間話 I クレムリンの激怒
モスクワ、クレムリン宮殿。
外の寒気とは無縁の、暖房の効いた執務室には、高級なタバコの煙が充満していた。
ソビエト連邦の最高指導者、ヨシフ・スターリンは、机の上に叩きつけられた報告書を睨みつけていた。
「説明したまえ」
その声は低く、そして恐ろしいほど静かだった。
直立不動の将軍たちが、額に冷や汗を浮かべて震えている。
「なぜだ。なぜ、あのような小国ごときに、我が赤軍が足止めされている? 予定では、すでにヘルシンキで勝利のパレードを行っているはずではないか」
一人の将校が、意を決して口を開いた。
「同志スターリン、進軍を阻んでいるのは……『森』です。そして、その森に潜む、ある一人の……」
「一人?」
スターリンが眉を跳ね上げた。
「たった一人のフィンランド農民に、一個師団が釘付けにされていると言うのか?」
「は、はい……。兵士たちは彼を『白い死神』と呼び、恐れおののいております。姿が見えず、銃声も聞こえず、指揮官ばかりを正確に狙撃してくるのです」
スターリンは報告書を鷲掴みにし、暖炉の火に放り込んだ。
紙がめらめらと燃え上がるのを背に、彼は冷酷に命じた。
「その『死神』を消せ。賞金を懸けろ。我が軍最高のスナイパーを送り込め。それでもだめなら森ごと焼き払え。……これ以上の失態は許さん」
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