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玄臣戦記  作者: PM
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第四話 渡人の宴4

月、金19:30投稿予定

 夕刻、聖渡城北方の砂浜にて。



 一年に一度行われる賓の宴は、甘高原元住部族によって始められた。


 元々は海の向こうからやってくる者たちの技術がもたらす豊穣に感謝をし、始めた物だと言われている。


 本土での清玄合戦に敗北した玄臣の祖先は、流刑になりこの地にやってきた。

 その際、元住民達は玄臣家を諸手をあげて迎え入れ、助けてくれた。

 玄臣一族は代々その元住民に感謝し、文化に尊敬を払う意味を込めて賓の火祭りを開催している。


「わかったかな?若?」


「若は知っておりまする!このあとひとうろがあがるのですよね!」


 氏康は膝の上で燥ぐ娘、若姫を撫でる。

 若姫は末娘で、氏康の最後の子供であった。


 ひとうろとは飛灯篭のことで、赤や青、紫に塗られた薄紙で作られた天灯のことである。


 若姫は御座の上ではしゃぎ回る。


 砂浜には多くの見物人が集まっていたが、玄臣一族や武家様には少し高めの観覧席が作られていた。

 特に玄臣長者、氏康の観覧席は豪華絢爛でかなりの広さを誇っている。


「そろそろ始まりますよ。若、座りなさい」


 いつのまにか観覧席に現れた義照が若姫を氏康の隣に座らせる。


「……義照よ……、いい夜だな」


「えぇ……」


 真之、顕樂、観楽と、だんだん人が増えてくる。


 氏康はしみじみとした気持ちで空を眺めた。


「将大も来れればよかったのう」


 若姫が氏康の手を握った。


「お父さま?」


 氏康はにっこりと微笑むと若姫の手を包む。


「ほれ、そろそろ始まるぞ……」



 その瞬間、周囲から飛灯篭が一斉に浮かび上がった。

 砂浜に集まった人々から歓声が上がる。


 彩りどりの光が空に向かって登っていく。

 それはとても美しい、幻想的とも言える光景であった。


 義照も思わず溜息を漏らす。


「義照……真之……玄臣は任せるぞ……」


 折しも、一条の光が暗闇を切り裂いた。


 

ーーーー



 義照は空に浮かぶ色とりどりの灯籠を眺めていた。


 これで祭りに参加するのは三十回を超えるが、いつみても綺麗だ。

 将大も来れればよかったが……。


 もう一人の弟の事を考えながら、横目で真之の様子を伺う。


 真之は以外にも見惚れている様子であった。

 扇子で口元を隠し、空を眺めながら時々目を細めている。


 一番末っ子の若は氏康の隣に行儀よく座り、父の手を握っていた。

 父の表情も緩んでいる。


 ふと、氏康と目が合った。父はにっこり笑うと再び目を空へ向けた。

 空を眺める父の横顔は、どこから寂しげな様子だった。


「……義照……真之……玄臣は任せるぞ……」


 ふいに、一条の光が夜の闇を切り裂いた。

 そして鋭い音を立ててその光は氏康の胸に直撃した。


 父親の体が、スローモーションのように崩れ落ちる。その表情は驚きに満ちていた。

 

 義照はとっさに若を引き寄せると身を屈めた。


「であえ!であえ!」


 顕樂の号令で盾を持った武者達が前に出て防御の陣形を取る。


「大殿!大殿お気を確かに!」


 観楽が鬼のような形相で叫んでいる。

 父親の胸には金属で作られた矢が刺さっていた。


「父上……父上!!」


 真之も氏康に必死に呼びかけている。

 その目からは大粒の涙が溢れていた。


 若姫は母親に抱えられ、目を抑えられている。


 矢尻には微かに硝煙の匂いがついている。


「移動するぞ。真之、力を貸せ」


「……お前は何を……。……この頓知鬼野郎が!」


 真之は怒りながら氏康の頭側を持つ。

 義照は足を持ち、二人で近くの小屋の中に駆け込んだ。


 父親を寝かせると、微かに胸が上下しているのを感じた。


「父上、今医者が参ります。それまでお気を確かに」


 義照は平静を装いながらも、内心はとても焦っていた。


 今回使われた矢は金属製、硝煙反応がしたという事は火薬を使って打ち出されたもの。そこから考えるに下手人は石蹴衆か?菅原か?清臣は今動くには早すぎるだろう。


 様々な可能性が同時に浮かび頭を圧迫する。


 頭では混乱しながらも、父親の命を延命するために止血を行う。


 観楽は床に臥し、祈るように指を組んでいる。狸爺さんがここまで崩れるところは初めてみた。


 真之は部屋の隅で虚な表情を浮かべ立っている。


 下手人は真之の可能性だって十分にある。


 不意に、小屋の扉が開き男が数人入ってきた。


「何者だ!」


 真之は突然気を取り戻し、男達の前に立ち塞がった。


「我々は町医にございます。御典医が先ほどの混乱で見当たらないとのことで、急ぎ馳せ参じました!」


 先頭に立っていた男が堂々と述べ、他の男達は道具の準備をしている。

 

 義照はその一段を一瞥するや否や懐から紙と緊急用の個体墨筆を取り出し、何かを素早く書き込んだ。



「貴様らが本当の医者だという証拠はあるか!」


 真之は叫んだ。

 義照は真之の肩を掴むと医者から引き剥がした。


「こ奴らが医者でなければ我々は死んでおるわ。狂気を起こすな。こ奴らに処置させる。俺は外に出て指揮を取る。お前この場を任せられるか?」


 真之の額に青筋が浮かぶ。


「父上より優先か?」


「何を言っておる、医者に任せる方が良かろうが」


 真之は義照の胸ぐらを締め上げる。


 医者達は忙しなく動き回り、必死の救命活動を行っている。


 氏康はぐったりしているが、先ほどより呼吸が大きくなっている気がする。


「兄上……貴様が嫌いじゃ」


 真之は突き飛ばす様に手を離した。

 義照はすぐさま外に出ると状況を確認する。


「下手人は捕まったか?」

「まだです、大将様が追っております」


「父上の奥方様と若姫はどこに?」


「隣の建物、海守詰め所にいらっしゃいます」


 殆どの町人や農民はすでに逃げ去っており、野次馬根性のある者だけがぽつりぽつりと残っている。


「港の遠灯を使って町中を照らせ。奉行共も叩き起こせ。まだ逃げられていないはずだ。

 一人城へ戻って将大にこの文を飛ばせ」


 義照は先程書いた文を一人の武士に預ける。


「そこのお前!若と母上をこちらの建物に連れてこい」

 

 父の最後になるかもしれないからな……。


 集まっていた兵士から、特にがたいの良さそうな者を選び、若姫と大殿の正妻を迎えに行かせる。


 あんなにガタイのいい武士がこの聖渡にもいるのか……。終わったら南方軍に勧誘するか。


 義照はこれ以上出来ることは無いと判断して建物の中に戻った。


 すると建物の中はやけに静かであった。

 皆が動きを止めて氏康を見ている。


「真之……」


 真之は怒りの表情を浮かべていた。


「下手人はわかったのか……」


「いや……父上は……どうなされたのだ……」


 放心した表情で座っている観楽の頬を一筋涙が伝っている。


「我が大殿は……先程……旅立たれた……」


 激しい動悸と眩暈が襲ってくる。

 全身から汗が吹き出す。


「……そうか」



 バンッ



 不意に大きな音がして、先程弟への文を託した武者が息も絶え絶えに入ってきた。


「ほ、報告申し上げまする!菱刈にて菅原軍蜂起!推定四万五千の軍隊で鉄門城に迫っております!」


 義照は目を見開く。


 鉄門城の守備兵はすでに海峡を渡り甘高原にいる。残った兵力で耐える事は難しい。


「……相手の思う壺では無いか……」


 真之が小声でぼやいているのが聞こえる。


 観楽は虚な表情でゆっくりと義照の顔を見た。


「さて……どうされますかな?長者」


 義照はその言葉にはっとする。

 迷っている場合ではない、感情は置いていけ。玄臣の為に決断しなければ。


 その瞬間もう数名の兵士が飛び込んできた。


 彼らは四人がかりで先ほどのガタイの良い武者を押さえ込んでいる。不思議なことに抑え込まれている武者は笑みを浮かべており、他の四人は恐怖で顔が歪んでいる。


「なんだ、どうした!そやつが下手人か?」


 いつの間にか観楽は立ち上がり尋ねた。


「……奥方様と、若姫が……」


 兵士はそれ以上言えず、言葉を噛み殺し嗚咽する。


 歓楽は呆然とした表情でよろよろと歩み寄る。


「なんと……申した」


 大柄な男はにやりと笑う。


「宮郷殿、玄臣の女は随分と良い声で壊れたな」


「貴様ぁぁぁ!」


 室内にいた者たちが一斉に抜刀する。


 義照は激昂する家臣達を左手で制し、尋ねる。


「貴様は何者だ。誰の命令で動いておる?」


「そんな事、言うわけなかろうが」


「吐けば、苦しまず終わるよう手配しよう」


「馬鹿者共め、死ぬ覚悟無くしてこんなことをするわけなかろうが。いつでもこい」


 前触れもなく、背後から肩を掴まれる。

 そこには抜刀した真之がいた。

 まるでお面でも被ったかのように無表情だ。


「真之……やめろ。こ奴は情報源だ」


「もう良いであろう、その様な雑魚をどう拷問しようと出てくる情報などないわ」


 キン

 

 音に向かって振り落ろした真之の刀を、義照は鞘で受け止めた。


「兄者……また判断を間違えるか?今日の貴様は後手後手、最悪じゃ。貴様のせいで、皆死んだではないか。少しでも悔悟の気持ちがあるのであれば、そこで黙って見ておれ」


 真之の言葉に、一瞬体が硬直してしまう。

 その隙をぬって、真之は踊るように男の前に飛び出ると、そのまま男の首を切り落とした。


「義照、わしはもう貴様の意見には従わん」



 首なしの胴体より噴き出した血が、義照と真之を等しく染めていた。

 


ーーーー


 翌日、玄臣家の支配領域全ての大名に文が届いた。内容は下記になる。


・玄武長者、玄臣氏康こと玄武大連朝臣玄臣水簾氏康甘開大臣の死亡。

・玄臣義照の玄武長者代理就任。

・南方方面への対応方針通達。


 後継の記録では、会議は粛々と行われ、半刻もなかったという。玄臣真之は参加しておらず、自軍を率いて菱刈に戻って行ったと記されている。

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