第五話 盗賊の詩 1-1
月金 19:30更新
視点変わります。
ルビの振り方を思い出しました。
甘高原中部
玄臣氏康死亡の文が出回る数時間前。
南倉島と接続する土師把を支配する大名、坂下家の所領にて。
坂下家の居城、土師把城の館、八岐館の庭にて小柄な少女が小さな弟と蹴鞠に興じている。
彼女の名前は日縁姫、人々からは八岐君と呼ばれていた。
「おねぇ様!おねぇ様!」
日縁姫はポーンと鞠を蹴り上げた。
弟は必死に追いかけーーーー顔面でぶつかった。
「……うぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁ」
「ははははっ!」
一頻り笑ったあと弟を抱き上げる。
「お主は将来の後継であろうが、こんな事で泣いてどうする」
そう言うと、弟はグズるのをやめた。
「えらい子だな!ではもう一度ゆくぞ!」
「おねぇ様、私はもう疲れました!」
日縁は鞠を高く蹴り上げた。
すると、痩身の若武者ーー坂下家の近習、隆景がその鞠を手で掴む。
「姫様、若様。そろそろ終わりにいたしましょう」
若武者はにっこりと笑みを浮かべる。
「隆景!いつからそこにおったのじゃ」
「隆景〜!おねぇ様を止めてください!もう半刻も蹴鞠をやっているのです!」
弟は隆景の足に縋り付く。
隆景は跪くと弟をあやす。
「日縁様、殿がお呼びです」
日縁は露骨に顰めっ面をした。
土師把城本館、南諸州を表した美しい庭が見られる霊和の間が坂下家当主、坂下氏忠の政務室であった。
まるで父上の心を表しているようじゃ。
それが、この精緻な庭を見た日縁の感想であった。
父親は今日も南蛮から仕入れたふわふわの敷物に正座をして座っていた。
父は何かを書くと視線を日縁に移した。
「……日縁よ、おぬしに縁談の話がきておる」
「な、なんだってぇ!!!」
氏忠は顔を顰める。
「相手は宇台家の長男、正照様だ」
「……何故宇台なのですか?」
父は何も答えない。
生まれてからずっと、こうなる事を避けるために振る舞ってきたつもりだった。
「……何故、私なのですか!!」
日縁には何処かに嫁に行くつもりなど毛頭なかった。むしろこの土師把で土地をもらい、武者になるつもりだったのだ。
「……日縁、武家に生まれた女子の務めはなにかな??」
「……敵を討ち滅ぼすことにございます」
父は頭を抱える。
「……もう良い、明日正照様がいらっしゃる。今日は休んでおれ」
日縁は隆景と共に八岐館への道を歩いていた。
「隆景、お主からも父上へ行ってくれ。私は武将にした方が良いと」
「ははは……、殿も日縁様の実力をご覧になったら意見が変わるでしょうな」
日縁は隆景を睨みつけると砂利を蹴り飛ばした。
「……お世辞はよせ……。一体、どうすれば良いのだ」
「……日縁様は何故侍になりたいのですか?」
「そうだな……、刀を振るい敵と戦う、かっこいいからじゃな!」
隆景は困った様な顔をする。
「土師把は氏忠様の統治のお陰で周辺に敵がいないのですよ……、我々近衛も戦闘経験は少ない」
「……それは、父上があの玄臣からきた爺の言いなりだからであろうが。あの爺のいう事を聞いている限り、玄臣が手を出してこないからであろうが」
隆景はその返答に少しギョッとする。
子供は思ったよりも大人をよく見ている。氏忠様単独ではなく玄臣から来た老人と相談の元、政務を行っているのを知っている。
「姫は、仮に侍になったとして、どの様な事をなされたいのですか?」
日縁は口に指を当てて考える。
「うーん……難しい事はわからぬが、弟が政をし易い世界にしてやりたい」
「姫は、お優しいですね……。では明日の朝出迎えに上がりますので、其れ迄に準備を整えておいてくださいね」
「……うむ」
隆景は日縁を女中に引き渡すとその場を後にした。
その夜ーーー酉刻末頃(19時ころ)。
静まり返った八岐館の寝床で日縁姫は天井の皺を数えていた。
諸国に噂が広まり婚姻を拒絶される様、おてんば姫として振る舞ってきたのに、これでは嫁に出されてしまう。
あの泣き虫な弟が一人で土師把を守れるものか。必ず玄臣の傀儡となる。
そもそも、大名といえば側室の二人や三人いるものなのに、弟と自分の母親以外妻がいないのも気になっていた。
「玄臣め、何を考えておるのじゃ」
全くの確信も根拠もなかったが、日縁はなんとなく玄臣が何かしている様な気がした。
特にあの干からびた爺は怪しい……。
「……こんな事を考えている場合ではない!明日、結婚しなくて済む方法を考えなければ!」
服の中に大量の百足を仕込んでいこうかと考えたが、相手の正照はかなり年上だと聞いている。いっぱしの侍が、百足如き怖がるだろうか。
いっそもう、今から家を出るか。
そんな事を考え始めた時、がさごそと音がした。
「何奴っ!」
日縁は飛び起きると懐に隠し持っていた小刀を引き抜いた。
「……おっと、お坊ちゃん。抵抗はするなよ、おりゃ殺したかぁねぇンだよ」
藪の中から毛むくじゃらの大きな男が出てきた。
そして、首を傾げる。
「……あれ?おめぇ随分な美男子じゃねぇか、まぁいい、そんなもん捨てて早くこっちに来い」
「何を言っているのじゃ。言っておくが、ここの守りは坂下家最強の隆景じゃ、貴様なぞすぐに殺されるぞ!」
男の足元の砂がふるふると震え出す。
「隆景?日縁姫の館を守備してるんじゃないのか?」
「……?私が日縁だぞ?」
二人は同時に首を傾げた。
ドーン
大きな炸裂音が鳴り響き、空が炎で朱色に照らされる。
「……」
男は空を見つめた。
「……しまったぁ!爆破する館を間違えてしまったぁ!おりゃどうすりゃええんじゃ!」
阿呆じゃな、こいつ。
日縁はその表情を見て、彼が何をしたかったのか合点がいくと同時にとてもいい事を思いついた。
「貴様、本当は弟の方を攫ってこいと言われんたんじゃろ?」
「……なんでわかったンだ?」
目が飛び出しそうな程見開いたその顔に思わず笑いそうになる。
「じゃが、もう弟を攫うのは無理じゃな。さっきの爆発で隆景の部下やお父様、更には玄臣の者まで駆り出されておるじゃろう」
男はその場にうずくまる。
「あぁ、もうおりゃ駄目じゃぁぁ!」
日縁は小刀をしまうと男の肩に手を置いた。
「そこで、一案ある」
朱く染まった夜を二羽の羽虫が飛んでいく。
「代わりに私を連れて行け!」
男は日縁の顔をまじまじと見つめた。
「……はぇ?」




