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人形の娘  作者: 久徒をん
1/7

(一)

「サエ、早く食べなさい」

 台所で食器を洗いながら私は大声で言った。返事はない。居間に入る。


 テーブルの上に置いたぬいぐるみ。その前に小さな空のコップ。


 この子が私の話し相手のサエだ。

 服を着替えて出かける時にまた声を掛ける。

「行ってくるね」

 私は部屋を出た。

 家電店で事務の仕事をする。

 少し高めのマンションで一人暮らし。

「どうして?」って言われると親の遺産で買ったと答えて「へえ」と言われる。もう慣れた。

 仕事を終えてスーパーで総菜を買って帰宅する。

 夕食を皿に盛りつけて食べる。目の前に黙って座るサエ。

「今日も同じ事を言われたの。結婚しないのって。する訳ないよ。ママはサエが大好きだから」

 私は人形に話す。可愛いぬいぐるみを目の前に食事をする。癒される。

 他の人が見たらさすがに引くか。それでもいい。


「悪い。手術してくれ」

 三年前。付き合っていた彼から言われた。

 電気会社に勤める年上の男。父親は政治家。お堅い家で育った割には軽いお坊ちゃん。チャラいボンボン。

 こんなのに引っかかった私が馬鹿だった。

 中絶を頼まれて怒りと憎しみが込み上がった。

「いやよ! 産んで育てるわ。私の子よ!」

 きっぱり答えると彼は困った顔をした。弱い男の顔。彼はスマホで電話した。

 男が部屋に入って来た。彼の父親の秘書だった。秘書はさっと小切手を渡した。


 額面に三千万──


「どういう事?」

「勘のいい貴方が思った通りです」

 秘書の男は淡々と言った。冷たく威圧的。秘書の隣で彼はシュンとしたまま。

 自分で解決出来ずに父親に頼んだ情けない男。ムカつく。

「わかりました。手術をします。でも許さないから。一生恨んでやるから」

 これが私の出来る最大の抵抗だと思った。

 秘書は「それではこれを」と私の手元に小切手を差し出した。

 私は「わかったわ」と受け取った。嬉しくない金だ。

「こちらで病院を手配します。都合のいい日を後ほど連絡下さい」

 秘書は名刺を差し出して言った。

「すまない!」

 彼は土下座して謝った。

「もういいわ。帰って!」

 私が怒鳴ると彼と秘書は頭を下げて出て行った。

 狭い部屋で悔し涙を流した。

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