第七話 盗賊の詩1ー3
月・金 19:30投稿予定
未刻の初時。
空気はまだ冷たく、朝霧が森の奥に残っていた。
大森林を抜けた山岳地帯の中腹にて、一筋の煙が昇っていた。
「なんだこれっ!うまいな!」
「だろっ!うンめぇだろ!」
日縁姫と毛むくじゃらの男は仲良く大蛇の肉を食らっている。
「骨が多いのが難点だな!」
「ばかやろぅ!、、、骨が多いから、、、うめぇンだこれが!」
男は骨を西瓜の種の様に吹き飛ばす。
日縁は其れを横目に鋭い骨で歯の掃除をした。
「ところで毛もじゃ、お前ーーー何?」
「あ?今頃か。おりゃ爆樂丸。山賊だ」
「へぇ、じゃあ爆丸な。ところで爆丸、さっき出会った彼奴らは何者なんじゃ?」
館から逃亡する際、爆樂丸は何やら怪しげな四人組とやりとりをしていた。
「あぁ……あれは、おりゃも知らん」
まぁこいつ阿呆そうだしな。
日縁は心の中で呟くと、大きく伸びをした。
爆樂丸は居心地悪そうに身を揺らす。
「まぁ……あんま踏み込まン方がいいぞ」
「なぜじゃ……?」
パチパチと焚き火が音をたてる。
「あいつらは山岳信仰の手のもンだ。」
「……石蹴衆か?」
爆樂丸は驚いた顔をする。
「よく知ってるな!すげぇなおまえ!」
天才だな!と褒め続ける爆樂丸を他所に日縁は考える。
ーー縁談が嫌だから来たものの、ここからどうするべきか?石蹴衆が坂下の屋敷襲撃に加担しているとは……。
大蛇の骨で地面に地図を書いて考える。
ーー石蹴衆……弟を狙った理由は?やはり玄臣に関係あるのか?うーん、わからない……。
「疲れたぁ!」
日縁は大の字になった。
青い空には真っ白で柔らかい輪郭を持った雲が蠢いている。
大きな雲が小さな雲を食べているみたいだ。
ーー相手が石蹴衆なら、短刀ではなく鉄砲を拝借してくるべきだったかな?
ふと、雲の中を突っ切る様に何か小さなものが横切った。
「たてっ!!」
爆樂丸が怒声をあげて日縁を突き飛ばした。というより蹴り飛ばした。
先程まで日縁が寝転がっていた場所に長さ七尺はあろう木製の槍が突き刺さっていた。
「おめぇ!なにするだ!」
再び視界の外から爆樂丸の怒声が聞こえる。
日縁が立ち上がり見た光景は、爆樂丸と肌が浅黒い半裸の女がつば競り合っている様であった。
「おめぇ……何もンだ!」
女は無表情のまま爆樂丸を弾き飛ばす。
「……あんたよ、石蹴衆のやつから教えられてないのか?」
その時、日縁は不思議な事に気がついた。
未踏の森林を抜けた山の中だというのに、その女は裸足であった。そして、女の脇の下には三本の黒い線が入っていた。
爆樂丸の足がわなわなと震え出す。
「も……もしかしておめぇ……」
女は槍を回転させ肩に担いだ。
「私は憎羅。爆樂丸、お前の後始末を王から言いつけられている」
爆樂丸は水揚げされた蛸のようにその場で潰れた。笑うことも叫ぶ事もしない。
日縁の背筋に悪寒がはしる。
ーー王……あいつ……石蹴衆ではないのか?
日縁は懐に隠していた短刀を引き抜く。
「……爆丸!こいつら何者じゃ!」
「山の王がやってくる……狼煙をあげて、黒鬼と共に……生きたきゃヘロンを離れるな……」
爆樂丸は何やらボソボソと喋っている。
「あんたこそ何者だよ、餓鬼」
刹那、日縁の頭の中に昔親から聞いた言葉が反芻する。
山を制し、火ともに降りてくる。
野獣を征し、山の頂きに君臨する者達。
この甘高原で唯一”王”を名乗る存在。
皇天に仇なす異民ーー。
「山……」
憎羅は舌打ちし、槍を突き出した。
日縁は間一髪で避けると動けない爆樂丸を抱え引きずる。
「おいっ!何やってる!立てよ爆丸!」
「お、おりゃ……なんてことを……」
「……全く、坂下家の後継を連れてこいと言ったのに、好みの女を攫ってきたのか?」
憎羅は呆れた様子で肩を竦める。
「……そんな稚児が好きなのか?平界は腐ってるな……」
彼女は槍を引きずりながら回転させると、そのまま爆樂丸に叩きつけた。
ガキン
その瞬間、脇から入ってきた刀が憎羅の槍を弾き飛ばした。
「姫っ!」
間に割り込んできたのは、坂下家最強の武者。
「隆景!!!」
憎羅と隆景は互いに距離を詰めると激しい打ち合いを始めた。
ただ、リーチの差か、じりじりと隆景が追い詰められている。
「……爆丸!起きてくれ!なんとかしないと!あいつらあんたを殺しにきてるんだ!」
必死に何度も揺さぶるが爆樂丸は放心状態で動かない。
日縁は決心し握り拳を固め、爆樂丸の襟を掴んだ。
鈍い音が響き、吐瀉物が飛び散る。
「ゲホッ……ウッ……、なんてことすンだおめぇ」
「バカ!あれを見ろ!助けるぞ!」
「……おめぇ……なンで俺が坂下の武者を助けにゃならンのだ?」
「お前は本物の馬鹿じゃな!ここで隆景が勝てなければ、全員殺されておわりじゃ!」
爆樂丸は目を泳がせる。
「勿論!お前は罪人じゃ!それは山禍だろうが、坂下だろうが変わらない!上様の屋敷を爆破した死罪ものの大罪人じゃ!じゃがそれなら少しでも生きる方にかけるべきじゃろうが!」
爆樂丸は益々混乱した表情になる。
「もうよい!私に力を差し出せと言っておるのじゃ!私がお前を生きながらえさせてやる」
その言葉に爆樂丸は立ち上がり、懐から薬玉を幾つか取り出した。
「……おめぇ、忘れんぞその言葉……おりゃの七色爆煙術を見せてやりぁ!」
爆樂丸は薬玉に次々火をつけると適当に放り投げ始めた。
隆景は爆樂丸と視線を合わせ、即座に察知して薬玉の中心へ憎羅を導く。
刹那、玉が炸裂し様々な色の煙が辺りに立ち込める。
「爆煙しか脳のない阿呆がっ!」
憎羅は隆景を弾き飛ばすと長い槍で煙を吹き飛ばした。
しかし、憎羅は気づいていなかった。煙に隠れて接近していた者がいる事に……。
隠れて接近していた人物ーー日縁は手に持っていた短刀を憎羅の喉元に突き立てる。
「……これは……」
憎羅は凄まじい反射神経で担当の肢をつかみ対応する。しかし、日縁の短刀を見て、憎羅の動きが止まった。
刹那、間髪を入れず爆樂丸が突進で押し倒し、隆景が槍を弾き飛ばした。
拡散しきれなかった煙が滞留し、三人を覆う。
憎羅は息絶え絶えの爆樂丸の下で不敵に笑った。
「やるじゃねぇか……で、これからどうするんだ?」
煙が次第に晴れ始めると、そこには武器を持った山禍の戦士達がいた。みな、不思議な槍を持ち異様な格好をしている。
隆景は日縁と爆樂丸を庇う様に前に出る。
「……このお方は八岐の姫君、坂下家の後継候補だ。手を出せば坂下家、ひいては玄臣家と戦になるぞ」
「……首、どうやら坂下の姫様というのは本当の様だ……」
押さえつけられている憎羅が声を出す。
すると山禍の集団の中から一際目立つ格好をした大柄な男と痩身の女が歩み出てきた。
「姫でも代わりになるか?」
「何もないよりは……」
首と呼ばれた男は暫し考えると、ポンっと手を打った。
「よし、山賊は殺せ。坂下の武者と姫を連行しろ」
隆景の殺気が膨れ上がるのを感じる。
戦士達は誰一人騒がず、ただ槍をわずかに傾けた。
「しっかり押さえてろ」
日縁は爆樂丸に憎羅を抑えるのを任せると、隆景の前に出る。
「……言っておくが、爆樂丸を殺そうとするなら貴様の部下の命はない」
痩身の女は馬鹿にしたかの様にクスクス笑うと、首に何やら耳打ちする。
「……その山賊をどうして庇う?」
「私の配下だからじゃ」
首と呼ばれた大男は目を丸く見開き、高らかに笑った。
「ではこうしよう、坂下家の武者はここに置いていく。姫とその山賊を連行する。勿論、憎羅も解放してもらう。
その武者とやり合うのはちと危険そうなのでな……」
「……わかった、その条件飲もうーーーー」
「なりませぬ!日縁姫!」
隆景が日縁の肩を掴んだ。
「隆景よ……私は彼奴の命を保障せねばならん。ここで引き下がるは坂下の恥よ」
「姫……」
二人は抱き合う。そして日縁は隆景に囁いた。
「父上への報告の方が重要じゃ。あと、道すがら目標を撒く、必ず助けに来るのじゃ……」
隆景は小さく頷いた。
こうして、山賊 爆樂丸と坂下家長女 日縁姫は甘高原に巣食う山禍の拠点へ捕らわれることとなった。
ーーーーーーーーーー
巨大な石造りの暗い空間で、隆景は坂下家の当主、坂下氏忠とあっていた。
ここは、零和の間の地下にある隠し部屋だ。
「日縁はいたか?」
蒼白な顔で氏忠は尋ねる。
「下手人は石蹴衆……」
氏忠は息を呑む
「そして山禍族でした……」
暗い地下室に乾いた落下音が響き渡る。
隆景は氏忠が落としたそれを探り、拾い上げて渡した。
それは小さな筆であった。
持ち手は木製で子供たちの名が彫られている。
「……氏忠様……」
氏忠の全身が小刻みに痙攣している。
隆景は跪き、頭を深く下げた。
「今回の日縁様誘拐は私の落ち度にございます。必ずや、私が姫を連れ戻して参ります。
相手はあの山禍です!きっと玄臣や喜助どのもーーーー」
「ならぬ!!」
筆を握った氏忠の手がぶるぶると震えている。
隆景は己の主人がこんなにも大きな声を出すとは知らなかった。
「喜助や……玄臣がこのまま日縁を救うと思うか?」
「……はい?救わない理由は無いかと……」
氏忠は無言で文を取り出すと、隆景の手に押し付けた。
その文は喜助に向けて書かれたものであった。
「中央は今それどころでは無いそうだ……。日縁が攫われたのを知られたところで、玄臣家の重臣は助けるという判断をするであろうか……?」
隆景は言葉に詰まる。
文に書かれている内容が本当なら、日縁は見捨てて八千代丸の護衛に集中しろという指令が降るに決まっている。
「……隆景、お主は日縁を追うな。お主の武才は甘高原中に広まっている。お主がいなければ喜助が気づく……」
「ではどういたしますか?」
「お主の部下五人に追わせるのだ。
私の娘は、私の力で守る。私が何をするかは私が決める」
シーン追加しました。




