【短編小説】Five Se7en Five
カチャと箸が皿を叩いて音を立てたが、それきり部屋は静かであった。
テーブルを挟んで食っているにも関わらず、無言で晩めしが続く。
箸、茶碗、湯呑み。
咀嚼、嚥下、呼吸。
箸が大皿と口を七往復ほどした頃に、ひとつの人参を摘んだ。その人参に刻まれた文字を読み上げる。
「ぶら下げた 人参よりも 欲しいのは」
咀嚼が止まる。
おれは──。
話すことなど何も無い日々だった。
勉強が好きな訳でもなければ、駆けっこが速い訳でもなく、休み時間は他人のおちょけを見て笑うだけで、基本的には教室の隅にいた。
それだけだ。
晩めしを食いながら、親に何か喋りたい事なぞひとつも無く、その日もおれは黙ってめしを食っていた。
家族がどんな話をしていたかもわからない。ただ、その時間が早く終わるのを願っていた。
『その願い、聞き入れた』
声が聞こえた。誰の?わからない。
ただ、世界の半分が焼き払われた。おれは瓦礫の中から立ち上がり、「焼き尽くせ、アンドロイドの感なんよ、この世の全てを灰燼に帰せ」と言った。
それはロックンロールであるべきだったが、イギーポップも灰燼になっていたのでそうはならなかった。
ただおれは苦しい食卓から解放された。
しかしそれは新しい苦痛の始まりでしかなかった。
おれは新しい煉獄に囚われることとなった。
おれは頭の中に、いや、白い壁に覆われた世界に堕とされた。
「鞭より無知と 識る為の無恥」
そうしておれは人参を口にする。
根菜特有の香りが口に広がる。土と太陽の匂い、甘み。咀嚼のたびにおれはその人参に感謝をする。
だがそれも長続きしない。
飲み下せば終わり。何も残らない。
次に箸が掴んだのはジャガイモだ。その表面に刻まれた文字はこうだ。
「自然薯の眠り揺るがす太陽と」
おれは想像する。
果てなき大地の柔らかい土の下で眠る自然薯。その上で輝く太陽が育て、大きくなる。
間も無く目覚めの時だ。
「鉄の爪なりコンキスタ農夫」
ドールと農夫で韻も踏めている。
おれは満足してジャガイモを口にした。味を感じる。だが、その煉獄は果てしない。
空いた皿を片付ける妻に声をかける。
「すまないね、いつもいつもだ。メシ毎に」
妻が首を振る。
「いいの、大した手間じゃないから」
たまには乱切りだの、銀杏切りだのしたくなるだろうが、仕方ない。
おれがそういう病気なのだ。
「詠み続ければ いつか治るさ」
そうだ。いつか、きっと。
【「これや!この!カレーや!」と言うおじさん食べていたのはシュクメルリ鍋】
おれが最後に詠んだ短歌はこれだった。
頭の中にある短冊は全て無くなった。
そしておれは自由になり、店を出てから妻を思い出して、泣いた。
間に合わなかった。
おれは再び願い、アンドロイドの観音が残りの半分を焼き払った。




