第一話 完璧美少女が殺人犯!?
俺の名前は鏡白 光輝
伝説の探偵の息子だ。
父さんはいくつもの未解決事件を解決に導いてきた名探偵で、『どんな難解な事件でもあの人に依頼すれば大丈夫』と言われているほどだ。
だが、俺自身に目立った才能はなく、ただの捻くれた高校2年生だ。
唯一の個性は、あの死ぬほど美味しい最強の食べ物……
『エクスタシーまんじゅう』が大好きなことくらいだろう。
……ちゃんと合法だ。
『この親にしてこの子あり』なんて言葉は俺には当てはまらなかったと、先人の言葉を恨んでいると……
「――おい、聞いてんのか光輝〜?」
おっと、そうだった。
こいつの存在を忘れていた。
「悪い、聞いてなかった。」
そういうと、目の前の男子生徒はガックリと肩を落とす。
「おいおい、お前……人が大事な話をしてるっていうのに……。」
大事な話?一体なんだろうか……
「朝日野さんクソ可愛いよな!」
「はあ……」
またその話か……
目の前の男子生徒こと『田中』は、クラスの完璧美少女である『朝日野 ののか』のファンだ。
はっきり言って厄介ファンだ。
「ほんと好きだよな〜」
と、呆れたように言うと
「俺、朝日野さん眺めてる時間が一番幸せなんだ…」
と、田中はニマニマとした顔で天井を見あげている。
完全に妄想に浸っている。
「そんなに好きならアタックした方がいいんじゃないか?」
何気なくそんなことを言うと……
「はあ!?アタックだぁ!?俺は朝日野さんを好きなわけじゃねえんだよ!!推してんだよ!!朝日野さんは俺とじゃなくてもっとカッコいいやつと付き合ってるのが解釈一致っていうか、イケメンと並んで幸せそうな朝日野さんが絵になるっていうか―」
……長文の説教だ。
ねぇ、俺が悪いの?これ
「まあ!お前ではねぇな!笑」
サラッとイケメンじゃない扱いされてしまった。
見方によってはイケメンかもしれないだろ……。
「俺だって見る人によってはカッコいいかもだろ?」
俺がそう見栄を張ると
「ナハハ!確かにな!笑」
案外否定されなかった。
わりといいヤツなのである。
田中はケラケラと笑いながら、じゃあなと手を振って教室を出ていった。
がらんとした教室に夕日が差し込む。
――そこからの時間は、天才の子でありながら才能に恵まれなかった凡人の俺にふさわしい不幸の連続だった。
提出し忘れていた課題を職員室へ届けに行けば、不機嫌な担任に捕まって説教を食らい、挙句の果てに大量のプリントの仕分けを手伝わされる羽目になった。
気がつけば、空には月が浮かんでいた。
「やっと解放された……」
重い足取りで昇降口を出ると、夜の空気は寂しく冷え切っていた。
「完全下校ギリギリまで労働させるなんて鬼教師め……」
いつもなら大通りをのんびり歩いて帰る時間だが、今日はさすがに疲労が限界突破していた。
一刻も早く家に帰ってベッドに飛び込みたい。
「……仕方ない、近道するか」
俺はため息を吐き、普段はあまり使わないルートを選んだ。
街灯の明かりが届かない、昼間でも薄暗い大きな公園。
その敷地を突っ切るのが、我が家への最短ルートだ。
ポケットのスマホを取り出そうとして、そもそも家に忘れてきていたことを思い出し、自分のどん臭さにまた一つため息がこぼれる。
「遅刻常習犯の弊害がでてしまったか……」
焦って家を出ることが多い俺は忘れ物が多いのだ。
静まり返った夜の公園。
自分の足音だけが不気味に響く。
「ひえ~嫌な感じ〜」
そんなことを呟いていると……
カサリ、と何かが擦れるような音が聞こえた。
「なんだ……?」
野良猫か何かだろうか。
そう思った。だが、暗闇の奥から聞こえてきたのは、そんな可愛らしいものではなかった。
――ズ、ズブッ……と。
肉に何かが深く突き刺さるような、不快な音。
心臓がドクンと嫌な跳ね方をする。
引き返せばよかったのだ。凡人らしく、一目散に大通りまで逃げ出せばよかった。
なのに、探偵の息子の悲しい習性なのか、俺の足は吸い寄せられるように音のした植え込みの奥へと向かってしまっていた。
生い茂る葉をそっと掻き分けた……
その瞬間――
「ぁ…………」
声が出ない。
街灯の薄暗い光が、辛うじてそこにある『赤』を照らし出していた。
地面に横たわる、ピクリとも動かない人間の身体。
その胸元からは、赤黒い液体が溢れ出し、地面を濡らしている。
そして――液体の前に、ぽつんと突っ立っている人影があった。
制服を着た、女子高生だ。
彼女の手は、べっとりと赤く染まっていた。
最悪なことに、カサリと足元の落ち葉を踏んでしまった俺の音に反応して、女子高生はゆっくりとこちらを振り向いた。
暗がりの中で、彼女の瞳が爛々と輝き、俺の目と真っ向から合ってしまう。
その綺麗な顔立ちを見た瞬間、俺の脳裏に、さっきまで教室で田中と話していた記憶がフラッシュバックした。
(嘘、だろ……?)
朝日野ののか。
成績優秀、スポーツ万能、コミュ強で優しくて人望も厚い、あの完璧なクラスメイト。
狂気に満ちたその顔は間違いなく、俺たちには一生縁がないはずの学園のアイドルだった。
「っ……!」
俺が恐怖で息を呑んだ瞬間、彼女の目の色が変わった。
躊躇のない獣のような動き。
彼女は目撃者である俺を消そうと掴みかかってきた。
「くるなっ……!」
パニックになった俺は、迫り来る彼女の身体を突き飛ばした。
体勢を崩した彼女は、背後にあった大きな石に激しく頭を打ち付けた。
ゴン、と鈍い音が響き、彼女の身体が動かなくなる。
「おい……嘘だろ? おい、朝日野!」
慌てて駆け寄り、肩を揺さぶるが返事はない。
っ…意識がない……!
どうする……!?
警察か……!?
救急車か……っ!?
ポケットを探るが、スマホは家に忘れている。
周囲を見回しても、夜の公園には人っ子一人いない。
「クソっ、誰か、誰かいないのか……っ!」
俺は人を探すため、その場を離れて走り出した。
「誰か! 誰かいませんか……っ!!」
必死に声を張り上げながら公園の周囲を駆け回るが、こんな気味の悪い公園の周り、誰かがいるはずもない。
数分間、パニックのまま走り回ったのち、俺は諦めて現場へと引き返した。
「ハァ、ハァ……っ、ダメだ、誰もいない……! 朝日野、とりあえずお前を病院に――」
息を切らせながら元の場所に戻り、倒れている朝日野に近づく。
彼女は、さっき倒れていた体勢のまま、静かに横たわっている。
「……運ぶしかねえ!」
俺はぐったりとした彼女の身体を力任せに背負い上げると、どん臭い全力疾走で病院へと走り出した。
背中から伝わる、かすかな体温と血の匂いだけが、これが現実だと俺に告げていた。
――そして、しばらく走ったのち、ようやく病院の中へと滑り込む。
血まみれの彼女を見て周囲が騒がしくなる中、彼女は処置室へと消えていった。
俺のシャツの肩には、彼女の衣服から移った、黒ずんだ赤がべっとりとこびりついている。
――数時間後
目立った外傷はなく、脳に異常もないと判断された朝日野は病室のベッドで眠っていた。
彼女は小さく呼吸をしながら儚げに横たわっている。
俺は、そんな彼女の横でぽつんと座っていた。
すると――
「……ん……っ……」
掠れた声。
ゆっくりと、その瞳が開かれた。
「朝日野……! 気がついたか?」
思わず身を乗り出した俺に、彼女は焦点の定まらない目を向ける。
そして、震える右手を俺の方へゆっくりと伸ばした。
「ここは……? あなたは……だれ、なの……?」
「俺は鏡白だ。同じクラスの、鏡白光輝。覚えてないか?」
俺の問いかけに、彼女は怯えたように小さく首を振った。
そして、自分の胸の前で両手をぎゅっと握って、消え入りそうな声で呟いた。
「私、は……何も、思い出せないの……」
記憶喪失。
言葉を失う俺の前で、彼女は涙をボロボロとこぼしていた。
――記憶を失くした、殺人犯。
俺はたしかに、見てしまった……
彼女が殺人を犯す瞬間を……。
だが、今日見たことはまだ話さない。
彼女が殺した証拠もないし、そもそも今の彼女は記憶喪失だ。
今言っても真実はわからないし混乱を招くだけだ。
下手したら妄想扱いされる。
それに、証拠もないのに事情も聞かずクラスメイトを売りたくないという感情もあった。
そして、結局彼女の退院と学校への復帰はあっさりと決まってしまった。
――数日後
教室の扉がガラガラと開いた。
教室に入った彼女は、いつも通りの完璧な美少女の笑みを浮かべている。
その澄んだ瞳の少女が人を殺したということを、クラスの誰も知らない。
「みなさん、ごめんなさい!心配かけちゃったみたいで……!」
朝日野は記憶を失っている。
クラスメイトたちのことも覚えていないようで、どこかよそよそしいが、周りはそんなこと気にせず朝日野に駆け寄る。
田中たちが「無事でよかった!」と大歓声をあげる中、朝日野の視線が、教室の隅にいる俺の方へ向く。
俺を見つめる彼女からは笑顔が消えていた。
これから先、どうなるのだろうか?
わからない。
ただ一つ、わかることがあるとするならそれは……
――記憶を失った殺人犯との学校生活が始まるということだ
本当に、胃が痛い。
今日は早く帰って『エクスタシーまんじゅう』を食べよう……




