ子の佳奈。きっと、これからも毎日が賑やかで、愛おしいものになるだろう。
ーー
幼い頃の記憶が蘇る。
小学校低学年の時、佳奈は雨の日に傘を忘れて泣いていた。
俺は自分の傘を半分貸して、家まで一緒に走った。
あの時から、彼女を守るのが俺の役割になった気がする。
中学生の頃、佳奈は部活のバスケで転んで足を捻挫した。
俺は学校を早退して病院まで付き添い、母親に怒られた。
でも佳奈の「ゆうくん、ありがとう」の一言で全てが報われた。
高校に入ってからも同じ。
テスト前、佳奈が徹夜で勉強しようとして倒れそうになり、俺が栄養ドリンクを買って看病した。
「ゆうくんがいると、私、頑張れる」
そんな言葉を何度も聞いた。
文化祭後のデート。
初めての二人きりの外出だった。
映画館で佳奈はポップコーンを床に落とし、俺が拾う。
暗闇で彼女の手を握ると、佳奈が指を絡めてくる。
「怖いシーン、ぎゅってして」
「映画の内容を理解しろよ」
ツッコミながらも、俺は彼女を抱き寄せた。
スクリーンの光が二人の顔を照らす。
夏休みに入り、海に行った。佳奈は水着姿で俺にくっついてくる。
「ゆうくん、日焼け止め塗って」
「自分でやれ」
言いながらも、俺は彼女の背中にクリームを塗る。
滑らかな肌。
心臓がうるさい。
「佳奈、お前は本当に……」
「本当に?」
何も言わない。
波打ち際で、俺たちはキスをした。
塩の匂いがした。
秋になり、修学旅行で京都へ。
佳奈が迷子になり、俺は夜通し探した。
寺の境内で見つけた時、彼女は泣きながら抱きついてきた。
「ゆうくん、怖かった……」
「もう離れるなよ」
俺は彼女の涙を拭った。
冬、クリスマス。
佳奈が手作りケーキを作ってきたが、見た目は悲惨だった。
「食べて……」
一口食べて、俺は笑った。
「甘すぎるぞ。でも美味い」
佳奈が嬉しそうに笑う。
そして今、俺たちは卒業を目前にしている。
大学は別々になるかもしれない。でも、俺は決めた。佳奈と一緒にいたい。
「ゆうくん、将来もずっと?」
「ああ。俺がお前のツッコミ担当でいる限り」
佳奈が俺に抱きつく。
いつもの甘え方。
俺の人生は、彼女がいなければ味気ないものだっただろう。
ドジで、頭が回らない時もある佳奈。でも、その全てが愛おしい。
真面目な俺と、甘えん坊の彼女。これからも、きっと賑やかな日々が続く。




