第5話 動員令
1939年11月30日。早朝。
その日の空は、不気味なほど赤く染まっていた。
ソ連軍が国境を越え、ヘルシンキへの爆撃を開始したのだ。「冬戦争」の始まりである。
ラウトヤルヴィのヘイヘ家にも、ついに召集令状が届いた。
シモは納屋へ行き、愛用の小銃「サコ M/28-30」を手にした。
銃身についた油を布で丁寧に拭き取る。冷たい金属の感触が、掌に伝わってくる。
シリアルナンバー「60974」。
これが、これから始まる地獄における、彼の唯一の相棒となる。
旅支度は簡素なものだった。
ウールの下着、手編みの靴下、干し肉、そして少量の砂糖。
玄関先で、家族が見送りに来ていた。
母のカトリーナは涙をこらえ、震える手でシモの服の襟を直した。
「気をつけてね、シモ。……必ず、帰ってくるのよ」
「ああ、母さん。冬の仕事が終わる頃には戻るよ」
シモは努めて明るく言ったが、腹の底には重い鉛のような塊があった。
父のユホは、シモの肩を強く叩いた。
「ヘイヘ家の男として、恥じない戦いをしろ。だが、無駄死にはするな」
「はい、父さん」
シモは背嚢を背負い、ライフルを肩にかけた。
振り返ると、愛犬が寂しそうに尻尾を振っている。
彼は一度だけ家を振り返り、そして前を向いた。
雪を踏みしめる音が、ザッ、ザッ、とリズムを刻む。
農夫シモ・ヘイヘの時間は終わった。
これより、彼は第34連隊第6中隊所属、シモ・ヘイヘ伍長となる。
向かう先はコッラ川。
後に「コッラの奇跡」と呼ばれ、彼が伝説となる場所。そして、数えきれないほどの人間が死ぬ場所である。
空からは、白い雪が舞い降りていた。
それはまるで、これから流される大量の血を覆い隠そうとするかのように、静かに、優しく降り注いでいた。
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